「──う、うわわぁ⋯⋯!」
「シーッ! 声出しちゃダメだって、な? 大丈夫だから!」
後退りする少女を、小声で
俺がドラゴンであったのは流石に予想外だった様で、困惑と焦燥に目を回している。
だが、大きな声を出さないという約束は守ってくれたので、混乱しつつも信用はしてくれたらしい。
⋯⋯まぁ恐怖で声が出ないって可能性も捨てきれないんだけれども。
「ほ、本当にさっきの子なの⋯⋯?」
「あぁ。食べたりしないから安心しな☆」
「ひいっ!」
おおう、素敵なスマイルのつもりだったんだが⋯⋯
どうやら、素敵過ぎて震えさせてしまったらしい。参ったぜコリャ☆
⋯⋯と。まぁ冗談はさて置き、怯えはするものの逃げ出さない様子を見ると、話をしても大丈夫そうだな。
「──1つ聞きたいんだけど、この街に質屋ってある?」
「しちや?」
「あー、えーっと⋯⋯。魔物の素材とかを買い取ってくれる場所、って言えば分かるかな?」
「う〜ん。よく分からないけど、多分ギルドの人なら買ってくれるんじゃないかなぁ⋯⋯ 」
ハテナを顔に浮かべ、少女は首を傾げる。
確かに、冒険者とかなら買ってくれそうな雰囲気はあるけどなぁ。
前にテュラングルの鱗を見せた時、シルビアやシュレンは飛び付いてきたし。
というか、俺もあの日の事を思い出したからこんな事してる訳だしな。
⋯⋯けど、見知らぬ子どもに急に魔物の素材を見せられて、冒険者が『よし買った!』なんてならないよなぁ。
しかも、そんな事を言ったら質屋が相手だろうが同じだし。
以前は、俺の代わりにヴィルジールが交渉をやってくれたから解決したが⋯⋯。
ウーム、困った。案外すんなりと事が進まないもんだぜ。
「⋯⋯ところで、オルゴールの修理っていくらかかるって言われたの?」
「えーっとね、10万ゼルって修理屋のおじさんが言ってた」
「⋯⋯10万? ボッタクリじゃないの? ソレ」
「ぼったくり? なにそれ」
うおっ、純粋な眼差しが眩しい。
こんな子から10万もふんだくろうとする大人がいるのかよ。
全くロクな⋯⋯って、こんな風に邪推する事も良くないな。
もしかしたら、それが正規の金額かも知れないし、世の中の不況を受けて仕方無く、的な状態である可能性もある。
いや寧ろ、黒異種による被害から考えれば、相対的に物価が上がっている確率は高いか。
⋯⋯なんか、自分の素材の金額に自信なくなってきたな。
欲は言わないから、腕1本5万ゼルとかで取引してくれる人はいないもんかね。
「ちょっと、その壊れたオルゴールっての見せてくれる?」
「え⋯⋯いや、えっと⋯⋯」
俺の問いに、少女は怪訝そうな顔をする。
場合によっては、わざわざ金を払わなくても俺の技量で解決出来るかもと思ったんだが⋯⋯
どうやら、少し迂闊にものを言ってしまったらしい。
彼女にとってそのオルゴールは、家族の思い出が詰まっているであろう大切な物だ。
そんな かげがえの無い物に対して、魔物という物騒な相手が『渡してくれ』なんて事をほざいたんだ。
彼女の立場からすれば、『分かった』なんて返答が出来る訳が無いぜ。
「大丈夫。触ったりしないし、君が手に持って俺に見せてくれればいいから」
「あ⋯⋯うん! 分かった!!」
アッ、純粋な眼差しが(ry
「──コレなんだけど⋯⋯」
「どれどれ⋯⋯?」
少女が見せてくれたのは、それは見事なオルゴールだった。
蓋を開ける事で音が鳴る系統らしいが、一つの箱として見ても素晴らしく美しい。
艶のある木箱には、銀色のツタ模様の装飾が張り巡らされており、色が無いにも関わらず鮮やかさを感じられる。
そして蓋部分には、取っ手の役割を果たすと同時に、最大の魅力であろう薔薇の形の装飾が。
花弁の一枚をとっても、くびれやうねりといった柔らかな質感までを詳細に表現している。
全体の大きさは少女の両手に収まる程度だというのに、その中には小さな庭園が広がっている様だ。
「──それで、壊れちゃっているのは?」
「うん。この中の部品なんだけどね⋯⋯」
しゅっ。
少女が箱を開けると同時に、中から霧が吹き出してくる。
それと共に、俺の鼻腔を深く華やかな香りが通り抜けた。
薔薇の香りの香水だろうか? とても良い。
蓋を開けると香水が吹き出す仕組みとは、このオルゴールの製作者は随分とロマンチストらしいな。
「いい香りだ」
「でしょ? 私も好きなんだ〜」
俺の感想に、少女はニッコリと笑う。
しかし、その笑顔も束の間で、彼女の表情はみるみると萎えていった。
原因は──まぁ聞くまでもないか。
箱の中の右端。このオルゴールの動力と思われる魔力石が、かなり大きく破損している。
その他にも故障している箇所はあるが、魔力石の破損具合は一際目立つな。
成程。動力源が使い物にならないのが、オルゴールの最たる課題点らしい。
「この魔力石が粉々に割れちゃって⋯⋯」
「あぁ、道理で音が鳴らない訳だ」
ううむ。確かにコレは、修理代がかさみそうだ。
だが、他の内部機構は厳しいものの、魔力石だけなら俺の力で何とかできるかもな。
聞きかじった程度だが、魔力石は名前に「石」と入ってはいるが、正確には樹木の様な性質があるらしい。
つまりは、“成長”をする物体という訳だ。
“魔力そのものの結晶”である魔力石は、魔力を取り込むと肥大化=成長をする。
しかし、周囲の気圧が異常に高い環境下であると、当然だが肥大化が出来ない。
その結果、大きさは変わらないままに魔力の密度が、つまり“魔力の質”が高い魔力石が生まれるのだという。
他にも、石の成長速度を上回る勢いで魔力が流れ込んだ場合でも、同じ現象が起きる様だ。
⋯⋯って、まぁそんな話はどうでもいいとして、肝心なのは“魔力を取り込むと成長する”という点だな。
割れた石に俺の魔力を込めれば、動力源として再使用が出来るかもしれない。
ものは試しというし、いっちょチャレンジしてみるか。
「──お嬢ちゃん。その割れちゃった石を、俺に貸してくれない?」
「うん⋯⋯いいけど⋯⋯」
「助かる、ありがとう」
さてさて。魔力石の破損具合は、約50%といった感じか。
魔力石っていうのは、『融点が非常に低く、暑めの気温や体温でも溶ける』という特徴があると聞いた。
また、気化速度も凄まじく早い為、固体→液体→気体までの変化が一瞬という話も記憶に残っている。
つまりは、もう
運良く残ったコレも、このサイズではオルゴールの動力源としての役割を果たせていない様だな。
端的な話が、単一電池が必要なのに単三電池しか無いって状態らしい。
「ふっ、」
欠けた魔力石を握り、自身の魔力を込める。
メキメキと音を立てて新たな結晶が生え、魔力石は徐々に大きくなっていった。
⋯⋯まぁ折角だし、少し多めにサービスしてもいいかな。
肥大化出来ない様に、思いっ切り握り締めて⋯⋯っと。
「ふんがァ!!」
「え! え! 何してるの!?」
「シーーッ!! 声! 声!」
「あ、うんっ。でも、ドラゴンさんも声が⋯⋯」
おっと、正論パンチだ。
まぁ握力と魔力出力を一瞬だけ全開にしたワケだし、周りの建物を吹き飛ばさなかっただけいいだろ。
多少は指の隙間から結晶が伸びてきたが、流し込んだ魔力の大半は魔力石に変化した様子だし、上手くいった様だ。
あとは、この魔力石がちゃんと設置部分にセット出来る様に形の微調整をしてと⋯⋯
「よしっ。これで、一番大事な問題はクリアだな」
「わあ⋯⋯すごくキレイ⋯⋯」
治した魔力石を差し出すと、少女は目を輝かせる。
言われてみれば、蒼や金や碧の色が緻密に混じった様な⋯⋯
微かに光を放っていて⋯⋯凄く⋯⋯なんというか──
「綺麗だな⋯⋯」
思わず、目を奪われた。
その碧玉の眩さに、輝きに、煌めかしさに。
ただひたすらな、美しさに。
「あ、あの⋯⋯?」
「え? あぁ、ゴメンゴメン。──はい、これ」
「えっ!? も、貰えません!! こんな、まるで宝石みたいなの、私なんかには⋯⋯!!」
「まぁまぁ。持ってるのが怖いのなら、売ってお金にするものいいし。
コレをどうするかは、君の好きにしていい。だから──」
そこまで言いかけて、俺は気付いた。
目の前の少女が、大きく開いた瞳を潤わせている事に。
⋯⋯そして、もう一つ。この裏路地に複数の人が入って来た事にも。
「「「──動くなッッ!!」」」
「うげっ、」
重装備の兵士達が、裏路地の両側から流れ込んでくる。
やれやれ。間の悪いタイミングでゾロゾロときやがって。
というか、魔物に対して『動くな!』ってなんだよ。それで動きを止める魔物がいんのか?
「うっ、ううっ、うわーーん!!!」
その時、少女が号泣しだした。
いや、ちょっと待ってくれ! 大切な物が治って嬉しいのは分かるから!
今ここで泣かれちゃうと、俺マジで誤解されるって!!
「お嬢ちゃん! 早くこっちおいで! おじさん達が守るからね!! もう大丈夫だよ!!」
全員で俺に長槍を突き付けながら、一人の兵士が少女を手招きする。
声色と台詞を聞いたら分かる。良い奴やぁん。
どないすんねん、俺が100%悪者のこのシチュエーション。
もぅマヂでムリ。「アカーン!」って叫んでもよろしい??
「うぅっ、ぐすっ⋯⋯。違うの、聞いて、おじさん達⋯⋯。
このドラゴンさんはね? ぐすん。すごく優しくて、私の大切な──」
「グヘヘッ! 見つかっちまったか! あとちょっとだったのによぉ!!」
「え? ドラゴン、さん⋯⋯?」
「おいガキィ! 簡単に魔物を信用しちゃいけねぇぞぉ?
なんたって俺ぁ、てめーを食ってやる為に近付いたんだからよぉお⋯⋯」
アカーン!! 恥ずかしいいーー!!
ヘンに魔物を解釈しない為に、非道な悪者を演じたはいいけどもーー!!
三下みたいな台詞を捻り出すので精一杯だわーー!!
「へへッ、命拾いしたなぁ。この人間共に感謝しろぉ??」
そう言い残し、俺は勢いよく跳ね上がった。
地上から「待てー」という声が聞こえてくるが、絶対に待ってやらん。
まぁ兵士や街の住民からすれば、戻ってこられた方が迷惑っしょ。ウンウン。
俺はさっさと街の外に出て、ティガと合流してクローネに向かうとしよう。
⋯⋯顔赤くなってないかな。ティガにツッコまれたらフツーに死にそうなんだけど。
「⋯⋯っと、ふう」
着地を済ませ、俺はチラリと背後を見た。
街から600m程度は離れられた様で、追っ手の心配は多分無さそうだ。
⋯⋯いやしかし、一瞬で跳び去ったつもりだが、多少の街の住民には姿が見られた可能性があるな。
街中に魔物が、しかもドラゴンが現れたとなると、かなりの騒ぎになってしまいそうだ。
今後エスキラに会ったら、派手に怒られるかもな⋯⋯
なんなら白厳にだって説教されるかもだが⋯⋯。いや、まぁそもそも? この街に来たのは幼女がいきなりバケーションだとか言うからだし?
別にこの街に興味は無かったのに、ティガがいちいち教えて来たから⋯⋯
「──ん??」
ふと、違和感を覚える。
魔力感知を展開するまでもなく、俺はその違和感の方向へと振り返った。
見ると、ファンダルの街の方から砂煙を巻き上げて“何か”が迫って来ている。
そしてそれは、次第にドドドド⋯⋯という足音を轟かせながら──
「って、はぁ!?」
「ハーッハッハッハ! やい、魔物!! 私が来たからには、もう逃がさないぞ!!」
ズザーッ! と俺の正面で停止し、その男は腕を組む。
目元を隠す青いマスク。仮〇ライダーを彷彿とさせる、青・白・金の3色を基調としたスーツ(というか鎧?)。青色の星を金色で
まさに、“ヒーロー”といった見た目の男が、威風堂々とした姿で見参した。
「お前に恨みは無い!! しかし!! お前が再びあの街を襲う恐怖に、人々を陥れる訳にはいかないのだ!!」
「いや別に、もう行く予定とか無いし⋯⋯」
「なにっ!? 喋っただとう!? 尚更怪しいぞ!!」
「むさ苦しいな、コイツ⋯⋯」
台詞もそうだが、声のデカさと動きがやかましい。
耳を澄ましたら鈍い風切り音が聞こえるレベルで、発言の度にポーズを取ってやがる。
まぁぶっちゃけ、あのヒーロースーツには男心が
それはそうと、あんだけコテコテというかゴツゴツした装備だと動きにくそうだな。
あの青い肩当てとか、やたらデカいマントとか、邪魔でしかないだろ。
「お前が何者かは知らない!! だが、ここで見逃す訳には行かない!! 覚悟しろっ!!」
「あ、あ〜⋯⋯ちょっと俺、用事が──」
「逃げる気か!! そうはいかないぞ!! 変・身ッ!!」
⋯⋯いや、変・身! って。
マスクの上から、青色のヒーローっぽい兜を被っただけじゃんかよ。
ヒーローではお決まりの、カマキリとかハエみたいな形の赤い宝石みたいな目があるのは感動するけどさ。
ついでに、ガ〇ダムみたいなV字で金色の装飾が額にあるのも、作り込みが凄いなって関心するけどさ。
俺もちょっと期待したのはあるけど、それで変身と言い張れるメンタルはどうなってんだよ。
「行くぞッ!! 覚悟ッ!!」
「やれやれ⋯⋯」
善意で動いてるんだろうし、魔物への対応なら、正義の味方といえどアレが普通なのも分かる。
だが、タイミングが悪かった。アイツには悪いが、少しだけ眠ってもらう事にするぜ。
「うおお!!」
「──来いッ!!」
腰を落とし、深く構える。
右拳に僅かな魔力を込めた俺は、男を見据えて目を細めた。
少年達の夢を打ち壊す結果になってしまうが、致し方ない。
“正義は勝つ”という言葉は、この場で俺が捻じ曲げさせてもらおう。