私の出自。そう聞いて、いよいよ死を悟る。
執務室に連れられ、椅子に深々と座るサカズキさんを前にぼんやりと思った。
どうやって知ったのかは分からないが、サカズキさんは私があの海賊王の娘だということを知ったのだろう。
こうやって誰もいない執務室で話してくれるということは、今まで目をかけてきた海兵に対しての温情なのだろうか。それとも海賊王の娘だと周知はせず、秘密裏に処刑するつもりなのか。
───私の人生、ここまでなのかな。
けれどこれで、この手で弟を殺さなくて済む。
そう思うと少しだけ心が軽くなった。
散々死にたくないと思っていたものの、エースを殺さなくて済むとなると肩の荷が降りるようだった。
するとサカズキさんは黙り込む私をじっと見つめ、静かに口を開いた。
「お前の出自について調査をしていた。モンキー・D・ガープの身内ということで、ガープさんのもとに養子入りをした人間なのか。それとも本物の血縁なのか」
「何故そんなことを?」
そう聞けばサカズキさんが溜め息を吐く。
「お前はメディアにも大々的に取りあげられておるし、ワシの下についている海兵の中で最も目立つ。そんな奴の身辺を調べるのは当然じゃろ」
ワシの下?あれ、私サカズキさん派閥だったっけ?
彼の認識と私の認識がかなり違っているものの───それはそうとして、軍内部の派閥闘争で自身の下につける部下の身辺は重要な意味を持つ。
それにサカズキさんは将来的にセンゴクさんの後釜に座りたいと考えているから当然か。
「フーシャ村で過ごした幼少期やモンキー・D・ルフィとの関係。そしてお前の先天的な覇気の才能をみるに予想していた通り───お前の父親は革命軍総大将ドラゴンじゃろう」
…………ん?
しかし彼の口から出てきた言葉に一瞬固まってしまった。
「革命軍総大将の娘として、犯罪者の身内という危険因子であることに変わらん。もしこれがバレた暁には実績のあるガープさんは守られるだろうが、お前の身柄だけはどうなるか分からん」
「はあ」
「だから態々養子にして誤魔化したんだろう。父親の血を隠すために。何だその気の抜けた返事は」
「いや、その」
てっきり海賊王の娘だと言われると思ったけど………。
サカズキさんの言葉に張り詰めていた緊張の糸が切れる。
肩の力が抜けて、怪訝そうにする彼に改めて口を開いた。
「私の生まれは周知されておりませんが………ドーン島にあるグレイ・ターミナルというスラムに捨てられていたそうです。おそらくゴア王国の人間が育児放棄をしたと思うのですが───その後、スラムに迷い込んだフーシャ村の猟師に運良く拾われ育てていただきました」
センゴクさんやガープさん達とあらかじめ決めていた設定を説明する。
調べておいてそんな落ちか。それともそんなはずあるかと激昂されるだろうかと身構える。
しかしそんな私の予想に反してサカズキさんは気難しそうな顔をして静かに言った。
「捨てられたのか」
「は、はい………」
「そうか…………」
そしてサカズキさんはしばらくして「悪かった」ととても小さな声で謝った。
って、え?悪かった?
あのサカズキさんが謝った?
あのサカズキさんが………?
けれど、それ以上何も話そうとしない彼の言わんとすることを何となく理解する。
そりゃそうか。一部下の過去を勝手に調べて、革命軍大将の娘だと決めつけ、孤児であることを自分の口から言わせた。
まともな人間なら少なからず申し訳なく思うだろう。
けれどサカズキさんが謝る必要はない。
なんせ私だって嘘をついているのだから。
私もサカズキさんに対して申し訳なく思うものの、本当のことは話せず口をもごもごとさせてしまう。
でもこうやって、色んな嘘を積み重ねて生きていくのか。
ずっと、これからも。
何だかそれが、果てしなく思えて立ち尽くす。
するとサカズキさんはぽつりとこぼした。
「噂に聞いたが、ポートガス・D・エースの処刑を任されたそうだな」
彼のその言葉にはっとする。
急に現実に引き戻されたような感覚がした。
「お前さんの後ろにはガープさんがついておるが………生まれによって文句を言う輩は何処にでもおる。組織で上にいくならば、そういった輩を捩じ伏せるほどの、分かりやすい功績が必要じゃ」
「分かりやすい功績………」
「それを示せ。モンキー・D・アン、必ずポートガス・D・エースの処刑を成功させろ」
そして話が終わったとばかりに嘆息する。
………もしかして、サカズキさんは私がドラゴンの本当の娘だった場合、エースの処刑の成功によって自身の立場を守れと言いたかったんじゃないだろうか。
「あの、サカズキさん。もしかして私の出自について心配してくださったんですか?」
「そんなわけあるか。話はもう終わったんだはよう帰れ」
そうして、サカズキさんに追い出されるような形で執務室から出ていく。
「……………」
見聞色の覇気で感知した彼の感情は、私への気掛かりに満ちていた。
口ではああ言っていたけれど、十歳の頃から面倒を見ていた海兵の自分に対して気にかけてくれる気持ちは、彼の中にわずかばかりあるのだろう。
いつもだったら珍しいなと思いつつ、きっと嬉しく思っていた。
けれど今はただ、つらい。
・
・
・
「ポートガス・D・エースの処刑が決まった………?」
後日、箝口令が解かれたため直属の部下であるイスカ少尉に話せば、彼女は呆然とした様子で私の言葉を反芻した。
イスカ少尉は少なからずエースと関わりがあり、上司である私が処刑を行うため、あらかじめ話しておくことにしたのだ。
彼女の様子を窺えば、分かりやすく動揺している。
しばらくすると、イスカ少尉は目を伏せて頷いた。
「…………そうですか。本来ならば私が奴を倒したかったですね」
彼女から強いほどの感情の揺らぎを感じるけれど、気丈にも表情は崩すことなく耐えていた。
「でも、わざわざ何故私に?」
「当日の処刑は私が行うことになったからです」
そう話せば、今度こそイスカ少尉が硬直してしまった。
そんな彼女をわざと見ないふりをして、そのまま続ける。
「ポートガス・D・エースの処刑では、きっと彼の所属する白髭海賊団との戦争は免れないでしょう。私は罪人のそばに控えていますので、当日はイスカ少尉が部隊を率いてください」
イスカ少尉の息を呑む声が聞こえる。
彼女の顔がうまく見れない。
エースの捕縛を目標としていた反面、彼のことを悪くは思っていなかったのだろう。
だからイスカ少尉は、こんなにも辛そうにしている。
覇気を意識的に使わなくとも、ひしひしと彼女の底冷えするような痛みを感じる。
その痛みが私の胸に共鳴する。
センゴクさんも処刑について話す時、こんな気持ちだったのかな。
そんなことをぼんやりと思った。
◇
聖地マリージョア──白亜の城たるパンゲア城内『権力の間』にて。
鋭い眼光を持つ五人の老人達が一人の女海兵について話す。
「───最初からポートガス・D・エースとともにモンキー・D・アンを処刑した方が良かったんじゃないのか?」
火拳のエースの血統因子検査の裏で秘密裏に行われたある海兵の調査。エースの故郷であるドーン島で交流があったと思われる麦わらの海賊と一人の女海兵の血を調べたところ、女海兵の血統因子が海賊王のものと当てはまったのだ。
しかし老人の内一人が首を横に振る。
「そうすればガープを筆頭に謀反を企てる海兵が出るかもしれん。センゴクもうまくやりおったのう。海賊王の遺児を秘匿し、安易に手を出させない地位にまで成長させるとは。小賢しい」
「秘密裏に葬っても構わないが、モンキー・D・アンの立場を利用した方が好都合だ。たとえ彼奴の出自が明らかになったとしても、大海賊時代を終わらせようとする海兵として良い
「むしろ寛大すぎるんじゃないのか?わざわざチャンスを与えてやったんだぞ」
口々と話す彼らにわずかばかりの笑みが浮かぶ。
マリージョアの五人の怪物達が、まるでチェス盤の駒のように海賊王の娘の運命を定めていく。
「試そうじゃないか。モンキー・D・アンがどのように選択するのかを」
「こちら側で生きる覚悟があるのなら、世界に見せつけてもらわねばならぬ。海賊王の娘として生きるか。それとも海兵として生きるのか」
ポートガス・D・エースの公開処刑は半月後。
パンゲア城の権力の間で人ならざるものの影がゆらりと動いた。