ダダンさんの探るような気配に言葉を失う。
自分が何者か。前世の記憶をぼんやりとでしか覚えていない、転生した人間であることを正直に話すのは流石に憚られる。
とりあえず首を傾げてみるものの、ダダンさんの疑念に満ちた感情が一気に流れ込んできた。
これは信用されていないぞ……!10年間共にいた子供にずっと違和感を抱え続けてきたダダンさんの不信感は計り知れない。
どうしようどうしようと冷や汗を流しながら困っていると、そんな私を見てダダンさんがはあと大きく溜め息を吐いた。
「………ま、あたしには関係ねえがな。お前が何を思ってるか、どんな奴なのかは興味ねえ。あたしはお前の母親でも何でもねえからな」
そう言って彼女は立ち上がる。
その時に感じたダダンさんの気配は、先程エースから感じ取った諦めに近いものだった。
それに、ダダンさんからの分かりにくい配慮を無下にしてしまったことに気付き「すみません」と慌てて謝れば、彼女は私の頭をわしゃわしゃと乱暴に撫でる。
「───お前が悪い奴じゃないのは分かってる。あたしらに何か危害でも加えようってんなら殺すが、そうでもないらしいしな」
「ダダンさん………!」
「柄じゃねえんだよ!こういうのは!早く寝てとっとと独り立ちしろ!」
や、優しい〜!さすが見ず知らずの(おまけに海賊王)の双子を何やかんやここまで育てた人!ガープさんに脅されていたとは言え、気に入らないからこっそり殺すような真似をしない辺り情が深いのだなあとは思っていたが………。
まあ、そういう人じゃなきゃガープさんも彼女に私達を預けないよね。
私に対して不信感を抱くとともに、殺さない程度には情が生まれてしまっただろうダダンさんに感謝する。
そしてそんなダダンさんは私のにまにまとする顔を見て舌打ちし、いそいそとその場から去ってしまった。
◇
───それから約一週間後。
コルボ山のダダンさんの根城にガープさんがやって来た。
おまけにガープさんの腕には何故かルフィがおり、彼は嫌々と拒みながら自身の祖父に引き摺られていた。
「悪魔の実を食べたとアンの手紙に書いておったぞ!全く!おまけに海賊になりたいと腑抜けたことを言いおって!一度このコルボ山で根性を叩き直してこい!」
「絶対やだ!俺は絶対海賊になる!………って、アン?何でお前がここにいるんだよ?」
そんな騒がしい彼らに気圧されながらも、ダダンさんの後ろでルフィに「ごめん」と謝る。
「お前、山賊だったのかよ!俺に嘘ついてたんだな!」
「山賊というか、山賊の皆さんにお世話になってるというか………ごめん。嘘ついてて」
「………──そうか!これからは嘘つくなよ」
意外にもあっけらかんと許すルフィに驚くものの、たまに彼はこちらがびっくりするくらい他人の気持ちを汲み取ってくれることがある。
それを今回も本能的に感じ取ったのか。ルフィの返事にほっと安堵した。
そしてその横で、ダダンさんとガープさんがルフィの処遇について話を進めている。
どうやらしばらくルフィもダダンさんのもとで暮らすらしい。
それにルフィが「絶対嫌だ!」と拒否するのだが……ダダンさんとガープさん、それからルフィの三人の強い生命力と押し寄せる感情の波に当てられ酔ってしまう。
「それとアン、お前に話さなきゃならんことがある。ちょっと来なさい」
ガープさんに言われて首を傾げる。
けれど彼から、どこか腹を括るような決意を感じ取り、今後の人生が大きく変わっていくのを予感した。
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「私をマリンフォードへ?」
「アンは今、見聞色の覇気をコントロールが出来ない状態じゃろう。他人の気配や感情を無作為に感じ取っておれば、その内精神が持たなくなる。それを防ぐために、お前にはワシやワシ以外の海兵達から覇気のコントロールを覚えさせようと思ってな」
見聞色の覇気は使えるものの、それをコントロールするセンスが一切ないためにマリンフォード行きが決まったそうだ。
コルボ山の麓にて。
ダダンさん達といた時は荒々しかったガープさんの気配は今、どこまでも凪いでいる。
けれど彼の言った言葉以上に何らかの思惑があることは、見聞色の覇気で感知せずとも察することができた。
(…………海賊王の子供が、幼い内から他人の感情を直接的に感じ取って生きていけばどうなるか。それを危惧した上で私を早めに囲おうとしているってところなのかな)
おまけに私はガープさんに「海兵になる」とすでに言ってしまっている。
そういうことも含めて、決定がくだされたのかもしれない。
ガープさんはともかく………この決定を決めた上層部が私を洗脳する気満々であろうことに思わず乾いた笑みしか出てこない。
「それはもう決まっていることなんですよね」
「………そうじゃ」
彼の言葉に「そりゃそうか」と頷く。
それならもう無理だ。私が拒否できることではない。これから本格的に海軍に命を握られていくのだろう。
(今世の私の人生って最初から詰んでるんだよなあ。どうにか殉職を偽装して海軍から抜け出したいけど………)
一生海軍の犬として生きるか、海賊王の血縁者とばれて処刑されるか、大海賊時代を終わらせるプロパガンダとして祀り上げられるか。
海賊になるよりかはマシだけれど、ガープさんの偉大な後光と権力で私の命を是非とも守って欲しいところである。
「エースは?エースはいつマリンフォードに?」
「エースはまだ先じゃ。マリンフォードにはしがらみが多いからのう。あやつの精神がもう少し安定次第こちらに来させる」
マリンフォードがどんな場所かは、村長さんからの授業で知っていた。海軍本部や海軍学校があり海兵達の家族の住居がある三日月型の島だ。
確かに海兵達の多い島にエースが移住するのは難しいだろう。母を殺したとも言える海軍を現状包括的に恨んでいるのだ。島で問題しか起こさない気がする。
「ガープさん、エースは海賊になるつもりみたいですよ」
「何?」
そう言えば、ガープさんは顔を手に当てて「ルフィといい、エースといい………」と項垂れた。
エースは頑固な面があるため、彼を説得するには相当の時間が必要だ。
「───ともかく、アンにはマリンフォードへ来てもらう。良いな?」
「はい」
拒否権なんてどうせないのだ。なら素直に従うしか道はないだろう。
そう思いながら頷けば、ガープさんは小さな声で「悪いのう」と呟く。老兵から私を憐れむ感情とかすかな後悔を感じる。
ガープさんの立場は分かる。海軍中将の身でありながら、彼には随分良くしてもらった。そんな彼に報いたいという気持ちも、少なからずあるのだ。
「ガープさん、ありがとうございます。私は大丈夫ですから」
そう答えれば、ガープさんは優しい顔で頷いてくれた。
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マリンフォードへ向かうと決めたその日の夜。
ダダンさんの根城の近くにある、巨大な木の根本にエースが座り込んでいた。
痛む頭に手を当てながら近寄っていくと、エースは私の存在に気付く。
私がマリンフォードへ行くことはダダンさんやエースにはすでに伝えていた。
そんなものだから彼は複雑そうに顔を顰めて、素っ気なくぼやく。
「…………何だよ。また海兵になれって言うのかよ」
「違うよ」
こうして、エースと会えるのは最後かもしれないのだ。
もしかすると彼は海兵にならず、海賊になってしまうかもしれない。
そんな彼に、最後に伝えておきたいことがあった。
「…………エース、前に自分は生まれてきて良かったのかって聞いてきたよね」
そう尋ねれば、エースは一瞬目を丸くし、静かに頷く。
自分達は生まれてきて良かったのか。
そんな抽象的な問いに答えなんて無いし、それを決めるのは最終的に自分であると理解している。
けれど───
「私達のお母さんが、私達を命懸けで産んでくれたことが何よりも証明していると思うよ」
生まれてきても良かったと。
エースの心の中に燻るその問いの答えを、命懸けで私達を産んだ今世の母がすでに証明してくれているんじゃないだろうか。
「エースがどんな人生を歩んでいこうが、正直言って好きにしたら良い。お母さんもきっと、エースの望むように生きてほしいって思うはずだから」
こんなこと、もう話せないかもしれない。
エースの求める答えじゃないかもしれないし、私に何を言われたって響かないかもしれない。
しかしこの、たった10歳の子供が自分の存在価値を問うのは、やっぱりあまりにも悲しすぎた。
見聞色の覇気によって、エースから戸惑いと亡き母への郷愁、そして大きな悲しみが押し寄せてくる。
祈るような小さな希望も、かすかに灯っている。
「…………でも、そういうことも含めて海兵になってくれたら私は嬉しいかな」
「結局、海兵になれって話じゃねえか」
「あはは、そうだね。でもエースは良い海兵になると思うから」
───翌日。
海軍の軍艦に乗り、マリンフォードに向けて海を悠々と進んでいく。
フーシャ村の村長さんやマキノさん。ルフィやこれまで育ててくれたダダンさん達、そして双子の弟であるエースに別れを告げ、私は島を出港した。