「──いいか? 大切なのは“循環”だ」
そう言うと、アインヘルムは空中に俺と思わしき絵を描く。
続けて、俺(の絵)の周囲に炎の様な絵を書くと、更にそこへ外側に向かう矢印をいくつか加えた。
「⋯⋯それ、どうやってんだ?」
「あン? 細けぇ事気にすんなよ」
⋯⋯うむ。改めて、魔王幹部は凄いと思わされる。
空中に魔力で絵を描く。仕組みとしては、魔法陣の作成と何ら変わらない事だが⋯⋯
魔法陣の作成にも、個人差や種族差はあるが“最小・最大限度”がある。
魔法陣の生成を筆記用具で行うとしたら、俺の限界は最小が鉛筆。最大がクレヨンってところだ。
要するに、同じスペースでも描ける内容が違ってくるって訳だが⋯⋯そこはいい。
肝心のアインへルムだが、例えるなら習字の太筆程には大きなサイズで絵を描いている。しかも、どうって事ない表情で。
もし仮に、あのサイズの魔力で魔法陣を描いたら、その威力はどうなるんだが⋯⋯
「──魔王幹部ってのは、バケモンばっかだな」
「あァん? 急に褒めんなよぉ。エェ? コノヤロ〜」
「ぐえっ。嬉しいなら締め上げんなよ⋯⋯」
「ンン? 気に入った相手とは普通ハグするだろ〜?」
バックチョークをキメておきながら、なんだコイツは。
首の後ろにちょっと角が刺さって痛いし、はよ離してくれ。
「──まぁ、兎に角だ。話を戻すぜ」
「あぁ、分かった。確か、循環って所からだな」
「おう。これがお前、これが炎装、この矢印が発散した魔力、そんでもって⋯⋯」
描いた図解を指差し、アインへルムは更に書き足しをする。
俺と炎装の絵、そして魔力の矢印。その両方を囲う様な円形だ。
アインヘルムは魔力を操作し、全ての矢印を進ませる。
そして円の内側に矢印が当たると、跳ね返って再び中心へと戻ってくる⋯⋯といった映像を作り出した。
「──この外側が、“魔力が逃げない範囲”だな」
「あぁ。前に幼女にも似た事を聞かされたな⋯⋯」
アインヘルムが言うソレは、つまりは使用した魔力を半永久的に使えるモノだ。
魔力は、使用すると当然 体外に発散される。しかし、使った魔力を極力発散させない事で、うんたらかんたら⋯⋯
という話だそうだ。
「確か、すっげぇ難しいと言ってた気がするが⋯⋯」
「いんやぁ? そうでもねぇかもしれねぇぞ? お前の炎装は、“この技術”と相性が良いからな。
まぁ、お前が未熟なのはあるし、まずは“逃げにくい”ってトコを目指すつもりだが」
「相性が⋯⋯?」
話を聞けば、『“纏う能力”との相性が良い』との事。
成程。通常の場合では、使用する魔法の効果(射程)範囲の全てを覆わなければいけない。
そうでなくては、使用した魔力の回収ができないからな。
魔法によっては、しっかりと距離を確保して打たなければ最大の威力は出ないし。
だが俺の場合はそうでなはい。炎装は使用した魔力の⋯⋯いうなれば“発散距離”が極めて短い。
つまりは、発散した魔力の回収がしやすく、循環させやすいという訳だ。
「──紅志。グレンデルの仕業で、お前は“自分自身”を手にした。それは事実だろ?」
「あぁ、そうだ。⋯⋯正直、今度グレンデルに会った時に、どんな顔でいるべきか分かんないが⋯⋯
少なくとも、自分では気付けない事をアイツは気付かせてくれた。礼を言うべきだと、俺は考えてる」
「⋯⋯おう。それは、お前が好きにすればいい。
──で、だ。お前がお前になった分、今までとは色々勝手が違ってくる筈だ」
⋯⋯勝手が違ってくる、か。確かにその通りだろう。
今までは、あの子がいた事で、俺の意識と行動には力加減に“差”が生まれていた。
その“差”が、どれ程のものだったかは分からない。
あの子を悪く云う気なんか無いが、その点については認めるべき事実だろう。
「──思考、身体、魔力の操作⋯⋯。全ての感覚が、大きく違ってくる事になる。
魔力の循環についても、以前のお前ならば出来なかったかもしれない」
「⋯⋯だが、今は違う」
「あァ、その通りだ。これから先のお前がどんな風に成長するのかは、お前次第って事だ」
コートを風に靡(なび)かせ、アインへルムは背を向ける。
ポケットに両手を突っ込むその後ろ姿は、思わず『師匠!』とでも叫んでしまいそうな程に眩しかった。
⋯⋯まぁ実際、魔王幹部は全員師匠みたいなモンなんだが。
「──ところでお前、最近いつ炎装を使った?」
「⋯⋯え? あぁ。昨日のグレンデルの件の直前までギルルと鍛錬してて、その時に。
一件の後は、幼女に『炎装は完治してからの方がいい』って言われて使ってなかったかもな⋯⋯」
「フ〜ン? 流石はアルノヴィアだ、良い判断だぜ。
聞いた話じゃあ、身体の内側からブッ壊されたってんだし、炎装を使ったら死んでたかもなァ」
「⋯⋯炎装を使って死ぬ?」
何故⋯⋯と、思い掛けたが、そういえばそうか。
魔物による魔力の使用は、体内の『魔力変換器官』によって行われている。
そしてその器官は、魔法陣と同じ仕組みで成り立っていると。
そうなると、破損したソレに無理やり魔力を流し込むと暴発して⋯⋯って感じだろう。
おおう。グレイドラゴンの肉塊花火なんて想像もしたくないぜ。
「まぁ、今なら問題無さそうだな。⋯⋯どれ、折角だ」
「⋯⋯!!」
「──場所を変えるぜ、紅志」
NOW LOADING⋯
やって来たのは、やはりギルルとの鍛錬場である荒野だ。
地平線まで続く程に広く、果ての果てまで何も無い。
だからこそ、何事にも思い切って挑める。
「試してみろ。紅志」
「おう⋯⋯!!」
アインヘルムに言われ、俺は両脚を大股に広げる。
⋯⋯そうだ。俺が炎装を使う時は、そういえばいつもそうだったな。
発動の直前には、どんな時でも静けさに包まれる。
心臓が大きく鼓動する感覚と、それを合図として全身が内から温かくなる様な──。
(⋯⋯思えば、ここまで集中して炎装を使う事も無かったか)
フフフ、なんだか感慨深いかもしれない。
初めは、炎装を使う時はこうしてワクワクしていたな。
自分は特別なんだって思える⋯⋯そんな感じが。
「フゥ────⋯⋯」
深呼吸。
⋯⋯深呼吸って、こんなに静かだったけか。こんなに心地良いモノだったけか。
身体の内側。底の底から、滾り、湧き、煮え、登り上がってくるこの感覚は⋯⋯なんて言うんだっけ。
(──あぁ。そうだ。これは⋯⋯この感覚は⋯⋯)
静かで暖かい。それでいて──⋯
「⋯⋯ハッ」
いや、“これ”に名前なんて必要無い。
“そうである”。それを、俺自身が感じられているのなら。
──ズンッッ!!
大地が、俺を中心として大きく揺れる。
天空(そら)が、大気が、そして星そのものすら。
俺の一人の力で揺れている様だった。
「⋯⋯ふう」
角も──。首も──。背も──。
尻尾も──。脚も──。拳も──。
全てが蒼になっていた。
「──“上”にようこそ。歓迎するぜ、紅志」
アインヘルムが、俺に向けて拍手を行う。
⋯⋯分かる。今なら、アイツの魔力も明確に感じれる。
アインヘルムだけじゃない。遠くにいるティガも、ギルルも、よく感じれる。
魔王城の領域。そこに生息する無数の魔物達も、そして俺自身も。
「⋯⋯⋯⋯。」
俺は、自身の手に目をやる。
握り、開き、それを数回繰り返す。
⋯⋯手って、指って、こんなに複雑に出来ているんだ。
身体って、肉って、骨って、血って──。“俺”って、こんな形をしているんだなぁ。
「──
「⋯⋯ン、」
アインヘルムが、銀翠(ぎんすい)の魔力を纏う。
眩しく、美しく、煌めくソレからは、超繊細な魔力の流れが感じ取れた。
──そして。
それと同じ様に、俺の蒼炎も。
透き通り、ひたすらに輝き、力に溢れていた。
「⋯⋯いい瞳だ」
「アンタもな、アイン」
静かに腰を落とし、互いを見つめ合う。
ハハ。これじゃ、恋人みたいだな。
⋯⋯いや、あながち間違ってないか。熱く激しくぶつかり合う、その点においては。
「さぁ、紅志。構えろ」
「⋯⋯あぁ」
起爆は、そう遠くなさそうだ。