「あー...暇だな...」
朝なのに思わずそんな独り言が漏れてしまう。
というのも珍しく今日は平日なのに抱えている地上での任務や書類が無く、更にはこういった時によく指揮官室に来るラピやアニス、ネオンも今日に限って別の用事があるらしく、普段は賑やかな指揮官室も今は自分の声しか響かないような状態だ。
「こういう日は大人しく寝るに限るな」
こうして貴重な休暇を朝から寝るという贅沢な無駄遣いをする決意を固めたその時、机の上に出していた携帯が振動した。
こんな朝から珍しい、そう思って通知を見てみるとどうやらエヌがメッセージを送ってくれたようだった。
『先生、おはようございます!』
『今日先生はお暇ですか?』
『ああ、今日一日は暇だ』
『そうなんですか!』
『あの、先生がもしよければ私と一緒にお出かけしませんか?』
『私も今日一日やることがないんです!』
『そうだな、エヌが良ければいいぞ』
『ありがとうございます!』
『今から指揮官室に行きます!』
『待っているぞ』
どうやら今日は一日エヌと一緒に過ごすことになりそうだ。
待つこと数十分、他のニケ達にメッセージの返信をしていると指揮官室のドアが開いた。
「先生、おはようございます!」
「ああ、おはよう」
元気なエヌの声が指揮官室に響く。その表情は非常に明るく見ているこっちも笑顔になりそうだ。
エヌが自分の元に身柄を移されて暫く経つ。初めの頃は精神も不安定で暗い表情を見せることも多かったが今ではこうやって明るい表情を見せることも多くなった。
この表情をするエヌの日常を必ず守ってあげなければ、そう改めて決意した時エヌが声をかけてきた。
「先生、何か嬉しそうですね!何かいいことでもありました?」
「いや、別に何もないさ」
不味いな、少しニヤニヤしていたのがバレてしまったのか。恥ずかしくなりそのにやけを誤魔化すようにして言葉を続けた。
「そういえばメッセージで今日はどこに出かけるか決めてなかったな、今日も一緒にマイルドコロッケを食べに行くか?」
「うーん...マイルドコロッケも食べたいんですけど、先生!今日は一緒に遊園地に行きませんか?」
「遊園地か?」
遊園地と言えば恐らく前哨基地内にあるあの遊園地の事だろうが、普段エヌからあまり聞かない単語だった為思わず聞き返してしまった。
「はい!先生と一緒に行きたくて前からチケットを買っていたんです!」
そういって2枚のチケットを見せてくれる。何時からこのチケットを持っていたのか、若干疑問には思ったもののエヌの頼みを断る理由もない。
「そうだな、それじゃあ遊園地に行くか」
「ほんとですか!?わ~い!」
こうして私はエヌと一緒に遊園地に行くことになった。
バスの窓から見える前哨基地内にある様々な建物を見て目を輝かせているエヌを眺めながら揺られること数十分、バスは無事目的の遊園地の近くのバス停に到着した。バス停から遊園地までは少し距離がある為歩いて向かうことになった。
「先生!先生は何のアトラクションに乗りたいですか?」
「そうだな...あそこに見えてるジェットコースターに乗りたい」
「ジェットコースター!私怖い物は苦手なんですけど頑張ります!」
「無理はするんじゃないぞ」
「はい、先生!」
こうして並んで歩いていても隣のエヌがとてもワクワクしているのが感じられる。
そんなこんなで話をしながら歩くこと数分、ようやく遊園地に辿り着いた。平日という事もありスタッフにエヌの持っていたチケットを2枚渡すとあっさり入園できた。
ゲートをくぐり園内に入ると明るいBGMとこの遊園地のマスコットキャラクターだろうか?ウサギの着ぐるみが出迎えてくれた。
「わー!先生!すごいですね!」
エヌは初めて見る遊園地にすっかり夢中になっているようだった。
ゲートに入ってすぐの広場であたりを見渡しながら最初に何のアトラクションに乗ろうか、そう思案しているとエヌが声をかけてきた。
「先生!一緒にあのジェットコースターに乗りましょう!」
そういってエヌは入園する前私が乗りたいと言った大きなジェットコースターを指さした。
ジェットコースターからはそこそこ距離が離れているものの時々客のあげる悲鳴が聞こえてくる。
「でも本当にいいのか?怖いのなら無理しなくてもいいんだぞ?」
「大丈夫です先生!先生と一緒なら怖くありません!」
そうして二人でジェットコースター乗り場に向かう。ジェットコースターはこの遊園地の中でも比較的人気のアトラクションのようで平日にもかかわらず多少の待ち時間があった。その間も私とエヌは次に何のアトラクションに乗るか相談しながら待ち時間を潰した。
そして危うくエヌがジェットコースターの身長制限に引っかかりかけるという小さな事件はあったものの、無事私たちの順番がやってきた。
座席の場所は何と最前列。座席に座って安全装置を降ろし暫く待っているとカラカラという音と共にジェットコースターは徐々に上昇していった。
「せ、先生!思ったより怖いですね」
「残念ながら私も結構怖いと思っている」
そして山の頂点にたどり着いたジェットコースター。目の前からレールが消え眼前には遊園地の景色が広がる。と、ここでコースターが一瞬止まる。数秒しか経っていないはずなのに思ったよりも止まっている時間が長く感じる。
「先生!いつ動くんですか!」
「わからな...」
わからない。そう言おうと瞬間
がこん。
「おぉ...おわあああああぁ!!!!」
「きゃー-----!!!!」
突如動き出した速度の乗ったコースターが猛烈な勢いで坂を下り、下りきったと思ったら右に急旋回、したと思ったら今度は宙返り。周りの景色が目まぐるしく変わっていく。ちらりと隣のエヌを見ると微妙に泣きそうな表情をしながら叫んでいる。
そうこうしているうちにようやくジェットコースターは終着点にたどり着いた。
まだ一つ目のアトラクションに乗っただけなのにもう私とエヌは満身創痍の状態だった。
「せ、先生...さすがに怖かったです...」
「ああ...本当にそうだな...」
思わず死にそうな声が出てしまう。思ったより私はジェットコースターに耐性が無いと言う事を今日初めて知ることが出来た。
「でも先生、怖かったけど私はすごく楽しかったです!」
そう言ったエヌの表情は若干涙目だったもののどこか満足そうだった。
その後もエヌとメリーゴーランドに乗って遊んだり、出来立てのチュロスを食べたり、コーヒーカップを全力で回して二人で目を回したり、お昼ご飯を一緒に食べたり、お化け屋敷に一緒に入ってエヌが意外とお化けが苦手であることが分かったり、ゴーカートでレースをしたりして私とエヌは遊園地を目一杯楽しんだ。
遊園地を巡っているうちに時は夕暮れ、閉園の時間も近づいていた。
名残惜しいがもうそろそろ帰らなければな、そう思った時
「先生!最後にあれに乗りたいです!」
そう言ってエヌが指さした先にあったものはこの遊園地の一番の目玉でもある観覧車だった。
前哨基地内でトップクラスに目立つその観覧車の大きさはかなり離れた場所にあるはずの指揮官室の窓から見えるほどであり、いつも一体あれを建設する費用はどこの会社が出資したのか?と疑問に思うレベルだった。
「そう言えばまだあれに乗ってなかったな、他のアトラクションに夢中ですっかり忘れていた」
「先生と観覧車に乗るのがずっと楽しみだったんです!一緒に乗りましょう!」
そうやって私たちはゴンドラに乗り込んだ。
ゴンドラが上昇してしばらくの間エヌは周りの景色を見てはしゃいでいたが四分の一程度のところまで来た時急に私の方に向き直った。その表情は先程までの笑顔ではなく、どこか硬く何か緊張しているようだった。
「エヌ?」
思わずそう声をかけてしまう
「先生、先生はあの時の約束を覚えていますか?」
「あの時?」
「『私のこと、覚えててくれますよね?』」
「なっ...」
その言葉に思わず言葉が詰まってしまう。エヌは記憶を留めておくことが出来ない。あの手帳に書かなければ一日でその記憶は消えてしまう。そのはずなのに何故、何故その時の言葉を覚えているのか。その理由を尋ねる前にエヌは言葉を続けた
「先生、私には思い出が何もありませんでした。私の好きなマイルドコロッケも、ピンクのしおりも、三毛猫のぬいぐるみも、この手帳がないと何もわからないんです。」
そういって持っている手帳をちらりと見せる。
「でも先生、先生がいるときは、先生と過ごした思い出だけはこの手帳なんかがなくてもいつまでも消えないんです。」
「先生と一緒にマイルドコロッケを食べたことも、ホットコロッケを食べて、でも辛すぎて先生のマイルドコロッケと交換したことも、先生と地上の海に行く約束をしたことも全部、先生との思い出だけは残り続けているんです。」
「こんな何もない私の事を先生はずっと見守っていてくれました。ずっと傍にいてくれました。私を、忘れないでいてくれました。」
「だから先生、私はそんな先生の事が大好きです。私はこれからもずっと、ずっと先生と一緒にいたいです...」
そう、あの時の様にエヌは言った。
私はそれほど鈍感なわけではない。間違いなく彼女の言葉は親愛の言葉なんかではなく愛の告白だ。
だがニケと恋愛する、そんなことを世間は間違いなく許さないだろう。ニケは機械であり兵器、人間がニケに恋愛感情を抱くこと自体が異常であり、例え恋愛してもその事がバレてしまえば一瞬にしてその地位や居場所など一瞬で失われてしまうだろう。一般常識に照らし合わせるならそんなもの考えるまでもなく断るべきであり、何ならそんなことを言うニケは処分してしまったほうがいい。
エヌも恐らくそのことを理解しているのだろう。その表情は暗く視線も俯きがちで今にも泣きそうだ。
「エヌ、顔を上げるんだ。」
こんな告白断ってしまえばいい。その方が楽だ。だが、私は...
「私もエヌが好きだ。」
そう言った。
「え...?」
「私はエヌが好きだ。マイルドコロッケを食べてキラキラした表情を見せるところも、私と面談しているときに見せるあの楽しそうな姿も、地上での任務でラプチャーを倒すあの後ろ姿も、全て大好きだ。」
私は生憎世間一般の常識人ではない。ここ最近ではニケ達にすら異常と言われるレベルだ。
「今までの思い出がないなら私がこれからいくらでも作ってやる。だから」
いつからだろう、エヌに惹かれたのは。
初めは保護者のような感覚だった。だがエヌと一緒の時間を過ごすと共にその元気さが、その純粋さが、例え記憶を失ったとしても毎日を健気に生きる姿が、その笑顔が、エヌの全てが好きになった。
「エヌ、私と付き合ってくれないか?」
「先生...先生!」
そう言ってエヌは私の胸元に泣きながら飛び込んできた。私はエヌが落ち着くまで頭を撫でてやるのだった。
数分後、観覧車は一周し無事地上に戻ってきた。周りの景色を楽しむことは出来なかったが、一生の思い出が出来たから別にいいだろう。またエヌと一緒に改めて来ればいいさ。
「落ち着いたか?」
「はい!でも先生...すみませんそんなに服を汚してしまって...」
「別にいいさそんなことぐらい」
私の服はエヌの涙なんかで汚れてしまったが別にこれぐらいどうってことはない。それに
「私は暗い表情をしているエヌより笑っているときのエヌの方が好きだよ」
「わかりました、先生!」
そう言ってエヌは飛び切りの笑顔を見せてくれた。やっぱりエヌにはその表情がよく似合う。
そうしているうちに閉園の時間になった。ゲートから出て再びバス停まで戻ろうかというときエヌが少し恥ずかしそうな表情をしながらこんな提案をしてきた。
「えへへ、先生せっかくですし手を繋ぎませんか?」
「そうだな」
そういって私とエヌは手を繋ぐ。エヌの手は小さく、温かかった。
「先生の手、とても暖かいですね」
「ああ、エヌもな」
そう言って私とエヌは来たときと同じように並んで歩く。しかし来た時とエヌとの関係性は全く違ったものになっているのだから世の中分からないものだ。
「エヌはこれから先どこに行きたいんだ?」
「私は先生と一緒ならどこでも楽しいです!あ、でも海には行ってみたいです!」
「そうか、そうだな。これからもたくさん思い出を作っていこうな、エヌ。」
「はい!先生!」
これから私達には恐らく苦難と茨の道が待っているのだろう。だが大切なエヌと一緒ならそんな道も乗り越えていけると、そう確信している。
「ねえ先生、明日は何をして遊びましょうか?」