猛焔滅斬の碧刃龍   作:Nidhogg

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第174話・それぞれの思い

 ──決戦まで、残り2日。

 各方面が慌ただしく動く中、魔王城でもまた、汗と血を日夜流す者が居た。

 

「ハァッ、ハァッ⋯⋯」

 

 魔王城から、南東に2kmの地点。

 以前、紅志がギルルとの鍛錬に使用していた荒野にて。

 ヴィルジールが、大きく息を切らしながら両剣を構える。

 彼の正面、20m程先。ティガは何度か無言で頷くと、『休んでよし』とジェスチャーを送った。

 フッと、糸が切れた様に地面へ倒れ込むヴィルジール。

 彼のそんな様子を眺めつつ、ティガは腕を組みながら内心で首を傾げた。

(──判断力自体は悪かァねえが⋯⋯。()()がアホみてぇにデケェな)

 今までつけてやっていた稽古を思い返し、ティガは考える。

 彼が思い浮かべる“ズレ”という言葉は、ヴィルジールの「肉体」と「思考」に由来するものだった。

 端的に云うなら、「頭の回転に身体の動きがリンクしていない」という点がヴィルジールの欠点なのである。

 攻撃はタイミングが早過ぎ、防御は維持する時間が短過ぎ、回避は不必要に動き過ぎ──と、いうように。

 頭の回転に身体を追い付かせようとするあまり、動くべきベストタイミングは把握しているものの、実際の行動では空振ってしまう事が多いのだ。

 いうなれば、「冷静にテンパっている」という状態である。

 

「──よォこら。テメェは、どうして強くなりてぇンだ?」

「強さを求める事に理由なんているのか、なんて答えられたらカッコイイんだけどな。俺の場合は、もっと安直だぜ」

「ほォ? 聞かせてみろ」

「今の俺は、“故郷を護る”でも、“人々を救う”でも、“誰かの為に何かをする”みたいな気分じゃあ無いんだ。

 ⋯⋯ブチのめしてぇ奴がいる。言っちまえば、“復讐”がしたいんだよ」

 

 沈んだ表情のヴィルジールに対して、ティガは。

 口角を大きく上げて、鋭い犬歯をギラつかせた。

 

「いいぜ、いい。スゲェいいぜ。強くなる理由に、復讐心より優秀なクスリは無ェからな」

「そ、そうか⋯⋯? アンタの台詞としては、少し意外だな」

「ハッ! バカ言うんじねェ。俺のこの折れた角を見やがれ。

 俺ァな? 俺をこんな風にした“あの野郎”にリベンジしてェから、魔王軍の幹部になったんだぜ」

 

 ティガの話に、ヴィルジールは驚いた表情をする。

 まさか、ティガが魔王にリベンジしたがっているとは、と。

 魔王へ絶対の忠誠を誓っているのが魔王幹部ではないのか、反逆すら示唆する台詞だったのではないか。

 そして、そんな話を聞かされた自分の立場は、極めて危ういのではないだろうか。

 様々な思考が浮かんでくる中、ヴィルジールは最終的に何も聞かなかった事にした。

 今の話を誰かに話せば、魔王にしろティガにしろ、出処を突き止めて必ず訪れてくるだろう。無論、その時は⋯⋯。

 それ以上を考えるのは止め、ヴィルジールはゆっくりと立ち上がるのだった。

 

 ──ティガの言った“あの野郎”が、実際に誰を示しているのかは知らずに。

 

 

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「へくちっ! うぅ⋯⋯ちょっと寒くない?」

「まぁ、リゼちゃんが近くに来てるからね〜」

 

 魔王城・屋上。

 ギルルとアリアは、“王の庭”を眺めながら会話する。

 魔王城からその地域までの距離は、互いの先端地点から計測しても30km下らない。

 だがしかし。この二人は、片や魔王軍の幹部、片や神話級のロリだ。

 その程度の距離間なら、何かしらの能力に頼るまでも無く、純粋な視力で見通せるのである。

 王の庭の向こう側までは無論の事、その樹海には不似合いな超特大の氷山や、高速で降り注ぐ棘の様な(ひょう)まで。

 

「うわあ⋯⋯。紅志、死にかけだね。かわいそう」

「大丈夫。あのコなら、残り2日もあれば適応するよ♪」

「そっか、ならいいや。──で、アリアは?」

「私? なにが?」

「なにって⋯⋯。5万年の因縁が、もうすぐ終わるんだよ?

 なんか無いの? どんな気持ち〜とか、片が付いたら何したい〜とかさ」

 

 尋ねるギルルに、幼女は黙り込んだ。

 ギルルが言ったような事を、考えた事が無かったのだ。

 オーガを倒しても後処理は無数に残っており、それについては幾度も思案した覚えはある。

 だが、それとは違う“自分自身がやりたい事”となれば話は別だった。

 そんなもの、本気で考え込んでも次々と浮かんでくる。

 久し振りにぐっすりと眠りたい、久し振りにゼルと戦ってみたい、久し振りに空を自由に飛び回りたい。

 久し振りに──また、宇宙や「世界」を巡る旅がしたい。

 

「⋯⋯ふふっ♪」

「なになに? なにか思いついた?」

「う〜ん? ヒ・ミ・ツ♪」

「えー! なにそれズルいー、教えてー!」

「捕まえられたら教えてあげる〜っ♪」

 

 空へ浮き上がり、アリアは飛び立つ。

 ひらりひらりとギルルを躱す彼女は、天真爛漫な笑顔を浮かべているのだった。

 

 

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 ──“虚無空間”。

 神と、神が通した者しか立ち入れぬ場所で、オーガは巨大なダイヤモンドの様な結晶に手を触れた。

 

「⋯⋯お主にも見せてやりたかったのう。かつての人間と、彼らが創る世の中の美しさを。

 時が来れば、お主も自由にしてやる。そして、儂と共に新たな世界を創造するのじゃ」

 

 結晶の内部。白装束を着た人物に、オーガは話し掛ける。

 動きは無い。まるで眠っているかの様に目を瞑る“彼”は、ただ無言で返答をした。

 

──バチンッッ!!

 

 眩い光が発生し、オーガの手が弾かれる。

 オーガは気付いた。自身が結晶に封印した、真なる神であるフィリップ。その目が開いている事に。

 そして彼の虹色の瞳が、拒絶というものを視線のみで放っている事にも。

 

「⋯⋯それでもよい。いずれ、お主も理解するじゃろう」

 

 踵を返し、結晶の前から立ち去るオーガ。

 彼の表情は暗い様にも見えるが、幼子の失態を許してやる親のそれの様にも見える。

 離れ行くオーガの姿が見えなくなると、フィリップの瞳は再び閉じられるのであった。

 

 

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「──こんなものか」

 

 自身の姿を確認し、セラフは呟く。

 

 胴体には、「心」を表す、金色のハート模様が彫られた純白の胸当てを。

 両手には、「力」を表す、金色の(やじり)の装飾が施されている純白の手甲を。

 脚部には、「愛」を表す、金色の翼を連想させる形状をした純白の鎧を。

 右手には、「慈」を表す、金色の涙を両側の刺突部で表現したランスを。

 左手には、「悲」を表す、金色の閉じられた瞳が刻印された丸い大盾を。

 

 ──そして、かつての時代に。

 己が敵の鮮血で染め上げたローブを裁断し、純白の腰当ての一部として縫い込み、たなびかせる。  

 かくして、最強神将セラフの戦支度が万全なものとなった。

 

「オーガ様に勝利を⋯⋯!!」

 

 ランスを足元に打ち付け、セラフは目を閉じる。

 願うは勝利。乞うは主からの賛辞。目指すは新たなる創造。

 往くは戦場。投じるは闘争。続くは救世神の背。

 

 ──ただ思うは、平和な世界。

 

 

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「では、一度休憩をとりましょう」

「ハァッ! ハァッ! し、死ぬかと思ったぜ⋯⋯」

 

 大の字で倒れ、俺は率直な感想を口にした。

 初日からリゼさんは厳しいって言われてたが、ここまでとは思っていなかったんだが?

 氷の棘が降り注ぐ中で巨大な氷塊に潰されそうになったり、追尾性も速度もエグい氷の槍✕3に追い掛け回されたり⋯⋯

 その挙句、氷とは全く関係の無いレーザーみたいな攻撃まで放ってきたしで、ホントに死ぬ寸前だったぜ。

 何が1番ヤベーのって、これだけ俺が疲れてるのに対して、汗一つも流れてないリゼさんなんだけどな。

 テュラングルが言ってた『人間の姿だと本来の一割の力も使えない』って話、アレ嘘なんじゃねーの?

 

「──時に、紅志さん?」

「は、はい? なんでしょうか⋯⋯?」

「あなたは、この決戦が終わった後の身の振り方は考えておられますか?」

「身の振り方? いやぁ、別に⋯⋯。俺としては、自由でいられるなら細かい事は気にしないんで⋯⋯」

 

 俺の返答を訊くと、リゼさんが片目を開いた。

 初めて見たが、よく澄んだ青い瞳をしている。綺麗だ。

 

「──紅志さん。あなたが自由を望んでいるという話は、既にテュラングル様から聞いております。

 ですが、はっきりと申し上げるのなら、僭越ながら あまりお勧めは出来ません」

「⋯⋯はい?」

 

 リゼさんの台詞に、思わず眉を(ひそ)める。

 再び目を閉じたリゼさんは、そんな俺に動じる事無く言葉を続けた。

 

「理由は主に二つです。一つが、魔王や星廻龍様の保護下から外れる事。

 そうなると、紅志さんの身に危険が生じた時に守ってくれる者が居なくなってしまいます」

「はあ⋯⋯」

「二つが、あなたが強い力を持った存在だという事です。

 強力な存在であれば、また別の強力な存在が引き寄せられてくるのが世の常。

 冒険者と呼ばれる人間達、魔王軍以外の魔族、オーガ勢力の残党⋯⋯。

 それらは、魔王や星廻龍様の保護を失ったあなたにとって、厄介極まりない者達でしょう。ですので──」

 

 手の平を広げ、リゼさんに向ける。

 発言を遮られ不思議そうな顔をする彼女に、俺は一呼吸おいてから口を開いた。

 

「『ですので、誰かしらの保護を受ける様にして下さい』みたいなのはナシで」

「⋯⋯それは、なぜ?」

「まぁ⋯⋯その、なんというか、俺の身を案じてくれてるのは大変嬉しいんだけども⋯⋯

 自分の身は自分で守るつもりだし、余計って言ったら失礼だけど、そこまで世話を焼いてもらわなくていいかな⋯⋯と」

「なるほど、そうですか⋯⋯」

 

 俺の意見を聞くと、リゼさんが無言になった。

 ⋯⋯まさか怒ってるワケじゃないよな? リゼさんが怒ったら、もれなく火龍の王も付いてくる案件なんだけど。

 それだと俺、本当の本当に死んじゃう気が⋯⋯

 

「──以前、テュラングル様から紅志さんと初めて出会った日の話を聞きました。

 『か弱く、幼く、しかし、勇猛で、強敵を相手に退かぬ精神を有している』と」

「テュラングル⋯⋯。アイツ、そんな事を⋯⋯」

「紅志さん。あなたが、自身の望むままの生き方をしたいのであれば、私はそれを否定しません。

 ですが、これだけは訊かせて下さい。今後、立ち塞がるであろう困難を、紅志さんはどうやって乗り越えますか?」

 

 俺に問うリゼルさんは、今度は両目を開いていた。

 それと同時に、上位種の威圧感を大きく放って此方を牽制。

 人間の姿でありながら、今まで出会ってきた強者ともなんら遜色の無い存在感を顕にした。

 ⋯⋯成程な。どうやら俺は、かの氷月龍(ひょうげつりゅう)に試されている様だ。

 

「──少し、違うな」

「違う、と言いますと?」

「困難は乗り越えるもんじゃない。この手で打ち壊すもんだ。

 それに俺は、神にだって啖呵を切ったグレイドラゴンだぜ?

 試したいんなら、本来の姿になってからにしてくれよ」

 

 さぁ、どうだろうか。

 かなり強気に出てみたが、ドラゴンの感性にも応えてくれる台詞だった事を祈るぜ。

 

「⋯⋯紅志さん」

「⋯⋯⋯⋯。」

 

 

 

「──あなたを、ドラゴン族の一員として歓迎します」

 

 そう言って、リゼさんはお辞儀をした。

 その時の表情は普段よりも明るく、僅かだが微笑んでいる様にも見えたのだった。

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