『初めまして、モンキー・D・アンと申します。よろしくお願いいたします』
サカズキが初めてアンと出会ったのは彼女がまだ齢10の頃。ガープに連れられてやって来たアンはあまりにも小さく、細く、そして子供らしからぬ愛想笑いを浮かべる小生意気そうな少女だった。
あのガープの奔放さから似ても似つかない子供に違和感を覚えたものの、もしかすると別の意味で問題児であり、大人を見下すような捻じ曲がった性根の小娘かもしれないと思ったのを覚えている。
しかし鍛錬は真面目にこなす。
ガープの身内ということで偉ぶった態度も取らない。
特に問題行動を起こす様子もない。
ただ、周囲の大人達から一歩引いて、どこか余所余所しい様子で関わる姿に「コイツは単に人付き合いが苦手なだけかもしれない」と思ったのだ。
そういった気質を持つ少女だからか年若い海兵達から舐められやすい。
遠回しに揶揄を受ける姿を見て「あの『英雄』ガープの孫として情けない」とも思った。
おそらくそこからだっただろう。
サカズキがアンに目をかけだしたのは。
見聞色の覇気の精度は良いのにコントロールが悪くて度々酔う。
口達者で愛想笑いも出来るというのに、肝心なところで周囲から引いてしまう。
戦闘センスは良いのにフィジカルが付いていっていない。
色々と
そしてそれは昇華し、今では海軍の若手の中でも頭一つ抜きん出るほどの海兵に成長した。
脱落者の方が多いと称されるサカズキの苛烈な鍛錬に耐え、長年真面目に取り組んできたのだから当然であろう。
少しばかり怯えられてしまっているが、時折任務帰りに土産を買ってきたり、仕事の手伝いを申し出るあたり世話になった自覚があるらしく義理堅い。
比較的ベテランの部下が集まる中、その中で若いアンには未来の海軍を託しても良いと思えるほどであった。
───そして同郷であるらしいポートガス・D・エースにこの処刑から逃亡しようと唆された時の、アンの青臭い言葉がサカズキの脳裏を過ぎる。
『今、世界のどこかで、海賊から虐げられている人達がいる。海兵である私が一個人の理由で海賊を見逃せば、海軍を信じてくれる人達の気持ちを裏切ることになる』
『正義という信条を背負って海兵をやっているのなら、私達はその人達の拠り所にならなくちゃいけない!』
『そうしなければ、この世界で虐げられる人達は海兵を信じられず誰にも救いを求めなくなる。───そんな残酷なこと、起こって良いはずがない!!』
その言葉に、嘘偽りは見当たらない。
海兵として長年アンがどのように任務に当たってきたか見ていれば分かる。
何よりも市民の命を優先させる彼女の言葉には説得力があった。サカズキにとってそれは若い海兵らしい甘い思想ではあるが、決して踏み躙られて良いものではない。
だからこそ、サカズキは激怒した。
黒髭マーシャル・D・ティーチによる、アンの出自の暴露に対してではない。
海賊であり、血を分けた双子の弟の処刑を『海兵』として逃げず遂行しようとしたアンを侮辱したことを。
踏み躙られるべきではない正義に泥を塗ったことを、サカズキは誰よりも激怒した。
◇
サカズキのマグマによって焼け爛れ、欠けた右腕にティーチが苦悶する。
咄嗟に他黒髭の海賊達が後ろに下げようとするが、それでもサカズキはティーチに向かってマグマをたぎらせ拳を振るおうとする。
「赤犬!!こんなことしてる場合じゃねえだろ!!白髭も死ぬ間際!エースの処刑もまだ!そこにいる小娘の処理だって今の内にやるべきなんじゃねえのか!?」
唾を飛ばしながら絶叫するティーチにふと立ち止まった。
そして後ろで茫然と立ち尽くしているだろうアンに向かって言い放つ。
「……───モンキー・D・アン!!」
「は、はい!」
「貴様は何を突っ立っておる!貴様の任務は何じゃ!?火拳の処刑じゃろう!!さっさと仕留めんか!!」
「あ、あの、今明かされたような出自なら………その私が火拳の処刑をするとなると海軍のパブリックイメージが。そもそも私も処刑される身で………」
「何をごちゃごちゃ言っとる!!海兵なら早う海賊を仕留めんか!!」
一喝すると、アンは「はい」と返す。その声は震えていた。
そしてサカズキは再び黒髭と対峙する。
アンの出自が暴露されてから、彼の頭の中で引っかかっていた彼女に対する違和感がしゅるしゅると解けていくようだった。
するとその時、背後から衝撃波がサカズキを越えて黒髭海賊団に放たれる。
見れば白髭が一人立っていた。ガープとの闘いで疲弊し切った男は黒髭を見つめ、そしてサカズキを睨みつける。
「どけ赤犬!!そいつを殺すのはこの俺だ!サッチを殺し、エースを追い詰めたケジメを取らせんと気が済まん!!」
「ワシに命令する気か!?これは海軍の問題じゃ!!」
白髭と闘っていたガープは何をしていると思えば、ガープを見れば動き回る麦わらを捕らえ気絶させていた。
しかし遠目からでも分かる程、壮絶な形相で睨みつけており、わざと白髭を行かせて黒髭を葬ろうとしたのかもしれない。
(麦わらといい、白髭といい、火拳といい………!)
黒髭だけではなく奴らに対する怒りも沸々と湧いてくる。
そもそも、海賊王の血をひいているにも関わらず海賊をやる火拳と、自分の出自に負い目を感じながらも海兵をやるアンとは対照的すぎて、やはり二人は血が繋がってないのではと思ってしまう。
「……………黒髭。まさか貴様、
「そんな訳あるか!見てみろ!似てんだろ!」
「似とるわけあるかァッ!!」
「いや、似てるだろう。俺はあの小娘がロジャーの娘だと気付いたぞ」
白髭の言葉に苛立つ。
似ていると言えば、癖のついた黒髪くらいだ。纏う雰囲気だって似ていない。
気を取り直し、ふと黒髭を見据える。
エースの処刑は引き続きアンに任せるとして、インペルダウンLevel6の死刑囚が野放しにされている状況は流石にまずい。
けれど、冷静になれば白髭は黒髭を殺すと言う。潰し合わせれば良いかとサカズキは思い直した、が。
(何故ここにいる。死ぬ間際の白髭を見物したいのならば隠れておれば良い。この舞台で黒髭海賊団の名を知らしめるためか?)
しかし、それならば崩落した基地本部からサンファン・ウルフの巨体が現れた瞬間、名を上げて戦場からさっさと逃げれば良いのだ。
白髭にトドメを刺すつもりで来たのかとも思うが、奴の口ぶりからするに『白髭を自身の手で倒す』ことを望んでいるわけではないだろう。
(アンの出自を明かして世界を混乱させるためか?………いや)
殺されるリスクがある上で現れた黒髭の目的。
ありとあらゆる仮説が脳裏を過り、その中でふと思い付く。
ポートガス・D・エースとモンキー・D・アン───ロジャーの血が流れる両者の抹殺。
また、思い返せば黒髭は死に目の白髭に会えて良かったと言っていた。世話になった義理で放った言葉ではない。侮蔑でもなく、おそらく本気でああ言ったのだろう。
(白髭に用がある。………───死にかけている白髭の何に用がある)
そこまで考えが辿り着き、再び黒髭を見る。
得体の知れない相手に対しての嫌な予感がさざなみのように押し寄せてくる。
コイツをこのまま放っておいたら、白髭が死ぬよりも厄介なことが起こりそうだという予感がするのだ。
「……………おい、白髭。奴は死に体のお前に何の用じゃ。何が目的でここにおる」
聞けば白髭が眉を寄せる。
そしてしばらく黙り込んだ後、何かに気付いたかのように顔を上げた。
同時刻。
背後から海賊達の歓声が湧く。
ポートガス・D・エースの手枷が何者かによって外された。