猛焔滅斬の碧刃龍   作:Nidhogg

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第161話・運命

「──おーい、そっちの作業は順調かー?」

「あと少しッス! 明日の祭りには間に合うッスね!」

 

 木の脚立の上から、仕事着の男達の会話が聞こえる。

 俺が立ち寄った街は、どうやら収穫祭を控えているらしく、当日に向けた作業が進められていた。

 『ようこそファンダルの街へ!!』と書かれた横断幕が、街の至る所に張られている。

 それを考えると、この祭りには街の外からも人が来る様だ。

 成程。俺が入口で特に声を掛けられなかったのは、遊びに来た子どもとでも思われたからか。

 人の往来も随分と多いし、運良くどさくさに紛れられた感じだろう。

 

「⋯⋯ん、」

 

 ふわりと、甘い香りが鼻を抜ける。

 この芳醇で心地の良い香りには心当たりがある。恐らく葡萄(ぶどう)か、それに似た異世界(こちら)の果物だろう。

 今が12月であるを考えると、この地域の気候は日本と近いのかもしれないな。

 

「はい、坊や! 名産の葡萄を使ったジュースだよ!」

「⋯⋯いや、スイマセン。今はお金が──」

「いいのいいの! 美味しかったら、明日の祭りの時にまた来ておくれよ!」

「あぁ、じゃあ、ありがとうございます⋯⋯」

 

 気前の良いおばさんから、葡萄ジュースを受け取る。

 そのまま立ち去ろうとした俺だったが、おばさんに「容器は返してね」と笑われてしまった。

 ⋯⋯あぁ、そうか。勝手に使い捨て容器だと考えていたな。

 ついつい、前世の“当たり前”のままで行動してしまったぜ。

 というか、このシチュエーションの俺は“味の感想も言わずに容器をパクろうとしたガキ”なんじゃないか⋯⋯?

 

「ところで、坊やは1人かい? お父さんやお母さんは⋯⋯」

 

 唐突に、鋭い質問が飛んでくる。

 俺がしどろもどろになっていると、おばさんは大きく眉を(ひそ)めて口を開けたままにした。

 そして、開けた口を隠す様に両手を添えると、おばさんは慌てた様子で俺を覗き込んだ。

 

「も、もしや、坊や⋯⋯!! あぁ、何か食べてくかい!?

 いや、ウチで良ければ暫く泊まっておいでな!!  ね!?

 兄弟は居るかい!? 居るならすぐに案内しとくれ!!」

 

 俺の肩を揺らし、おばさんは迫真の表情で詰め寄る。

 何事かと困惑していたが、おばさんの台詞の数々で大体を察する事が出来た。

 恐らくだが、彼女は俺を孤児だと勘違いしているのだろう。

 そして対応を見るに、俺が初めてという訳でもなさそうだ。

 ⋯⋯成程、全体像が掴めたぞ。

 オーガよる黒異種襲撃は世界各地で発生し、人々に途轍も無い被害をもたらした。

 その被害の中には、家族を失った者達も無数にいる筈だ。

 妻や夫を失った者も。兄や姉・弟や妹を失った者も。そして母や父を失った子も──。

 前に幼女から聞いたな。被害を受けた人々は、一時的に近隣の大きな街に避難している、と 。

 一人で歩いていて、金を持っておらず、物を盗もうとして、両親は居るかという質問に中々答えない。

 そんな俺の今の姿は、傍から見れば“避難して来た行き場の無い孤児”の様だ。

 ⋯⋯ひどい勘違いをさせてしまったな。謝罪しなくては。

 

「ありがとう、ごめんなさい。ジュース美味しかったです。

 ──両親が待っているので、もう行きますね」

「あら、そう⋯⋯! 良かったわ、気をつけて行くのよ!!」

 

 その場から走り去る俺に、おばさんは手を振る。

 やはり、立ち寄って正解だった。民間への被害は勿論だが、それに屈せずに戦ってくれる人がいる事を知れた。

 こんな最悪の世の中だ。誰かの役に立ちたいと心から思える人がいるなら、俺はその人の役に立ちたい。

 俺は、俺にしか出来ない事を。⋯⋯そう、

 

「──俺が護る⋯⋯!!」

 

 拳を握り締め、空を見上げる。

 この綺麗な青空を、誰もが見上げられる様にしたい。

 絶望が蔓延する世界に「希望は無い」と人々が嘆くのなら、俺が希望になってみせる。

 ⋯⋯別に目立ちたいとか、若しくは名誉が欲しいとか、そういう話ではない。

 だけど、人々にとっては、指を差して希望を取り戻せる存在が必要なのは事実だろう。

 英雄とか、勇者、救世主とか──敢えて言うなら、

 

「ヒーローだぁ!!」

「⋯⋯ん??」

 

 突然の声に、思わず振り向く。

 広場の中心。祭りの催し用であろう、簡易的な木製ステージが設置された場所。

 そこには、一人の少年がステージ上の人物を指差しながら目を輝かせている光景があった。

 いや、その少年だけでは無い。彼の周囲にいる老若男女が、例の人物を見ながら希望的な顔をしている。

 

「ハーッハッハ!! 皆、よく来てくれたぁ!!」

「サイン下さーーい!!」

「僕と握手してーー!!」

 

 ヒーローと呼ばれた男に、少年少女が飛び付く。

 腰に両手を当てながら高笑いするのは、まぁ確かにヒーローっぽいが⋯⋯

 異世界でも、そういう概念というか存在が居るとは少し意外だったな。

 しかも、ご丁寧に目元を隠す青い仮面まで付けている。

 ヒーローといえば正体を隠してるものではあるが、別世界なのに そこまで似てる事があるのか?

 アイツ、もしかして転生者だったりして⋯⋯

 

「うーん、うーん、」

 

 ぐぬぬ、人集りのせいで近付けない。

 この身体じゃ背も低いし、上手くあの男の姿が見えないな。

 うーむ。まぁ仮にアイツが転生者だとして、オーガ側である可能性もあるワケだしなぁ。

 万が一を考えるなら、わざわざ見に行く必要も無いが⋯⋯

 

「──今日集まってもらったのは、他でも無い君達と共に“特別任務”をこなしたいと思たからだ!!」

「えーーっ!! 特別任務ーー!?」

「なになにーー!! 秘密のお仕事ーーっ!?」

 

 例の男──取り敢えずヒーローと呼ぶか──の台詞を聞き、ちびっコ達が盛り上がる。

 特別任務、ね。そんな言葉、少年少女にはそりゃあ響くだろうな。

 しっかし、人が多い。祭りを控えているのもあるだろうが、ヒーローの集客効果は絶大な様だ。

 アイツが登場してから、子ども達を筆頭にどんどんと人が集まってきたぞ。

 

「任務の内容は、ずばり“パトロール”だ!! この街を1周して、困っている人達に声を掛けよう!!

 任務を達成した人には、ヒーローの証であるこのバッチをプレゼントだ!!」

「「「ワァーーーーーーッッ!!!」」」

 

 お、おうう⋯⋯。ちびっコ大喜びだな。

 ヒーローの証とは、これまた子どもの心を鷲掴みにするアイテムだなコリャ。

 デフォルメされた自分の顔が描かれたバッチとか、あのヒーローはどうやって作ったんだよ。

 

「任務開始は明日!! 貰ったバッチをお店の人に見せれば、タダで商品が食べれるぞ!! 

 ただし、使えるのは2回まで!! 欲張り過ぎちゃうと、立派なヒーローにはなれないぞ!!」

「「「はーーーーーーいっ!!!!」」」

 

 ⋯⋯平和だなぁ。

 だが、無知が故の平和にも見えない。寧ろ、世の中の状況を理解した上で、こうして元気を与えようとしてるのだろう。

 “パトロールで困っている人を探す”というのも、あての無い避難民を見つけ出す事が目的なのかもな。

 あのヒーローや先程のおばさんの様に、それぞれの場所で頑張っている人々がいるのは嬉しい。

 ⋯⋯俺が希望(ヒーロー)になるというのは、出過ぎた真似だった様だ。

 そういうのは、ああいう人や冒険者達に任せよう。

 だから俺は、彼らをただ護る事に全神経を使えばいいんだ。

 オーガを撃破し、フィリップを奪還し、魂の流れを修復し、犠牲者を生き返らせる。

 ⋯⋯いや。細かい点も幼女やゼル達に任せて、俺はオーガを倒す事だけに集中だ。

 その為に──。⋯⋯まぁ今は、幼女に言われた通りにバケーションを頼むとしよう。

 犬も歩けば棒に当たる、猿も木から落ちる、急いては事を仕損じる、急がば回れってやつだぜ。

 ⋯⋯猿も木から落ちるは少し違うか。千里の道も一歩から、にしておこう。

 兎に角、今は焦らずゆったりと過ごすべきだな。

 

「──では諸君、明日の祭りでまた会おう!! さらばっ!!

 ハーッハッハッ!!」

 

 さらばっ! か、高笑いかのどっかで立ち去ればいいのに。

 まぁ子ども達が喜んでいるから、ヒーローとしては別にいいのかね。

 ⋯⋯さぁてと。俺も適当に街ブラしてから、クローネに向かうとするか。

 ティガに何かお土産持っていこうかな? お金は無いから、試食品を配ってる店とかあったらいいんだが⋯⋯

 あーあ、魔王城に来る時に財布も持ってくるんだったぜ。

 この後に及んで、金を使いたいタイミングが来るとはなぁ。

 道に落ちたりしてないかな⋯⋯っていうのは、乞食みたいになるからヤだな。

 とはいえ、金を生み出す手段も無いワケだし、適当に歩いて風景を堪能したら街を出る流れに──。

 ⋯⋯いや、待てよ? “金を生み出す手段”なら、少なからずあるじゃないか。

 流石に大金は稼げないだろうが、“この方法”なら食べ歩き分とティガへと土産分くらいなら捻出できそうだぞ。

 

「⋯⋯⋯⋯ふひっ」

 

 よしっ、善は急げだ。

 まずは、人目につかずに、尚且つ擬人化を一旦解除できる場所を探さなくては。

 元の俺は、頭から尻尾までの長さが5m程度あるからな。

 そこそこのスペースが欲しいトコたが──

 

「おっ、」

 

 都合の良さそうな裏路地、発☆見。

 かなり奥まで続いてそうだし、暗さもあって丁度良い。

 どれ、早速入ってみよう。

 

「ふーむ⋯⋯」

 

 まずまず、といったトコだな。

 裏路地といえば、ラグガキやらゴミのポイ捨てやらで不潔なイメージだが、ここはそうでも無いな。

 ガラの悪い連中がたむろしてる、なんてのも珍しく無い展開だが⋯⋯

 異世界だからか、それとも文化の違いからか、人目につかない場所の治安も良さそうだ。

 まぁそれはいいとして。通り道になっている訳でも無さそうだし、擬人化状態を解除──

 

「うっ、ぐすっ、ううっ⋯⋯」

「⋯⋯?」

 

 不意に、少女の啜り泣く声が聞こえてくる。

 暗い道端をよく見てみると、そこにはエプロン姿で(うずくま)る金髪の女の子がいた。

 ううむ。竜の姿に戻って身体の一部をへし折り、それを買い取ってもらおうと考えていたんだが⋯⋯

 目撃者がいるのでは、コッチも擬人化の解除は出来ないな。

 このまま見過ごすのもアレだし、取り敢えず声掛けとくか。

 上手くいけば、どこかに行ってくれるかもしれないし。

 

「──ねぇ、君? どうしたの? 何かあった?」

「えっ!? い、いや、別になんでも⋯⋯ぐすっ、ないです」

 

 年の程8歳といった少女は、目元を袖で拭いながら答えた。

 見事な金髪と同じく、透き通る様な金の瞳を潤わせている。

 俺がこの子と同じ年頃だったら、まず間違いなく惚れてるであろう可憐さだ。

 まぁそれは置いとくとして。いやしかし、涙が止んでいないにも関わらず、何事も無かったフリとはな。

 幼いながらに、大人が軽んじれない事情がありそうだ。

 

「⋯⋯えと、君は誰? 私に何か用でも?」

「ん? 僕? まぁ通りすがりって感じかな? ただの。

 泣いてる子どもを見て見ぬふりも出来ないし、気になって声を掛けたんだ」

「君だって子どもじゃん⋯⋯」

 

 あっ、そうだった。いかんいかん。

 つい、俺が子どもである設定を忘れて話してしまったぜ。

 けど、ツッコミを入れてくれる辺り、話し合いは出来そうで良かったな。

 

「どうして、君はこんな所で泣いていたの?」

「⋯⋯実は、大切な物が壊れちゃって──⋯」

 

 

 ⋯──少女の話は、想像を遥かに絶する内容であった。  

 聞けば、この子は以前の黒異種襲撃の被害者で、故郷の村を失ってしまったらしい。⋯⋯それと同時に、両親も。

 生き残った彼女だが、他の生存者を探す余裕も無く、彷徨(さまよ)い行き倒れた頃にこの街の人に保護されたんだとか。

 当面の衣食住は提供されている様で、学校にも通えているというのは聞けて安心した。

 ⋯⋯ただ、とある事情があり、学校には通いつつも無理を言って仕事をさせてもらっているのだと言う。

 そしてその事情とは、彼女が保護された際に唯一所持していた“オルゴール”を直したいといった内容らしい。

 襲撃時に破損してしまった様だが、たった一つの形見だという事で、どうしてもお金を貯めて直したい様だ。 

 しかし、壊れた部品というのが、交換にかなりの金額が必要になるのだという。

 この街に来て以降、ずっと懸命に働いていた様だが、日々の辛さに思わず涙していたらしい──⋯

 

 

「⋯──うっ、ぐう⋯⋯! よく、これまで頑張った⋯⋯!!

 お金なら俺が出すから、君がこれまで一生懸命貯めた分は、自分のこれからの為に使いなさい⋯⋯!!」

「え!? なんで!? なんでお金を⋯⋯って、なんで君が泣いてるの?!」

「いいから、いくら必要なんだ? 全額出すし、他にも金銭で困っているなら助けになる。いや、助けにならせてくれ!!」

「え、えぇ?? でもでも、かなりの大金だし、そんな──。

 ⋯⋯本当にいい、んですか?」

 

 恐縮気味に、少女が尋ねてくる。

 俺は、“大声を出さない事”と“絶対に秘密にする事”を条件に、この場で擬人化を解除する事にした。

 “実は貴族の息子である”という適当な設定を追加し、彼女に目を瞑らせてその間に⋯⋯という手もあったが、それでは気が引けるだろう。

 貴族の子どもに借りがあるなんて思い出、後の日常生活では随分なプレッシャーになってしまいそうだ。

 ⋯⋯ただ、肝心なのは俺の魔物としての素材がどれだけの金額で取引されるかなよなぁ。

 腕の1〜2本くらい、この子の為なら全然斬り捨てられるが、それでも端金だったら普通に落ち込むぜ。

 

「──じゃあ、声を出しちゃダメだからな?」

「は、はい!!」

 

 優しく忠告すると、少女は元気よく頷く。

 そんな少女の様子に微笑み、俺は擬人化を解除した。

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