白髭エドワード・ニューゲートとガープさんが戦場の真ん中でやり合っている。地面は大きく割れ、瓦礫は抉れている。おおよそ人間が起こしたとは思えない災害のような状況に海兵達は決して近付くことはなかった。
白髭の振動を拳一つで抑え込むガープさんを処刑台から見つめる。
そしてセンゴクさんは戦況を見渡し、言い放った。
「───……そろそろだな」
センゴクさんが私を見つめ、頷く。
私もそう思う。処刑を行うなら今しかない。
『これより、ポートガス・D・エースの処刑を執行する』
センゴクさんの声が戦場に響き渡った。
それに海賊達の怒号と悲鳴が上がる。
「おい!誰でも良い!!エースのもとに行けねえのか!?」
「親父はッ!?他の隊長達は!?」
「ガープの奴に止められている!隊長も足止めを喰らってる!!」
「誰かッ!処刑を止めるんだ!!」
そんな彼らの声を背に、剣を握る。
今回使うのは処刑用に誂えられた処刑剣──通称『正義の剣』だ。鍔の短く真っ直ぐな刀身で、柄頭は丸く描いている。いつも使用している愛刀は腰に差し剣をエースの首に構える。
エースを見るが、項垂れていて表情が分からなかった。
仲間達の声をあえて聞かないようにしているのか。それとももう、あまりの光景に心が折れてしまっているのかもしれない。
覚悟は決めたはずなのに手が震える。
脳裏に幼い頃のエースの姿が過ってしまった。
いつも何かに傷付いていた繊細なあの子が海に出て、海賊として活躍して。たまに見る新聞の写真では生き生きとした表情で武功を上げていた。
海兵として彼の行いは看過できないけれど、コルボ山では決して見れなかった姿に感慨深くもなった。
(それを私が終わらせる)
同時に心が悲鳴を上げる。
「…………モンキー・D・アン大佐。やれ」
「───はい」
そして剣を振り上げた瞬間、ぞくりと背筋が凍るのが分かった。見なくとも分かる。白髭の殺気が私を射抜く。
しかしその時、ふと別の気配を僅かに感じた。覚えのあるそれに一瞬動揺しながらも、そのまま剣を振り下ろす。
私がエースを殺す。
本当は嫌だ。本当はこんなことしたくない。
(本当は…………ッ!)
その瞬間、突き刺さるような覇気を一身に浴びる。
ルフィだ。ガープさんの攻撃から目を覚ましたのだろう。
クロコダイルを撃破した時と同じ、覇王色の覇気が大砲のように放たれ、意識を押し潰そうとする。
「ッ! やめろーーーーーーッ!!!」
周辺の海兵が次々と倒れる。
空気が震え、あまりの圧に意識が一瞬飛ぶ。
けれど歯を食いしばり、足に力を入れ、そのまま剣を振り落とす。
エースの首に刃が当たる──その瞬間。
轟音と衝撃とともに、私の視界は真っ黒になった。
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一瞬、何が起こったのか理解できなかった。
足場は崩れ、処刑台ごと破壊されたのだと気付く。
慌ててエースを担ぎ、崩れ行く瓦礫を蹴り上げながら地面に降りれば、目の前に巨大な拳が鎮座していた。
オーズJr.かと思ったが、彼は倒れ伏している。
じゃあ一体誰が、と辺りを見渡している内に、その巨大な腕は風船が萎むように縮んでいった。
そしてその縮んでいく腕の先を目視した瞬間、アンの耳に少年の声が飛び込んだ。
「───アン!!!」
ルフィだった。
身体中真っ白に色付き、羽衣のような覇気を靡かせた──まるで神様のような姿に見えた。
しかし瞬きすれば、その姿は蜃気楼のように一瞬にして消える。
代わりに全身に禍々しい武装色の覇気を纏ったルフィの姿があった。荒削りではあるものの、ルフィ自身が一つの武器になったようだ。
(あの姿は一体…………)
見間違いか。それとも見聞色の覇気による未来視か。
分からなかったけれど、あの真っ白な神様のような姿が未来のルフィであることを何となく予感した。
しかも近い未来にあの浮世離れした姿になると断言できる。
するとルフィは息も絶え絶えになりながら叫んだ。
「お前が選んだ道なら何になっても構わねえ!海賊でも海兵でもなるのは自由だ!だけど、これは本当にお前が選んだことなのか!?」
「ルフィ、」
「望んでもないことをするんじゃねえよ!本当は覚悟なんてできてねえくせに!!」
その言葉に一瞬胸が燃えるようにカッとなる。
私がどんな思いでこの場に立っているのか知らないくせに。そんな思いが湧き上がる。
それと同時に処刑が阻止されたことによって白髭の海賊達の士気が上がったのに気が付いた。
まずい。このままだと処刑する前に海兵達が押し負けてしまう。一旦彼らの心を完膚なきまでに折らないと、この戦争はたとえエースが死んだ後も続く。
「エース」
「…………何だよ」
「エースはどうしたい?このまま仲間と逃げたい?…………私を、置いて」
当てつけるように言えば、傍でエースが怪訝そうに眉を顰めた。
最低だ。相手に対する守るべき配慮を捨てたやり口に軽蔑する。
けれどここでエース自らの意思で処刑を望めば、流石に白髭達やルフィの気も削げるだろう。エースの善意に付け込んだ残酷な物言いだけれど、もう手段なんて選んでられない。
おまけに一瞬幻のように見たルフィの真っ白な姿が頭から離れなかった。
あれは、今はまだ出してはならない。
この戦争がもっと過酷に、もっと長引けば、ルフィがあの姿になってしまう気がしてならないのだ。
しかしエースはそんな私に反して落ち着いていた。
そして、何故か痛々しいものを見るかのような瞳で私を見つめている。
「───アン、俺と今この場で逃げねえか」
「な、何言ってるの。だって、軍艦で散々話し合ったじゃ」
「状況が変わったのは分かるだろ。お前の出自が世界政府にバレて利用されている可能性があるんだ。今俺の処刑を成功させても、この先ずっと出自を盾に利用され続けることになるぞ」
言葉を失う私にエースが続ける。
「俺は海賊だからまだ良い。だが、もしかするとこれから罪のない人間を殺す羽目になるかもしれないんだぞ」
それは私も思っていた。
もし世界政府に出自がバレているとしたら、この処刑は私に対する踏み絵で、これからそれを盾に『英雄』をする傍ら人の道に外れた任務を宛がわれるかもしれない。
私はエースを殺したら死ぬつもりだけれど、そんな政府に振り回されたまま人生を終わらせるのだろうか。
「アン、逃げよう。事情を話せば親父達は分かってくれる。甘いこと言っているのは分かってるが、俺は何度だって頭を下げる。…………最悪、白髭海賊団だって抜けてもいい。お前はもう、自由になって良いんじゃねえか」
敬愛する白髭のもとを離れてでも、私と逃げてくれる。
何を馬鹿なことを。けれどその言葉に思わず立ち尽くしてしまった。願ってもないその申し出に咄嗟に手を取ってしまいそうになる。
そんなことをして良いのだろうか。
不意にこれまでの海軍での日々が過る。
「───アン!!!」
するとその時、センゴクさんの声が耳に飛び込んできた。
焦ったように私の名を呼ぶ彼の姿が目に入る。
◇
アンが望んで海兵になったというわけではないことを、センゴクはずっと理解していた。
海賊王の子供として監視目的で海軍に身を置き、幼い頃から肌に合わない海兵として過酷な任務に就く彼女が、本当はこの環境から逃避して静かに暮らしたいと願っていることも薄々気付いていた。
本人の意思に反して、アンの生真面目さと高い倫理観が海兵という職務と合致してしまっているだけなのだ。
そして、今回の処刑だ。
唯一血の繋がった家族を殺せと命じられて、海軍への信頼はもうないだろう。
最初から無かったかもしれないが、今回の件で僅かにあった情も無くなっているに違いない。
逃げようと言うエースにアンは呆然と立ち尽くしている。
このままではまずい。
道化のバギーが強奪した映像電伝虫で、この様子が
「───アン!!!」
叫べば、彼女は振り返った。
そしてアンは空を仰ぐ。
まるで憑き物が取れた表情をしていた。