猛焔滅斬の碧刃龍   作:Nidhogg

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第151話・ウォーミングアップ

 ──幼女からオーガを倒す“鍵”を受け取った翌日。

 俺は、魔王城領地のとある場所へと足を運んでいた。

 道中の険しい斜面には濃い霧が掛かっており、まるで来訪する者を拒んでいるかの様だ。

 加えて、生物の生息を禁ずるかの如く僅かな植物も生えておらず、大小様々な岩が転がっているばかりである。

 しかし、どこか神聖な雰囲気が漂う“その山”は、まさに霊峰(れいほう)と表現するに相応しい場所だろう。

 もっとも、この世界の神はロクな奴ではないのだが。

 

「ふう⋯⋯」

 

 山の頂上に着いた俺は、周囲を見渡す。

 先程までの斜面とは違い、平たい地面が濃霧の向こう側まで続いていた。

 ⋯⋯うむ。おあつらえ向き、というやつだな。

 

「──なぁ、お前もそう思うだろ?」

 

 霧の先に向かって、声を掛ける。

 その直後、小さな影が霧の中で揺れ動き、此方へと近付いて来る。

 霧の尾をその(かお)に引かせ、一匹の魔物が俺の前に立った。

 全身黒色で人型に近いソイツは、黒異人(コクト)を彷彿とさせる。

 ⋯⋯いや。もっといえば、俺に近い姿をしているか。

 金色の瞳、長く太い首、しなやかに(うね)る尻尾、刃の様な形の両腕──。

 全体像としては、ドラゴンというよりトカゲの人型といった具合だろうか。

 一見すると、大した事も無さそうな相手だが⋯⋯

 

「コルルルルル⋯⋯」

「まぁそんなワケないよな」

 

 間違いない。この威圧感、()()()()()()()()()だ。

 なんでも、魔王城領地内の魔物の生態系では、上位者に挙げられるのがこの種族らしい。

 その名を“ヤテン”。“影”を意味する名であるんだとか。

 自らの住処と決めた──この霊峰の様な──場所は、その周囲に居た魔物を全て排除してしまうという 激ヤバな魔物だ。

 

「⋯⋯さて。ほんじゃあ、付き合ってもらうぜ」

 

 首を左右に捻り、骨を鳴らす。

 此処に来た目的である、ヤテンと戦う為の準備運動だ。

 幼女曰く、『やっぱり実戦経験がイチバンだ!』との事で、このヤテンの居場所を教えられた訳である。

 ギルルやティガで間に合っているとも思ったが、アイツらが相手の場合、俺の大抵の攻撃は封殺されてしまう。

 なので、培った技術を存分に使うという意味では、このヤテンが相手の方が都合が良いという事らしい。

 

「コルルルッ!!」

「ふっ、ふっ、」

 

 臨戦態勢に入ったヤテンに対し、静かに息を整える。

 それと同時に、俺はゆっくりとフットワークを刻んだ。

 前に半歩、後ろに半歩。それを交互に、何度も繰り返す。

 前世では格闘技に興味が無く、『そのチョコチョコした動きに意味はあるのか』なんて思ったりもしたが⋯⋯

 “動ける様に備える”と、“動きながら備える”とでは、大きく違う様だ。

 うむ。意外と悪くないな、コレ。

 

「ふッ──!」

 

 初撃。左ストレート。

 急加速にて放ったその一撃を、ヤテンは身を下げて躱した。

 見下ろし、見上げられ。俺とヤテンは視線を交差させる。

 ⋯⋯成程。生態系の上位者、孤高の捕食者、百戦練磨の猛者の目だ。

 

「コルルオッ!!」

 

 低い位置から、俺の左腕にヤテンが腕の刃を振り上げる。

 直後。俺が左腕を引いた瞬間に、腕刃の斬撃が空を斬った。

 風切り音も無く放たれた斬撃に、一粒の汗が頬をつたる。

 僅かに回避が遅れていれば──と、そこから先の思考を中断して、俺は上半身を右へ(よじ)った。

 俺の腕の切断をしそびれたヤテンが、素早く次の攻撃を放って来たからだ。

 腕刃を振り上げた勢いで立ち上がり、そのまま片足を軸に半回転して後ろ蹴り⋯⋯といった感じだろうか。

 一つの武器に頼る事をしない。流石は魔王領地の魔物だぜ。

 

──バチンッッ!!

 

 刹那、甲高い打叩音(だこうおん)が響き渡る。

 ヤテンの片足に、俺が尻尾を打ち込んだ為である。

 蹴りが当たる確信があったのかは知らないが、俺に背を向けたのは少し舐め過ぎだったな。

 

「コルルッ!?」

「⋯⋯へッ」

 

 驚くヤテンに先んじて、俺は次の行動に移った。

 奴の足に命中させた尻尾を、そのまま巻き付けてからの──猛ダッシュである。

 

「コルオァッ!!」

 

 半径3メートル程を全力疾走して、ヤテンをブン回す。

 『何をしやがる!!』とでも言う様に暴れるヤテンだが、高速で引き摺られている事で上手く逃れられないらしい。

 頭に血が上っているのか、苦しそうな表情を浮かべている。

 当然、やめてやるつもりは無い。これは「勝負」ではなく、「争い」だからな。

 自然界。その中の戦いに()いて、正々堂々なんて言葉は不純物にしかならない。

 殺るか、殺られるか。単純が故に、どこまでも残酷な摂理(ルール)の上でやりあってるんだ。

 どんな手段であれ、「卑怯だ」とは言わせないぜ⋯⋯!!

 

「はアッ!!」

 ヤテンを拘束したまま、大きく跳ね上がる。

 霊峰の上空。濃霧を抜けたその先で、俺は身体を丸める様に回転。尻尾をメインとして、全身の筋肉を連動させる。

 そして、ヤテンの足に巻き付けた尻尾を離して──全力で、振り落とした。

 凄まじい勢いで落下したヤテンは、濃霧の奥へと姿を消す。

 次の瞬間。轟音が、鈍く鳴り響いた。

 

「⋯⋯ふぅ」

 

 魔力反応が薄れていくのを感じつつ、一呼吸する。

 全く、こんなんじゃウォーミングアップにもならねーぜー。

 ⋯⋯と、言いたいところだが、どうやらそんな場合でも無いらしい。

 

 ──魔力感知で感知可能なのは、“魔力の質”が自分より下か、ある程度近い次元にある者だけだ。

 魔力を持った生物。つまり、この星に住む全生命体には、その体内に“核”の様なものがある。

 その“核”の正体は、恐らく魔力の貯蔵庫的な存在で、魔力が高密度で集まっている場所だ。

 その場所だけは、本人の本来の魔力よりも“魔力の質”が数段も高い。

 まぁ端的な話が、その貯蔵庫の中にある魔力に関しては、実力が近くても感知は不可能であるという事だ。

 余程の格下であれば、貯蔵庫内の“魔力の質”も高くなく、感知可能な場合はあるが⋯⋯。そこはいいとして。

 つまり、「魔力感知では相手の()は完全には測れない」って話なんだが⋯⋯

 

──ドンッッ!!

 

 その時、爆発した様な魔力反応が現れる。

 衝撃波すら伴って出現したその反応は、霊峰の中心地点から発生したものであった。

 

「──コルルルルッ」

「⋯⋯ハハァ」

 

 聞こえた声に、俺は思わず(わら)った。

 刹那。霊峰頂上の濃霧が全て吹き飛び、ヤテンが姿を現す。

 全身が微かに赤みがかり、よく見れば、金の瞳も赤が混じって琥珀色に変化している。

 何よりも印象的な点は、奴の尻尾まで刃の様に形状が変わった事だろうか。

 ⋯⋯考えてみれば、俺が炎装を使う様に、形態変化や肉体変化を行う魔物は見た事はなかったな。

 

「来いよ。敵は目の前にいるぜ」

 

 着地した俺は、手を自分に向けて煽る。

 意図を察知したヤテンは、深く構えて此方を睨んだ。

 霧が晴れた霊峰。夕日が照らすその頂上にて、銀竜と黒蜴は起爆の瞬間を待つのであった。

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