猛焔滅斬の碧刃龍   作:Nidhogg

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第120話・人間

「──何も疑問に思わなかったのか? 

 魔物の肉体を持ったというだけで、ただの人間が殺す事を躊躇しなくなった事に」

 

 冷たい声が、深く耳に入ってくる。

 打ちのめされ、立ち上がる力も無く地に伏す俺は、ただただその声を聞いていた。

 

「──微塵の違和感も覚えなかったのか?

 お前が同種(レッドドラゴン)を喰らった時の、その場に居た者達の視線に」

 

 心臓の鼓動が大きくなる。

 同時に、激しい目眩の様な感覚と、大量の冷や汗が全身から吹きこぼれた。

 なんとか反論しようとするが、口から出るのは大量の血液だけ。

 俺は、必死の思いで顔を上げ、目の前の相手を睨んだ。

 

「──いや、気が付かなった筈が無い。

 殺しとは無縁の場所で生まれたであろうお前が、何故に罪悪感や嫌悪感を抱かなくなったのか」

 

 ⋯⋯グレンデル。一体、なぜ俺を殺そうとする?

 俺は、いつもの様にギルルとの鍛錬していただけだった。

 一体、何が原因だった? 一体、俺はどうすればいい?

 

「⋯⋯俺は──⋯」

 

 

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「⋯──えいっ」

「ぐッ!?」

 

 ギルルの回し蹴りに、俺は咄嗟に腕を交差させる。

 両腕の骨が(きし)む感覚と共に、感電した様な振動が全身に伝わった。

 炎装形態の使用により身体が硬化しているので、痛み自体は少ない。

 だが、それでも尚、直撃した場合を想定するとゾッとさせられる威力だ。

 

「──ふぅん。今の、防げるんだ」

「ギリギリだったけど、まぁ何とかな」

 

 僅かな会話を挟み、俺は構える。

 鍛錬の開始から3時間。以前までであれば、今頃ボコボコにされていたが⋯⋯

 やはり、飛拳の習得によって中〜遠距離の間合いでも遣り取りが出来る様になった点は大きい。

 ギルルが相手という事もあり、当たりこそはしないが⋯⋯牽制や時間稼ぎには活用できる技だ。

 

「じゃ、続けるね」

「⋯⋯ッ」

 

 僅かに前屈みになるギルルに、俺は固唾を呑む。

 明確に「来る」と分かっていても、確実には対処出来ないのが目の前の相手だ。

 一挙手一投足どころか、一呼吸一瞬きだって見落とせないぜ。

 

「──そこまでだ」

 

 その時だった。

 緊張を破り、一人の魔王幹部が現れたのは。

 

「ん? どうしたのグレンデル。君から顔を出すなんて」

()()()に用事がある。お前は城に戻っていい」

 

 顎で差された俺は、内心で首を傾げる。

 グレンデル。あまり関わった事は無いが、兎に角 無口で、口を開いても嫌味か悪態しか付かない奴だ。

 俺へのヘイトは特段に高いらしく、事ある毎に睨んでくるので、あまり得意な相手ではないが⋯⋯  

 俺に用事とは、一体なんだろうか?

 

「⋯⋯ねぇ、グレンデル?」

「行け、ギルル」

「──んもう。僕、知らないからね」

「⋯⋯ふん」

 

 妙な会話をして、ギルルが立ち去る。

 彼の言った“知らないからね”という台詞は、どういう意味だ⋯⋯?

 

「着いてこい」

 

 後ろを向いたまま、グレンデルが言う。

 此方の否応を問わない圧力に、俺の足は勝手に歩を進めていた。

 ──そして、

 

「ガッ、アァ⋯⋯!!」

 

 気が付けば、グレンデルの腕が脇腹に突き刺さっていた。

 

「──ふん。長々と時間を使った挙句が、その程度か」

「な、なにする⋯⋯!?」

「質問をするのは此方だ、()()

 

 ぐちゃり。そんな音が聞こえる。

 だが、音の正体に意識が向くより早く、俺は目一杯の声量で叫んでいた。

 痛みが、内蔵を握り潰された激しい痛みが、突然現れたからだ。

 

「あアアああアあ!!」

「ッチ、喧しい奴だ⋯⋯!!」

 

 潰れた内蔵が、更に捻られ引き千切られる。

 その感覚は、最早“痛み”という概念から逸脱したモノであった。

 1時間だったか。若しくは10分か、本当は数秒の出来事だったか。

 肉体を内側から破壊され続けた俺は、微かな呼吸でさえ痛みを伴う状態だった。

 グレンデルが腕を引き抜いた時、俺は初めて自身の喉が絶叫で掠り切れている事に気が付いた。

 

「──微塵の違和感も覚えなかったのか?

 お前が同種(レッドドラゴン)を喰らった時の、その場に居た者達の視線に」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯!!」

 

 グレンデルの言葉に、俺は心臓が大きく鼓動する。

 あれは⋯⋯そうだ。魔導列車で王都に向かっていた時の事だった。

 襲撃してきたレッドドラゴンをニナとソールが倒して、それで⋯⋯

 

 ──気色悪ぃな──

 

 唐突に、ソールに言われた言葉を思い出す。

 狂人的なアイツですら眉を(ひそ)める程の事を、俺はしていた⋯⋯??

 ⋯⋯いや。いや違う。違う違う。

 違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う。

(俺はただ、興味があっただけだッ!!

 単に、どんな味がするのかって!! 殺したから食う!! そんなの当たり前──)

 ⋯⋯当たり、前⋯⋯? 何が⋯⋯共食いが⋯⋯??

 

「──いや、気が付かなった筈が無い。

 殺しとは無縁の場所で生まれたであろうお前が、何故に罪悪感や嫌悪感を抱かなくなったのか」

「俺は⋯⋯お、俺は⋯⋯!!」

 

 頭の奥底から、“何か”が這い上がってくる。

 忘れていた筈の、無くしていた筈の、消していた筈の──。

 殺す事への罪悪感。血肉を喰らう事の嫌悪感。

 それが、今。俺の中で、大きく、大きく、巨大(おお)きく、膨れ上がっていた。

 

「あ、ああ⋯⋯あああああーーッッ!?」

 

 なんだ、この感情は。

 生きる為に殺してきた。死なない為に殺してきた。

 それなのに、それなのに、それなのに。

 どうして、今まで気が付かなかったんだ?

 俺が、魔物なんかではなく、ただの人間であった事に。

 

「──答えを教えてやる」

「はぁ⋯⋯!! はぁ⋯⋯!! ウ、おぇッ⋯⋯!!」

 

 静かに、そしてゆっくりと。

 まるで柔らかな物を包み込む様に、グレンデルが俺の首に手をかける。

 何をされるかは分かっていたが、それに対処するだけの理性は、俺には残っていなかった。

 

──ゴギンッ。

 

 骨が、折れる音。

 それが、俺が最後に聞いた音であった。

 

 

NOW LOADING⋯

 

 

「⋯⋯⋯⋯。」

 

 失神した猛紅竜から、グレンデルは手を離さない。

 より強く、より固く。首を握り潰す勢いで、グレンデルは力を強めていった。

 

「──出てこい」

 

 その言葉に、猛紅竜の指先が僅かに動く。

 無論、紅志本人の意識は無い状態なので、動く筈は無い。

 だがそれは、あくまで「紅志本人の意識」に限定した話である。

 そう。彼の中には、「他の意識」が存在するのだ。

 そして「それ」は、肉体の操作権を握る紅志が気を失っても活動を続けられる性質を持っている。

 別々の意識とはいえ、同じ脳を共有をしている「それ」が意識の消失を免れた理由⋯⋯。

 それは、“自我の強さの差”に所以がある。

 主人格が紅志の意識である以上、「その他」が脳を占める割合は当然小さい。

 だが裏を返せば、今回の様に主人格が他人格を守る“壁”となる場合があるのだ。

 

「ウ、ガウウ⋯⋯」

 

 ──本来、「その意識」が肉体を操作する事は不可能である。

 だが、主人格が消え、更に死の危機が迫るこの現状。

 「その意識」は、文字通り、死にもの狂いで身体の操作権を掴み取ったのだった。

 

「──ガルオォアァッッ!!」

 

 幼竜咆哮。

 グレイドラゴン本来の意識が覚醒した。

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