海賊王の子供による海兵譚   作:ふくふくまる

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第28話 英雄の孫(ガープ視点)

 

 

 まだアンが海軍の軍学校に入学する以前。

 

 12歳となったアンはガープの下につく若手の海兵達とともに時折鍛錬をすることがあった。

 

 屈強な男達の中で一人、黒目黒髪の小さな少女は海兵用の道着を纏って彼らと同じメニューを黙々とこなしていく。

 

 相手はガープの身内であり、将来的に出世が見込まれているだろう孫娘であるためか。周囲の海兵達は決して表には出さないが大変やり辛く思い、意図的に距離を置いていた。

 そしてそれをアンも理解しているため、彼らと関わることなく、少し離れた場所でトレーニングを積む。

 

 アンがまだ年相応であったら良かっただろう。

 けれどそんなこともなく、誰に頼ることもない。

 

 ガープは少しでもアンを強く、そして海軍に馴染めるよう前段階として自分の部隊と鍛錬させようと思ったのだが、その思惑はあっさりと外れた。

 

「……………ワシが新米だった頃は少し拳を交えれば仲良うなったもんだったがのう」

 

 気まずそうに頭をかくガープが離れたところで一人、他の海兵達と同じように素振りをするアンを見つめる。

 

 この距離。教室の中でぽつんと馴染めていない生徒のような、アンのその余所余所しさに「まあ、そりゃそうか」と思い直す。

 

 こんな屈強な男達の中で子供が一人。気まずいにも程があるだろう。その割にはコルボ山の山賊達とうまくやっていたようだが。

 

「アン、調子はどうじゃ」

「ガープさん」

 

 センゴクから幾度も話が通じないと言われるあのガープでさえ、さすがにアンや海兵達の間に流れる微妙な気まずさは察することができる。

 

 とりあえずアンに声をかければ、彼女の存在を持て余していた海兵達は分かりやすく安堵した。

 

「ちょっと向こうで話さんか。何、大した内容じゃない」

 

 訓練場の脇に設置されたベンチを指差せば、アンは大人しく頷く。

 

 そして彼女を引き連れ座ると、ガープにしては珍しく言葉を選びながら口を開いた。

 

「えーと、そうじゃな。ここに来て二年経つが、どうじゃ?もう慣れたもんだろう」

「はい。慣れました」

 

 そこで会話が終了してしまう。

 

 そうだな……慣れたは慣れたろうが……。

 

 ガープが脳裏で苦笑する。

 

 この二年。アンはマリンフォードで過ごし、海兵としての鍛錬を積んできた。ガープ直々に修行を見たこともあるし、自身に縁のある海兵や時折やって来るサカズキに任せて面倒を見たこともある。

 来月から軍学校に入学するものの、基礎体力は勿論。体術や覇気の使い方は一通りマスターさせたため軍学校でも、その先の海軍でだって問題なくやっていけるはずだ。

 

 そう、彼女の対人能力を除いては。

 

 ガープの孫娘であるということで否が応でも目立ってしまい特別扱いをされてしまう。

 これでアンにルフィやエースのような明るさや奔放さがあれば、周囲の海兵達は時にある種のカリスマとして受け入れ、時に「自分が支えてやらねば」と気にかけたかもしれない。

 

 しかしアンは決してそういったタイプではない。

 はっきり言って『可愛がられないタイプ』だった。

 

「なんじゃ。困ったことはないか?ワシやおつる以外に気軽に話せる奴は………」

「気軽に話せる、やつ………?」

 

 まあ、いないだろう。

 彼女の出自から言って海軍で気の休まるところもなければ、仲間もできないのは当然のことだった。

 話す内容を間違えたなと思い「今のは気にせんでくれ」と言う。

 

 礼儀正しいし、問題も起こさない。

 しかしどこか取っ付きづらい。

 

 ガープやセンゴク、おつるといった老兵達にしてみれば、アンのその性質も可愛いものだが、年若い海兵達からしてみれば小生意気に見えることだろう。

 

 これで突っかかってくる奴が現れて本音を話し合うような関係になれば良いものの、ガープの身内ということで誰も彼も距離を取る。

 

「…………悪かったのう。ワシの身内であるということは、お前にとってはさぞ息苦しいじゃろう」

 

 今更であるけれど、わざわざ養子として引き取らなくとも良かったかもしれない。

 複雑な事情を持つアンの後ろ盾として、ガープは孫として身内に入れたのだが、それは尚早だったかもしれないと後悔した。

 

 するとアンは目を丸くし、焦ったように口を開いた。

 

「そんなことありません。ガープさんには良くしてもらってますよ」

 

 そしてしばらく考え込んだ後、ぽつりとこぼした。

 

「…………普通、こんな子供が海軍にいたら絶対に侮られて嫌がらせを受けると思いますが、ガープさんの身内ということでそういうこともありません。そういった意味で守られているって理解してますし………。それに、この訓練だって海軍に出来るだけ馴染めるよう考えてくれたんでしょう?」

「あ、ああ。そうじゃな」

「私が海軍に馴染めないのは、多分、というか絶対に私が原因です。ガープさんの身内でも、例えばルフィだったらきっと上手くやっていけましたよ。…………だから、うまく馴染めなくて、すみません………」

 

 話している内に段々と声が小さくなり、最後にはしどろもどろとなって気まずそうに謝るアンにガープも唸る。

 謝らせる気は毛頭なかった上に、微妙に気まずい空気になる。

 こういうアンの卑屈さも、周囲と馴染めない一因なのは明らかだった。

 

 やはり、最初から無理なのだろう。

 彼女を海軍に馴染ませるのは。

 

 そもそも間接的にアンの母親を殺したのは、自分達海軍なのだ。父親については何とも思っていなさそうだが、そういった恨み辛みも彼女の中に燻っているはずだ。

 

 けれど、それはそうとして気にかけてしまう。

 

 この道に無理矢理引き摺り込んだ張本人ではあるが、うまくやれていないアンを見るとガープは「どうにかしてやらねば」と親心が湧いてしまう。

 

 そんなことをガープが思案していると、アンは慌てた様子で言った。

 

「すみません。こんなこと言ってガープさんを困らせたいわけじゃなくて………───私も組織に入っている限り、今のままじゃ駄目なのは分かっています。今すぐには難しいかもしれないけれど、少しずつ馴染めるよう努力するつもりです」

 

 苦笑するような、照れたような複雑な笑みを浮かべ言い放つアンに、ガープは目を丸くした。

 同時にガープの口から笑みが溢れ、この小さな少女から珍しく前向きな言葉が出てきた喜びに胸がおどる。

 

 それにやはり孫として可愛かった。

 男親で孫達も男。そんな中で一人素直で礼儀正しいアンは目をかけてやりたくなる。

 

「───そうか!そうじゃな!今はまだかもしれんが、仲間もできる!そんでその内お前さんにも居場所ができるぞ!」

「…………やっぱり出来ないかもしれないので、期待はしないでくださいね………」

「大丈夫じゃよ!お前さんならできる!」

 

 急に弱気になるアンに、ガープは快活に笑って吹き飛ばす。

 そして彼女の小さな頭をくしゃくしゃと撫でた。

 

 

 

 その後、アンは軍学校を卒業し、海軍に入隊した。

 周りから三世と揶揄されながら、粛々と業務をこなしていく中、順調に成果を上げていった。 

 

 そしてその成果によって軍内外で少しずつ認められていき、今では一部隊をまとめる将となった。

 おまけに部下に恵まれたのか。部下達がアンを慕い、鍛錬をする様子が訓練場からたまに見える。

 

 訓練場の隅で一人、鍛錬をしていた小さな少女が輪の中心にいる様にガープは感慨深く思った。

 いつも緊張で張り詰めていたアンの表情が、わずかばかり緩む様にほっと安堵したものだ。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 三日後、エースの処刑が執行される。

 

 その処刑人として選出されたアンはこれからインペルダウンへ向かう軍艦を港でぼんやりと見つめていた。

 そんな彼女の横に並べば、アンは会釈をして口を開いた。

 

「…………ガープ中将はインペルダウンへ行かれないのですか?」

「センゴク一人で問題ないじゃろう。それにエースとはもう監獄の中で話し終えた」

 

 久しぶりに会った血の繋がらない孫娘は、想像していたよりもずっと理性的であった。

 会った瞬間恨み辛みを吐かれるか、それとも差し違える覚悟をもってガープに襲い掛かるかと思っていたが、そんなこともなく謹慎から解かれたガープに話しかける。

 

 血の繋がった、たった一人の弟をその手で殺す。

 

 いつかそうなるかもしれないと思っていた残酷な未来が現実のものとなってしまった。

 立場上割り切らなければならず、気安くアンに声をかけることすら憚られる。

 

 しかしその時、ガープの脳裏に幼い頃のアンとエースの姿が過った。

 不貞腐れる幼いエースにアンが困ったように宥めている。

 血は繋がらないとはいえ、家族である二人の幼い頃の姿を思い出した途端、ガープは堪らなくなった。

 

「───アン、お前さんもこの軍艦に乗れ」

「は、」

「今からでも十分間に合う。ワシからセンゴクに電伝虫で伝えておくから早く乗れ」

「いや、でも」

「そこでお前さんがどんな決断をしたとしても責めん。ワシが責任をとる」

 

 呆気に取られるアンに憮然と言えば、彼女は理解し切れない顔のまま頷く。

 そしてしばらくして、軍艦へと乗り込んでいった。

 

 

 

 

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