「──ねー、お父さん早くー!」
「おう、分かった分かった。引っ張るな、紅志」
「お母さんもー!」
「はいはい。手、お父さんから離しちゃダメだからね?」
「はーい!!」
5歳になった頃だったな。
父と母と俺。家族3人で、新しく出来た遊園地に行ったの。
真夏でめちゃくちゃ暑かったし、人の多さで蒸し上がる程の日だった。
売店で買ってもらった、容器にキャラクターが印刷してあるフルーツサイダーが美味しかったのを覚えている。
⋯⋯あぁ。そういえば、結局はしゃぎすぎて迷子になったんだっけ?
園の従業員に保護された後、大泣しながら待機所で座っていた気がする。
俺を見つけた時の、酷く慌てた両親の顔⋯⋯。未だに忘れられないなぁ。
「──うい!! 紅志、遊ぼうぜ!!」
「佐々木、勝手に他人の部屋に入るなよ⋯⋯。不法侵入って知ってっか?」
「勝手じゃねぇよ? ちゃんとおめーの母ちゃんにOKもらったし」
「何してんだ母ちゃん」
中学生になると、友人が頻繁に家に来る様になった。
佐々木
図々しいトコや、たまに面倒な事に付き合わされる時もあったが、アイツに振り回れた日々も今となっては良い思い出だ。
⋯⋯あ、そうだ。そういえば俺が死んだ日も、アイツと会ってたな。
全く。いつもなら真っ直ぐ帰って、そのまま風呂入って飯を食って次の朝が迎えられてたってのに。
なんやかんや、佐々木には最期まで振り回されちまったな。
まぁぶっちゃけ、俺は今の世界で楽しくやれてるし、そういう意味では結果オーライな気もするけど。
⋯⋯いや、しっかしなぁ。なんで死んだんだっけか?
確か、包丁で刺された⋯⋯んだっけ? 記憶が曖昧だ。
強いて云うなら、なにか、どうしようも無い程に──。
⋯⋯⋯⋯⋯⋯。
⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯。
⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯。
⋯⋯ん? ちょっと待てよ?
俺、今何してるんだったっけ?
魔王城で鍛錬してたら⋯⋯えーと、オーガに見つかって⋯⋯
で、幼女やグレンデル達と一緒に待ち構えてたら、オーガと4人の神将が現れて⋯⋯
グレンデルが攻撃したけど効かなくて、それで⋯⋯
⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯。
⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯。
⋯⋯⋯⋯⋯⋯。
⋯⋯あ。⋯⋯あ! あ!!!
ゼルが攻撃して⋯⋯!! あぁっ!! そうか!!
これ走馬灯だわ!!!!
──キィ────⋯⋯ンンン──⋯!!
真実を思い出すと同時に、耳鳴りの様な音に気が付く。
一瞬遅れて、目の前で炸裂した黒紫の光にも意識が向いた。
ようやく事態を飲み込めた俺だが、目の当たりにした光景に思わず絶句した。
ゼルの攻撃が、攻撃だと認識出来ないのだ。
グレンデルの魔力攻撃の様に感知不可であるのは無論だが、俺が云いたい事はそうでは無い。
台風とか、地震とか、火山の噴火とか、若しくは隕石とか。
自然的な大災害が、突如として発生した様な感じだ。
もし、この瞬間の出来事を俺が語る日があるなら。その時の俺は、必ずこう言うだろう。
──世界が終わるかと思った──
と。
「──生きてるか?」
攻撃を終えたゼルが、振り返りざまに聞いてくる。
黒紫に染まった空に姿を影らせる彼は、暗がりの中で紫瞳だけを妖しく輝かせていた。
その様相は、まさに魔王と呼ばれるに相応しく──。
いや若しくは、彼こそが神であるかの様な圧倒的な存在感を放っている。
⋯⋯敢えて付け加えるとすれば、神は神でも邪神や破壊神といった方面の神なのだが。
「相変わらず、ゼルは魔力の出力はとんでもないねぇ⋯⋯。
流石の私も、今の攻撃を食らったら死んじゃうかも。久し振りにちょっとビビっちゃった」
幼女が、らしくない事を言う。
冗談の様にも聞こえる台詞だが、彼女の頬をつたる一筋の汗を見ると、本心から出た言葉なのだと理解出来た。
そして、直後に俺は気が付く。
俺を護っていた3重の結界が残り一枚になり、尚且つその一枚には亀裂が生じている事に。
ドクンと心臓が跳ねる音がして、今の俺の命が紙一重で存在する事実に震え上がった。
「さて、どうなったかね」
ゼルが、再び前を向いて言う。
釣られる様に、黒紫が未だ晴れぬ空を俺も見上げた。
魔王の攻撃の
──そして、全貌が明らかになった時。俺は再び絶句した。
「ぬ、うう⋯⋯!!」
恐怖を顔に浮かべ、オーガは大きく目を見開く。
以前のアリアとの戦闘と同様、突き付けられた絶対の“死”のイメージに怯える奴の姿があった。
極限まで小さくなった瞳孔、歯を剥き出しにしたままの口、額を滑り落ちる大粒の冷や汗──。
絶望というものを表情のみで表現するとしたら、あれが最適解かもしれない。そう思わせる程の有様だ。
⋯⋯が、しかし。今の俺の目は、その点には向いていない。
「──莫迦な⋯⋯。オーガ様と同じ能力が与えられていたアルマ達が⋯⋯!?」
キャソック姿の神将が、周囲を見渡して驚愕する。
当然だろう。無敵に思える能力があった筈の神将が、跡形も無く消え去っていたとなれば。
だが、
結果からして、オーガと神将達の能力には性能に大きな差があるのは予測出来る。
そしてその点に関しても、大した疑問が浮かぶ事ではない。
⋯⋯しかし、あの生き残った神将は一体なんなんだ?
アルマ達とあの神将の間にも、能力の性能があったのか?
──いや、違う。
やはり、俺が疑問に思った点はそこでは無い。
肝心なのはあの神将自体では無く、ゼルが攻撃を放った際にオーガが見せた動きだ。
俺も、一連の全てを目撃していた訳ではないのはあるが⋯⋯
ただ、はっきりと言える事がある。
ゼルが攻撃を放つ放つ直前、オーガがあの神将の正面に移動した様に見えた、という事についてだ。
まるで⋯⋯そう。言い方を変えるなら、あの神将をオーガが“庇った”。そんな風に見えた気がした。
「⋯⋯オーガ様」
「セラフ、貴様は撤退しろ」
「⋯⋯⋯⋯。⋯⋯承知致しました」
手短に会話をして、セラフと呼ばれた神将が光に包まれる。
光が消えると、そこにはセラフの姿は無く、此方を無言で見下ろすオーガだけが残っていた。
ゼルの攻撃への対応と、そして今のセラフへの台詞⋯⋯。
オーガ。お前は、まさか⋯⋯
「オーガ、改めて聞かせてもらっていいかな」
「⋯⋯何じゃ?」
「私の提案。それを、ちゃんと聞いてくれるかどうかだよ。
もしも聞く気がないなら、今すぐここで──」
「⋯⋯⋯⋯くっ」
俺の洞察を
そういえば、幼女は初めから『提案がある』と言っていたが、どんな話をする気なのだろうか。
「──二週間!! 私も、私側の転生者達も、ゼル達も!!
貴方と貴方の軍勢に対して、一切の干渉をしない!!」
「「「「「ッッ!!!?!?」」」」」
ピッタリと、この場の全員の表情の動きが一致する。
魔王ゼルだけが、やんちゃそうに大きく笑っているが⋯⋯
何を言い出すかと思えば、無茶苦茶な提案をして幼女は何を企んでいるんだ??
「──ふむ、成程な。⋯⋯それで、儂に求める見返りは?」
「いやぁ、そんな大した事じゃないよ? “私達は何もしないから、貴方達も何もしないで”って話だ♪
二週間後。お互いに万全の状態でやり合おうじゃないの」
「⋯⋯⋯何を言い出すかと思えば」
「貴方は決戦の準備がしたい。私は決戦の準備がしたい。
この提案、お互いに利害は一致している筈だ。呑まない手は無いんじゃないの?」
ふわり。幼女は空中に浮き上がる。
オーガの目の前にまで近付いた彼女は、両手を腰に当てつつ胸を張って返答を待った。
「ふん。お人好しめ。貴様は何も成長しない愚か者じゃ。
ここで要求を飲むふりをして、今後の貴様にとって最悪の瞬間で儂が裏切る事も──」
「しないね、絶対に」
「なに⋯⋯?」
「貴方は、優秀な部下を失ったばかり。そして、ゼルの強さを目の当たりにしたばかり。
14日という時間を、一切の邪魔をされる事が無く、丸々戦力の増強に専念出来るんだ。
わざわざ裏切るより、素直に私の提案を受けた方が圧倒的に利益になる。
⋯⋯貴方は、いつだって利益と損益を天秤に掛ける性格だ。
ここで得られる利益を最大限に活かすのが、神であるオーガという男でしょ?」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯ふん」
オーガの表情が変わる。
幼女の見透かした台詞に悔しさはあるが、それとは別に何か思う所がある様な⋯⋯。そんな感じだ。
「──いいじゃろう。貴様の提案、受けてやる」
「そう言うと思った♪」
交渉成立、という訳らしい。
地上に降りてきた幼女は、『やりぃ』とガッツポーズをして俺とゼルに笑顔を見せた。
ティガやグレンデルは不服満々といった様子だが、ゼルが幼女を許した事で強く言えない様だ。
「⋯⋯アリア。5万年前から、お前は何も変わらないな。
後悔しろ。お前の愚かな提案によって、この世は終焉を迎えるのだ」
セラフと同様に、オーガの全身が光に包まれてゆく。
眩い光による影のせいで上手く見えないが、僅かに口角が上がっている様にも⋯⋯
「
貴様は思い知る事になるぞ!! その命の灯火が、誰の役にも立たずに燃え尽きる定めである事を!!」
天空に、オーガの声が響き渡る。
金色の光が一層強まった時、俺は思わず笑っていた。
神に言い渡された運命。それを真正面から打ち砕いた日が、本当の意味で俺が生まれた日だと云えるだろう。
⋯⋯かかって来いよ、運命。俺の形に捻じ曲げてやるぜ。
「──上等だ!! 俺の“焔”を舐めんじゃねぇッ!!」
前に踏み出し、思い切り叫ぶ。
ありがとう、オーガ。
お前のお陰で、言いたい事が全部言えた。
「ひひっ」
「ハッ!! よく言ったァッ!!」
「紅志!! 今のお前、漢だぜ!!」
「⋯⋯⋯⋯。」
ギルル、ティガ、アイン。──グレンデル。
踏ん切りがついた。強い仲間がいる。時間は出来た。
負ける気は、しない⋯⋯!!
「これから忙しくなるね。⋯⋯紅志、心の準備は?」
「決まってるよ、そんなの。とっくのとうにな」
「ホント良い男だぜ、お前は。マジで
「考えとくぜ。オーガを倒すまでには、答えを出しとく」
「あァ〜? 長ぇなぁ、気が遠くなっちまうよ」
ポンっとゼルに肩を叩かれ、俺は笑った。
金色の光が消えた空は、どこまでも晴れ渡っているのであった。