第15話 アラバスタの英雄
内乱状態のアラバスタ王国に海軍が介入するのは意外と難しい。
時勢が荒れているとはいえ王政が続けられている現状、国の政事に海軍が入る余地はないし、そもそも現アラバスタ国王が良しとしていなかったりする。
反乱軍とはいえ自国民である彼らに手を出せば、ガープさん曰くお人好しなアラバスタ国王──コブラ国王は世界政府加盟国として正式に海軍に抗議するだろう。
そのためアラバスタ王国に海軍は表立って介入できないが、ただクロコダイルが裏で何かしているのだとしたら話は別だったりする。クロコダイルがアラバスタ王国に何らかの被害を及ぼしている場合、海軍がその始末を付けなければならないからだ。
そんなクロコダイルの様子を見に行けとおつるさんに言われたのだが、たった今私の目の前に立っている真っ黒な大男に言葉を失っていた。
「これはこれは。海軍の英雄ガープ中将の三世殿じゃあないか。今日は英雄様とご一緒で?いや、失敬。お守りをするほど英雄様も暇ではないか」
無理なんじゃないかなあ………。
アラバスタ王国サンディ諸島港町ナノハナにて。
海賊による襲撃を受けていると連絡を受け、町を襲う海賊達を捕縛していると、ちょうどタイミング良くクロコダイルが現れた。
黒髪のオールバックに顔に入った横一線の傷跡。
そして左手に金のフックを装着した、一見マフィアのように見える大男だ。
おそらくナノハナを襲う海賊達から財宝を略奪すべくやって来たのだろう。それをたまたま私達海軍部隊が横取りする形で先に現れ、海賊達の身柄を拘束してしまった。
彼からしてみれば面白くもなく、文句一つも言ってやりたいだろう。
ナノハナの港につけている船に捕縛した海賊達を収容している横で、クロコダイルが見下ろしてくる。
後ろでイスカ少尉がきりきりと苛立っているが、私にはクロコダイルの嫌味に一々反応できるほどの度胸はなかった。
「お、お久しぶりです。たまたまアラバスタを通りがかったのですが、まさか貴方にお会いできるとは思いませんでした。最近はいかがでしょうか?アラバスタは内乱続きで、拠点として構えるのも大変でしょう」
「こういった騒がしさも悪かねえさ。それに辛気臭えところだが、ここは俺の第二の故郷と言ってもいい。そんな住み慣れた場所から離れるほど薄情じゃないんでね」
「そうですか。まあ、貴方がいるだけで他の海賊達への威圧になるので良いですが………。何かありましたら、すぐに海軍にお知らせくださいね。私達は協力関係なのですから」
「ああ、もちろん」
とりあえず愛想笑いをしてみせれば、クロコダイルも胡散臭い笑みで応えてくる。
クロコダイルは七武海では割と理性的に話せる方だけれど、見た目然り雰囲気然り出来れば関わりたくないタイプだ。割とポップな海賊達が横行する中で、クロコダイルの風貌はまんま反社。怖すぎる。
ねえ、やっぱり無理だよ。
こんなペーペーの小娘が七武海相手に何にもできないよ。完全になめられてるよ。
「……………」
しかし見聞色の覇気によって、クロコダイルが嘘を吐いていると判断できるのも事実だった。
彼が何を考えているか、詳細までは感じ取れないものの、クロコダイルが何らかの野望を抱えているのは明らかである。
(おつるさん。まさか元々クロコダイルが何か隠しているのを感じ取っていて、今回の任務はそれを暴いてこいってこと?)
そんな無茶な。おつるさんの考えは今のところ分からないし、クロコダイルが何を企んでいるのかも分からない。
そして目の前に立ちはだかる黒い大男を見つめる。
え、これをどうにかするの?私が?
どうにかできるものなの?
しかし私は海賊王の娘であり、海軍からの命令には逆らえない身。拒否権はないだろう。
そして一蓮托生となるイスカ少尉や部隊の皆に心底同情する。心の中で謝りながら、今後どうしようかと考えた。
とりあえず調査する前に一度、コブラ国王に話を付けなければならない。
◇
後日。アラバスタの首都であるアルバーナの宮殿にて、コブラ国王に謁見すれば、既に海軍上層部から話は通っているようだった。
一海兵にコブラ国王自ら会ってはくれないだろうなと思っていたものの、フットワークが軽いのか、それとも人が良いのか。直接私に会ってくれた。
「サー・クロコダイルの素行調査か。アラバスタの英雄として尽力している彼を疑うのは忍びないが、奴も海賊である身。内乱続きのこの国で国王軍から人員を割けない今、海軍が調査してくれるのは有難い」
「いえ、とんでもないことです」
宮殿のバルコニーで、外の景色を見据えるコブラ王に礼を言う。
こんな大変な時期に海軍がぞろぞろこの国にやって来るのは、あまり良くないだろう。反乱軍が海軍と国王軍が手を組んだと勘違いするかもしれないし、何がきっかけか余計な波風を立ててしまうかもしれない。
そうなる前にクロコダイルの調査を終わらせて、早いところこの国を出た方が得策だ。
「…………ただ、君も分かっている通りこの国は微妙な時期でね。君ら海兵達の行動がこの内乱にどのような影響を及ぼすか未知数だ」
「もちろん、この国でご迷惑をかけないよう立ち回ります。おっしゃる通り海軍が変に横槍を入れれば、いらぬトラブルを巻き起こしかねませんので」
「そうだな。だが、クロコダイルの調査というだけで出歩くのは対外的な理由としてわずかに弱い」
外の景色から私に視線を移し、穏やかな面持ちで話す。
彼の様子を窺うに、何か交換条件でアラバスタ王国を自由に出歩く許可を出したいらしい。
何だろうな。私で対応可能な条件だったら良いんだけど。
「君はこの国の王女のことは知っているかい?」
コブラ国王の問いにふとアラバスタ王国の王女の情報を頭の隅から引っ張り上げる。
アラバスタ王国王女──ネフェルタリ・ビビ。コブラ国王の一人娘であり、現在行方不明。
「書き置きを残して宮殿から出て行ってしまってね。家臣のイガラムを連れているようだが、こちらとしてはどんな理由があれど早く戻ってきてほしいんだ。しかし娘の行き先は見当もつかず、闇雲に兵を動かすのも難しい」
「………………ええ、それは心配ですよね」
「ああ、一人の親として娘の安否が気になって仕方がない」
なるほど。コブラ国王の言わんとすることがはっきりと分かるぞ。
アラバスタ王国を好きに出歩く代わりに、クロコダイルの調査と並行してビビ王女の捜索をしろとのことだ。
………まあ、こちらとしても、そういった分かりやすい大義があった方が動きやすい。表向きビビ王女の捜索をし、裏でクロコダイルの調査をした方がやり易いだろう。
「承知しました。海軍もビビ王女の捜索に協力いたします」
「それは良かった!礼を言うよ」
ガープさん。この人、ただのお人好しじゃないよ。
にこやかに微笑むコブラ国王を前に思わず苦笑してしまった。