クロコダイルの企みが分からない。
この内乱で荒れる国で彼がやっている事業は主にカジノ経営と不動産売買。その二つを支柱に子会社を作り事業を行っているのだが、いくら調査しても彼が何をしたいか見当がつかなかった。
(表向きは企業の社長として動いている。カジノ運営で違法な取引を一部しているようだけど、それ以上の犯罪行為はないから海軍側も黙認していることだし…………)
ちなみにスモーカー大佐に任務の協力要請を依頼したところ、意外にもあっさりと承諾してくれた。
そのため彼らがしばらく港町ナノハナに常駐するとのことで、私達部隊は情報が多く行き交う首都アルバーナにいる。
それによってクロコダイルの運営している企業から子会社、取引先の情報や彼個人の足取りなどを調べ上げているのだが………私の脳みそじゃ、七武海にまで上り詰めた男の企みなんて分かるわけがなかった。
というか、こういうのって諜報部がやるものじゃないの?サイファーポール案件じゃないの?七武海はあくまで海軍の直轄だからって政府に押し付けられたの?
そんなことを考えながら拠点として構えている建物の執務室で項垂れる。
すると扉がノックされた。
見なくても分かる。イスカ少尉だ。
「失礼します。───先日のビビ王女の一件ですが、どうやら麦わらの一味とともにユバに向かっているそうです」
私達部隊がナノハナを去った後、スモーカー大佐の前に麦わらの一味とビビ王女が現れたらしい。
麦わらの一味──フーシャ村にいたあのルフィが賞金三千万ベリーの海賊になっているのは知っており、ガープさんが頭を抱えていたのをよく覚えている。
そんなルフィとビビ王女の関係は謎だ。
おまけにエースがスモーカー大佐の前に立ち塞がって彼らを逃したものだから(ガープさんじゃないけれど)私も頭が痛くなった。あれだけスモーカー大佐に気を付けろと言ったのに。
「現在スモーカー大佐の一部隊が足取りを追っており、詳細は後日報告するとのこと。それからスモーカー大佐は何か気掛かりがあるようで、たしぎ曹長とともにしばらくアルバーナ、レインベースを中心に調査を行うそうです」
「分かりました。これまで調べ上げたクロコダイルの情報は共有しておいた方が良いですね」
「あと───」
イスカ少尉が机に盗聴用に使われる
巷であまり流通されていないはずのそれに首を傾げていると、イスカ少尉はスイッチを押した。
『クロコダイル様、例の鉱山の売却先が決まりました。買取後は銀の採掘で掘られた巨大な地下空間を生かし、エネルギー資源の研究施設が建てられるそうです』
『勝手にしろ。必要分の銀は確保できたんだ。それにあの山の名義はお前のものだ。売るなり更地にするなり好きなようにしてくれ』
『そ、そういうわけにはなりません。確かに名義は私のものにしておりますが、実質クロコダイル様の所有地です。貴方の一存も無しに勝手に話など進められませんので………』
『なら、引き続きお前の方で管理しろ。こっちは忙しいんだ』
「───これは?」
「アルバーナの豪商サルマーンとクロコダイルの会話です」
アルバーナの豪商サルマーン。
三年前に何者かによって暗殺された悪評高い商人で、未だ犯人は見つかっていない。
アラバスタの警備隊に証拠品は押収されているはずだが、サルマーンの秘書が珍しい貝に目をつけ隠れて持っていたらしい。
(それにしても銀の買い付け?クロコダイルが?)
ここ数年遡ってみてもクロコダイルや周辺会社が銀の取り扱いをしていたという事実はない。新しい事業を始めているわけでもないようだった。
不思議に思って首を傾げていると、イスカ少尉は焦ったように口を開く。
「生前サルマーンはクロコダイルとやり取りをしていたのですが………紙面での契約を渋ったクロコダイルに証拠としてサルマーンが盗聴していたようです。何か手掛かりになるかと思い押収しましたが、やはり、ただのビジネスのやり取りでしょうか」
暗い表情でこぼすイスカ少尉に首を振る。
しかしこれがただのビジネスの会話には聞こえない。何かが頭に引っかかるのだ。
そんな予感めいたものを感じながら、これまでのアラバスタ王国やクロコダイルの動きを思い返す。
アラバスタ王国の内乱にビビ王女と家臣イガラムの失踪。クロコダイルの動きや彼の要する組織力。
するとその時、ある一つの仮説が思い浮かんだ。
「ダンスパウダーの原料って確か………」
───銀だ。
アラバスタの内乱は『ダンスパウダー』という雨を降らせる粉によって始まった。
アラバスタの王宮に運ぶ積荷にダンスパウダーが見つかったことから、国王は自身の住むアルバーナ以外の町から『雨』を奪っているのではないかという噂が流れた。
王宮がダンスパウダーを所持していた証拠は見つからなかったものの、そこから反乱は始まり今に至る。
言われてみればおかしいのだ。
ダンスパウダーは雨を降らせる目的地から離れた場所で使用しなければ意味のないものであり、わざわざダンスパウダーを王宮に運ぶ必要なんてないのだから。
港町に隠れ倉庫でも作って管理した方が一々運搬しなくても良いし、人目にも付かないはずだろう。
(ダンスパウダーの露見によって内乱は始まった。それなら、クロコダイルは内乱のきっかけを作ったということ?そもそも何でアラバスタ王国に内乱を仕掛けた?)
その先にあるのは国の秩序を崩壊させる国家の転覆だ。
脳裏に嫌な予想が過ぎる。
もしクロコダイルがアラバスタ王国の転覆を狙っているのだとしたら、彼を今すぐに止めなくてはならない。
「……………クロコダイルは今どこに?」
「レインベースです」
ここで明確な証拠もなく、クロコダイルに突き付けてもシラを切られるかもしれない。
最悪のパターンは難癖つけられ、七武海を離脱。そうしたら海軍全体に迷惑をかけてしまうだろう。
しかしクロコダイルを前にした時に感じた寒気や、奴がこの国で何もしていないとは到底思えないほどの不快感はどれだけ経っても消えない。
「………イスカ少尉、命令です。貴方達は至急アラバスタ国王――コブラ国王のもとに向かってください。そしてクロコダイルが銀によるダンスパウダーの製造で、国家転覆を目論んでいる可能性があることを伝えてください」
もしかして、おつるさんが私にクロコダイルの調査をさせたのはこうなることを見越していたのかもしれない。
私は海賊王の娘だから死んでも何の問題もないのだ。
長年世話になってきたものの、どこか諦めに近いような気持ちが胸を占める。
けれど、イスカ少尉や部下達がとばっちりを喰らうのは駄目だ。
「このことは全て私の独断ですので、何か言われたら私の命令だと言ってください」
「あの、アン大佐は?」
「私はレインベースにいるクロコダイルのもとへ、自供を取りに行きます。───クロコダイルはロギア系の能力者ですが、私は覇気が使えますので心配しないでください」
もしクロコダイルが無実であれば、私一人の暴走でこの一件は収まるだろう。
何か言いかけるイスカ少尉に、遮るように言い放つ。
「おそらくクロコダイルは組織的に動いているでしょう。二部隊に別れて一つはもしものために、宮殿で待機。もう一つはアルバーナで不審な動きをしている集団がいないか巡回。ただし市民の避難や保護を優先させてください」
とりあえずスモーカー大佐達にもこのことを電伝虫で伝えておかなければならない。
そう考えながら、イスカ少尉をちらりと見る。
いきなりこんなこと言われても困るよね。仮説段階なのに、コブラ国王に報告するとか無茶振りがすぎるよね。
しかしイスカ少尉は否定することなく、ただ私を見つめていた。
同時に迷子の子供のような、不安そうな表情で尋ねてくる。
「市民の保護を優先させても良いのですか?」
「え?も、もちろんです。私達海軍は市民を守るために存在していますから」
何をそんな当たり前なことを。
そんな風に思いながら首を傾げていると、イスカ少尉は何故か深く、深く頷いてみせた。