猛焔滅斬の碧刃龍   作:Nidhogg

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第175話・神話の果てに目指すもの

 ──オーガとの決戦を、明日に控えた今日。

 俺と幼女は、夜の“王の庭”を目的地も決めずに歩いていた。

 日が暮れた頃──丁度リゼさんとの鍛錬が終わった時だった──に、幼女が俺の所に顔を出したのだ。

 どこかいつもと雰囲気の違う彼女が、『少し歩こう』と言い出したのが現状までの経緯である。

 

「星が綺麗だね〜」

「な。排気ガスが無い世界は、空がよく澄んでる。コッチにも星座とか無いのか?」

「あるよ〜。あの星とあの星とあの星、あの星とあの星とあの星の並びが“アリアちゃん座”だよ♪」

「いや、『あの星』じゃ分からんし。というか、アリアちゃん座ってなんだよ」

「うふふん。正式名称は“星龍座”。六角形の星の並びを、翼と尻尾に見立てた星座らしいよ♪」

「えっ、ホントに存在する星座なのかよ」

 

 なんてことの無い会話をしつつ、ただ歩く。

 鈴虫やフクロウの様な鳴き声、草木が静かにそよぐ音など、夜の森は昼間と違った顔を見せている。

 月明かりや、ホタルに似た虫が放つ光。暗がりの中で僅かに発光するキノコのお陰で、足元の心配はいらない。

 不気味という訳でも無く、幻想的で神秘的な大自然はまるで俺達を歓迎してくれているかの様だ。

 

「ほっ、と♪」

「よっ、と」

 

 軽く跳ね、小川を飛び越える。

 少し先を歩いている幼女は、俺が話し掛けない限りは基本的に無言のままだ。

 たまに口を開いたかと思えば、先程の様にさほど重要でも無い話題を持ち出してくる。

 わざわざ顔を出したのだから、何かしらの要件を伝えに来たのだと考えていたが⋯⋯。

 ううむ。まぁこうして首を傾げたところで、何かが変わる訳でも無しか。

 

「──なぁ、幼女?」 

「うん? なに?」

「いや、その⋯⋯。ホラ、なんの用かなって。明日の決戦について〜とか、オーガに新しい動きがあった〜とかか?」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯。」

 

 俺の質問を聞き、幼女がピタリと立ち止まる。

 位置的に表情は見えないが、少しだけ俯いた様に見えた。

 つまり、何か気分を悪くさせてしまった可能性がある⋯⋯?

 

「⋯⋯そっか、そうだよね」

「どうかしたのか?」

「いや、さ。私としては特に要件も無くて、単に明日に向けてリラックスしてかったんだけど⋯⋯」

 

 手を後ろで組み、幼女が振り返る。

 彼女のその表情は、笑みを浮かべつつも内側に悲しみを含んでいる様に感じられた。

 

「──紅志にとって“私が会いに来た”って事は、オーガがどうとか、鍛錬がどうとか、重要な要件とそれへの対応方法を伝えに来たって事だったんだなって」

「そりゃあ、まぁそうだけど⋯⋯。それが何かあるのか?」

「⋯⋯結局、私もオーガと大して変わらないなって思ってさ。

 私は紅志を、オーガを倒す為に必要な存在だと、それだけだと考えてたのかもしれない。

 私が君に会う時は、毎回同じ様に“あれがどうなった”、“これをこうして”と、ただ言うだけだった。

 だから君も、私が来た時に“また何かを伝えに来たのか”と、それが当たり前だったからこそ、そう考えた⋯⋯」

 

 ⋯⋯⋯⋯。

 成程な。幼女は、そんな『当たり前』を作った事について、申し訳無さを感じているらしい。

 俺を一つの駒の様に扱っていたかもしれない、やっている事はオーガと同じかもしれない──。

 なんて考えに至るのは、実に彼女らしい優しさで、また彼女らしい()()()だ。

 

「俺は、幼女が顔を見せてくれるのが楽しみだったぜ?

 だって、会う度に面白い話が聞けるし、必ず大きな変化が起きるんだから」

「⋯⋯! それは、たまたま私が──」

「それに。本当に俺を道具か何かだと思っていたんなら、転生直後の俺に自由な行動なんてさせないし、俺が落ち込んだ時、挫けそうになった時、慰めなんてしなかっただろ?」

「⋯⋯ッ、」

 

 出かけたであろう言葉を飲み込み、幼女は顔を背ける。

 自己嫌悪というヤツだろう。今の彼女は、少し前の俺とよく似ている。

 

 ──最低な自分を否定して欲しい──

 ──最低である事実をただ肯定して欲しい──

 

 自分が過ちだと思っているものを、他人は認める。

 それは、実際にはあまり心地の良い事では無い。

 誰だって、自分の事は自分が一番よく分かっているからな。

 自分が悪いと思った事なら、他人にも同じ様な意見を持って欲しい。それを思い切り突き付けて、反省させて欲しい。

 

 ──そうなった方が、スッキリするから──

 

 俺もそんな風に考えていた。⋯⋯けど、違うんだ。

 自分の過ちを他人に責められないのは、確かに心地の良い事では無い。

 何故なら、「大丈夫だから」と、「何も問題無いから」と、本当は「そう」では無いにも関わらず、此方を思いやってくれているのが理解出来るからだ。

 だかしかし、「それ」が本当に「そう」である場合というのは、意外な程に予想していない事態でもある。

 

 だからこそ、言葉に詰まる。

 だからこそ、思わず顔を背けたくなる。

 人の優しさで、勝手に許されてしまう事が情けなくて──。

 

「⋯⋯アリア。俺は、お前の事を心から好いている。

 孤独な筈だった俺の異世界(ここ)での生活に、友人や、師と呼べる存在や、護りたいと思える相手をお前は与えてくれた。

 他の誰かがどう言おうと、お前がお前自身を否定しようと、俺はお前を──」

「わ、私を⋯⋯?」

「ンまぁ⋯⋯気に入ってるってトコだな!」

 

 大きめな声で、幼女に言い放つ。

 真面目な顔で言うのも照れくさいし、ここは茶化して誤魔化すのが一番⋯⋯

 っと? 幼女の様子がヘンだな。急にそっぽを向いて小さく震え始めたぞ。

 

「あぁ〜⋯⋯大丈夫か?」

「うん! 平気! 全くもう! 私ったら、5万歳くらい年下のコに励まされるなんてねっ!!」

「ハハッ。そうそう、それそれ。俺の知るいつもの幼女だ」

「ふふ。ありがとう、紅志。──さ、そろそろ帰ろっか♪」

「あぁ、そうだな。明日に向けて、今日はグッスリ眠るとするぜ」

 

 隣に並び、俺は幼女と歩き進む。

 月明かりの下。夜の森は、爽やかな風がそよぐのであった。

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