猛焔滅斬の碧刃龍   作:Nidhogg

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第119話・白厳

「──行きましょう」

 

 ある男は、速やかに言った。

 エスキラから、“魔王城での会議”の話を聞いて初めに出した台詞がソレである。

 黒の中折れ帽に、同じく黒を基調としたスーツ。

 まるで、昭和のサラリーマンの様な格好の男は、静かな態度でエスキラに向き合った。

 

「“彼女達”から人類(こちら)にコンタクトを取ってきたのなら、それは紛れも無く協力要請⋯⋯

 若しくは、休戦の提案だった筈です。違いますか?」

「う、うむ⋯⋯凄いな君は。全くもってその通りだ」

「フフ。お褒めに預かり、光栄です」

 

 帽子をテーブルに置き、男はソファに座る。

 整った黒髪と、清楚な顔立ち。20後半から30半ば程に見えるその男は、あたかも日本人の様な顔立ちであった。

 

「──さて。本題の件についてですが、先にお伝えした通り、“彼女達”は信頼にあたる人物です。

 こちらから強引に仕掛けない限りは、まず安心でしょう」

「は、ハハ。魔王を相手に、信頼・安心とはな⋯⋯」

「まぁ疑ってもらう事自体は、大いに結構です。

 そこで、私からも1つ提案がございますが⋯⋯いかがでしょう?」

「無論だ。是非聞かせて欲しい」

 

 男は話した。

 そして、エスキラは驚愕した。

 それも、頭からひっくり返る程の勢いで。

 

「──な、何だと!? 君だけで魔王の所へと向かうと!?」

「えぇ。⋯⋯ただ、魔王自体は問題無いのですが、魔王城の周囲は少々魔物が活発でして。

 恐縮ながら、護衛を付けて下さると非常に助かります」

「問題無いって、全く君という男は⋯⋯!!」

 

 漢気──。ガッツ──。気合い──。

 根性──。負けん気──。痩せ我慢──。

 エスキラは、男に対していずれも感じていない。

 男が心の底から、“魔王は無害だ”と信じている表情であったからである。

 もはや呆れを通り越し、額を覆う事しかできないエスキラは天井を見上げる。

 しばらくの静寂の後、ようやく口を開いたエスキラは、ふと疑問になっていた事を男に投げ掛けた。

 

「──所で、君は先程から“彼女達”と、言っているが⋯⋯

 まるで、あの白い少女の方が重要であるかの様な言い回しが気になっている。

 もしや、アレについて何か知っているのではないかね?」

「ええ。彼女は星廻龍アルノヴィアですから」

「⋯⋯⋯⋯は?」

 

 2度目の静寂が訪れる。

 聞き間違いか? と聞き直そうとしたエスキラだったが、思い出せば思い出す程 明確に鼓膜に蘇る。

 “星廻龍アルノヴィア”。幾つもの神話・伝説が残る幻の龍が、あの少女である⋯⋯? いやいや、そんなまさか。

 エスキラは頭を横に振り、改めて男の顔へ目をやった。

 

「──真実ですよ」

「⋯⋯〜ッ」

 

 心情を見透かされた一言に、エスキラは言い淀む。

 ただ、この時。エスキラの中では、様々なピースが高速で組み立てられていた。

 “偽の神”、“魔族の王”、“伝説の龍”。

 確かに、前者・前々者と並んだ時に、星廻龍程の名前が出てこないのは、不自然にも感じられる。

 スケールが巨大過ぎるあまり見逃していたが、言われてみればその通りだ。

 エスキラは、そう自己完結に至った。

 

「⋯⋯もう、この際だ。単刀直入に質問したい」

「えぇ、勿論。どんな事でも」

「魔王城へ私が到着したとして⋯⋯帰還するまでに、私と私の護衛にあたる者達の命はあると思うかね?」

「無論です。⋯⋯まぁかなり稀有なシュチュエーションである手前、気を確かに持たなければいけないのはあるでしょうが」

「⋯⋯稀有なシチュエーション。ハハッ、全くだ。

 今後の人類史で、ここまで異例の事態も発生しないだろう」

 

 諦めた様に笑い、エスキラは葉巻を取り出す。

 それは見た男は、すぐさま自身の懐を(あらた)めた。

 直後、男がエスキラの目の前まで差し出したのは、“オイルライター”であった。

 

「あぁ、スマン。⋯⋯君は、いつでも不思議な道具を持っているな」

「まぁ商売道具ですから。どうですか? エスキラさんもお一つ」

 

 軽い談笑を交わし、エスキラは葉巻を吹かす。

 既に彼の中で、魔王城へ向かう決心はついていた。

 その上で、一つだけ。懸念すべき点があった。

 

「──【最響】のセイリス、【最強】のセシルガ。

 この2人は、現在までに召集が出来ている。ただ⋯⋯」

「【最凶】のゾノン。彼まで同行してもらう必要は、まぁ無いでしょう」

 

 “稀代の狂人”と呼ばれるその男が、現状 顔を見せていない理由は大きく一つ。

 「囚人である為、移動に掛かる手間と手続きが多い」という点である。

 異常な怪力を持ち、拘束魔法もを腕力で打ち破り、ろくに催眠魔法も効かないので、時間が大いに掛かるのだ。

 

「──個人的には、私とエスキラさん。そしてセイリスさんと、セシルガさんで十分かと。⋯⋯つまり、」

「今日の内にでも出発できる、と?」

「フフフ、その通りです。()()()()()()()()()()()()()()()()()()、あとは向かうですね」

「⋯⋯やれやれ、全く。セシルガといい、君といい、私の身の回りには命知らずしか居ない様だな」

「恐縮です」

 

 【最凶】についての話も済み、エスキラは愈々(いよいよ)席を立つ。

 部下にセシルガ達を招集に行かせ、彼は身支度を始めた。

 そして、それを見た男もまた、置いていた革カバンを片手に席を立った。

 

「──君の様な男が居なければ、私は未だに決心が付かなかっただろう。感謝する」

「いえいえ。貴方のその決心こそが、多くの人々を救う結果になるのです。

 私は提案をしたまで⋯⋯。全て、貴方自身の意志による物ですよ」

「ハハハ⋯⋯。全く、人を持ち上げるのが上手い男だ」

「フフ。人々を笑顔にするのが、私の本業ですから。

 では、また後程⋯⋯」

 

 部屋を出る男を背に、エスキラはネクタイを整える。

 向かう場所は、決して安息の地ではない。魔王の根城という、恐らくこの世で1番危険な場所である。

 覚悟と決意、そして勇気。

 (よわい)80のエスキラ、人生初の“大冒険”が始まる──。

 

「⋯⋯おや?」

 

 ふと、エスキラは気付く。

 テーブルの上に、先程の黒スーツの男が残したと思われる紙切れが置かれていたのである。

 手のひらに収まる程のその紙切れには、中央に大きく書かれた文字と、隅に書かれた小さな文字があった。

 

『人材派遣会社 うた 

 人事部代表──⋯』

 

 

 

「⋯──大城(おおしろ) 白厳(はくげん)。⋯⋯ふふ。やはり、良い名だな」

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