──ベルトンから、南へ約4kmの地点。
砂利だらけの地面に腰を下ろす俺は、猛烈なまでにハラハラしていた。
大きな滝が見える対岸の河原で、ヴィルジールがティガとの鍛錬に励んでいたからだ。
「オラオラァ!! どうしたその程度かァ!?」
「ぐうう⋯⋯ッ!!」
ティガが石ころを投げ、ヴィルジールが両剣で捌く。
それだけの至ってシンプルな内容の鍛錬だが、ティガの
次々に飛来してくる石の全ては捌き切れず、ヴィルジールの身体には無数の痣が生まれていた。
「ぐはあッ!?」
その時。ヴィルジールの脇腹に、高速で石が命中する。
思わず、といった様子で膝を着いた彼だが、対するティガは石の投擲を止めない。
顔面、脚、腕、肩。全身に余す事無く、野球ボール程の石が衝突し続ける。
見かねた俺は、ティガの肩を叩いてヴィルジールへの追撃を止めさせた。
「今日の所はこの辺でいいだろ。このままだと、ヴィルジールの身体が持たない」
「ばァか、紅志は甘ぇンだよ。コイツの“頼み”を聞いてやるには、まだまだ実力が足りねェ」
「そうは言ってもなぁ。これで死んだら元も子も──」
「大丈夫だ、紅志は気にするな。⋯⋯ティガ、続けてくれ」
ヴィルジールは、ヨロヨロと両剣を構える。
どう見たって立っているのが限界だというのに、そんなにも“頼み”を聞いて欲しいのだろうか。
もう一週間もズタボロになるのを眺めているが、いい加減に俺も心配が勝ってくるぞ⋯⋯。
「“オーガとの決戦に参加したい”。そう言ったのは俺自身だ。
男に二言は無い。実力が足りないなら、足りる様になるまで死ぬ気で修行する覚悟だってあるさ」
「ヴィルジール。アンタって奴は⋯⋯」
「俺は、護りたかった人々を護るべき時に護れなかった。
⋯⋯なんだってやってやる。僅かでも、全ての元凶を叩く手助けになれるのならな」
「よォし。そんじゃあ、テメェの覚悟を俺に見せてみろッ!」
轟々と、ティガが魔力を滾らせる。
⋯⋯どうやら俺は、彼らにとって部外者という訳らしい。
覚悟を決めた者と、覚悟を受け入れた者⋯⋯。俺は、単なる傍観者か。
「──行くぞオラァッ!!」
「来いッッ!!」
──ボボボボボッッ!!
一瞬の内に、五回も小石が投げ付けられる。
普通の人間であれば、今の投擲音を聞いても音は1回分しか認識出来ない程だろう。
勿論、俺は聴こえているが⋯⋯。さて、ヴィルジールの動きはどんなものか。
「フッ──!!」
僅かに息を吸い、ヴィルジールの腕が動く。
その直後、彼は高速で向かってくる小石を弾き、受け流し、叩き落とし──全てを迎撃してみせた。
『ほォ?』と関心の声を漏らすティガと共に、俺もまた関心をヴィルジールに寄せる。
彼の身体は既にボロボロの筈なのに、よく今の全弾に対応が出来たものだ。
敢えて点数を付けるとするならば、90点は下らないだろう。
⋯⋯まぁあまり偉そうな事は言えないが、一つだけ矯正するポイントがあるな。
「オイオイ!! もう終わりかァ!?」
「ハァ、ハァ、まだまだ⋯⋯!!」
ティガは投擲する石の数を増やし、更には速度も上げる。
それに対しヴィルジールは、両剣から双剣に切り替える事で無数の石への対応を行った。
彼の行動を見たティガは、左腕で石を投げ続けながら右腕を地面に突き刺す。そしてニヤリと笑ってみせた。
何をするつもりかと様子を見ていると、突如として地響きが発生。
地面から5mはある大岩を引っこ抜き、あろう事かその大岩を投げ付ける構えを取った。
「──ほッッ!!」
ブオン! と、大岩が勢いよく投擲される。
対するヴィルジールは、迫る大岩に冷静さを保ったままだ。
双剣を上下に構え、大きく踏み込み、大岩を縦から挟む形で一閃。
だが、双剣の刃渡りでは、一撃での大岩の両断は叶わない。
亀裂を入れる事には成功したものの、大岩の勢いは衰えず、ヴィルジールの身体は後方へ押し出された。
しかし。大岩に刺さっている双剣を左右の断面に押し当て、内側から亀裂を拡張させる。
その結果、亀裂は大岩を一周。半分に割れた大岩の破片は、それぞれヴィルジールの後方へと飛んで行った。
「ゼェ⋯⋯ッ! ゼェ⋯⋯ッ!」
肩で息をしながら、ヴィルジールが崩れ落ちる。
よく見ると、額の血管が破裂したのか夥しい程の出血が⋯⋯
いや、それどころでは無い。鼻や口からは当然の事ながら、全身の至る箇所から出血をしている。
特に酷いのは、大岩を受けた衝撃が最も大きかったであろう彼の両脚だ。
膝の辺りだろうか? 開放骨折とまではいかないが、筋肉が皮膚の表面まで千切れて様に見える。
腕も凄惨なものだ。力無く垂れ下がっているアレは、胴体からぶら下がっている肉の塊といった表現の方が正しいだろう。
あんな状態では、ピクリとも動く訳が無さそうだが──
「立てコラッ!! テメェの覚悟はそんなモンか!!」
「そんな⋯⋯訳が──ねぇだろッッ!!!」
それでも尚、ヴィルジールは立ち上がった。
そして、その姿を見たティガは大きく口角を上げ、
「よく言ったァッ!!」
空気を震わせる声量で叫ぶのだった。
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「──クッ!! 不甲斐ない!!」
両膝を着き、赤毛の坊主が地を殴りつける。
“闘神”・アルマ。魔王ゼルに消滅させられた筈の彼だが、その正体はクローンの
オリジナルの天使達を、オーガが自身の記憶を元に
彼ら神将達の“自我”とは高性能AIの様なものであり、そしてそれはオーガの記憶通りのものでしかない。
つまりは、単なる人形という訳である。
だがそれ故に、如何に強大な力で消滅させられたとしても、オーガさえ生きていれば復活させられる長所もある。
更には、神将達の
「私達が、魔王なんかの攻撃に⋯⋯!!」
「この俺が躱す間も無いなんて⋯⋯あの魔族め!!」
復活したラートやゼトも、アルマと同様に憤慨する。
しかし。彼らのその言動は、あくまで
オーガが、“オリジナルならばこう言う”という考えの元に、神将達をプログラムしたのだから。
事実、彼ら神将達には、“思考回路”が存在していない。
戦闘に置いても、オリジナルの動きでは無く、オーガが“天使達ならこう動いただろう”という行動しかしないのだ。
つまりは、彼らの“全て”がオーガの記憶の産物なのである。
──とある神将を除いて。
「貴様ら、恥を知れ。我らはオーガ様の下僕。手となり足となるべき存在だぞ」
“天神”・セラフ。
他の神将達を叱咤する彼こそ、神将の中のイレギュラーだ。
違いは大きく一つ。“魂”の有無である。
そもそも魂とは、生命の記憶そのものであり、肉体とは磁石の様な関係にある。
肉体が削れる。つまり傷を負えば、当然その磁力も弱まる。
傷が大きい程、魂は肉体から乖離していく。即ち、死に繋がるのである。
また、精神・肉体活動の減少にも比例して磁力は衰え、魂は少しづつ離れていく。病死や老衰があるのはその為だ。
生命体の死とは、魂と肉体が完全に分離する事にあるのだ。
そして肉体が磁力を失うと、魂は“より強い磁力”に引き寄せられる。
それが、星廻龍が“魂の回廊”と名付けた、別宇宙のへと続く魂の通路である。
太古の昔、魔族の手によって殺害された天使セラフの魂も、その“
──だが、彼の死を強力に拒んだ者がいた。
それこそが、オーガである。
神であったオーガにとっては、魂への干渉は容易い。
しかし、死したセラフの魂を手繰り寄せたオーガが自身も、魔族によって封印されている。
故にオーガは、魔大戦の終結後に復活し、星廻龍と敵対関係になり、数多の衝突を繰り返し──。
無数の年月が経った後に、“神将”という形でセラフを蘇らせたのである。
つまりセラフは、己の魂を持った正真正銘の“天使セラフ”なのだ。
肉体こそ
彼こそ、オーガが持つ戦力において最強の戦士なのである。
「──ウギャギャ! ギャギャ!」
「ええい、黙れギオス!! 貴様とて、魔王ゼルの攻撃を受ければ我らと同じ結末だったろうに!!」
「ギャ!! ギャアギャ!!」
「な、なに?! おのれ⋯⋯!! 」
“狂神”・ギオス。喚く彼に、アルマが突っかかる。
彼、ギオスもまた、神将達の中ではイレギュラーであった。
“新たな天使の創造”を目的として作られたのが、このギオスという名の神将である。
現状、知性の獲得すら出来ていない彼ではあるが、セラフと同様に魂を持った存在でもある。
自らの意思を持ち、成長し、進化する。そういった意味では、セラフを含めた神将を凌ぐ程の“余地”を秘めているともいえる。
今現在では、赤子同然といっても過言では無いのだが。
「──構わん。この儂であっても、かの魔王には恐れがある」
「「「オーガ様ッッ!!」」」
素早く片膝を着き、神将達が並ぶ。
現れたオーガは、その背後に巨大な“門”を創り出した。
門の向こう。どこかの宇宙空間では、幾億千万もの黒異種が赤い目を光らせ、不気味に蠢いているのであった。