猛焔滅斬の碧刃龍   作:Nidhogg

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第158話・意外な提案

「──ねー、お父さん早くー!」

「おう、分かった分かった。引っ張るな、紅志」

「お母さんもー!」

「はいはい。手、お父さんから離しちゃダメだからね?」

「はーい!!」

 

 5歳になった頃だったな。

 父と母と俺。家族3人で、新しく出来た遊園地に行ったの。

 真夏でめちゃくちゃ暑かったし、人の多さで蒸し上がる程の日だった。

 売店で買ってもらった、容器にキャラクターが印刷してあるフルーツサイダーが美味しかったのを覚えている。

 ⋯⋯あぁ。そういえば、結局はしゃぎすぎて迷子になったんだっけ?

 園の従業員に保護された後、大泣しながら待機所で座っていた気がする。

 俺を見つけた時の、酷く慌てた両親の顔⋯⋯。未だに忘れられないなぁ。

 

「──うい!! 紅志、遊ぼうぜ!!」

「佐々木、勝手に他人の部屋に入るなよ⋯⋯。不法侵入って知ってっか?」

「勝手じゃねぇよ? ちゃんとおめーの母ちゃんにOKもらったし」

「何してんだ母ちゃん」

 

 中学生になると、友人が頻繁に家に来る様になった。

 佐々木 和威(かい)。流石に面と向かっては言えないが、俺の中では⋯⋯まぁ親友ってやつだ。

 図々しいトコや、たまに面倒な事に付き合わされる時もあったが、アイツに振り回れた日々も今となっては良い思い出だ。

 ⋯⋯あ、そうだ。そういえば俺が死んだ日も、アイツと会ってたな。

 全く。いつもなら真っ直ぐ帰って、そのまま風呂入って飯を食って次の朝が迎えられてたってのに。

 なんやかんや、佐々木には最期まで振り回されちまったな。

 まぁぶっちゃけ、俺は今の世界で楽しくやれてるし、そういう意味では結果オーライな気もするけど。

 ⋯⋯いや、しっかしなぁ。なんで死んだんだっけか?

 確か、包丁で刺された⋯⋯んだっけ? 記憶が曖昧だ。

 強いて云うなら、なにか、どうしようも無い程に──。

 

 ⋯⋯⋯⋯⋯⋯。

 

 ⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯。

 

 ⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯。

 

 ⋯⋯ん? ちょっと待てよ?

 俺、今何してるんだったっけ?

 魔王城で鍛錬してたら⋯⋯えーと、オーガに見つかって⋯⋯

 で、幼女やグレンデル達と一緒に待ち構えてたら、オーガと4人の神将が現れて⋯⋯

 グレンデルが攻撃したけど効かなくて、それで⋯⋯

 

 ⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯。

 

 ⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯。

 

 ⋯⋯⋯⋯⋯⋯。

 

 ⋯⋯あ。⋯⋯あ! あ!!!

 ゼルが攻撃して⋯⋯!! あぁっ!! そうか!!

 

 これ走馬灯だわ!!!!

 

──キィ────⋯⋯ンンン──⋯!!

 

 真実を思い出すと同時に、耳鳴りの様な音に気が付く。

 一瞬遅れて、目の前で炸裂した黒紫の光にも意識が向いた。

 ようやく事態を飲み込めた俺だが、目の当たりにした光景に思わず絶句した。

 ゼルの攻撃が、攻撃だと認識出来ないのだ。

 グレンデルの魔力攻撃の様に感知不可であるのは無論だが、俺が云いたい事はそうでは無い。

 台風とか、地震とか、火山の噴火とか、若しくは隕石とか。

 自然的な大災害が、突如として発生した様な感じだ。

 もし、この瞬間の出来事を俺が語る日があるなら。その時の俺は、必ずこう言うだろう。

 

 ──世界が終わるかと思った──

 

 と。

 

「──生きてるか?」

 

 攻撃を終えたゼルが、振り返りざまに聞いてくる。

 黒紫に染まった空に姿を影らせる彼は、暗がりの中で紫瞳だけを妖しく輝かせていた。

 その様相は、まさに魔王と呼ばれるに相応しく──。

 いや若しくは、彼こそが神であるかの様な圧倒的な存在感を放っている。

 ⋯⋯敢えて付け加えるとすれば、神は神でも邪神や破壊神といった方面の神なのだが。

 

「相変わらず、ゼルは魔力の出力はとんでもないねぇ⋯⋯。

 流石の私も、今の攻撃を食らったら死んじゃうかも。久し振りにちょっとビビっちゃった」

 

 幼女が、らしくない事を言う。

 冗談の様にも聞こえる台詞だが、彼女の頬をつたる一筋の汗を見ると、本心から出た言葉なのだと理解出来た。

 そして、直後に俺は気が付く。

 俺を護っていた3重の結界が残り一枚になり、尚且つその一枚には亀裂が生じている事に。

 ドクンと心臓が跳ねる音がして、今の俺の命が紙一重で存在する事実に震え上がった。

 

「さて、どうなったかね」

 

 ゼルが、再び前を向いて言う。

 釣られる様に、黒紫が未だ晴れぬ空を俺も見上げた。

 魔王の攻撃の残滓(ざんし)。真っ黒な煙の様なそれが、静かにゆっくりと霧散してゆく。

 ──そして、全貌が明らかになった時。俺は再び絶句した。

「ぬ、うう⋯⋯!!」

 恐怖を顔に浮かべ、オーガは大きく目を見開く。

 以前のアリアとの戦闘と同様、突き付けられた絶対の“死”のイメージに怯える奴の姿があった。

 極限まで小さくなった瞳孔、歯を剥き出しにしたままの口、額を滑り落ちる大粒の冷や汗──。

 絶望というものを表情のみで表現するとしたら、あれが最適解かもしれない。そう思わせる程の有様だ。

 ⋯⋯が、しかし。今の俺の目は、その点には向いていない。

 

「──莫迦な⋯⋯。オーガ様と同じ能力が与えられていたアルマ達が⋯⋯!?」

 

 キャソック姿の神将が、周囲を見渡して驚愕する。

 当然だろう。無敵に思える能力があった筈の神将が、跡形も無く消え去っていたとなれば。

 だが、()()。俺はてっきり、神将達は全滅しているものと思っていた。

 結果からして、オーガと神将達の能力には性能に大きな差があるのは予測出来る。

 そしてその点に関しても、大した疑問が浮かぶ事ではない。

 ⋯⋯しかし、あの生き残った神将は一体なんなんだ?

 アルマ達とあの神将の間にも、能力の性能があったのか?

 

 ──いや、違う。

 

 やはり、俺が疑問に思った点はそこでは無い。

 肝心なのはあの神将自体では無く、ゼルが攻撃を放った際にオーガが見せた動きだ。

 俺も、一連の全てを目撃していた訳ではないのはあるが⋯⋯

 ただ、はっきりと言える事がある。

 ゼルが攻撃を放つ放つ直前、オーガがあの神将の正面に移動した様に見えた、という事についてだ。

 まるで⋯⋯そう。言い方を変えるなら、あの神将をオーガが“庇った”。そんな風に見えた気がした。

 

「⋯⋯オーガ様」

「セラフ、貴様は撤退しろ」

「⋯⋯⋯⋯。⋯⋯承知致しました」

 

 手短に会話をして、セラフと呼ばれた神将が光に包まれる。

 光が消えると、そこにはセラフの姿は無く、此方を無言で見下ろすオーガだけが残っていた。

 ゼルの攻撃への対応と、そして今のセラフへの台詞⋯⋯。

 オーガ。お前は、まさか⋯⋯

 

「オーガ、改めて聞かせてもらっていいかな」

「⋯⋯何じゃ?」

「私の提案。それを、ちゃんと聞いてくれるかどうかだよ。

 もしも聞く気がないなら、今すぐここで──」

「⋯⋯⋯⋯くっ」

 

 俺の洞察を他所(よそ)に、幼女とオーガは話を進める。

 そういえば、幼女は初めから『提案がある』と言っていたが、どんな話をする気なのだろうか。

 

「──二週間!! 私も、私側の転生者達も、ゼル達も!!

 貴方と貴方の軍勢に対して、一切の干渉をしない!!」

「「「「「ッッ!!!?!?」」」」」

 

 ピッタリと、この場の全員の表情の動きが一致する。

 魔王ゼルだけが、やんちゃそうに大きく笑っているが⋯⋯

 何を言い出すかと思えば、無茶苦茶な提案をして幼女は何を企んでいるんだ??

 

「──ふむ、成程な。⋯⋯それで、儂に求める見返りは?」

「いやぁ、そんな大した事じゃないよ? “私達は何もしないから、貴方達も何もしないで”って話だ♪

 二週間後。お互いに万全の状態でやり合おうじゃないの」

「⋯⋯⋯何を言い出すかと思えば」

「貴方は決戦の準備がしたい。私は決戦の準備がしたい。

 この提案、お互いに利害は一致している筈だ。呑まない手は無いんじゃないの?」

 

 ふわり。幼女は空中に浮き上がる。

 オーガの目の前にまで近付いた彼女は、両手を腰に当てつつ胸を張って返答を待った。

 

「ふん。お人好しめ。貴様は何も成長しない愚か者じゃ。

 ここで要求を飲むふりをして、今後の貴様にとって最悪の瞬間で儂が裏切る事も──」

「しないね、絶対に」

「なに⋯⋯?」

「貴方は、優秀な部下を失ったばかり。そして、ゼルの強さを目の当たりにしたばかり。

 14日という時間を、一切の邪魔をされる事が無く、丸々戦力の増強に専念出来るんだ。

 わざわざ裏切るより、素直に私の提案を受けた方が圧倒的に利益になる。

 ⋯⋯貴方は、いつだって利益と損益を天秤に掛ける性格だ。

 ここで得られる利益を最大限に活かすのが、神であるオーガという男でしょ?」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯ふん」

 

 オーガの表情が変わる。

 幼女の見透かした台詞に悔しさはあるが、それとは別に何か思う所がある様な⋯⋯。そんな感じだ。

 

「──いいじゃろう。貴様の提案、受けてやる」

「そう言うと思った♪」

 

 交渉成立、という訳らしい。

 地上に降りてきた幼女は、『やりぃ』とガッツポーズをして俺とゼルに笑顔を見せた。

 ティガやグレンデルは不服満々といった様子だが、ゼルが幼女を許した事で強く言えない様だ。

 

「⋯⋯アリア。5万年前から、お前は何も変わらないな。

 後悔しろ。お前の愚かな提案によって、この世は終焉を迎えるのだ」

 

 セラフと同様に、オーガの全身が光に包まれてゆく。

 眩い光による影のせいで上手く見えないが、僅かに口角が上がっている様にも⋯⋯

 

燗筒(かんとう) 紅志(あかし)!! アルノヴィアの意志に囚われた奴隷よ!! 

 貴様は思い知る事になるぞ!! その命の灯火が、誰の役にも立たずに燃え尽きる定めである事を!!」

 

 天空に、オーガの声が響き渡る。

 金色の光が一層強まった時、俺は思わず笑っていた。

 神に言い渡された運命。それを真正面から打ち砕いた日が、本当の意味で俺が生まれた日だと云えるだろう。

 ⋯⋯かかって来いよ、運命。俺の形に捻じ曲げてやるぜ。

 

「──上等だ!! 俺の“焔”を舐めんじゃねぇッ!!」

 

 前に踏み出し、思い切り叫ぶ。

 ありがとう、オーガ。

 お前のお陰で、言いたい事が全部言えた。

 

「ひひっ」

「ハッ!! よく言ったァッ!!」

「紅志!! 今のお前、漢だぜ!!」

「⋯⋯⋯⋯。」

 

 ギルル、ティガ、アイン。──グレンデル。

 踏ん切りがついた。強い仲間がいる。時間は出来た。

 負ける気は、しない⋯⋯!!

 

「これから忙しくなるね。⋯⋯紅志、心の準備は?」

「決まってるよ、そんなの。とっくのとうにな」

「ホント良い男だぜ、お前は。マジで魔王軍(ウチ)に来いよ、紅志」

「考えとくぜ。オーガを倒すまでには、答えを出しとく」

「あァ〜? 長ぇなぁ、気が遠くなっちまうよ」

 

 ポンっとゼルに肩を叩かれ、俺は笑った。

 金色の光が消えた空は、どこまでも晴れ渡っているのであった。

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