シャボンディ諸島に着き、サカズキさんの部下の方に書類を渡した後。島で乱闘騒ぎをしている海賊や人攫いを目論む海賊達を数十人捕縛した辺りで、そろそろ帰ろうかと思っていた。
しかしそんな時、一人の老人と出会ってしまった。
「おじいちゃん、本当に大丈夫?一人で帰れる?」
「お嬢さん、心遣い感謝するが平気さ」
オークション会場付近の飲み屋の前で、高齢の男性がぐっすりと寝こけていたのだ。
そんな人攫いにあえて狙われにいっているような老人に心配になり声を掛けたものの、何故か飄々と返される。
本当に大丈夫なのか?
そう思い見聞色の覇気で読み取れば、嫌味なくらいの自信と私に対して微笑ましいものを見るような気持ちを感知する。
もしかしてこの人、酔っ払ってる?
逆に心配になってきたんだが………。
すると老人は私の顔をじっと見つめ口を開いた。
「君はもしかして…………海軍のアン大佐かい?」
「ええ、ご存知でしたか」
「…………そうか。君のような有名人と出会えたんだ。やはり家まで送ってもらおうかな」
そんな彼の言葉に「もちろん」と頷く。
海賊では無さそうだし、悪人特有の嫌な感じもしない。
しかし、そのどこかで見たことのあるような顔に違和感を覚えた。
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「コーティング屋のレイさん?」
「ああ、皆からはそう呼ばれている。お嬢さんも是非そう呼んでくれ」
「それじゃあ、レイさんと」
そう呼べば、レイさんはくすりと笑った。
彼は13番GRに位置する『シャッキー’S ぼったくりBAR』という酒場に世話になっているらしい。
羽織っている海軍将校のコートのおかげで無法者達もわざわざ突っかかってこない。そのためスムーズに移動することが出来ていた。
そんなレイさんと横並びで歩いているのだが、ふと彼から視線を感じる。
何故だろう。この人は私を通して誰かを見ているような気がするのだ。
ちらりと彼の方に顔を向ければ、懐旧の念が綯い交ぜとなった薄い色素の瞳で私を見つめていた。
私を通して、誰を見ているんだろう。
するとレイさんは静かに話し出した。
「───昔、私は船乗りをしていてね。かつての船長が、娘が生まれたら『アン』と名付けると決めておったよ」
「私と同じ名前ですね」
「ああ、生まれてくるであろう子に名前を付けるだなんて。そんな普通の親のようなことをするあいつが珍しくてね。柄じゃあないのか、他の奴には言っていないようだったが」
懐かしむように話すレイさんに自然と私も笑みが浮かぶ。
『アン』という名前はそれほど珍しくない。きっと私の名前を聞いて、その人のことを思い出していたんだろう。
「今はその方は?」
「もう随分昔に亡くなったよ」
「……………申し訳ありません」
はっと謝れば、レイさんが首を振る。
そして彼はゆっくりと言い放った。
「その男と君は全く似ていないのに、何故か繋がりを感じてしまう」
「繋がり?」
「ああ、顔や性格なんかではない。君といると、まるであいつのそばにいるような心地がするんだ」
「いや、全く似ていないのにな」と心底不思議そうな顔をするレイさんに私も何とも言えない顔をする。
「どんな人だったんですか?」
「もうめちゃくちゃな奴だったよ。人の話は聞かない、思い付きで行動する───豪快で、楽天家で、仲間想いの良い奴だった。君のような真面目そうな子からは人気はなかったがね」
キザっぽく片目を瞑るレイさんに苦笑する。
確かに私は真面目な人の方がタイプだ。
「君はどうして海兵に?」
するとレイさんがじっと私を見つめて尋ねる。
そんな彼の言葉に当たり障りのない言葉で返答をしようと思ったが、レイさんの澄んだ瞳にいつの間にか口が勝手に動いていた。
「───私は最初から海兵になることが決まっていて、望んで海兵になったわけではないんです」
「…………そうか。辞められはしないのかい?協力できることがあれば手を貸すが」
流石に海兵のいざこざに市民を巻き込むことはできない。
親切から言ってくれたであろう老人のアドバイスに首を横に振る。
それに最近は「海兵になって良かった」なんて思うこともあるのだ。
「でも海兵になって良かったって思うこともあるんですよ。誰かを助けることができたり、最近だと海兵の同僚が褒めてくれたりしたんです」
そう話せば、レイさんは眩しいものを見るかのように目を細める。
「すごく大変だし死ぬかもしれないと思ったことはたくさんあるけれど、市民の命を救えるとやっぱり海兵になって良かったって思えるんです。…………それに、海軍には私に対して目をかけてくれたり、信頼してくれる人もいるって分かってるから」
たまに試されることはあるけれど、私の出自の複雑さを理解し、一海兵として接してくれようとするセンゴクさん。
私をここまで強くし、見捨てず導いてくれるガープさんやおつるさん。
イスカ少尉を筆頭に尽くしてくれる部隊の部下達や、先日本部で話しかけてくれたコビー曹長とヘルメッポ軍曹。
そしてよく分からないが、何やかんや鍛錬に付き合ってくれるサカズキさん。
居心地の悪さを感じることは多々あるし、正直『コネ三世』として見られる風潮に嫌な気持ちにもなるが、目をかけてくれる人はいるのだ。
(最初の頃はずっと辞めたいと思っていたんだけどな………)
もちろん今も辞めたいことには変わりはないが、あの頃と比べてほんの少しばかり気持ちが変わりつつあるのも事実だった。
◇
何かあったらいつでも連絡するように。
そうレイさんから電伝虫の番号を渡されて幾数日。
シャボンディ諸島から去った私はあれから本部周辺で待機しつつ、おつるさんからの命令で新世界を目指す海賊達を捕縛していた。
そんな中で部隊の皆がそれぞれ六式の鍛錬をし、イスカ少尉や複数名は既に『剃』や『嵐脚』等を修得している。
ちなみに私に師事したおかげで彼らが修得できたということは………情けないことに全くない。
たまに私達の部隊に顔を出すサカズキさんや、昔私に覇気や六式を教えてくれた海兵の人達による協力が大きいだろう。
そしてその内の一人であるモモンガ中将が、ふと訓練所で休んでいる時にやって来た。
「随分と成長したな」
私がまだ海軍の軍学校に入学する前。
忙しいガープさんやサカズキさんの代わりに、何名かの人達が鍛錬の面倒を持ち回りで見てくれていたのだ。
その内の一人にモモンガ中将もいて、感覚派なガープさんの指導で分からない点を後でこっそり教わっていた。
顔は少しだけ怖いが面倒見が良く、こうして私達の部隊の鍛錬にも付き合ってくれる仏のような人である。
「私なんてまだまだですよ」
「それに評判も良い」
「評判?」
するとモモンガ中将がどこか誇らしげな顔で口を開いた。
「ようやく君の努力が報われたようで、私やアン君の訓練に付き合っていた海兵達は喜ばしく思っている。まあ、君はあまり目立つことは嫌がりそうだから、面と向かって言う奴は少ないだろうがね」
確かに私は戦闘の才能がからっきしだしフィジカルも明らかに弱いため、人よりその手の努力をしなければすぐに死んでしまう。
それに良くも悪くもガープさんの孫ということで、常に注目されている身だ。ガープさんの顔に泥を塗らないよう、否が応でも海兵として望まれる態度を取らなければならない。
別に強くなりたいだとか実力を伸ばしたいだとか、高尚な目的はなかったりする。
けれどそうやって他の人から認められるのは、気恥ずかしいけれど素直に嬉しかった。
「いやあ、そんな。自分なんて全然………」
そして元日本人らしく謙遜してみれば、モモンガ中将は呆れたように笑みを浮かべた。
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それから約一ヶ月後のことだった。
火拳のエースがマーシャル・D・ティーチに敗れ、海軍に捕縛されたのは。