バケーション開始から10日後。
色々な用事を済ませた俺達は、久々に魔王領域へと足を踏み入れた。
10日ぶりの魔王領域の空気は、もはや安心感すら覚える程の重々しさだ。
ティガなんて、魔王領域に入った途端に魔王城へとすっ飛んでいったし。
やっぱり、持べきものは安眠できる寝床だなぁ。
「──おっかえり〜♪」
「たっだいま〜☆ それじゃっ!☆」
出迎えの幼女に手を振り、俺は足早に去ろうとする。
⋯⋯自分でも思う。今の俺は、スタコラサッサという擬音が似合うだろうなと。
いや、まぁ俺も悪いかなぁとは考えたよ? 少しはね?
だけど、本人が『どうしても!』って聞かないし、ティガも『いいんじゃね?』とか言うから、その通りにしただけで⋯⋯
「⋯⋯あ・か・し? ワケを説明してくれる?
「ふっ、ふへっ? ぁホラ、まだ鍛錬も終わってなかったし、その話はまた後で──」
「んん? 大丈夫 大丈夫! 残りの鍛錬なんて、2日もあれば事足りるからさ!」
「あの⋯⋯その⋯⋯ぃゃ、ホントにゴメンなさい」
幼女に詰められ、俺は速攻で折れた。
全くもうと頬を膨らませる幼女は、俺の背後にいた人物へと目をやり、ニッコリと笑みを浮かべる。
対してその人物は、どこか気まずそうな表情で口を開いた。
「──あぁ、ええっと、俺が来ちゃ不味かったか⋯⋯?」
「ゼンゼンソンナコトナイヨー? ヴィルジールクーン♪」
「⋯⋯やっぱり帰るわ。⋯⋯うん、邪魔したな」
「まぁまぁまぁ! もう少し粘ろうぜ!」
踵を返したヴィルジールを引き止め、肩を叩く。
ムッ、と軽く幼女を睨むと、ゴオッ! という爆風を放って迫真の剣幕で返された。
あまりの迫力に縮こまった俺は、即座にヴィルジールの背後に移動。彼を盾にして、キャンキャンと鳴いてみせる。
これぞ、必殺“捨てられた子犬のマネ作s──
「ううん? なんの真似だろうなぁ?」
「フガッ!?」
俺の顎を鷲掴みにして、幼女が尋ねてくる。
いつの間に距離を詰めたのかなどと、そんな疑問を持つ余裕すら無い。
にこやかな笑顔をキープしている幼女だが、表情の奥からは凄まじい怒り放っていた。
「あっ、分かった。ナメた真似だぁ♪ ⋯⋯ねっ?」
「フググ⋯⋯」
あかん、どうしよう。
ヴィルジールを連れて来た事でこんなにも怒られるなんて、ぶっちゃけ思ってなかったんだが⋯⋯
「あのさぁ? 紅志はさぁ? この場所がどれだけ危険なのか分かってるの?」
「お、俺がついてるし、何かあったらちゃんとフガッ!!」
「あぁ、そぉう? じゃあ、彼を魔王城に案内してもいいよ。
グレンデルが機嫌損ねない様にして、もしもゼルが不機嫌になったら紅志が宥めてくれるならね♪
あっ! ヴィルジール君が帰る時は、紅志が見送りしてね?
魔王領域の外までは大体500kmくらいあるし、
コテンと首を傾げ、幼女は笑みを浮かべる。
しかし、実際は口角が上がっているだけで、彼女の紅く丸い瞳は突き刺す様な視線を俺に送っていた。
心做しか、その目元に掛かる前髪の影も濃く見えるが⋯⋯。
これは参った。幼女の言った事に、全くの反論が出来ない。
要するに、『魔王城の連中全員に、ヴィルジールが受け入れられると思うなよ』という話なのは分かる。
アインやギルルは不明だが、人間嫌いなグレンデルは間違いなく不機嫌になるだろう。
嫌いな人間が、嫌いな人間の独断で魔王城へと入って来た事が知れれば、あいつのブチ切れは確実だ。
そして何より、ゼルがヴィルジールの存在を承認してくれる保証がどこにも無い。
もし仮に彼が快く思わない状況になれば、もれなく魔王幹部全員のヘイトを向けられる羽目になる。
⋯⋯と、そんな事態を俺が考慮せず、『万が一の事があったらどうするの』と。そういう訳だ。
「──全くもう。今日は、彼も紅志も運の良さに救われたね」
「運? それってどういう⋯⋯?」
尋ねる俺に、幼女はただ『ついてきて』と手招きする。
疑問が拭えぬまま、俺とヴィルジールは彼女の後を追った。
魔王城への道中、ヴィルジールが魔力中毒になったり、凶悪そうな魔物の群れに襲われるなんてハプニングもあったが⋯⋯
大抵の面倒事は、幼女が片手間で解決してくれた。
その後もなんやかんやで歩き続け、魔王城が目視出来る程になった頃だった。
「──ん?
「気付いた? 丁度ね、オーガとの決戦に向けた作戦会議をしてたとこなんだよ」
「あぁ、道理で⋯⋯」
成程。『運の良さに救われた』とは、こういう意味か。
確かにコレなら、ヴィルジールの身の安全も保証されそうだな。
まぁ当の本人は、俺と幼女の会話を聞いてもなんの事やらといった雰囲気だが⋯⋯。
兎に角、魔王城に向かうとしよう──⋯
「⋯──は、
「ヴィルジールさん!? どうして魔王城に!?」
魔王城会議室・通称【狡知の間】。
出会った男二人は、互いの顔を見て大いに驚愕していた。
俺が魔力感知で感じた通り、今日は再び人類と魔族が一堂に会していた様だ。
白厳を初めとした、エスキラ、セシルガ、セイリスの人類側の陣営。
そして、ゼルを筆頭に置く、グレンデル、ティガ、アイン、ギルルの魔族側の陣営──。
前回の人魔会議と同様の顔ぶれが集っていた。
「──また会ったわね、
「よお、セイリス。俺なんかの名前を覚えてくれて嬉しいぜ。
⋯⋯ところで、なんかあったのか?」
声を掛けて来たセイリスは──ふっっっっと!!──どこか機嫌が悪そうな様子。
まぁ俺も紳士だ。レディーを相手に余計な詮索はしないぜ。
⋯⋯前の会議より脚部の装備が厚くなった理由は不明だが、注視するのだけはやめておこう。マジで。
「⋯⋯取り敢えず、人を紹介させてくれ。彼の名はヴィルジール・バディスト。
セイリス達と同じ冒険者で、ギルドランクはゼクス。
オーガとの決戦の事を話したら、ぜひ協力をさせて──」
「なんですって!? 彼にオーガの話を!?」
大声を響かせ、白厳が飛び付いてくる。
ビクッと竦んだ俺の肩を掴むと、彼は全身を派手に揺さぶりながら尋ねてきた。
「なぜ! なぜ話してしまったのですか!」
「えっ、ゴメン⋯⋯?」
「彼は! 優しい人なんですよ! 以前の大襲撃に黒幕がいると分かれば、間違いなく彼は参戦するでしょう!
しかし!! 今回の相手はあの強大な暗黒神オーガです!!
私は!! 傷付く彼を見たくはない!! ですから──」
「待った待った。続きは、本人と面と向かって話してくれ。
決戦に参加するもしないも、ヴィルジールが決める事だろ?
⋯⋯それに、俺としては、アンタの台詞はヴィルジールを貶している様に感じるぜ?」
言葉を詰まらせ、白厳は顔の向きを変える。
その視線の先には、白厳の“思いやり”に呆れ気味のヴィルジールの姿があった。
その“思いやり”を言い換えるなら、“彼の実力では決戦に参加は出来ない”と言っている様なものだ。
白厳の気持ちは分かる。何しろ俺だって、ヴィルジールが決戦に参加したいと言った時は真っ先に否定したし。
だけど違うんだよ。部外者がなんと言おうと、結局は本人が意思と行動を決めるんだ。
だったら、本人のその決定を全力で支援するのが、周囲に立つ者の役目なんじゃないかなと。まぁ俺はそう思う訳で⋯⋯
「──白厳。アンタは、『誰かに傷付いて欲しくない』んじゃなくて、『誰かが傷付かない様に自分が止めなくてはならない』って考えてるんじゃないか?
仮にそうだとしたら、アンタは自分の自己中心的な考え方に周りを付き合わせてるだけだよ」
「⋯⋯っ!! 紅志さん⋯⋯!!」
図星、か。
反応を見るに、思い当たる節があるらしい。
まぁ俺も人に説教を垂れられる立場ではないが、彼を見ていると どうもモヤモヤするしな。
この白厳という男は、“誰かの為に”ではなく、“誰かの為に自分は”、といった考え方の持ち主だ。
一見すると思いやりに満ちた考えにも思えるが、彼の場合は恐らく周囲を置き去りにしているタイプだろう。
そして、この場でそれを指摘されて困惑している様子では、今まで気が付いていなかった様だ。
「──あーあー。ついに言われちまったなぁ、白厳?
まぁ、俺も今まで言わなかったのもあるけどよ。お前は1人で突っ走り過ぎだぜ」
「ぜ、ゼルさん⋯⋯。私は、それ程までに⋯⋯?」
「多分みんな、貴方が優し過ぎるから口に出せなかったんだと思うよ。
⋯⋯私も、紅志が今の言葉を言ってくれなかったら、この先もずっと貴方の優しさに甘えていたよ」
「アリアさんまで⋯⋯!!」
あ〜らら、全員で白厳の説教タイムだ。
⋯⋯羨ましいな。愛されてるなぁ、白厳。
「──白厳。俺は、俺の意思で決戦に参加する事を決めた。
お前になんと言われようと俺は戦場に行くぜ。⋯⋯だけど、お前に否定されたまま赴くのは少し嫌だ」
「し、しかし、ヴィルジールさん⋯⋯」
「まァ、安心しとけって白厳。残りの4日間で、このティガ様がソイツを徹底的に扱いてやるからよォ」
白厳の不安に、ティガが応じる。
背後でグレンデルの舌打ちが聞こえたが、放っておこう。
どうせ、魔王幹部が一人の人間如きにウンタラカンタラ⋯⋯的な事を考えているんだろう。
「⋯⋯皆さん。それでも私は、ヴィルジールさんの選択を快くは思いません。
ですが、本人に確固たる意志と望みがあるなら──せめて、一人の友人として彼の背中を押したい。
ですから⋯⋯その、ええと⋯⋯。彼の事を⋯⋯」
「まぁ大丈夫だって。アンタの思いは、全員ちゃんと分かってると思うぜ」
白厳の肩を叩き、ニッと笑ってみせる。
彼は俺達に任せた。だから、俺達はそれに応じる。
ただ、それだけの事だ。
「──さてさて、ホラホラ! 重要な会議の途中だよ!!
肝心の紅志も帰って来た事だし、話の続きを始めよう♪」
パンパンと手を叩き、幼女が号令を掛ける。
二人分のソファが用意され、俺とヴィルジールは静かに腰を下ろした。
しんみりとした空気はここまでとして、作戦会議に参加するとしよう。