軽い気持ちで読んでいただけると幸いです。
海軍将校イスカ少尉。
絆創膏を頬に貼った赤毛の女性で、軽やかな身のこなしと高速の斬撃を得意とする実力者だ。
そんな彼女を副官にし、総勢30名ほどの少数部隊を率いて早半年。
最初はガープさんの孫であり『コネ昇進』の私に対して、懐疑的な目で見られたものの、半年も経てば皆ある程度割り切ってくれたのか、部隊として纏まるようになっていった。
「アン大佐、捕縛した海賊どもの身柄と保護した奴隷達の処遇どういたしますか?」
「海賊達は手錠をかけ身体検査後に檻に入れてください。副船長と船長は個別の檻に入れて離れさせるのを忘れないように。そ、それから保護した元奴隷の方達は重軽傷者を分けて、怪我の酷い方から医療班に引き渡してください。ええと、次に───」
「大変です!海賊団の船長『小鬼のゴラム』が小船で脱走しました!たった今追跡しようとしているのですが………」
「え!?わ、私が行きます!イスカ少尉はここの指揮を頼みます!」
正直私には上に立つ者としての素質は全くなかった。
こうして咄嗟にイスカ少尉に部隊の指揮を押し付けるくらい向いていなかったりする。
ふと見れば海の向こうにせっせと小舟を漕ぐ船長──小鬼のゴラムがおり、それを追おうと部下達が追跡用の小舟を出そうとしていた。
ゴラムを大砲で撃っても構わないが、彼は五千万ベリーの賞金首であり能力者だ。
殺すよりも生きたまま捕縛し、見せしめとして処刑した方が海軍的には良いだろう。
「すみません!イスカ少尉、ここを頼みます!」
「分かりました。お気をつけて」
わー…イスカ少尉の目が心なしか冷たい気がする。「お前面倒くさいからって指揮押しつけてんじゃねえよ」と目が物語っている気がする。
ち、違うんだよ。決して指揮が面倒くさいとかじゃなくて、他の人に何か押し付けるのが心苦しいというか。それが原因で不和が生まれたらやだなって思って、それなら私がやっちゃおうかなって………そもそも人に命令するの苦手だし………。
いや、これも言い訳なんだよな……そう心の中でイスカ少尉に謝りながら、月歩を使って宙を駆ける。
「何だお前!?……って女じゃねえか!嬢ちゃんが俺に敵うと思ってんのか!」
小鬼海賊団船長ゴラム。所属傘下無し。
ヒトヒトの実──モデル小鬼を食べた男であり、私を一瞥した瞬間全身を緑に染め上げ、額から角を生やした(小鬼というかゴブリンに見える)海賊だ。
宙を蹴って腕に武装色の覇気を纏う。
「───覇気使いか!」
そして奴に向けて思いっきり拳で殴った。
◇
小鬼海賊団の海賊達を近くの島で待機していた軍艦に引き渡し、元奴隷達の身元を確認後、犯罪履歴のない者達のみ専門機関(専門機関というのは過去に奴隷として囚われていた人達が有志で作った保護機関であり、表向き海軍とは何の関わり合いもないとされている)に預けた。
そんな諸々のことを終え、元奴隷達の処遇を婉曲に誤魔化しながら書類を作成していると執務室の扉がノックされた。
「どうぞ」と言えば、現れたのはイスカ少尉である。
「失礼します。負傷した部下ですが軽傷で、医師によると一週間もあれば完治するとのこと。また海賊達との交戦により壊れた備品を確認しましたので、そのリストをまとめました」
仕事が早いよ………。
イスカ少尉に渡された書類を眺めながら彼女の有能さに舌を巻く。
さすが部隊を率いていただけある。正直彼女の方が部隊長としての風格が備わっていたりするんじゃないか。
「ありがとうございます。イスカ少尉、いつも助かります」
「いえ、当然のことです」
イスカ少尉が少しだけ気まずげに顔を俯かせた。
私は見聞色の覇気によって他人の感情を察知することができる。けれどそんなことをせずとも、彼女が私に対して困惑しているのがありありと分かった。
そしてぼんやりと彼女の経歴を思い出す。
イスカ少尉が私の部下になる前、彼女は信頼していた上司──ドロウ中将に裏切られた。
幼い頃、海賊によってイスカ少尉は故郷を焼かれたのだが、実はドロウ中将が海賊討伐のために起こした火災であったらしい。
そしてそれが明るみになったのは彼女が海兵になった後で。何も知らないまま故郷を焼いた海兵に憧れ、裏切られ、上司として中将を慕っていた彼女の心労を思うとあまりにも酷だ。
(ドロウ中将の民間人をも巻き添えとした苛烈なやり方は、海軍上層部に秘密裏に処分され、現在彼は囚人としてインペルダウンに収容されている。………そりゃ『極秘』扱いになるよね。中将のスキャンダルなんて)
そういった身の上でありながら、イスカ少尉は海兵をやめることなく続けている。
そしてそんな上司の後釜がこの私だ。
至らないところが多く申し訳なさを感じるものの「ドロウ中将よりかは………ましかな?」と思ってもらえるよう頑張るしかないだろう。
「アン大佐はすごいですね」
するとその時、イスカ少尉がぽつりと呟く。
それに「え、もしかして遠回しな嫌味?でも真面目なイスカ少尉がそんなことしないと思うし……しないよね?」と内心狼狽えていると、彼女は遠くを見つめるように口を開いた。
「私と同じくらいの年齢で『大佐』として活躍し、覇気も六式も使える。その上、つる中将のもとで海賊を捕縛した数は百を超えると聞きました。───私は、狙った海賊一人捕まえられない」
「いや、そ、それは………」
私が大佐になっているのは上層部による策略であるし、覇気や六式を使えるのは修行できる環境に恵まれていたに過ぎない。
それに私が海賊の捕縛に精を出していたのは「海賊王の娘ですが海軍を裏切る気はありません」と必死にアピールしていただけなのだ。
そんな情けない内情を、真面目で正義感の強いイスカ少尉に誤解されていると何だか居た堪れなくなる。
「イスカ少尉も充分強いじゃないですか。貴方の強さには私や部隊の皆は頼りにしっぱなしです」
「ありがとうございます。ですが、まだ足りないんです。何かを、自分の正義を守るために私はもっと強くなる必要がある。…………アン大佐を見ると、私はもっと強くならなければいけないと思うんです」
ドロウ中将のことを思い出しているのだろうか。
海賊討伐のために民間人などの多少の犠牲を良しとするドロウ中将と、生真面目な彼女の弱者を全て守ろうとする姿勢。
犠牲を払わず、それをするには圧倒的な強さが必要だと理解しているのかもしれない。
私は何となく流されてここまで来たけれど、イスカ少尉みたいな人こそ覇気や六式といった強さが必要で、持つに値するんじゃないだろうか。
「………その、覇気は状況によって発現することが大きいので、すぐに出来ることはありませんが、六式には訓練が必要です。───こちらをどうぞ」
デスクの引き出しから書類をまとめたファイルを取り出す。
そしてそれをイスカ少尉に渡した。
「私は部隊の中に希望者がいれば、六式の訓練を受けてもらうつもりです。その書類には六式の適性のある者達がリストアップされています」
もちろん海兵一人一人と面談し、本人が希望すればの話だが。
六式の訓練を受けたとしても、厳しい話習得できない場合もある。
しかしリストアップした者達は、六式の『剃』は習得できるであろう先天的なフィジカルを持っていた。
「その適性者の中には、イスカ少尉もいます。貴方の身のこなしの軽さや筋力から、六式を習得し得る能力はすでに持っているでしょう」
「六式を………」
「本格的な訓練はもう少し後になりますが、イスカ少尉さえ良ければいかがでしょうか?訓練を受けてみます?」
正直言って私よりもイスカ少尉の方が六式(特に剃)の習得は早いだろうし、能力的に向いているだろう。
まあ、習得できなかったとしても六式の訓練を受けていれば否応にも強くなる。
部隊の生存率も自ずと上がるし、これをきっかけに少しでも部下の人達と仲良く………とまではいかないかもしれないけど、距離が縮められたらいいな。
そう提案してみれば、イスカ少尉は自分が思っていた以上の食い付きで頷いてみせた。
「もちろんです!是非受けさせてください!」
そんな彼女にほっとする。
これから部隊の中で希望者を募らなければならないし、六式の中でも習得できそうな技を各海兵とともに精査していかなければならない。
おまけに私達部隊はおつるさんから一つ任務を下されているため、本格的な訓練はその後だろう。
「アラバスタでの任務が終わり次第、通常業務と並行して行いましょう。イスカ少尉ならきっと習得できるはずですよ」
内乱の続くアラバスタ王国での捜査。
時勢の荒れ狂う王国で何故か大人しくしている『七武海』サー・クロコダイルの様子を見に行ってこいと、おつるさんから言われているのだ。
クロコダイルが今回の内乱に関わってなければ良いなあ。
そんなことを思いながら、部隊の六式の訓練をどうするか思案した。
◇
「ところで、イスカ少尉。先程言っていた狙った海賊とは誰のことなんですか?」
「スペード海賊団、いえ白髭海賊団に所属する『火拳』ポートガス・D・エースです。アイツ……じゃなくて、火拳には悔しい思いを何度もしましたし、色々ありまして………」
へ、へえ………。
悔しそうに眉を顰めたり、何故か気恥ずかしそうにするイスカ少尉に気まずくなってしまった。