「──では、今後の方針について纏めましょう」
全員に食事が並んだタイミングで、白厳が口を開く。
アホみたいな量の飯で前が見えないが、取り敢えず耳を傾けとくとするか。
「まず、本日以降の人類の方針からです。
事前にゼルさんとエスキラさんが付けておいた段取りを踏まえ、私が筋書きを考えました。
“魔王軍による人類襲撃に対し、人類の主力であるセシルガとセイリスが魔王城へ出陣。そして交戦。
2名の帰還後、魔王軍による襲撃は止まないものの、その被害は大幅に減少した”⋯⋯と」
骨付き肉を片手に、俺は白厳の説明を聞く。
人類側に都合が良いシナリオな気もするが、まぁ前回の襲撃の被害を考慮すれば、この程度はいいのかね。
⋯⋯しっかし、これ何の肉だ? めっちゃ柔らかくて美味いんだが。食えば食うだけ腹が減るぜ。
「──今回の会議に関しては、一般に公表はしません。
まぁ私としては、人類と魔族の為を考えて大々的に発表したいですが⋯⋯」
「いや。悪ぃが断るぜ。どうせ、いつかやり合う間柄だ」
「ええ、そうでしょう。今回ばかりは引き下がります。
その代わり、水面下では互いの強固な連携が重要になりますので、その点はご留意ください」
「⋯⋯強固な連携? ンなモン、そこまで重要か?」
モグモグと頬を動かしつつ、ゼルは片眉を吊り上げる。
確かに、彼の言う通り、「強固な連携」の必要性はそこまで感じられない気もする。
どうせ、ゼル達魔族は人類と表立って共闘したくない訳だし、連携もヘッタクレも無い様な⋯⋯
「──先にお伝えした通り、今後のオーガの襲撃への対応策では、安定した戦力の供給が求められます。
特に、各地点の魔力感知に反応があった後は、その情報を味方へ通達し、そして行動を開始するまでの速度が最重要です。
魔力感知の展開者が、人間である場合にしろ魔族である場合にしろ、互いに不信感があっては確実に遅れが生じる⋯⋯。
私が伝えたい事、お分かりですね?」
「⋯⋯ハッ! ホントに大した人間だぜ、お前はよお。
──いいだろう、よく分かった。
にやりと笑うゼルに、白厳も同じ様に口角を上げる。
恐らく、白厳の台詞の真意は、『オーガに遅れを取る可能性がある』的なものだろう。
無論、魔王軍を率いているゼルとってそれは、間違い無く避けたい出来事だ。
とはいえ、それを踏まえても、ゼルに直接意見が出来る胆力は俺には無いがな。
「──では、総括に移りましょう。
公の流れは、一連の出来事は魔王軍の仕業であり、セシルガさん達がそれに対応。
以降の襲撃の被害を大幅に減少させた事で、一般市民と一般冒険者の士気を回復。
被災した各地の復興に尽力していただく事を目標とします」
白厳の言葉にエスキラやセイリスが頷く。
人類側は、どうやら意見が纏まった様だ。
⋯⋯さて、続く魔族側はどうだろうか。
「──人類が復興に専念する状況を作った一方で、ゼルさんとアリアさん達には打倒オーガに集中してもらいます。
そして、今後の黒異種・
頷く幼女とゼルに、ティガ達も納得した表情を見せる。
調子に乗って、魔王軍に攻撃を仕掛けよう、なんて連中もいるかもだが⋯⋯
それに関しては、この場にいるエスキラの出番か。
⋯⋯しかし、“人類が復興に専念する”という点を、こんな風に利用するとはな。
この白厳という男、他人からの信頼も厚く、個人的にも気に入った人物ではあるが⋯⋯。先を読む才能が恐ろしいな。
「それでは、本日の会議は以上としましょう。
アリアさん。後日、また我々で詳細を詰める事に⋯⋯」
「──待て、白厳。一つ、最も重要な事を忘れているぞ」
場を締めようとした白厳を、エスキラが止める。
何か話がある様だが⋯⋯一体なんだろうか。
初めよりは表情から険しさが無くなっているが、今の一瞬でまた少し固くなったな⋯⋯
「何だよジイさん。話はした、飯も食った。後は帰って寝るだけだぜ?」
「魔王ゼルよ、同じ場でお前も聞いていただろう?
そこにいる星廻龍アルノヴィアから、人類を信頼させる“証拠”を見せる、と」
「あぁン? ⋯⋯あぁ。そういえば、そうだったな。
アリア、さっさと済ませろよ。俺ぁ、もう寝るぜ」
大きな欠伸をしながら、ゼルは部屋を出る。
一瞬、幼女が引き留めようとしたが、直後に呆れ顔に変わって溜息を付いた。
ただ、同時に安堵も含まれた表情にも見える。
⋯⋯成程。確かに、ゼルが部屋を去った事は、幼女にとってメリットだろう。
「エスキラさん、言っておく事がある」
「⋯⋯何だ?」
「貴方達を信頼させる証拠。──そんな物は、無い!」
高らかに言う幼女に、エスキラは口を半開きにする。
幼女の台詞をどうにか理解している様だが、納得に至るまでは苦戦しているらしい。
かくいう俺はと聞かれれば、そんなエスキラの様子に内心で笑っているがな。
なんせ、俺は幼女の言葉の意味を知っている。
この会議が始まる直前。あの草原で、幼女は予め俺に言っていた──⋯
『⋯──正確には“物体としては存在しない”って感じだけどね。
今回の会議は、魔王本人、魔王幹部全員、加えて私達までいた訳だ。
向こうから見たら、勿論“敵”と見えてる連中がね。
敵が勢揃いしているにシチュエーションで、誰1人死ぬ事無く会議が無事に終了した⋯⋯。
その事実こそが、彼らに魔王軍を信頼させる証拠となるんだよ──⋯』
⋯──本当、彼女のお人好しは否めないが、信頼を築くという点ではこれ以上無い状況だ。
それを考慮して、ゼルがエスキラ達の前で目の前で出ていったのは、アリアからして有利な事だろう。
少なからず、ゼルが人類に強い敵意が無いという証明になるからな。
「ば、莫迦な⋯⋯。そんな事が、本気で通用すると思って、我々をここへ呼び寄せたのか⋯⋯?」
「勿論。今のシュチュエーションこそが、私達を信頼してもらう何よりの証拠だよ」
「⋯⋯ふ、ふふ、ふははは!! まさか、そんな事を考えていたとは!! 面白いぞ、アルノヴィア!!」
「それはどうも♪ ⋯⋯で、そっちの回答は?」
派手に笑うエスキラに、幼女は指を組んで尋ねる。
戯ける素振りこそ見せているが、その瞳は明確に鋭利な光を放っていた。
エスキラの回答次第では、争い事とまではいかないが、少々面倒な事になるのは間違い無いだろう。
「──結構。今回だけは、お前達に付き合うとしよう。
セリイス、セシルガ。何か意見や異論はあるかね?」
「⋯⋯こうなったらヤケよ。付き合うわ」
「ンま、俺ぁ強え奴とヤレんならそれでいい。ノるぜ」
「双方、結論は出たようですね?」
エスキラ達の意見が纏まるのを見て、白厳はすかさず動く。
懐からA4程の紙を1枚取り出した彼は、それをテーブルの上に置いた。
『人魔休戦協定』。そう大きく書かれたその紙に、全員が視線を落とす。
まるで、この会議の結末を見越していたかの様に、『人類代表』と『魔族代表』と書かれた空白が開けられていた。
どうやら、サインか何かを書くスペースらしい。
「この私、
「ゼルに変わって、私が書くよ。何か問題はある?」
「いいんじゃね? 別に」
「あァ。ボスなら気にしねぇだろ、多分」
「うん。いーいんじゃない? 知らないけど」
アリアの質問に、幹部達はそれぞれの回答する。
全員確証があるワケでは無さそうだが、彼らの立場であれば、俺も同じ感じで答えていただろう。
だって、あのゼルだもんな。どうせ、『好きにしろ』とか『興味無ぇ』とか言って、ヒトに任せるのがオチだ。
まぁ手短に済むんなら、ソレはソレでいいと思うがな。
「──で、グレンデルはどうなの?」
「フン⋯⋯」
おっとイカン、そうだった。一番肝心なのが居たぜ。
コイツの回答次第では、この場の全員の協力で黙らせるしか無くなるが⋯⋯
さて、どうなるだろうか。
「どうでもいい。俺の知った事か」
「はい、おっけい。んじゃ、サインしよう」
興味の無さそうに、グレンデルは腕を組む。
一波乱に身構えていたが、どうやら杞憂に終わった様だ。
⋯⋯しかし、『どうでもいい』とは意外だったな。
アイツの事だから、ゼルが自ら意思決定していない物事には反論すると思っていたぜ。
案外、ティガ達と同じ⋯⋯。いや、どちらかというと、ゼルと同じ思考なのかもしれないな。
「うむ」
「うんっ♪」
サインを書き終え、エスキラと幼女は頷く。
人類と魔族が、初めて公式に手を組んだ瞬間であった。
まぁ形としては公式というだけで、それ自体は非公式の出来事ではあるが。
魔王軍は置いておいて、人類は寧ろ今日以降が本番だろう。
各地の復興、冒険者達の統制、次なる襲撃への準備──。
課題は山積みだ。
だが、今日踏み出した1歩は、限りなく大きいのだろう。
魔王。ファンタジーでは、徹底して人類の敵である存在。
冒険者。魔物や魔族を打ち倒す為に存在する人々。
それが、手を取り合って共通の敵に立ち向かう⋯⋯。ハハ、こんな世界もあるもんなんだなぁ。
「──では。本会議の終了を持って、協定の締結とします」
サインの書かれた書類を預かり、白厳が立ち上がる。
それと同時に、幼女とエスキラも席を立ち、互いに右手を差し伸べた。
「「よろしく頼む」よ♪」
握手。
握った手を、2人は軽く揺する。
うむ、これにて一件落着だ。
「⋯⋯しゃっ。飯も食ったし、身体動かしたくなってきたぜ」
「おっ、紅志。いっちょやるか?」
「あぁ。ティガ、久し振りに軽く組手でも──」
「待て」
ドン! と、魔王城全体が揺れる。
低い声で威圧を放ったのは、グレンデルだった。
彼が鋭い視線を送るのは人類では無く、同じ魔王幹部であるティガ達だ。
コイツめ、最後の最後でいきなり何をする気だ⋯⋯?
「休戦協定。それは認めてやる。⋯⋯だが、」
グレンデルから、凄まじい量の魔力が発せられる。
本人としては、ただ魔力を纏っただけなのだろうが⋯⋯
この熱気には、思わず立ち竦んでしまうぜ。
鮮やかに煌めく蒼と、どこまでも深い黒。蜃気楼のように揺らめくその魔力は、いつか見た幼女の魔力を彷彿とさせる。
やはり、魔王幹部の中で最強なのはグレンデルで間違い無いだろう。
「グレンデル。今すぐ止めないなら、私が相手になるよ」
グレンデルの前に、幼女が立ち塞がる。
紅く潤う魔力を纏った彼女は、静かにグレンデルを睨んだ。
「⋯⋯いいか、よく聞け」
そう言うグレンデルは、ティガ達の方へ向きを変える。
張り詰める空気の中、彼はゆっくりと口を開くのだった。