ナノハナを拠点として幾日。
クロコダイルの企みの他に、私達部隊はアラバスタ王国の王女ネフェルタリ・ビビの行方を探さなければならない。
こちらについてはコブラ王から要請された依頼であり、見つけ次第すぐに確保せよとのことだった。
ビビ王女の置き手紙があったとはいえ、もしかしたら誘拐されている可能性もある。内乱が激化する今、王女の帰還をこれ以上待っていられるわけがなかった。
そんなわけで私達部隊はたった30名という少数部隊でありながら、身を粉にして働いているのである。
最近ナノハナに同じ海軍本部のスモーカー大佐も来ているそうだが、もし特別任務がないのなら折を見て協力してもらいたい。
(いや、でも協力してくれるかな………?)
一人、ナノハナの大通りを歩きながら、ぼんやりと思う。
何のコネもなく海軍を自分の腕っ節のみで出世していった海兵達には、私の存在はかなり毛嫌いされている。
叩き上げでのし上がり、上層部の命令よりも自身の正義を優先するスモーカー大佐から見て私はボンクラ三世だ。
心象は決して良くないだろうし、事実本部での招集があった際に遠くから睨まれることが多々あった。
(話したことはないけど………。でも話が通じなさそうな感じではないし、要請したら協力してくれるかな。クロコダイルの監視とビビ王女の捜索はさすがに一部隊では無理があるし)
ひとまずこの町に滞在しているらしいスモーカー大佐を探そうと踵を返す。
するとその時、どこからか「人が死んでいる!」と悲鳴が聞こえてきた。
見聞色の覇気で周りを感知すれば、大通りから一本外れた通りの飲食店で客達が騒めいている。
そしてその方向に向かって、私は走り出した。
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背中に白髭の刺青を彫った青年の後ろ姿に、思わずずっこけそうになる。
出された食事に顔を突っ込む彼は一見死んでいるようにも見えるが実は寝ているのだ。それを私は小さい頃から知っている。
「おい、アンタ!この男と知り合いか?飯を食べている途中いきなりぶっ倒れて………」
「お騒がせして申し訳ありません。寝ているだけなので、大丈夫ですよ」
とりあえず羽織っていたジャケットを彼に被せて、白髭の刺青を隠す。
それから周囲で騒めく客達を宥めた後、まだ寝こけている彼の隣に座った。
白髭海賊団2番隊隊長──火拳のエース。
10年ぶりの再会となる双子の弟との再会に感慨深くなるものの、そうも言ってられない状況に眩暈がする。
そして腕を武装色の覇気で纏い「ごめん」と一言謝ってから、その呑気な頭をはたいた。
「───いで!」
「久しぶり、エース」
◇
エースには色々と言いたいことがある。
あれだけ海賊にはなるなと止めたのだ。私がマリンフォードに行った後も、定期的にエースに手紙を出しては遠回しに「海兵はいいぞ」と勧めてきた。
しかし結局は海賊になってしまい、更には首に賞金がかけられる始末。白髭に所属できたのは運が良いと言えるもののトータル最悪である。
そんな海賊になった弟が私の隣にいる。
手配書で散々見た弟の成長した姿に大きくなったものだと思う。昔は手負の獣みたいな雰囲気だったのに、今ではどこか飄々としていて、人間的に成長したのが窺えた。
そして飯屋の店主に出されたコーヒーを飲み、エースに向かって口を開こうとした瞬間、彼の方から先に話し出した。
「で、海兵のお前は海賊の俺を捕まえんのか?」
試すように笑みまで浮かべて挑発するエースに「この子もこういう軽口が言えるようになったんだな」と思わず笑みが浮かぶ。
そりゃ捕まえても良いなら、捕まえた方が良い。気は進まないが海賊なのだから。
でも………
「もしそうしたら貴方のお父さんが黙ってないでしょ?白髭に喧嘩を売るのは海軍も避けたいところなんだから」
「へえ、見逃してくれんのか。でもお前にも『立場』ってもんがあるだろ」
「だからその刺青を私のジャケットで隠したんじゃない」
幸い今の私は私服である。
エースの背中も見えないように隠しているし、何も知らない第三者から見れば、飯屋で話す客にしか見えないだろう。
そして私は小さな声で囁いた。
「今すぐここから出て行った方が良いよ。ここにはスモーカー大佐がいるの。スモーカー大佐はいくら貴方でも捕まえようとする」
「お前、俺に捕まってほしくないのか」
「そりゃそうでしょう。もし海軍が貴方を捕まえたらどうなると思う?さっきも言った通り白髭と全面戦争だよ。めちゃくちゃ大変なことになるよ」
「……………おう」
全面戦争を回避すべく、できればエースには今すぐここから出て行ってほしい。
通常であれば、どんな海賊でも私は捕縛する。海賊と名乗る以上捕まえる義務があるからだ。
ただしそれは時と場合による。海兵として目の前にいる海賊を捕えるかは個人の裁量によるところが多く、私も時に見て見ぬふりをすることもあった。
それにエースは血の分けた家族だ。正直捕まえづらい。
「……………そもそも、どうしてこの前半の海にいるの?」
白髭海賊団なら後半の海にいるか、世界政府非加盟国の島にいるかだ。この国にいるのに違和感がある。
見聞色の覇気で他に白髭海賊団の仲間がいないのを感知したし、おそらくエース単独で動いているのだろう。
「なあ、アン。黒髭の居場所を知らねえか」
「黒髭?───あ、ティーチのことか」
それを聞いて、エースの言わんとすることを理解した。
海軍本部の通達により、白髭海賊団4番隊隊長サッチが黒髭マーシャル・D・ティーチに殺されたことをすでに知っている。
仲間殺しの報いのために、エースは黒髭を追いかけているのか。
管轄じゃないため黒髭の行方は知らないと言えば、エースは不貞腐れたように溜め息を吐いた。
「それじゃあ、忠告はしたからね」
これ以上長居すれば、私が海賊であるエースと一緒にいるのがスモーカー大佐に見つかってしまう。
そう言って腰を浮かせれば、エースはもごもごとしながら口を開いた。
「アン、悪かったな」
そんな彼の言葉の意味が分からず、首を傾げる。
するとエースは気まずそうに続けた。
「言うことを聞かず海賊になって」
それを聞いて「ああ」と一瞬にして理解した。
エースの中で、私に対する罪悪感は多少あったのだろう。
ずっと海兵になるよう手紙を送って言い続けていたのだ。
せめて海賊にはならないでくれとも言ったのに、結局エースはなってしまった。
本当は今からでも海賊をやめてほしい。やめて、どこか遠い場所で身を隠しながら平和に過ごしてほしい。
けれどあれだけ止めたにも関わらず、海賊になってしまったエースに私の言葉は届かないだろう。
「…………なったものは仕方がないよ。でも海賊になったからといって市井の人に酷いことは絶対にしないでね」
「誓うさ」
「あと食い逃げもしないでね」
エースの食い逃げ代金は、実は私の方でこっそり補填しているのだ。
そのことを言えばエースは「まじかよ」と言い、複雑そうに顔を顰めた。
どうだ。この歳になって姉から尻拭いを受けるのは、ものすごく気まずいだろう。
そうして私はエースから去った。
この時エースを無理矢理でも止めておけば良かったと後悔するのは、それから半年後となる。