この処刑には、旧時代の遺物を削除するという別の目的もある。
表向きゴールド・ロジャーの血を絶やすというエースの処刑が主目的となっているが、彼の所属する白髭海賊団の海賊達の戦力を大幅に削ぐという目的もあった。
だからこそエースの処刑は大々的に報じられ、白髭海賊団と交戦する。ある程度の戦力──白髭海賊団の名の知れた隊長達や白髭本人を戦闘不能にした後、見せしめるようにエースの首を飛ばすのだ。
しかし、状況により優先順位は変わる。
エースを殺すことは海軍側の最低ラインとして。センゴクさんの指揮によって白髭との交戦を優先することもあれば、処刑時間よりも前にエースの処刑が実行されることもあるだろう。
実際にエースの処刑は早まると作戦変更がなされた。
海賊と海兵達による戦闘を処刑台の上から見つめる。
今のところ海軍側が押しているようだ。
ふと視線を外せば、本物の山のような巨体が倒れ伏している。オーズJr.という巨人の海賊がドフラミンゴによって倒されたのだ。
死んではいないようだが、気を失う最後までエースを助けようと手を伸ばしていた巨人の海賊に何とも言えない気持ちになる。
(…………変だな)
この戦争が始まった直後から何故か気持ちがざわざわするのだ。
エースを殺すという覚悟はとっくに出来ているものの、それとは違う───エースを助けようとする白髭の海賊達を見ると、何故か羨ましく思えてしまう。
エースの出自を知っても尚、助けようとする。
その事実がどうしようもなく胸に突き刺さる。
「アン大佐、海底に潜んでいる船の動きは?」
「未だ白髭の船が一隻海底に待機していますが、浮上する気配はありません」
「そうか」
自分の気持ちから目を逸らすようにセンゴクさんに報告する。
エースを横目で見れば、項垂れていた。
見聞色の覇気で察知しなくとも分かる。もう、心が折れそうなのだ。自分のせいで仲間が傷付くという事実に耐えられないのだろう。
「早く俺を処刑しろ………!そうすれば終わるんだろう!」
そうセンゴクさんに叫ぶエースに何も言えない。
しかしちらりとセンゴクさんを窺えば、顎でエースをさした。自分の代わりに答えてやれと言うことか。
「それは出来ない。白髭の戦力を削ぐこともこの処刑の目的だから」
「そんな………」
私も、もしエースの立場なら死にたくなる。
タブーだった自分の出自を認めてくれて、尚助けようとしてくれる人達が傷付いているのだ。
私にはそういう人はいないけれど、もしそういう人が現れたなら何に代えても守りたい。
「……………確認させてください。ポートガス・D・エースの処刑は」
「まだだ。海軍側の勝利を意味付けるような主戦力を潰せていない」
少なくとも白髭エドワード・ニューゲートは参戦していない。旧時代の象徴である男を海軍大将が全員揃っている今一撃でも当てたいのだろう。
センゴクさんのその考えを理解する。
しかしその時、ふと空から何かの気配を感じた。
(あれ?)
もしかして空島の住人か、世界経済新聞の記者が潜んでいるのだろうか。
けれど段々と降下していく豆粒のような──決して鳥ではない複数の人間の気配に呆然とする。
すると処刑台の階段の下から一人の海兵がセンゴクさんに叫んだ。
「センゴク元帥!報告が遅れて申し訳ありません!!正義の門が何者かによって開場させられたとのことです!!」
「何だと!?」
「───センゴク元帥!上に何かいます!!」
空からものすごい勢いで落下する懐かしい気配に気付く。
ルフィだ。
何でこんなところに。
おまけにクロコダイルや他多数の気配も落下してくる。
そこでハッとルフィがインペルダウンに侵入していたことを思い出した。
つまりインペルダウンの囚人達を引き連れてエースの処刑を阻止しようとしているのか。
まさかここまで追いかけてくるとは思わなかったが、あの破天荒なルフィだ。恐ろしいほどの天運でやってのけてしまうかもしれない。
「報告します!頭上からモンキー・D・ルフィ、クロコダイル、他数百名の気配が落下していきます!」
「落下……落下!?」
「はい!」
私の報告にセンゴクさんが泡を吹きそうになる。
「…………落下地点の計算はできるか?」
「申し訳ありません。できません。───ですが、巨大な無機物の気配もします。おそらく奴らは船で移動してきたのでしょう。船の気配はちょうど湾内の真上にありますので、湾内に凍るクザン大将の氷塊か白髭の船に落ちる可能性があります」
運が良ければ、湾内の凍っていない海面に落ちるかもしれないが。
センゴクさんが頭を抱えながら、各海兵部隊に頭上注意と可能ならばと狙撃の許可を下す。何人かは落下中に始末されるだろう。
やがて空から落下してくる気配が、目視できる距離まで迫ってきた。
ルフィの参戦によって起こり得るだろう影響を考えた時、背筋がぞっとする。だって彼は私の出自について知っているのだから。
アラバスタでは彼の仲間しかおらず、もし口を滑らせたとしてもいくらでも誤魔化せただろう。
しかし今は状況が違う。この世界中の人間が見ている中で、もし悪気なく私の出自を明かしたら、もう誤魔化すどころの話ではない。
「あ、はは………」
まずルフィだ。
まずルフィを仕留めなければならない。
エースだけでなく、更に自分も海賊王の子供だと全世界にバラされるリスクがあるだなんて。
(甘かったなあ。私………)
とりあえず私の出自がバレる覚悟はしておこうと思った。
◇
「───妙だな」
処刑台に項垂れるエースの姿を一瞥し、白髭は怪訝そうにぼやく。エースと、そしてその横に並ぶ処刑人モンキー・D・アンの姿にふと違和感を感じた。
「オヤジ、どうした?」
「いや、何でもねえ」
戦況を見極める最中。処刑台の方を見ればそれほど険悪な様子もなく、むしろアンの表情はエースを気遣うようなものだった。彼らは同郷であるため知り合いかもしれない。
おまけに隣り合う姿を見た瞬間、何故か「似ている」と感じてしまった。
豪胆なエースと噂によれば真面目な女海兵。似ているはずもないのに、目鼻立ちや時折醸し出す繊細な空気感が重なる。
いや、違う。あの女海兵に何故かゴール・D・ロジャーの面影を重ねてしまうのだ。
全く似てはいないというのに、初めてエースと出会った時と同じ予感をアンにも感じる。
(………………まさかな)
するとその時、白髭の隣にマルコが降り立った。
青い炎に包まれながら、不死鳥の姿から人間の姿に戻った男が溜め息を吐く。
「しかしエースも難儀な奴だよい。あの女海兵のファンだっていうのに、処刑人が本人だなんて」
「エースの奴、あの小娘を気に入っていたのか?」
「ん?ああ、よく世経に載ったアン大佐の記事を読んでニヤニヤしてたよい。同郷だからかもしれねえが」
そういえば、エースが新聞の記事を読んで一人笑みを深めていたことがあった。弟について書かれた記事なんかは嬉しそうに周囲に自慢するが、そういったこともせず、ただ静かに読んでいたものだから珍しいと思ったのだ。
一つの疑念が白髭の中でしゅるしゅると纏まっていく。
そしてある可能性に辿り着いた時、政府のあまりの残虐性に反吐が出そうになった。
(おい、ロジャー。お前、まさか………!)
同郷で同い年の、雰囲気の似た子供。
ただの可能性ではあるが、もしアンが、エースと同じゴール・D・ロジャーの子供だとしたら。
そう考えた瞬間、ふと耳に何かの叫び声が聞こえてくる。
上を見上げれば空から人間の人影が迫ってくるのが見えた。
小粒だ。覇気も何一つ身についていない無鉄砲な若い気配が真っ逆さまに落ちてくる。
そしてそいつは戦場に響き渡るような声を張り上げた。
「エーース〜〜〜〜ッ!!!助けに来たぞーーーッ!!!」