猛焔滅斬の碧刃龍   作:Nidhogg

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第173話・夫婦。

「──では、改めてご挨拶を。本日から決戦までの4日の間、紅志(あかし)さんの鍛錬相手を務めさせて頂くリゼル・アイスフォルトと申します」

 

 手を前で組み、リゼさんがお辞儀をする。

 鍛錬相手。彼女がそう言った様に聞こえたが⋯⋯はてさて。

 組手でもするつもりなのだろうか? 『相手』と表現したなら、実戦形式の内容ではあるのだろうが⋯⋯。

 しかし仮にそうだとしたら、ギルルとの鍛錬を達成した俺に課す試練とは一体なんだ⋯⋯?

 

「ウム。疑問が多いのは分かるが、まずは彼女(リゼ)について話しておこう」

「いえ、私などの事はお気になさらず⋯⋯」

「フッ、そう言うな。今後、紅志はドラゴン族にとって重要な存在になる(おとこ)だ。

 時が来れば、この場での()り取りが互いに役に立つだろう」

「あなた様がそう言うのであれば⋯⋯まぁ、いいですが⋯⋯」

 

 なにやら意味深な会話をするテュラングル達。

 気になる点はいくらかあるが、やはり気になるのはテュラングルとリゼさんの関係だな。

 先程までのクールな態度と違って、テュラングルと話している時の彼女は感情が豊かに見える。

 時点で気になるのは──そうだな。テュラングルが『ドラゴン族にとって』という言い回しをした事か。

 人間であるリゼさんに対しての台詞としては、少し不自然に感じられるが⋯⋯。

 ⋯⋯いや待てよ? “人間である”から不自然であれば、“人間では無い”のなら⋯⋯?

 

「──彼女(リゼ)は“竜人”と呼ばれる種族でな。姿形こそ人間だが、その実力は上位ドラゴン族である“龍”と同等なのだ」

「竜人⋯⋯。それは、ドラゴンの擬人状態ともまた違う感じなのか?」

「ううむ、どうだかな」

「えっ、『どうだかな』⋯⋯?」

「本来、“竜人”と呼ばれる者達は、主に二つの種類に分けられるのだが──⋯」

 

 

 ⋯──一種が、『ドラゴンの力を持つ人間』だ。

 彼らは、ドラゴンの姿への変化は出来ないものの、その力は間違いなくドラゴンそのもの。

 膨大で強力な魔力を身に宿し、加えて“特殊な戦闘方法”を身に付けている者達だ。

 “術式”と“印”と呼ばれる能力を駆使し、かつ“自然魔力”を用いる戦い方には我も手を焼いたものだが⋯⋯その話はよいか。

 

 二種目が、リゼの様な『ドラゴンに変化できる人間』だな。

 人間の姿では本来の力の一割も使えぬ大きな弱点があるが、その代わりにドラゴンの姿の力は絶大。

 リゼの能力は氷の生成と操作であるが、彼女がその気になれば火山地帯を永久に凍てつかせる事も可能な程だ。

 そして、リゼの様な竜人の肉体変化能力を分析し、一種の魔法として作成されものが“擬人化”なのだ──⋯

 

 

「⋯──つまりは、“龍から人”か“人から龍か”の違いだけで、能力の性質的にはほぼ同じという訳だな。

 違いがあるとすれば、元来よりその能力があるか否かだ」

「成程⋯⋯。結構、奥が深そうだぜ」

「因みに、両種族の違いについては以前に話したドラゴン族の上位種()下位種()のどちらから派生したかだな。

 まぁ、便宜上は二種を纏めて“竜人”と呼称しておるし、我としても能力さえ高ければ種族など気にせん」

「おっ、流石は王様。価値観の広さは大事だよな〜」

 

 テュラングルの前脚を肘でつつき、軽く茶化す。

 「無礼ですよ」とリゼさんに注意されたが、当の本人が構わんという態度で応じた事に驚いていた。

 いやしかし、リゼさんが竜人か。思えば、感じる魔力反応にドラゴン特有の波長があるな。

 いいねえ、竜人。まさにファンタジーって感じの種族だぜ。

 

「さて、リゼの紹介もここまでと──。⋯⋯いや、最後に一つ重要な点があったな」

「重要な点? なんだ?」

「彼女は⋯⋯まぁ、見ての通り美しいだろう?」

「えっ?」

「あなた様、急に何を⋯⋯!」

 

 まぁまぁと、テュラングルはリゼさんを遮る。

 いや、マジで急に何を言ってんだ? そりゃあ、全く持ってその通りって感じですけども⋯⋯

 

「これだけは言っておく。見蕩(みと)れるのは構わん、好意を持つ事も許す、雄としての本能が反応するのも否定はせん。

 だが、紅志よ。お前であっても、仮にリゼに手を出す事があれば──」

「あれば⋯⋯?」

「殺す」

 

 緋色の瞳をガン開きにして、テュラングルは言った。

 瞳孔を恐ろしいまでに細め、ただただ重い圧を放って。

 

「⋯⋯こ、殺す? 灰にするとか、焼き尽くすとかじゃ──」

「殺す」

「ひえっ」

 

 こ、こいつ⋯⋯!! さてはリゼさんラブだな!?

 信じられねぇ。リーゼノールで初めて会ってからは、再会する度に親しみやすくなってたテュラングルなのに!!

 ここに来て、初邂逅が比じゃないレベルの威圧感放ってきやがった!!

 

「──まぁ、冗談はさておいてだ。兎に角、彼女に手を出すのは絶対に許さんので覚悟しておけ」

「⋯⋯冗談?」

「冗談だ」

「いやぁ、」

「冗談だ」

 

 あ、了解しました。冗談ですね、ハイ。

 なぁんだ、ただの冗談かぁ。少しチビりかけたけど、冗談ならいいよなぁ。

 ウンウン。ちょっと膝の震えが止まらないけど、冗談だから仕方無いよな!!

 それはいいとして、魔王城に戻ったら幼女にヨシヨシしてもらおう!! 別に怖かった訳じゃないけど!!!

 

「──リゼは、我の⋯⋯まぁ、元妻でな」

「は、はぁ⋯⋯」

()()の悪さ故に別れる事にはなったのだが、愛は変わらぬ」

「あなた様、お喋りが過ぎますよ⋯⋯」

 

 堂々と語ったテュラングルの脇腹を、リゼさんが軽く叩く。

 相変わらずの無表情ではあるが、照れ隠しをした様に見えるのは俺だけだろうか。

 

「──紅志よ。彼女の名は、リゼル・アイスフォルト。

 またの名を『氷月龍(ひょうげつりゅう)』。“冷”を司る、氷の絶対の支配者だ。

 彼女には、今日からお前に徹底的な“戦い方”を仕込んでもらう」

「戦い方? それなら、十分に間に合ってる気が⋯⋯」

「ただの戦い方ではない。詳細は、鍛錬が始まれば意味を理解するだろう。

 (あらかじ)め言っておくが、彼女は我より手厳しいぞ? 相当の覚悟で臨む事だ」

 

 そう言って、テュラングルはリゼさんに相槌を打つ。

 話を引き継いだリゼさんは、俺に歩み寄ると全身を観察する様に視線を送った。

 魔力や筋肉の量でも把握しているのだろうか。時々、『ふむ』やら『なるほど』やらの言葉を発している。

 

「──では、早速始めましょう。身体がなまっていますので、まずは走ってきて下さい」

「走っ⋯⋯え? 走ってくるんスか?」

「はい。この“王の庭”を一周してきていただいてから、鍛錬に移りましょう」

「え、あの、この森って大体40000k㎡って聞いてるんですけども⋯⋯」

「⋯⋯? それが、なにか?」

 

 冷や汗を流す俺に、リゼさんは首を傾げる。

 そんな遣り取りを後方で眺めるテュラングルは、機嫌に良さげに笑っていた。

 俺に断る権利は無いだろうし、これは走ってくるしか無さそうだな。

 

「じゃ、じゃあ、行ってきます⋯⋯」

「はい。お待ちしております」

「樹海全体に我らが圧をかけておく。野生の魔物による襲撃は心配してくてよいぞ」

「⋯⋯どうも」

 

 テュラングル達を背にして、俺は歩き出す。

 歩数を増やすに連れて加速し、数秒後に炎装を発動。

 大地に踏み込み、衝撃波を放ちながら、勢いよく森の外へと向かうのだった。

 

 

NOW LOADING⋯

 

 紅志の背が見えなくなった頃。

 テュラングルとリゼルは、彼が走り去って行った方を見つめながら微笑みを浮かべていた。

 

「──ふふ。あなた様の言っていた通り、面白い子ですね」

「そうだろう? 我らドラゴンの次代を任せる王として、あれ程の逸材はそうそう居るまい」

「⋯⋯ですが、彼にはもう断られてしまったのでは?」

「ううむ⋯⋯。まぁ、それはそうなのだが、もしかすると気が変わるかもしれんしな。気長に待つとしようぞ」

 

 軽い欠伸をして、地面に身体を倒すテュラングル。

 その後、ちらりとリゼルへ目をやった彼は、前脚で彼女を手招きをする。

 遠慮するリゼルを尻尾で抱き寄せ、テュラングルは満足げに喉を鳴らした。

 少し動揺したリゼルだが、彼の大きな翼へと身を寄せると、僅かに頬を赤らめながら身体を預けるのだった。

 

「ふふふ」

「⋯⋯なにか、おかしいか?」

「いいえ、嬉しいのです。──あなた様の口から、他の者への賛辞が聞けた事が」

「なっ、我も認める時は認めるぞ? 力のある者、聡明な者、将来を託せる者。それこそ、お前の事だって──」

 

 くつくつと肩を揺らし、口元を手で隠すリゼル。

 そんな彼女に、テュラングルは言葉の続きを言い淀んだ。

 しかし。すぐさま咳払いをして、不意打ちの笑顔に惚れなおしたのに気付かれぬ様に装う。

 テュラングルにとって、実際に彼女に気付かれたかどうかは不明である。

 だが、自身の翼へと寄り掛かる微かな重みが、確かに増した事だけは感じたのだった。

「──そういえば、」

「ムッ?! お、おぉ⋯⋯なんだ?」

「以前、あなた様に会いたというグレイドラゴンの番が、私の所に訪ねてきたのですが⋯⋯。

 どうやら、あなた様に何かしらの決意の表明をしたがっている様子でして。心当たりはありますか?」

「グレイドラゴンの番⋯⋯。あぁ、成程な。今度、直接話を聞きに行くとしよう」

 

 その会話は、思いやりであった。

 テュラングルが感じる気まずさを察した、リゼルの。

 しかし、威厳を保とうとしたテュラングルにより、会話は直ぐに終わってしまう。

 木々のざわめき、鳥の鳴き声、どこかで流れる川のせせらぎ、草が微かに揺れる音──。

 賑やかな自然の音色は、テュラングルとリゼルを包む静寂をより一層 演出していた。

 

「⋯⋯なぁ、リゼ」

「はい、なんですか?」

「⋯⋯⋯⋯。──まぁ、なんだ。紅志が帰ってくるのは、日没になるだろう。

 それまでは、こうして⋯⋯。二人で、ゆっくりしていよう」

「はい。もちろんです、あなた」

 

 テュラングルとリゼル。炎と氷。

 寄り添う二人の周囲には、薄く霧がかかっているのだった。

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