「あっ」
ギルルが、僅かに声を漏らす。
その眼前で交差する、俺とギルルの右腕。
そして、彼の右腕に絡み付く俺の尻尾──。
──とんっ。
軽やかな音を立て、俺の拳がギルルの頬に触れる。
直後。湧き上がってくる歓喜と共に、俺は地面に大の字で倒れ込んだ。
「当てたあァァ──────ッッッ!!!」
右拳を天に突き上げ、思い切り叫ぶ。
遂に。遂にギルルヘ一発当てる事に成功したのだ。
左腕が消し飛んだ激痛も、殆どの骨が砕けた苦痛も、全身に鮮明に残る痣の鈍痛も。
何もかもが、余りに巨大過ぎた課題を突破した事実、その歓喜に打ち消された。
「えーっ。今の当たってたー?? ⋯⋯なんちゃって。
凄いね、紅志。当たってあげる気は、全然無かったんだけどな〜」
珍しく、ギルルが褒めてくれた。
胸を張って返事をしたかったが、凄まじい疲労と倦怠感によって上手く声が出せない。
仕方が無いので、右腕をギルルへと掲げて笑顔を作る。
思いを汲み取ってくれたのか、ニッと笑った彼が俺に手を差し伸べた。
「──やったね! 紅志!」
その時、幼女が拍手をしながら現れる。
ギルルに手を借りながら立ち上がると、彼女は俺の顔を腹に
普段なら嫌がるトコだが、今は成長を褒められるのが最高に気分良いぜ。
「ほんっとうに! 君ってコは!」
「ね、ね、僕も頑張ったよ?」
「ギルルもお疲れ様! よしよしヨシヨシ!」
「えへへぇ」
いやん、なにソレ尊い。
さっきまで、ザ・魔王幹部みたいな雰囲気で戦ってたのに、人が変わり過ぎだろ。
少年と少女の
「──ぶっちゃけると、今の君がギルルに一撃でも当てるのは不可能だと思ってたんだ。
最低でも三ヶ月。長くて半年くらい鍛錬を積んで、ようやく本番。って流れを想定していたんだけど⋯⋯」
「いいや。ボロボロになって、最後の力を振り絞って、やっとの思いで当てたのが、跡にもならない一発だ。
まだまだ鍛錬は足りないし、甘やかさないでくれ、幼女」
「⋯⋯ふふ、そっか。紅志らしいね」
幼女は、俺の頬に手を当てる。
それと同時に、全身の傷が一瞬にして回復。無くなっていた左腕さえ、いつの間にか再生していた。
まるで母親の様に暖かな目で、幼女は優しく微笑む。
⋯⋯あ。なんか、不意に
小さい頃、良い事をした時はこんな風に顔を撫でられっけ。
「うおーん、オカーチャーン」
「えっ!! お母ちゃん!? 私が!?」
動揺しつつ、どこか満更でも無さそうな幼女。
それを見ていたギルルが『ママぁ〜』と言って覆い被さった事で、その表情は満面の笑みへと変わった。
少年の様に甘える俺達に、幼女は小さく唸り声を上げる。
キュートアグレッションを起こしたらしい幼女だが、その様子で俺にも同じ現象が起きそうだぜ。
「ははっ。アホやってんな〜俺達」
「ね〜。僕もソレ思ってた〜」
「いやもう、全ッ然良いよ〜♪ カワイイ坊や達〜!」
団子状態のまま、幼女が俺とギルルを撫で回す。
いや〜ホント、こういうバカなコトしてる時が1番楽しいんだからなぁ。
今日も、魔王城は平和だぜ。
さて、閑話休題。
ここらで、今後の俺がやるべき事を見直しておこう。
最重要課題をクリアし、炎装の出力制御も順調で、ゼルに教わった技術も習得中。オーガに直接触れる手段も確率した、と。
後は、まぁ今まで身に付けた能力・技術の洗練と、基礎身体能力の強化に重きを置くって所か。
強いて云うなら、そろそろ回復能力も欲しくなってきた感じだな。
毎度毎度 幼女やアインに治してもらって、流石に情けなさを覚えているし。
「──今日は私がご馳走作っちゃうよー♪」
「わーい!! アリアの料理好きー!!」
「⋯⋯⋯⋯。」
盛り上がるギルル達を見て、少し無言になる。
なんか、ふと、幸せそうだなと思った。
微笑ましい遣り取りだとか、俺の成功を祝ってくれているんだとか、そういうのじゃない。
⋯⋯俺が難しく考え込むのは、弱者の立場にいるからだ。
強者であれば、ゴチャゴチャした考えなんて持たなくても、幼女達みたいに生きられるんだろうなぁ。
「「──紅志!」」
「⋯⋯ん? なんだ?」
「なんか、」
「すごく、」
「「ニヤけてる!!」」
⋯⋯。あぁ、やっぱり。
こういう時の俺は、いっつもそうだ。
とんでもなく強い奴と会った時、大きな壁にぶつかった時、自分の弱さを実感した時。──堪らなくなる。
強くなりたくなる。壁を壊したくなる。強い奴を⋯⋯
「なぁ。アリア、ギルル」
「「??」」
「──いつか、絶対に越えてやるぜ」
俺の台詞に、二人は笑う。
愉快そうで、それでいて獰猛に。
俺が、この星に生まれた日から。
全ては決まっていたのかもしれない。
焔。
心で滾るそれが、俺の行く道を照らす事を。