猛焔滅斬の碧刃龍   作:Nidhogg

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第159話・準備段階

 ──とある街。

 月明かりが照らす、スティック様式の木造家屋の並び。その隙間。

 不揃いな石畳が続く裏路地の暗闇に、ぽわりと灯る温かな光があった。

 古びた扉の上部。錆び付くフックに引っ掛けられた、花柄のステンドグラスのランタン。

 そして、その微かな灯りに照らされた、『フォルーン』という扉に掘られた文字⋯⋯。

 それが『満月』を意味し、同時に店の名である事を、知る者は少ない。

 しかし。この店に足を運ぶのは、熟練の冒険者や、ある地域の貴族。若しくは、何らかの組織の重役であったり、某大国の老王。はたまた、身分を明かせない様な⋯⋯

 兎に角、尋常では無い者達である。

 そして今宵は、そんな肩書きの様々を持つ者達すらも霞む、特別な2人が来店している。

 

──カラン。

 

 グラスに入った氷が、僅かに揺れる。

 カウンターとテーブルが5席づつある店内、カウンターの向こうで珈琲を挽く老店主の姿。

 その正面のカウンター席に座る、黒いスーツ姿の男と真っ白な髪を持つ少女──。

 

「2週間、ですか⋯⋯?」

「そう、2週間。決戦当日までの期間は、オーガは人類や私達に干渉しないと約束した。

 その見返りに、私達も彼らには干渉をしないって提案で話をつけたんだ」

 

 白厳の疑問に、アリアは答える。

 手元のプリンをスプーンで突つく彼女は、どこか愉快げな表情を白厳へ向けた。

 

「──ぶっちゃけ、もう少し時間は欲しかったんだけどね〜。

 紅志(あのコ)を、理想の状態にまで育成するのが本来の目的だったんだけど⋯⋯

 それもあと2週間じゃとても間に合わないし、参っちゃうよホント」

「⋯⋯それにしては、余裕がある様子に見えますが?」

「そう? そんな風に見えるかなぁ? ⋯⋯あっ、このプリン美味し〜♪」

「⋯⋯⋯⋯。」

 

 やれやれといった具合で、白厳はアイスコーヒーを嗜む。

 アリアとは長い付き合いである彼からすれば、今の彼女の様子は何度か見覚えがあるものであった。

 本心は胸にありつつ、それを隠す様に茶化したり、別の話題で誤魔化したり。

 “本音と建前”を使っている時のアリアは、何時(いつ)も分かり易く態度に現れるのである。

 そして白厳を前にした場合では、それは極めて顕著になる。

 その事を白厳本人も知っていた為、まるで“詳細を聞いて欲しい”と言わんばかりのアリアには、呆れつつも愛着が湧いているのだった。

 

「もしや、()()()()()()()()()()()()()()()()()、既に難しい話では無いと?」

「ん〜? どうかなぁ〜??」

「ウ〜ム⋯⋯。では、()()()()()()()()()()()()()()、という訳ですか?」

「⋯⋯うふふ♪」

 

 プリンを平らげ、アリアは悪戯(いたずら)に笑う。

 他の客が居ない店内。デザートスプーンをカチャリと置く音が響く。

 カウンターに肘をつき、それを支えにしてアリアは手の平に顔を乗せる。

 そして横を見ると、話の続きを催促する様な白厳の視線が。

 ニンマリと笑みを浮かべ、アリアはゆっくりと口を開いた。

 

「──正確には、今日見つかる事は想定外だったかなっ。

 ゼルのバカが、紅志にオーガの力が引っ付いたままなのに、教えてくれなかったからねぇ」

「⋯⋯ですが、想定外ではあるものの、問題では無かった」

「そう。貴方の推察通り、紅志にはオーガを倒せる力がもうあるんだ。

 だから今後は、オーガの撃破をより確実にする為の特訓を、紅志には積んでもらう算段だったんだよ。

 けど、それは無理になった。だから私は、『2週間』という時間をオーガに与えた──。」

「ふむ⋯⋯?」

 

 カロン。

 グラスの中の氷が、静かに崩れる。

 アリアの台詞が解せない白厳は、姿勢をやや前のめりに変えて彼女に向き直った。

 

「2週間。私にとってのそれは、ぶっちゃけ必要性が少ないんだよ。

 なんなら、今すぐにでもオーガとの決戦は始められるし。

 だけどね、どうせなら、もっと手筈を整えたいじゃない?」

「⋯⋯成程、そういう事ですか」

 

 何かを察した様に、白厳は口角を上げる。

 アリアの台詞と白厳が察した事。それには、『2週間』という時間に2つの意味が含まれていた。

 まず1つが、紅志への最終調整を行う為の時間である事。

 決戦当日に向けた、様々なトレーニングを積ませる時間が欲しいのである。

 そして2つ目が、オーガに()()()()()()()()事である。

 オーガは黒異種や黒異人(コクト)を強化する際、複数体を単体に凝縮させてパワーアップをさせる。

 主に神将達は、数万〜数十万の黒異種を凝縮させて造られた存在だ。

 それ故に、オーガの手駒の中では強大な戦力になっている者達でもある。

 しかし、ゼルを始めとしたアリア側の戦力からすれば、上位個体の“質”がある程度高くても、“数”が相手であるより圧倒的にやり易いのが実態だ。

 そして、神将を消し飛ばした本日に決戦を仕掛けるとなれば、オーガは無数の黒異種による物量戦術に移行するのが目に見えている。

 そうなれば、迅速にオーガの全戦力を粉砕したいアリア陣営にとっては不都合になる──。

 

 それを踏まえた上での『2週間』なのだ。

 宇宙・世界各地にいる無数の黒異種と黒異人(コクト)を、ある程度の個体数まで纏めさせる時間を与えた、という訳だ。

 そして逆に、下手に猶予を与え過ぎても予想外の事態が発生する可能性もある。

 故に、オーガに万全の準備をさせず、元より万全に近い状態であった此方側は、後は決戦当日を待つだけ⋯⋯

 という、長過ぎず短過ぎずの理想的な期間を、アリアは提示したのであった。

 

「──そういう訳で、今までの対オーガへの備えに関しては、今日限りで全撤回でいいかな。

 現在まで作戦展開している人達にも、しばらくは休暇を取ってもらおうか」

「しかし、オーガが確実に約束を守るとは──」

「いいや、守るよ。彼はね、そういう所だけは信用出来る。

 万が一裏切る様な事があったら、その時は私がぜーんぶ何とかするっ!」

「⋯⋯成程。確かに貴女は、彼との付き合いが極めて長い。

 私程度が詮索するのは、不適切だったかもしれませんね」

 

 静かに笑い、白厳は珈琲を口に含む。

 深い香りに溜息を付いた彼は、「それでは」という言い出しから話を始めた。

 

「──決戦当日の流れはどうしましょうか? アリアさん。

 やはり、ゼルさん、テュラングルさん、セシルガさん等の各陣営の最大戦力で紅志さんの防衛に徹しつつ──」

「いや、そんな()()()()はいいよ。当日は、紅志には好きに動いてもらうつもりだし。

 まぁ、勿論 彼が作戦の要である事には変わりないし、バイタルチェックは常にするけどね」

「そう、ですか? あまり得策とは思えませんが⋯⋯」

「いいの いいのっ♪ どうせ決戦は、半日も掛からずに決着だし。

 ──それに私は、皆や紅志の強さを信じてみたいんだよ」

 

 紅い瞳を、真っ直ぐと。

 アリアは白厳へと向けた。

 “変わらない人だ”と優しく微笑んだ白厳は、最後にもう1つだけ尋ねる事にした。

 

「時に、紅志さんは今どんな特訓をしているのですか?」

「ん〜? 今はしてないね。最終調整は、残り3日くらいでも全然出来るし」

「ほう。では、現在の彼は魔王城で⋯⋯」

「んーん、違う。今はね、ティガと一緒に街に出てるよ」

 

 ピクリと、白厳の表情が動く。

 アリアから発せられた言葉が、にわかに信じられないものであったからだ。

 

「街というのは、あの、普通に人間が住んでいる⋯⋯??」

「いやぁ、ホラさ? リラックスって大事じゃない?

 大事な用件の前には、気を休めるのも必要かなーって♪

 大丈夫 大丈夫! ティガには街の外で待機する様に言っているし!!」

「いえ、そういった問題では⋯⋯。紅志さんは姿が魔物ですし、民間人には恐怖を与えてしまうと思うのですが⋯⋯?

 そうなってしまうと、今後のギルドが取る彼への対応が心配に⋯⋯」

「フフフ。それについても、大丈夫。心配しないで ♪」

 

 ウインクするアリアを、白厳は不思議そうに眺める。

 魔物が人が住む街に現れるという事態。当然ながら、ギルドは黙っていない。

 全ての事情を知っているエスキラが味方陣営にいるものの、彼でも対処出来る案件には限りがある。

 事が大きくなってしまえば、いくら冒険者ギルドの長であっても穏便な解決が難しくなるのだ。

 その他にも、単独行動に近い状態の紅志をオーガが襲撃する危険性も捨て切れない。

 ──と、それらの点を考慮出来ない彼女では無い筈だと、白厳は困惑を胸にグラスを回した。

(あ〜、あのコ今は楽しくやってるかなぁ〜♪)

 アリアは、楽しそうに足をフラフラさせる。

 深まる夜。静かな店内には、店主が豆を挽く音が鳴り続けるのだった。

 

 

NOW LOADING⋯

 

 

「「「──動くなッッ!!」」」

「うげっ、」

 

 結局こうなんのかい! と、俺は思わず叫びそうになる。

 幼女に言われ、久し振りに人のいる街に赴いてみたはいいものの⋯⋯

 ちぇ。重装備の兵士達に槍を突き付けられるんなら、もっと慎重に行動するべきだったぜ。

 

「うっ、ううっ、うわーーん!!!」

 

 俺の傍らで、金髪の少女が泣き叫ぶ。

 それを見た兵士達は、幼い彼女を救うべく奮い立った。

 やれやれ、勘違いもいいところだが⋯⋯さてどうしようか。

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