──魔王領域・北西部。
魔王城から30km程の地点から始まる“その地域”は、豊かで鮮やかな自然を
幼女から聞いた話だと、人間には“王の庭”と呼ばれており、その総面積は40000k㎡近くあるのだという。
この森を仮に正方形だと考えても、一辺が200kmになる計算だと思えばコチラも驚愕がしやすいか。
なにより驚きなのは、そんな土地のほぼ全てが植物に覆われているという点だろう。
実際に歩いてみると、空は木々に阻まれてほぼ見えず、差し込む日光は無数の葉の層によって薄緑色に変化している程だ。
「──うお、でっかい木がある。世界樹ってやつか?」
木々の隙間から巨木を見つけ、思わず口に出す。
興味が湧いたので指差しながら振り返ってみると、ヴィルジールとセシルガが半笑いの表情を浮かべていた。
少ししてから、軽く溜息をついたヴィルジールがゆっくりと口を開いた。
「いや、アレは世界樹じゃないな。本物はもっとデカいぞ」
「そうなのか? じゃあアッチは? あの木も結構大きいぞ」
「世界樹は、そんなポンポン生えてるモノじゃないんだよ。
それに、周囲にこんだけ巨大な樹海があるんだ。世界樹は、ほぼ確実に生えてないと思うぜ」
「へぇ! 世界樹って周囲の環境に影響されるのか! 初めて知ったぁ〜」
拾った長い木の枝を振りつつ、ズンズンと歩く。
気分はもう少年だ。見るもの、聴こえるもの、触れるもの、全てに好奇心が働く。
魔王領域には色々な地域と景色があるが、この樹海は特別ワクワクさせられるぜ。
目線を動かすたびに新発見があるし、こんな新鮮な気持ちを味わうのは久し振りだからなぁ。
「⋯⋯あいつ、ピクニックでもしてるつもりか?」
「あぁ、そうに違ぇねぇ。元々人間っつう話だが、実は子どもだったりするかもな」
「通りで、やたら早歩きなワケだ」
俺の後ろでは、セシルガ達が小声で何かを話している。
コッチをチラチラ見ているが⋯⋯。なんか父性を感じさせる眼差しをしているな。
まぁ俺の父親は、家族旅行で観光している時に母と俺よりもずっと前を歩いている人だったけども。
⋯⋯ハハ。思えば、楽しんでる時の親父はかなり早歩きで、ガキンチョの俺は全然追い付けなかったっけ。
やっぱり、いくつになっても楽しんでる時に早歩きになってしまうのが男って生き物だよな。
まぁそれはいいとして、ヴィルジールとセシルガって歩くのめっちゃ遅いなぁ。
「──それで、世界樹ってどんな風に生えてるんだ?」
「どんな風に? 少し難しい質問だな⋯⋯。俺も、詳しい話は知らないんだ」
腕を組み、ヴィルジールは首を傾げた。
どうやら専門家が必要な話らしい。周囲の環境に左右されるっぽいのは分かったが、続きか気になるぞ。
「──世界樹っつうのは、“魔力溜まり”してる地域に生えるんだよ」
「セシルガ。知っているのか?」
「あぁ。仕事の関係上、そういう地域にはたまに行くからな」
「⋯⋯成程。そういえば、世界樹と【魔境】の成り立ちは同じという話だけは聞いた事がある。
あんた程の冒険者なら、【魔境】でのクエストもこなしているという訳か」
セシルガとヴィルジールが、聞き知れない単語で会話する。
“魔力溜まり”やら“魔境”やら⋯⋯。どんどん興味が湧いてきたぞ。
「──まず“魔力溜まり”っつうのは、文字通り地中に魔力が溜まっている場所の事を指す。
この星の大地には、魔力が血液の様に流れてるワケだが─⋯」
⋯──主に太古の地殻変動が理由で、大地が陥没、若しくは隆起している場所だと話が違ってくる。
大地という通路が遮断され、行き場を失った魔力はその場に溜まり続ける。結果、魔力溜まりが生まれる。
そしてその場所に樹木が育つと、地中の膨大な魔力を吸収してバカでかい木に。つまり世界樹ってモンに成長するワケだ──⋯
「⋯─因みにだが、基本的には地中の膨大な魔力は、上に生えてる木々の奪い合いになる。
最後まで生き残った一本が世界樹になれるっつう、意外とアツい生態をしてるんだぜ」
「へえぇ⋯⋯。世界樹って言うのはあくまで名称ってだけで、樹木に関してはそれぞれ異なる種類って事か」
「そうだ。⋯⋯まぁ、俺も聞きかじった程度だがな」
聞きかじった程度でその情報量かよ。
流石、人類最強の肩書きを持つ男。記憶力も優秀らしいな。
どうせなら、“魔境”とやらについても質問してみたいが⋯⋯っと、その前に到着しそうだな。
「おっ、いたいた」
見渡す限りの木々から一転、開けた場所に出た。
反対側の林までは、およそ200m程 草原が広がっている。
草原の周囲を円形に取り囲む木々は、全長100mを下らないサイズばかりだ。
前世のテレビで見た、ジャイアント・セコイヤの森を思い出すぜ。
「──ム、来たか」
紅い巨体が揺れ動き、此方に振り向く。
草原の中央。長く逞しい首と、多大なる存在感の大きな翼、大小それぞれ二本ある角に、巨躯を支える四つ脚──。
ファンタジーにおけるドラゴンを体現した様な真紅の龍は、俺の方へとゆっくりと歩み寄って来た。
「話は聞いておるな?」
「おう。ヨロシク頼むぜ、テュラングル」
「ウム」
前に出した右拳に、テュラングルも右前脚で応じる。
それらを軽くぶつけ合い、俺達は僅かに口角を上げた。
火龍の王であり、同時にドラゴンという種族の頂点でもあるテュラングルだが、こうした気さくな面もあるヤツだ。
「では、早速ではあるが⋯⋯」
「あ、待った。アンタに会いたがってる2人がいるんだ。先に紹介させてくれ」
「ム、その後ろの人間達の事か? この我に要件とは──」
ピタリ。テュラングルの表情が固まった。
何かに驚愕したらしいが、アイツのあんな顔は初めて見る。
察するに、彼の驚愕はかなり大きいものの様だが⋯⋯?
「貴様
「覚えてんのか。そりゃ嬉しいぜ」
「もう一人は⋯⋯。──そうか。貴様らとは、同じ日に会っているな」
「「なんだと??」」
どこかピリついた空気の中、セシルガ達が声を揃える。
テュラングルによると、彼らとは同日に会っていた様だが、当の本人達は記憶に無いらしい。
「──“絶対に、生まれ変わってでもお前を殺してみせる”。
貴様はあの時、我にそう言ったな? 発言の実行をしに来たのであれば、よかろう。相手をしてやろうぞ」
「あ? ちょっと待てよ。今の台詞、俺も聞き覚えがあるぜ」
「なんだって? あの時にそれを言って、聞いていたのは⋯⋯
テュラングルと、もう一人⋯⋯俺を助けてくれた⋯⋯見知らぬ男⋯⋯だ、け⋯⋯」
みるみると、目を見開いてゆくヴィルジール。
成程、話がみえてきた。台詞から考えるに、ヴィルジールとテュラングルがまず戦っていたと。
そして、ヴィルジールのピンチをセシルガが救った。そんな流れなのではないだろうか。
多分、ヴィルジールもセシルガも、同日に出会った互いの事を忘れていたのだろう。
若しくは、今の話はかなり昔の出来事で、顔なんて覚えていなかったかのどちらかか──。
まぁどちらにせよ、昔の知り合いと再会出来たって訳だし、めでたしめでたし⋯⋯では、全然ないか。
「あ、あぁ〜⋯⋯。3人とも、なんか因縁があるのは分かるんだけど⋯⋯
ホラ、今は鍛錬が優先的だし、ちょっと後回しに──」
「貴様は黙っておれ」
「⋯⋯コイツには借りがある」
「悪ぃが、俺との決着もつけてもらうぜ。テュラングル」
あ、ハイ。大人しくしてますね。
⋯⋯なんて言ってる場合じゃねぇんだよぉお!! ちょっともうホント、やめて欲しいんだけど!!
仮に
ああー! やべえー! マジで誰でもいいから、コイツらを止めれるヤツ来てくれーー!!
「──何をやっているのですか?」
ぞくん。
透き通り、消え入る様な女性の声が聞こえる。
美しい反面、背後から聞こえたその声に、俺の背筋を恐ろしいまでの寒気が走った。
いつの間に後ろに居たのか。気配を全く感じなかったのは、格上の存在であるからか。テュラングルが血相を変える程の者であるのか。
様々な思考が高速で浮かんでくる中、寒気は徐々に近付いてくる。
何者かが歩き、草を踏む微音すら鮮明に聴こえて──って、アレ? これ寒気じゃなくて、本物の冷気じゃね?
「全員、頭を冷やして下さい」
そんな台詞と共に、一人の女性が俺の横を通り過ぎた。
背丈は160cm半ば程だろうか。白色の着物の様な、
しかし、肩やふくらはぎ辺りは極めて薄いレース状になっており、華奢で繊細な素肌につい目がいってしまう。
更によく見ると、真白を基調とした着物の中には僅かな青が隠れていた。
レースの部分や、袖や裾の口・襟元といった箇所。そして、もう一つ。
腰まで伸びた白雪の様な髪に、五芒星を銀と青で
「──あなた様、星廻龍様からの指示をお忘れですか?」
「む、むう⋯⋯。すまぬ、リゼ⋯⋯」
白い冷気を纏った女性に、テュラングルは気まずそうに頭を下げる。
リゼと呼ばれた人物は正体こそ不明だが、テュラングルとの接し方から推測すると かなり親しい関係に思えるな。
「──リゼル・アイスフォルトと申します。お見知り置きを」
此方へ振り返り、彼女は深々とお辞儀をする。
動揺によって数秒遅れてから、俺は丁寧にお辞儀を返した。
思えば、俺より格上だけど礼儀が正しい相手なんて、会った事が無かった気がするしなぁ。
まぁ彼女──リゼさんと呼ぼう──の様子を見るに、誰にでも事務的な対応をしてそうだが。
⋯⋯いやしっかし、美人な
「⋯⋯コホン。では、人間よ。名前だけ聞いておこう」
「ヴィルジール・バディストだ」
「ウム、覚えておこう。此方も多忙故、今日は帰るがよい」
「私からもお願い致します。今日のところは、お引き取りを」
ポリポリと頭を掻き、セシルガは踵を返す。
ヴィルジールもなにか言いたげな様子ではあったが、リゼさんの丁寧な対応に引き下がるを得なくなった様だ。
去って行く2人の背を見送り、俺はようやく胸を撫で下ろしたのだった。