「ダダンさん、ほつれていた服を繕いましたのでテーブルの上に置きました。あとで確認しておいてください」
まだ十にも満たない小さな少女が、根城へ帰って来たコルボ山の女山賊ダダンに告げる。
赤ん坊の頃から一緒にいるというのに、どこか遠慮がちで余所余所しい少女アンにダダンは「おう……」と頷く。
そしてアンはフーシャ村の村長のもとへ勉強しに行くと言って、根城から出て行った。
そんな彼女の小さな背中を見つめ、ふと思う。
───あいつは本当に何なのか。
かの悪名高いゴール・D・ロジャーのようなカリスマ性も、伝説の海兵ガープのような破天荒さも、コルボ山の山賊達のような生き汚さもない。
親の血筋や身近な大人、そして育った環境の影響を微塵も感じさせない少女にダダンはずっと違和感を抱いていた。
しかし同時に───
テーブルの上に置かれた、アンによって繕われた自身のシャツを見つめる。
誰に教わったのか(おそらく村のマキノかもしれない)豪快に破れた箇所が丁寧に縫われていた。
彼女の双子の弟エースに対してもそうであるが、自分がアンに母性のような愛情を抱いているのは紛れもない事実だった。
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本格的に海兵を目指すことにしたアンがコルボ山を去って幾数年。彼女が現在住んでいるマリンフォードから時折近況報告の手紙が届く。
山賊一家から解放されたというのにまだ気を遣っているのか、身体には気をつけるようにと心配する旨と残されたエースやルフィは元気にやっているかということが書かれている。
そしてそれはフーシャ村の村長やマキノにも送られているそうで、何と書かれているか分からないが………マキノ曰く、村長は遠い地に行った少女からの手紙に毎年ほくほくしているそうだ。
「ほれ、ダダン。アンからの手紙じゃ。海軍中将直々に届けられる手紙に感謝すると良い」
「そりゃあんたがフーシャ村に用があるってんで、ついでに持ってきただけだろ。恩着せがましいこと言うんじゃねえ」
そして今年も(ガープの手によって)アンからの手紙が届いた。乱暴に封を破り、便箋を取り出す。
一応マリンフォードでもうまくやっているそうで、ガープからの修行にひいこら言いながらも何とかこなしているらしい。またダダンや山賊達、またエースやルフィの体調を気遣うことも書かれており小っ恥ずかしくなった。
「……………ガープ、あいつは元気にやってるか?」
「そうやって聞くんなら手紙でも書いてやれ。渡してやるぞ」
「別にそこまでは気にしてねえよ。あいつがくたばっても、あたしはどうでも良いがな!」
そう言ってみせるものの、ガープがさも分かっているとでも言うように笑っているのが憎らしい。
まあ、アンのことだから大丈夫だろうとは思うものの、どこかで無茶をしていないかとも思ってしまう。
あいつは決して弱音を吐かないし、本音すらも隠すのだ。そういった奴がマリンフォードという土地でちゃんとガス抜き出来ているかと柄にもないことを考えてしまった。
すると、ガープはどこかしんみりとした様子で口を開く。
「───アンのあの感じは一体何なんじゃろうな。元来の性質と言えばそれまでじゃが、あやつの生まれや環境によって形成されるだろう人格と現状の人格は大きく違う」
ゴールド・ロジャーの娘。
ガープから聞くその苛烈な海賊王の話とアンはどうしても結びつかない。母親に似ているのかと聞けばそうでもないらしく、また山賊に育てられたにしては平凡すぎる。
彼女の双子の弟であるエースの方がまだ血を感じさせた。
「ワシは最初、お前さんがこっそりアンを躾けているのかと思ったが………違うみたいだしのう。まあ、大方フーシャ村の村長による影響が大きいんだと思うが」
「それだけじゃないだろ」
確かに村長はアンの人格形成に影響を及ぼしているだろう。幼い頃から村長による授業を受け、教養を学んできたのだ。
しかし彼女のあれはそれだけじゃないと、ダダンはずっと感じていた。
まるで子供の体に大人の魂をそのまま嵌め込んだような歪さと自分の感情をひた隠す性質。それがいつの日か爆発するのではないかという予感もするのだ。
「ガープ、あいつのことは………」
「分かっておる。エースやルフィだけでなく、アンにも注意してやらねばな」
分かりやすい問題児よりも目に見えない優等生の方が何を抱えているか分からんからな、とガープは苦笑した。
それなら良い。
ダダンはじっと少女から送られてきた手紙を読み返した。
◇
「見て!アンちゃんったら、また功績を上げたって!」
それから数年後。
営業時間後のマキノの酒場にて、店主のマキノが笑みを浮かべながら新聞をダダンに見せる。
『英雄モンキー・D・ガープの孫――アン大佐によりガウェス王国を占拠していた悪食海賊団を捕縛』
海兵となってからアンは順調に任務をこなし、昇進していった。海賊王の子供という肉体のポテンシャルと彼女本来の気質により、海軍の若手海兵の中では頭一つ抜きん出ているのは確かだった。
そんなアンの新聞記事を読んでマキノが嬉しそうに「頑張っているのねえ」とこぼす。
しかしふと、何か思い出したのか。マキノの表情に影がかかった。
「…………エース君は海賊で、アンちゃんは海兵なのよね。大丈夫なのかしら」
それはダダンも思っていることであった。
白髭海賊団二番隊隊長として名を上げているエースが、海兵のアンによって捕縛される可能性もあるのだ。
海賊になると決意し海に出たエースも、姉によって捕らえられるかもしれないという覚悟はしているだろう。
けれどアンの方は平気だろうか。
それに、もしかしたら海賊と海兵として戦闘し、どちらかが片割れを殺すという最悪な状況も起こり得るのだ。
「心配しても無駄だろ。あいつらが決めた道なんだ」
「………ええ、そうなのよね」
マキノが寂しげな表情で静かに頷く。
アンは酒場の手伝いをよくし、マキノからは妹のように可愛がられていた。エースはぶっきらぼうで懐かない獣のようだったけれど、それでもやんちゃな弟のような存在として接していた。
そんな彼らが対立する今の状況に、マキノが悲しむのも無理はない。
(…………ガープ、しっかりやれよ)
間違っても、あの双子が殺し合うような状況だけにはしないでくれと願った。