猛焔滅斬の碧刃龍   作:Nidhogg

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第101話・序章

 魔王城から、南東に2km。

 見渡す限りの荒野の、そのド真ん中で。

 

「──ガフ⋯⋯ッ!」

 

 猛紅竜は、激しく吐血をする。

 原因は、鳩尾(みぞおち)に突き刺さった、ギルルによる膝蹴りである。

 なんの工夫も無い膝蹴りだったソレは、猛紅竜の肋骨の数本を砕き折った。

 それも、炎装形態を使用し、肉体の強度が底上げされている猛紅竜を持ってして、である。

(全く、見えなかった⋯⋯!?)

 悶絶の声すら出せぬ中、猛紅竜は必死に考える。

 距離をとるか、反撃に出るか、相手の出方を窺うか。

 最善の策を捻り出そうと、猛紅竜は頭をフル回転させた。

 

「僕眠いから、さっさと終わらせるね」

「⋯⋯ハッ、舐めんなよ? ここからが──」

 

 言葉の続きが、猛紅竜の口から出る事は無かった。

 ()()()()()()()、身体が中に浮き上がっていたからである。

(⋯⋯は?)

 ただひたすらに、絶句であった。

 困惑や驚愕、判断や反応⋯⋯。全てが追い付く間もなく、猛紅竜は地面へと叩き付けられた。

 

「ガッ─⋯ハッッ!?」

 

 ここで、ようやく痛みだけが追い付く。

 例えるなら、雷を食らった様な激しい痛みと痺れ。

 ソレが、猛紅竜の背中の全面に走っていた。

 

 ──そして。

 猛紅竜が、“背負い投げをされた”という事を理解するより早く、ギルルが動く。

 仰向けになっている猛紅竜に対し、ギルルは彼の側面に移動。

 ダウン状態の猛紅竜へ向け、鼻っ面を目掛けて踵落としを放った。

 

──ズドンッッ!!

 

 そして命中。

 轟音と砂煙がブチ撒けられた後、ギルルの動きが止まった。

 ギルルが悠然と見下ろす先で、手足を僅かに痙攣させる猛紅竜。

 溜息を零したギルルは、猛紅竜から踵を退けると、ある方向へと振り向く。

 そして、“観戦者達”へ向けて、やれやれといった表情を浮かべながら歩き出した。

 

「──まぁ、そらそうなるだろうな」

「そうだねぇ。“魔王幹部最弱”とはいえ、幹部は幹部。

 純粋な身体能力だけでも、紅志くらいなら敵じゃないってトコだろうねぇ〜」

 

 ティガと幼女は、同時に頷く。

 彼女の言う通り、ギルルは魔王幹部の中で最も弱い魔族である。

 前置きとして、「通常時は」という言葉が入るが、その点に関しては今はどうでもいい。

 問題なのは、“魔王幹部最弱”を相手に、完膚無きまでにされた猛紅竜だ。

 これまで、彼が最も得意としてきたのは、物理格闘による接近戦である。

 実際、格闘での戦闘においては、少なくとも敗北はしていなかった。

 それは、“紅志(あかし)という魔物”の、優れた反応速度と判断能力があったからである。

 

 ──だが、そんな彼ですら魔王幹部には程遠い。

 “指先1つ触れる”など、それが出来れば大金星。

 今の猛紅竜は、ギルルの“行動を認識する”事すら、ほぼ不可能に近い状態であった。

 

「じゃあ僕寝るから。美味しい食べ物、よろしくね」

「う〜ん? それは約束だから勿論だけど、君も“頼まれた事”はやってよ」

「え、やったよ? 『このコが戦闘不能になるまで相手をして』でしょ? アッチで倒れてるじゃん」

「⋯⋯ふぅん。本当にそう?」

 

 ピタリと、ギルルの歩みが止まる。

 疑問げに振り返ったギルルは、その直後に僅かだが目を細める。

 倒れていたはずの猛紅竜が、音も無く立ち上がっていたからだ。

 そして同時に、嗤っていたからでもある。

 

「──ここからが、楽しい所だろ?」

 

 足はフラつき、肩は上がらず、呼吸も荒い。

 ギルルは猛紅竜を冷静に分析して、静かに構える。

 対峙しているギルルだからこそ、猛紅竜について“理解”できた。

(コイツ、執拗いタイプかぁ。⋯⋯面倒くさ)

 気怠げな顔で、ギルルは猛紅竜を見る。

 だが同時に。ギルルの脳裏にはこの時、ティガの姿があった。

 猛紅竜に対し、ギルルは“まるでアイツの様だ”と舌打ちをする。

 

「はぁ⋯⋯。死んじゃっても知らないからね」

「死んでたまるかよ。ぜってぇ生き延びてやる」

 

 燃え滾る意思を形にする様に、猛紅竜は炎装を再発動する。

 僅かな蒼い炎が、空へと(ほとばし)ったのだった──⋯

 

 

NOW LOADING⋯

 

 

 猛紅竜が鍛錬に励んでいる一方。

 迎撃戦の一件もすっかり片付いた王都クローネは、平穏を取り戻していた。

 集められた各ゼクス達も、仕事量に見合った報酬を受け取り、不満が出る事は無かった。

 それぞれの者達が、それぞれ生活に戻っていく中、“ある男”も、また日常へと戻りつつあった。

 

「──帰ったぞ」

 

 そんな一声の直後、慌ただしい駆け足の音が響く。

 玄関の扉が勢いよく開き、姿を表したのは、兎型の小さな魔物だった。

 

「ヴィルジール様⋯⋯!」

「おう。予定より長く開けちまって悪かったな、グレイス」

「⋯⋯コホン。いえ、これも仕事ですから。

 私としては、別に何ともございませんでしたよ? 別に」

 

 表情を隠し、グレイスはヴィルジールへと近寄る。

 それは、“荷物を預かる”という名目の下だったが、ふと感じてしまった。

 久し振りに鼻を抜けた、思わず安らいでしまう様な、そんな“彼の匂い”を。

 

「よしよし。今日は一緒に寝るか?」

「⋯⋯ええ」

 

 ヴィルジールに抱えられ、グレイスは屋敷へと戻る。

 彼女は、これからまた“いつも通り”が始まるのだと、心底安心していた。

 

 

 

 

 

 彼らの街に押し寄せる、大量の黒異種の存在。

 それに、気が付く事も無く。

 

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