インペルダウンからマリンフォードへ。
エースを護送する軍艦が悠々と海原を進んでいく。
『そこでお前さんがどんな決断をしたとしても責めん』
そう言ってガープさんは私を軍艦に乗せた。
きっと最後にエースとちゃんと話すようお膳立てをしてくれたのかもしれない。
軍艦の甲板には、海楼石の鎖で繋がれたエースが見せしめのように座っている。
そしてその傍にはセンゴクさんと、見張りの海兵が数人。私はというと、そんな彼らの後ろに控えていた。
するとその時、センゴクさんが私の方に振り返る。
「しばらくポートガス・D・エースの見張りを頼む。ワシらは中で会議があるんでな。くれぐれも此奴が逃げないよう目を光らせておけ」
会議?そんなのあったっけ?
私の他に周りの海兵達も「そんなものあったか?」という顔をして怪訝そうにしている。
しかしそんな周囲にセンゴクさんは「さっさと行くぞ」と一喝し、軍艦の中へ入っていった。
その後ろを海兵達が戸惑いながらも続いていく。
誰もいなくなった甲板で残ったのは、私とエースだけ。
そうか。最後に姉弟できちんと話しておけということか。
エースもその状況に理解したようで、ハッとした様子で私を見た。それに頷き、彼の隣に座る。
沈黙が続き、海の波打つ音だけが聞こえた。
「……………今回の処刑、私が担当するって話は聞いてる?」
「……………ああ。センゴクからすでに聞いてるよ」
そう尋ねれば、エースは静かに頷いた。
困ったな。いざ話すとなると何を話せば良いのか分からない。
エースもどこか気まずそうにしていて、すでに私から目を逸らしていた。
そんな彼に頭の整理がつかないまま、ぽつりとこぼす。
「…………最悪だよね。こんなことになるなんて。まあ、早く海軍を辞めなかった私にも責任があるからね。仕方ないのかな」
「別にお前のせいじゃないだろ。そもそも俺が海賊になったのが原因で………」
「うん、まあ、そうだね。それで捕まるんだから嫌になるよね。ていうか何で捕まったの。そんなに黒髭って強いの?」
「つえーに決まってんだろ。腐っても白髭海賊団の一員だったんだぜ?おまけにヤミヤミの実食ってたし」
「知ってる。黒髭、七武海に入ったからね。軍で悪魔の実の能力は伝達されてる。………そっか、強いんだ。エースよりも」
「いや、つえーけど俺もつえーし。勝てる自信あったし」
「負けてるじゃん。負けて捕まってるじゃん。もう、こんなことになるならアラバスタで意地でも止めれば良かった!だって戦争になるよ!?白髭と!!」
「そんなわけねーだろ!俺が勝手に船を飛び出したんだ!親父達は来ねえよ!」
「来るよ!絶対に来る!海軍と白髭の全面戦争になって、それで、その中で!私はエースを殺さなくちゃいけない!!」
堰き止めていたものが決壊するように、私の口から悲鳴が上がる。
センゴクさん達に聞かれるかもしれないのに、そんなことを考える余裕もなく、ついに蓋をしていた感情が溢れ出てしまった。
海兵になって多くの海賊達を討伐や捕縛をしてきたけれど、やっぱり怖い。それが自分の血を分けた弟であるのなら尚更だった。
けれどふと冷静になり、息を吐く。
そしてエースに謝った。
「…………ごめん。つい、カッとなって」
「…………いや、俺も悪い。カッとなった」
こんなこと、今更話しても遅いのだ。エースを責めてもどうにもならない。
するとエースは「すまん」と口にする。
「お前にこんな重荷負わせて、本当にすまない」
「私も、ごめん。エースを、その………」
そんなエースに耐えられなくて私も謝れば、彼は首を横に振った。
「海賊として生きていくと決めたのは俺だ。それで処刑されても何の文句もねえよ。お前に処刑されたとしても恨まねえし、むしろ、悪い」
「……………ううん。私の方こそ、ごめん。こんなことになって」
「でもよ、海賊と海兵になった者同士いつか戦う日が来るんじゃないかって思ってた」
「そうだね。実際起こると打ちのめされるけどね」
「………だな」
再び沈黙が訪れる。
最後に話す機会が与えられても出てくるのは互いに謝罪だけで、それ以上何も言うことがない。
センゴクさん達も戻ってくる様子はないし、時間の猶予があるのかもしれない。もう少しだけ、まだエースと話して良いのだ。
「なあ。俺ら二人を残したってことは、最後に姉弟水入らずで話せって言うことだよな?」
「多分そうなんじゃないかな。あと、軍艦に乗る前にガープさんから言われたよ。どんな決断をしても責めない。自分が責任をとるって」
そう言えばエースの顔が歪む。
こうやって口にすると、ガープさんの言葉の裏を理解してしまいそうになる。
エースもそれに気付いたのか、口を結んで項垂れた。
「もしかしたらガープさんは私達が逃げるのを期待してるのかもね」
「俺達が逃げたら、ガープはどうなるんだよ」
「まず責任問題として世界政府から追及される。それから海軍自体が批判されて、ガープさんは責任をとって辞職するかも」
辞職だけで済まないかもしれないが。
けれど私は、そこまでしてくれたガープさんを裏切れない。エースもそれを望んでいないのか口を開いた。
「お前が俺を処刑してくれ。俺はもう、覚悟を決めた」
「───分かった」
脳裏にふとエースとの思い出が過ぎる。
と言っても私達が一緒にいたのは10歳までで。それからはアラバスタ王国で再会したことしかない。
コルボ山でのエースは懐かない野生の獣のようで、性格が真反対だった私達はいつもどこかギスギスしていた。
エースは私の流されやすく意思のないところが嫌で、私はエースの性格に戸惑って必要以上に遠慮していたと思う。喧嘩する以前の問題で、私達は全く相性が悪かった。
けれど、嫌いではなかった。
自分の血に悩み苛まれる──本当は繊細な少年に何とかして寄り添えないだろうかと思っていた。
エースは血を分けた弟だから。
この世でたった一人の、同じ海賊王の血が流れる存在だから。
その弟を処刑───いや、私が殺す。
海賊王の血が流れているという理由で。
「エース」
「………何だ?」
「私は、エースを一人の海賊として裁くよ。私も一人の海兵として、貴方に向き合う」
海賊王の遺児だからではなく、一人の海賊として。
それがせめてもの、エースの尊厳を守る行為だと思った。
───エースを殺したら、私も死のう。
海賊とはいえ、弟をその手にかけるのだ。
その罪は決して許されないし、耐えられる自信がない。
エースの方に視線をやれば、彼は不思議そうな顔をして私を見ていた。
幼い顔で、それが何だか小さい頃のエースと重なる。
思わず苦笑してしまった。
「何か言い残したことはない?今だから聞きたいことでも良いし………センゴクさんがいない内に教えて」
誰かに伝えておいてほしい言葉はないだろうか。
おそらく遺言となるそれを処刑人である私が聞き届け、相手に伝えるなんて真似はひどく残酷だ。
けれどもうエースに対して、こんなことしかできない。
しかし彼は「そこまでしてもらう必要はねえよ」と言って首を横に振った。
「本当に良いの?ルフィやダダンさん達には………」
「良いんだ。それに、お前にはもう負担をかけたくない」
その言葉に「そっか」と頷くしかない。
何だか段々と心が凪いてきた。
私がエースを殺さなくてはならないというのに、何というか、心が麻痺しているかのように実感が薄れていく。
現実逃避をしているような、明晰夢を見ているような。
これ以上心が壊れないよう感情が制御される感覚だった。
「…………あ、そうだ。ずっと聞きたかったんだが、アンは本当は何になりたかったんだ?海兵じゃなく」
「私は………本当は子供が好きだから、学校の先生とかになりたかったかな」
「そうだったのか。お前はねえのか?俺に聞きたいこと」
尋ねてくるエースに思案する。
せっかくだし、何でも答えてくれそうな雰囲気だから気になっていたことを聞こうと口を開いた。
「…………ずっと思ってたんだけどさ。エースって勉強、ちゃんとした?腕のスペル間違えちゃってるし、正直それだけが心配で………」
「これはわざとだ!」
「わざと?」
「いや、話せば長くなるんだけどよ………。グレイターミナルにいた頃、サボっていう義兄弟がいたんだよ。もう死んじまってるけど」
気まずそうに話すエースに「なるほど」と納得する。
話を聞けば、そのサボという子は天竜人の乗った船に砲撃されて死んでしまったらしい。遺体は海に流れ、墓を作ることができず、せめてもの形として腕に刺青を遺したそうだ。
───そして、そのままドーン島にいた頃の話になる。
ダダンや山賊の人達、フーシャ村の長閑な人々との繋がりをエースと共に回想する。
正直私は楽しかった思い出の方が少ないけれど、エースから見たドーン島の人達の様子や印象は改めて興味深かったし、島にいた頃は分からなかったあの頃のエースの気持ちが、今になってようやく知れて嬉しくもなる。
「アンは昔から賢かったというか、大人びていたよな」
「エースは昔と比べて大分頼り甲斐が出てきたよね。良い出会いがあったの?」
「ああ、17歳で島を出てからになるんだけどよ───」
もっと早く、こんな風に話せたら良かった。
もっと、もっと、弟と話していたい。
そしてその時、ふと思い出した。
そういえば、革命軍の参謀に『サボ』という名の青年がいたことを。
ここまで、ありがとうございました。
書き溜めますので、一旦更新はストップします。