気球と無数の鳥によって空を悠々と移動するポット型の社屋──世界経済新聞社。
その書斎で鳥の頭を持つ男が、テーブルに広げられた数えきれないほどの写真を見つめながら一人の社員の報告を聞く。
海兵と偽り紛れさせた新聞社の社員から、後に『マリンフォード頂上戦争』と呼ばれる戦いの顛末を聞き、さてどうするかと胸を踊らせる。
ポートガス・D・エースが『海賊王』ゴールド・ロジャーの遺児だったこと。
処刑役を務めたガープの孫娘モンキー・D・アンも海賊王の遺児でありエースと双子の姉弟だったこと。
そしてエースとアンの戦いは相打ちで終わり、二人の姉弟は生死不明で今も見つかっていない。
一方で頂上戦争に突如現れた黒髭は、部下の報告によると赤犬と白髭両者の攻撃により死亡。黒髭海賊団は壊滅したものの他船員はマリンフォードから逃げ出したそうだ。
またエースとアンの行方不明によって戦場は膠着し、泥沼化するかと思えば赤髪海賊団の登場で戦争は終息した。
鳥の男──モルガンズはエースとアンの戦いによる映像型電伝虫の故障で全ての顛末までは見れていない。
しかし部下からの話を聞き、どれを見出しにしても遜色はないと張り切った。
(何から書く?何を書いても面白い!だが、まずは火拳とアン大佐の出自からだな)
不思議なことにモンキー・D・アンの実父が海賊王だと明かされたにも関わらず、世間に対する彼女の評価はごく一部を除いて概ね変わらなかった。
(まあ、そりゃそうか。あんな映像を見せられたんだ)
海賊に被害を受けたことのある市民を想って、双子の弟である火拳を一人の海兵として処刑しようとした。
苦しげに処刑台に上り死ぬ間際まで戦い抜いた彼女は、鬼の血が流れていようが正義を貫こうとした海兵にしか見えない。
けれど、それはどうだって良い。
モルガンズは部下を下がらせ、何を書こうかと考え始める。
テーブルに今回の頂上戦争で活躍した者達の顔写真を改めてじっと見つめた。その中にはアンの写真もある。
(長い間海軍を騙した鬼の血をひく冷酷な女?それとも海軍に利用され酷使され続けた哀れな被害者?それならモンキー・D・アンの行方不明は偽造で、実は海軍が秘密裏に殺した可能性もあるよな)
何を書いても反響は良い意味でも悪い意味でも大きいだろう。モルガンズはほくほくとしながら、写真の中のアンに笑みを向けた。
◇
頂上戦争の被害によって海軍本部は崩壊。
新しい基地は新世界へと建てられることになった。
そんな中、仮の基地となるマリンフォードの屋敷で人払いされた部屋の中から一人の女海兵が去っていく。
女海兵──イスカの去り行く後ろ姿を見ながら、部屋に残った海軍上層部のセンゴク、ガープ、おつるがふと息を吐いた。
「…………これで良かったのかのう。行方不明のアンとエースが見つからないため捜索中止。よって『死亡』扱いにするとは」
「ガープ。
ガープの呟きにおつるは肩をすくめる。
エースとアンが見つからないとのことで海軍は彼らを死亡と断定。アンの直属の部下だったイスカは前もってそのことを通達されたのだ。
またアンの部隊は解体。以降イスカはおつるのもとに下る予定だ。
「じゃがのう。…………アイツは生きておる。なのにどうしてこうも見つからないんじゃ」
ガープは懐から小さな紙切れを取り出す。
『ビブルカード』
爪のかけらや髪の毛によって作られるそれは、対象者の行方と命を指し示す。10年前、アンがこのマリンフォードにやってきた時に監視目的のために作られたものだ。
アンはまだ、どこかで生きている。少し焦げ付いているが確かに存在するビブルカードにガープは首を傾げた。
しかしそれをセンゴクとおつるが諫める。
「アンは行方不明のままの方が良いだろう。どこかで生きているならそれで良し。この機会にアイツを解放してやれ」
「あの子のことだから、もう表舞台には出ないだろうしね。顔を変えるか変装するかで、きっと大人しく暮らしていくさ」
無理に探して再び海軍に連れ戻す方が不憫なのだ。ガープも自覚しているのか「そりゃそうだな」と頷く。
もう彼女を楽にさせてやりたいのはガープも同じだった。
それに海賊王の血を引くアンが無害であることは、今回の処刑を通して証明された。センゴクもこれ以上彼女を危険因子として見る必要はないだろう。
「………寂しくなるのう。じゃが、一番寂しがっとるのはサカズキかもしれん。サカズキにはアンが生きていることを言わないのか?」
「言わん。それにアイツにはもうこの件について話している。もしアンが生きていると話せば良かれと思って探しにいくぞ。真面目な奴だ。もしアンが海軍に戻ってきたとして、その扱いに困るのはサカズキだろう」
センゴクの言葉はありありと想像できた。
もしアンを連れ戻したとして、海賊王の娘である彼女を処刑するか見て見ぬふりをするか。顔には出さないが苦悶するサカズキの様子が目に浮かぶ。
愛弟子を失って辛いところではあるが、そっとしてやった方が本人のためかもしれない。
しかしそれをおつるが鼻で笑った。
「サカズキはあれで理解しているよ。きっとアンが生きていると分かっている。…………あの子を探さないことが優しさだということもね」
それに上司であるセンゴクがアンを死亡したと確定したのだ。
これ以上行方を探す理由はない。
「───話は変わるが、ガープ。世界政府と各社マスコミに対する声明だが………お前さんはアンの出自を知らず、ドーン島でアンを保護したことにするぞ。多少無理があるがな」
そうでもしないと、世界政府主導で行われた海賊王の実子及び母親狩りの関係者達は黙っていないだろう。
ガープは眉間に眉を寄せながら「ああ、任せた」と渋々頷いた。
彼の孫娘という肩書きのおかげで誰一人アンのことをロジャーの血縁者だと思わなかったものの、こうして明るみに出るとは。
(きっとエースの奴も生きておるな)
アンが生きているのだ。彼女より頑丈なエースはおそらく無事だろう。
今回の戦争でアンとエースの相打ちとなったが、表向きは海賊王の血を断つことができたと海軍の勝利を発表する予定だ。
(エースが再び表舞台に立つ時は、手配書を再発行せねばならんのう)
その頃にはセンゴクも、ガープも、おつるも海軍を引退しているかもしれない。
これから来る新しい時代の波乱の予感にガープはつい苦笑し、先の頂上戦争で元帥の器を感じさせたサカズキにらしくない同情をした。
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イスカは呆然としながら、海軍仮基地の屋敷の廊下を歩く。
思い出すのは過去に自分の仇を討ってくれたエースと世話になった直属の上司アンの姿。彼らの一騎打ちを前にイスカは何もすることができず、先程センゴクからエースとアンの死亡を伝えられたのだ。
するとその時、廊下の角から真っ赤なスーツを着た男が現れる。
海軍大将『赤犬』サカズキだ。
自分の上司であるアンの、更に上司の男。アンの師匠であり、頂上戦争では黒髭マーシャル・D・ティーチを葬った英雄だ。
イスカは廊下の端により敬礼する。
そしてサカズキが去るのを見届けようとしたが、ふと彼女はあることが気になって声を上げてしまった。
「…………あ、あの!」
本来ならば海軍大将に気軽に話しかけることは有り得ない。ただの海兵である自分が呼び止めるなど、もし火急の用事でもあれば無視されるだろう。
しかしサカズキはイスカの前までやって来て、ぶっきらぼうに「何じゃ」と尋ねた。それに「あれ」と思うものの、どう聞こうか悩む。
けれどサカズキの圧と海軍大将の貴重な時間を奪ったことに対するプレッシャーで、イスカの口はもごもごと動いていた。
「サカズキ大将はご存知でしょうか。アン大佐の生死について………元帥から………」
先程自分は教わったのだ。海軍大将であるサカズキにはとうに話されているだろう。
もしかしたら自分は、アンをよく知る人と彼女の死の悲しみを共有したかったのかもしれない。
またイスカよりもアンとの付き合いの長いサカズキがどのように彼女の死を受け止めたのか聞きたかった。
「アイツは死んどらん」
「へ?」
しかしサカズキから出てきた言葉にイスカはポカンとする。
もしかして元帥からまだ教わっていないのだろうか。それともアンの死を受け止めきれていないのだろうか。
するとそんなイスカの考えが分かったのか、彼は少しだけ苛立ちながら言い放った。
「アイツはゴールド・ロジャーの血を引いとる。あの鬼の血を引く者がそう簡単に死ぬとは思えん」
「でも先程センゴク元帥から死亡と………」
「そもそもあの海域で死体が見つからんのはおかしいじゃろう」
「能力者である火拳は知らんが」と言い切るサカズキにイスカは口をわななかせる。そして彼女は元帥達のいた部屋に慌てて戻ろうと踵を返した。
「どこへ行く」
「元帥のもとです!アン大佐が生きているなら捜索すべきですよ!」
「それで見つけ出してどうする。海賊王の娘として政府に利用され、正義に反する任務を言い渡され、今後アイツは使い潰されるかもしれんぞ」
ぴたりと立ち止まる。
確かにサカズキの言う通りだった。
アンを探し海軍で保護したとしても彼女に待ち受けるのは今まで以上の苦しみだ。海兵達がアンの存在を許しても世界政府の役人達は黙っていないだろう。
それを思うとアンを探さない方が良いのかもしれないと、イスカは寂しく思った。
またあのサカズキが彼女を探さないという結論を出したのが意外だった。
「…………元帥が捜索中止と決定を下した。ワシら海兵が上の者の命令に背くわけにはいかん」
それらしい理由を付けているが、優しさなのだろう。
アンが横にいればイスカに「見聞色の覇気で窺うにサカズキさんの優しさで間違ってませんよ。分かりづらいですよね」と小声で教えてくれたに違いない。
「もう、アン大佐に会えないのでしょうか。あの人に会ったら、私はどうすれば…………」
「そうやって泣きつけば良い。一発殴るよりも、そっちの方がアイツには効く」
いつの間にか涙を流していた。
上司を前にめそめそと子供みたいに泣くなんて。
けれどあの苛烈な海軍大将がそう言うものだから、イスカは少しだけ笑みを浮かべ、静かに頷いた。
◇
───その頃、マリージョアに聳える白亜の城『パンゲア城』で五人の老人達が集まっていた。
そしてその内の一人が肩をすくめながら口を開く。
「モンキー・D・アンとポートガス・D・エースは相打ちか。最後は血を分けた双子同士で殺し合うとは、流石野蛮な海賊王の遺児というだけあるな」
そう仕向けたのは自分達であるものの、呆れたように肩をすくめる。
「遺体はまだ見つからないのか?」
「これだけ探して見つからんのだ。捜索は打ち切り。もう死んでいるだろう」
鬼の血を引く頑丈な体に整った顔立ち。天竜人の護衛にしても遜色はなく、海賊撲滅のプロパガンダとして利用しても良いと思っていたものの、それは全て白紙となってしまった。
すると老人の一人が話を変える。
「良いではないか。それにこっちには彼奴の血統因子がある」
「おお、そうだった」
「継続中のかの計画にはうまく組み込めるか?第一モデル達よりも完成は先になるが、成功すれば海賊王の血を引くセラフィムが誕生するのう」
現在進められている新兵器開発──高い戦闘能力を持ったオリジナルのコピー体であり、その身にはルナーリア族の特徴を持つ新型パシフィスタだ。
今は王下七武海のオリジナル達をもとにしたコピー体、第一モデルが作られているが、第二モデルとしてアンのセラフィムも作れてしまうかもしれない。
褐色の肌に真っ白な髪。海賊王の血が流れる天使。
アンだけでなくエースのモデルも作ることができれば、秩序側の戦力はより確固たるものとなるだろう。
そしてパンゲア城の怪物達は、新しい武器に対する行く末を夜通し語り合った。
(2024年4月28日)
五老星の描写について、後出しで申し訳ありませんが一部変更いたしました。
よろしくお願いします。