「──こらこらこらァ! 逃げんなよオーガちゃ〜ん!」
「ぐぬぅ⋯⋯クソおおッ!!」
周囲を飛び回るゼルを見て、オーガの額に冷や汗がつたる。
それもその筈。全速力で逃げている自身に対し、当の魔王は頭の後ろで腕を組みながら余裕の笑みを浮かべているのだ。
「有り得ない」と、大声でそう叫びたいのがオーガの本心である。
全速力といっても、ただ超高速で直線的に逃げているという訳ではない。
大量の黒異種を地球の周囲に召喚した様に、黄金の転移ゲートを使用しながら逃走を図っているのだ。
別の宇宙から別の宇宙へ、別の世界から別の世界へ。数多の
それに対して。
魔王ゼルは、純粋な飛行速度で追い付いていた。
オーガからすれば、恐怖以外のなにものではない事象だ。
本気で気配を消し、完全に痕跡を隠し、全速力で逃げ──。
それでも尚、魔王ゼルは遅くても数秒後には目の前に現れ、憎たらしい台詞と笑みを向けてくるのである。
使用した転移ゲートは自身が通った時点で即座に閉じているので、ゼルがピッタリと背後に着いている訳では無い。
あくまで、別の宇宙への移動を此方が完了させてから、向こうは追走を開始しているのだ。
まず間違いなく、光の速さを超えた速度。それを、なんて事の無い表情でキープしつつ、そして追い付いてくる。
それどころか、超速度による被害が出ない工夫すら済ませているまである。
「こんな⋯⋯こんなぁ⋯⋯!!」
「『こんな馬鹿な事がぁー!』ってか?」
「だッ、黙れぇえええ!!!」
金色のエネルギー弾の乱れ打ち──❨
弾き返す、訳でも無く。相殺する、訳でも無く。ワザとらしく当たってやる、訳でも無く。
魔王ゼルは、己の身体に着弾する攻撃をまるで意に返さず、ただ真っ直ぐとオーガへと迫った。
「来るなあぁあッ!!」
大きく叫び、そして逃げる。
魔王を背後に、無数の宇宙を転移し続けるオーガ。
彼の全身全霊の悲鳴は、宇宙の彼方まで響き渡るのだった。
NOW LOADING⋯
──一方その頃、主戦場である宇宙では。
弱体化している現状、流石にゼルには着いて行けないアリアが、蠢く黒異種の群れを相手に戦っていた。
もっとも、戦いというよりは、雑魚の殲滅という名の流れ作業が正しいのだが。
「よー、マイケゥ〜♪ わっつあ〜っぷ?」
「I’m having fun.How are you doing?
(※楽しんでるよ。そっちの調子はどう?)」
「ん〜、の〜ばっど!」
転生者と談笑しつつ、アリアは周囲の黒異種を薙ぎ払う。
オーガが用意した転移ゲートから続々と現れる黒異種の群れだが、その出現速度を上回る勢いで群れは殲滅されていく。
各転生者達やアリア、ティガやアインヘルム等の活躍によって、屠られた黒異種の総数は既に100兆を超えていた。
そしてその内の約8%、一割近い黒異種をたった一人で消し炭にした男がいる。魔王幹部筆頭・グレンデルである。
周囲に味方が居ようがお構い無しの彼によって、黒異種が出現した瞬間に消滅するといった事態が発生していた。
「カス共が、鬱陶しく沸いてきやがって⋯⋯!!」
全方位に黒紫の光線を放ち、グレンデルは暴れ回る。
巻き添えを食らいそうになった転生者達が一斉にブーイングを起こすが、そんなものを気にするグレンデルでは無い。
寧ろ、より苛烈に。光線だけではなく、黒い魔力の弾丸や、大蛇の如く畝り、黒異種を飲み込んで消滅させる謎の攻撃すら同時に行い始めた。
「Hey bro,Be more considerate of the people around you.
(※おい兄弟、もっと他の連中に優しくしてやれよ)」
「⋯⋯あ"? 貴様は何を言っているんだ? 物を言いたいのなら、伝わる言語で言え馬鹿め」
「what? In my previous life, English is the official language!
(※はあ? 俺の前世じゃあ、英語が公用語なんだよ!)」
「アルノヴィア。何を言ってるか分からんそこの馬鹿に伝えておけ、“前世の猿に戻れ”とな」
「W……What do you say Nig──」
「あーっ、だめだめ! ノーノー!」
なにか言いかけたマイケルの口を塞ぎ、アリアは首を振る。
ジェスチャーと表情で威嚇されるグレンデルは、興味無さげに遠くの方へと飛んで行くのだった。
「やれやれ。まぁ、冗談が言い合えるだけ、コッチも余裕ってトコなのかな♪」
両手を腰に当て、アリアは左右に首を鳴らす。
チラリと動いた彼女の紅瞳には、青い地球が映っているのであった。
NOW LOADING⋯
「──グルオオォーーッ!!」
天高らかに吼え、テュラングルが攻撃を仕掛ける。
全身に業火を纏い、巨躯を活かした突進を行ったのである。
その技──〘龍王〙──は、戦場を突っ切り、高速で畝る。
僅かに触れた黒異種すら跡形も無く消し飛ばし、大地に東洋の龍を彷彿とさせる軌跡を刻んだ。
「ゴルルルオアアァァーーッッ!!」
王に続き動いたのは、白い巨体に苔が生えた老龍であった。
テュラングルと比較しても、3倍は下らないだろうと容易に予測が出来る体躯だ。
大きな亀の様なその龍は、全身を大きく仰け反らせて攻撃体勢に入る。
ぶっ太い前両脚に深緑色の魔力を貯め、そして全体重を乗せて地面に打ち付けた。
巨大な地響きと共に、深緑色の波紋が大地に広がってゆく。
次の瞬間。地面から凄まじい勢いで成長した木々が、黒異種の肉体を次々と貫いていった。
「──うむ。良い働きだぞ、グラリオン」
「オホメニアズカレルトハ⋯⋯キョウシュクデス⋯⋯」
「そう畏まるな。我と貴殿の仲であろう? ⋯⋯マァ、言葉の上達はあまり感じられぬが」
「ヒサカタブリニメザメタユエ⋯⋯ドウカゴヨウシャヲ⋯⋯」
よいよいと、テュラングルは仕草を見せる。
彼、グラリオンもまた、『火龍・テュラングル』や『氷龍・リゼル』と同じく、『土龍』の名を冠する者である。
その実力も然る事ながら、テュラングルとの個人的な交友関係もあり、種族の中で大きな権力を持っているドラゴンだ。
「──ハッハァ! ボケがキてんじゃねぇかぁ? ジィさん!
もうそろそろインタイしてよぉ、ジセダイのためにイスをあけといてくれよな!!」
──バリバリバリッ!
迸る金色の稲妻を纏い、口調の荒い龍が現れる。
いや。正しくは、翼龍の形をした稲妻が上空に現れた。
彼の名は『雷龍・エレク』。ドラゴン族・上位種の“龍”ではあるが、比較的最近に誕生した個体である。
同時期に生まれた下位種の“竜”と比べても、肉体はほぼ同じ成長度合いだ。
しかし。龍種であるだけあって、潜在能力とセンスが抜群に高いのがこのエレクである。
「──ッガルオオァアアアアァァァーーッッッ!!!」
咆哮で大気を揺らし、エレクの形状が変化する。
翼龍の形が崩れたかと思えば、一対であった翼は数を増し、二対へ三対へと展開していく動きを見せる。
そして、翼が五対の計十枚になった頃。エレクの尾の先端は無数の羽根が生えた様な形に、大きく伸びた首の先は水色にスパークする
「いくぜぇ? ちゃんとみとけよジィさんたちよぉーー!?」
テュラングルとグラリオンへ向け、若龍が叫んだ。
鳳凰の如き姿になったエレクは、両側の全翼を大きく広げて雷鳴を轟かせる。
彼の周囲に発生する稲妻は勢いを増し、桜の様な美しい色の輝きで地上を照らした。
曰く、天の怒り。曰く、桜花の稲妻。曰く、永劫の雷──。
〘
範囲にして直径3km。その空間内の全ての黒異種が、鮮やかな雷の柱によって焼き払われた。
「──どうだぁ! このエレクさまにおそれいったかぁー!」
「うむうむ。自信家なのは良い事だ。元気もあってよろしい」
「レイギハナッテイナイヨウデスガナ⋯⋯キョウイクニハヒトクロウヲ──
ムオウッ!? オキニイリノキノコガコゲテイル!! アノクソガキ!!」
地団駄を踏み、グラリオンを大量の木の葉をエレクに放つ。
無論、ただの木の葉ではなく、一つ一つが超高強度の刃となっている凶悪な技だ。所謂、葉っぱのカッターである。
「へへッ! あたるもんか、クソジジイ!!」
「オリテコイ、コノガキィ!!」
グラリオンの攻撃を、エレクは煽りながら躱す。
ついで感覚で飛行型の黒異種が撃墜されてゆく中、テュラングルは微笑ましげな二人のやり取りを眺めていた。
周囲のドラゴン達も、(いつもの事か⋯⋯)といった表情での完全スルーである。
そして、そんな彼らを含めた光景に、苦笑いする男が一人。
「──何やってんだアイツら⋯⋯」
乱戦状態の中、ヴィルジールは片眉を吊り上げる。
飛び掛ってきた狼型の黒異種──黒狼──を斬り捨て、ヴィルジールは別方向へと視線を向けた。
言い争いをするドラゴン達と一変。そこには、セシルガとセイリスが信じられない勢いで黒異種を蹴散らしていく光景が。
空を見上げれば氷の龍や雷の龍が暴れ回り、更にその先の宇宙でも戦闘が発生しているのだとか。
アッチでもコッチでもソッチでも。理解の及ばぬ光景だけが広がっている中、目を回さずにいるのは至難の業であった。
「こりゃあ⋯⋯役に立つどころか、他人の邪魔にならない様に動くので精一杯だな」
自分の立場を分析し、ヴィルジールは自嘲気味に笑う。
だが、それでも尚、彼の中に「離脱」や「撤退」の言葉は浮かんで来なかった。
やるべき事が、成すべき事があると、それだけを思い両剣を振るう。
「ゴルオオッ!!」
その時、ヴィルジールの背後を黒異種が捉える。
新種の黒異種であるソイツは、3m程のゴリラ型であった。
ドスンドスンと音を立てて走るその黒異種に、ヴィルジールは振り返らない。
間合いが一息に潰れ、黒異種は自身の剛腕を振り上げる。
そして、
──ズッドオオオオォンッッ!!
爆音と共に、ゴリラ個体を含む黒異種の群れが消え失せる。
巨大な拳の形をした魔力の弾丸が高速で飛来し、無数にいた敵を粉砕したのである。
それを目の当たりにしたヴィルジールは、動揺する事も無く困惑することも無く、ただ静かに笑っていた。
そもそも先程の黒異種には気付いており、迎撃の準備は万端であったが、直前に彼は見たのだ。
視界の端に微かに見えた、銀色のドラゴンの姿を──。
「──ふふん、どういたしまして」
「んん? 見せ場を作ってやったんだぞ? 礼を言われたいのはコッチの方だぜ」
「は? やっぱり来んるじゃなかったわ。そこら辺でやられちまえ」
現れたそのドラゴンは、軽口を言いながら肩を回す。
オーガの撃破。そして、神話終結の鍵を握る存在が、ここに参戦した。