猛焔滅斬の碧刃龍   作:Nidhogg

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第183話・“覚醒” VS “狂神” ①

 ──戦場・北側。

 戦場中央から遠く離れたその場所で、激しく火花が散った。

 

「ウギャオアアーーッッ!!」

「うおオオオッッ!!」

 

 二つの咆哮が入り交じる中、刃と拳の交差が加速する。

 友と仲間、そして愛する者の仇討ちに燃えるヴィルジール。

 逃した獲物を見つけ、必ず仕留めるのだと荒ぶるギオス。

 互いの闘争心を武器に乗せ、戦いは熾烈を極めていった。

 

──バキンッッ!!

 

 ギオスの右拳が、ヴィルジールの頬に直撃する。

 食いしばった口から血を吹き出しつつ、ヴィルジールは大きくよろめいた。

 しかし。直後に踏み留まって、男はすぐさま反撃に転じる。

 即座に発動した転送能力によって、その両剣の刃がギオスの肉体を掠める事は無い。

 ──が、能力さえ無ければ、斬撃は腹から肩までを確実に通過していたのは事実である。

 

「ハァ、ハァ⋯⋯。──ふぅぅ」

 

 息を整え、ヴィルジールは考える。

 顔面への被弾から、反撃失敗までの一連の流れについて。

 時間にして僅か一秒の攻防ではあったが、彼にとって得られるものは多かった。

 まず神将の撃破方法として、転送能力が解除される瞬間に攻撃を合わせるしか無い点は理解している。

 だが、“その隙間”は極端に小さく、ほんの刹那にしか出現しないという代物だ。

 

「ギャオアアッ!!」

 

 力強く合掌し、ギオスが吼える。

 分析を一時中断したヴィルジールは、次なる攻撃に備えた。

 

「ギ、ギ、ギ⋯⋯ッ」

 

 合わせた手を僅かに離し、その隙間に小さな火球を生成するギオス。

 火球は、彼が両腕を広げてゆくと共に数を増し、合計六つが横一列に出現した。

 

「ウハァアッ!!」

 

 喚く猿の如く、ギオスは火球を投げ付ける。

 対するヴィルジール。あくまでも冷静に構えつつ、ギオスへの莫大な怨念を込め──両剣を振り被った。

 バチン! と火花と音を上げ、ヴィルジールは火球を弾き飛ばす。

 続け様に四つの火球を弾くと、最後の一つをギオスに向けて高速で打ち返した。

 

「ギャッ!?」

 

 驚いた様子のギオスだが、その火球は転送能力によって無害化される。

 能力の性質上、神将に対しての魔力攻撃は全て効かない。

 しかし。その能力に、迫り来る危機への恐怖までをも遮断する機能は備わってはいないのである。

 正確には、恐怖とは何処かからやって来るのでは無く、己の心に住み着く蛞蝓(なめくじ)の様な存在であるが。

 動きは遅く、その身は冷たく、音も無く静かで。いつの間にか、指先を這い回っているかの様な──。

 

「ウギャアァァアアアーーーーーーッッッ!!!!」

「う⋯⋯ッ!?」

 

 ギオスによる、特大の咆哮。

 暴風すら放って爆音を轟かせるその叫びは、恐怖が起因したもの──では無かった。

 たかが“獲物”が自身に感じさせた恐怖への、たかが“獲物”に恐怖を感じた自身への、

 

「フゥ"ーーッ!! フゥ"ーーッ!!」

 

 ──底無しの、憤怒である。

 

「こいつは⋯⋯やべぇかもな⋯⋯」

 

 苦笑いを浮かべ、ヴィルジールは冷や汗を流す。

 ティガとの鍛錬、セイリスによるバフ、そして決戦開始から今現在までの経験──。

 冒険者としては上澄みに近い点まで到達ヴィルジールだが、それでも相手は“神の将”と呼ばれる者だ。

 更に、その中でも、目の前で激昂するギオスという神将は、神将最強のセラフと並んで脅威的な存在である。

 何よりも厄介な点は、アルマやゼトといった他神将と違ってギオスが“感情”を有している事だ。

 そして彼が、未だ子どもの様な存在でもあるとなれば、感情が爆発的になるのは至極当然。

 ましてや“それ”が、闘争心へと転換されるのであれば──

 

「⋯⋯ハッ、上等だ!!」

 

 両剣を分解し、双剣へと変形させるヴィルジール。

 圧倒的強者を前にして笑みが零れるのは、果たしてティガとの鍛錬の結果なのだろうか。

 

「ギャウウウウ⋯⋯!!」

「フゥーー⋯⋯ッ!!」

 

 互いに深く構え、息を吹き出す。

 刹那、起爆。力強くヴィルジールが踏み出す──その頃に、ギオスは既に懐に飛び込んできていた。

 

「うおッ!?」

「ギャオアッッ!!」

 

──ガッッ──ツンッッ!!!

 

 強烈なアッパーが、ヴィルジールの顎に入る。

 高く打ち上げられ、あまりの衝撃に彼が見る世界が歪んだ。

 そして、ギオスによる追撃。

 打ち上げたヴィルジールの真正面に跳ね上がったギオスが、彼の腹へと前蹴りを放った。

 

「ごボッ⋯⋯!!」

 

 大量に吐血し、その肉体はくの字に曲がる。

 鮮血の軌跡を一直線に描き、ヴィルジールは後方へと大きく吹き飛んだ。

 対するギオスは、更なる追撃の為に両手を強く握り合わせ、ヴィルジールの真上まで接近する。

 渾身の一撃の、ダブルスレッジハンマー。相手を叩き落とすその技が、ヴィルジールの後頭部へ直撃した。

 

「あッ、がァ⋯⋯ッ!?」

 

 目眩による不快感が、ヴィルジールを襲う。

 鈍痛に追い付かれる頃には地面に叩き付けられ、指先までを激しく痙攣させて動かなくなった。

 

「ウギャルルルル⋯⋯!!」

 

 勝ち誇った様子のギオスは、白目を剥く男を見下ろしながら鼻息を荒ぶらせる。

 そして乱雑に着地を済ませ、倒れたヴィルジールに向かってゆらりと歩み寄った。

 ズン、と頭を踏み付け、ギオスは天を仰ぐ。

 静かになった戦場で、黄金の包帯の焦げた切れ端がそよ風に(なび)いた。

 

「グッ、かはッ!! クソが⋯⋯!!」

「ギ、ウウ??」

 

 意識が戻ったヴィルジールに、ギオスは首を傾げる。

 “トドメを刺した筈なのに”とでも言いげなその様子に、男の口元に自嘲の笑みが浮かんだ。

 

「もう少し、いけると⋯⋯思ってたんだけどな⋯⋯。クソがッ」

「く⋯⋯ソ⋯⋯?」

 

 ふと、ギオスが言葉を口にする。

 首の傾きを右から左へ変えるギオスに、ヴィルジールもまた片眉を吊り上げた。

 数秒してから、ヴィルジールはようやく状況を理解する。

 危機に陥っている自身の──ではなく、目の前で首を傾げているギオスの、である。

 

「ハハッ。⋯⋯はぁ、そうかぁ」

「ウ??」

「『ごめんなさい』な。『ごめんなさい』。『クソ』なんて言葉、()()()が覚えんな⋯⋯」

 

 この時、ヴィルジールは初めて気付いたのである。

 目の前の怨敵の正体が、強大な力を持っただけの子どもだという事に。

(⋯⋯あぁ。力があるなら、それを行使するのは子どもにとって愉快だろうな。

 罪悪感による行動の抑制なんてのも、さらさら無い筈だぜ)

 ギオスを見上げ、ヴィルジールは小さく溜息を零す。

 あの襲撃があった日の事を思い返しても、自分の頭を片足で踏み付けられているとしても。

 相手が子どもであると察した途端、ヴィルジールの闘志は勢いを衰えさせていくのだった。

 

「──『ごめんなさい』」

「ゴメ、ナサイ⋯⋯??」

「あぁ、そうだ。『ごめんなさい』」

「ゴメンナサイ⋯⋯ゴメンナサイ⋯⋯!!」

「フッ、よく出来たな。それがちゃんと言えんなら、もしかすれば、誰かが許してくれるかもなぁ⋯⋯」

 

 静かに笑みを浮かべ、ヴィルジールは思い浮かべる。

 この流れのまま親睦を深め、運良く見逃されてこの戦場から無事に帰還⋯⋯。無論、そんな展開は無いだろう。

 とはいえ、思いもよらぬ事実を知った事で、闘争心はおろか復讐心すらも鳴りを潜めていく──。

 微弱な意識の中で様々な事を思案しながら、ヴィルジールは頭に乗ったギオスの足を退かした。

 

「ウギャッ! ギャオオ!!」

 

 それが癇に障ったのか、唐突に声を荒げ始めるギオス。

 ヴィルジールは焦るでも無く、退避する訳でも無く、ただその場で仰向けになる。

 青い空は何処までも広く、今この瞬間に戦場に寝転んでいるという事実を彼に忘れさせた。

 

「ウギャオアアーーーーッッ!!!」

「⋯⋯青、か」

 

 ヴィルジールが、小さく呟く。

 彼が空の色から連想したのは、もっと濃い──“蒼”だった。

(──あぁ、アイツに会いてぇな)

 微かに。自分では口に出したと勘違いした程に微かに、ヴィルジールはそう思った。

 

「ギャオオオオオーーッッ!!!」

 

 ギオスが、空高く吼える。

 続けて大きく跳ね上がると、口に魔力のチャージを始める。

 まるで太陽の如き熱気を放ち、ヴィルジールが見上げる空を覆う程の巨大火球が生成された。

 

「死にたく⋯⋯ねぇな」

 ドクン。胸が鳴る。

 死にたくないとは考えたが、その理由はなんだろうか?

 

「シルビア⋯⋯グレイス⋯⋯。⋯⋯紅志」

 

 それぞれとの記憶を振り返り、理由を探る。

 温かく、柔らかく、心地良い数々の思い出──ではあるが。

 たった今、死にたく無い理由。それは、もっと別の⋯⋯

 

 ──戦い──

 

 ドクン。胸が鳴る。

 この絶望の最中に湧き上がってくる“これ”はなんだろうか?

 

「⋯⋯クッ、ハハッ!!」

 

 武器を握り締め、大きく笑う。

 歯を食いしばり、そして立ち上がった。

 

「──こォんのクソガキがァ!! かかって来いコラッ!!」

 

 ドクン。胸が高鳴る。

 遂に、答えに辿り着いた。

 

 ──まだ終われない、まだ戰いを愉しみたい──

 

 内に秘めた狂気が、覚醒した。

 

「ヴォオオオァァアアアーーッッ!!」

「フーッ、フーッ⋯⋯!!」

 

 荒い呼吸で肩を揺らし、ヴィルジールは構える。

 枷が外れたとはいえ、身体能力自体が変化する訳では無い。

 発揮出来るそれが向上するだけであって、実力は素の筋力や魔力の量に比例するのである。

 

「ギャオッッ!!」

 

 超高密密度の魔力球が、勢いよく発射される。

 轟々と音を立てながら落下してくる火球に、ヴィルジールはギラリと嗤って対峙した。

 誰がどう見ても、ヴィルジールにとっても、そして案の定、無謀である。

 

「──ギャハハ!! 見ろ見ろ、マヌケがいるぞ!!」

「マジだマジだ!! どうにか出来るワケねーじゃん!!」

「ホント人間アホ過ぎっしょ!! マジ劣等種族!!」

 

 突然であった。喧しい三体の黒竜が現れたのは。

 丁度 紅志と同じサイズと骨格だが、全身は黒の鱗で覆われ、その背には漆黒の翼まで備わっていた。

 

「なんだ、アイツら⋯⋯?」

 

 冷やかしの様に遠くから喚き立てる彼らを観察して、ヴィルジールは片眉を吊り上げる。

 シンプルに、何をしに来たのだろうか? と。

 だが、彼がその疑問を口にするより早く、事態は起こった。

 ギオスの巨大火球が、地上へ残り数メートルの距離まで接近し、そして──

 

「「「いくぜ!! 俺らのとっておき!!」」」

 

 黒竜達が、声を揃えて言い放った。

 三体は、それぞれ魔力を自分達の中央の空間へとチャージを開始。

 上に一体、下の左右に二体。三角形に並ぶ黒竜達の中心に、同じく三角形に黒い魔力が形成される。

 更に、各鋭角から正面へと魔力が伸びて、三角錐へと変形。

 巨大火球のその先。“狂神”ギオスへと向いた頂角に、凝縮された黒い魔力の球体が出現した。

 

「「「──〘必殺・究極奥義・完全最強黒竜砲〙!!」」」

 

 声を揃え、あまりに痛々しい技の名を叫ぶ3匹。

 しかし。自信満々、意気揚々と技名を言い放っただけあり、その威力は絶大であった。

 粒子砲の様に突き進むソレは、巨大火球に一瞬で撃ち勝ち、元凶であるギオスの肉体寸前にまで到達。

 転送能力によって無効化こそされたが、ギオスのプライドを傷付ける事には成功した。

 

「──別に頼んでねえから、礼は言わねーぞ。名前くらいなら訊いておくが」

「ポンだ!!」

「コウだ!!」

「ツーだ!!」

「⋯⋯おう、そうか」

 

 ポンコツ⋯⋯? と、ヴィルジールは内心で首を傾げる。

 思わずシラフに戻り掛けた彼だったが、上空からギオスが迫って来た事で何とか持ち堪えた。

 

「おい、ポンコツ!! 今は、味方って事でいいんだな?!」

「勝手に」「しとけ」「マヌケ!!」

 

 一糸乱れぬ罵倒で、黒竜達が構える。

 四対一⋯⋯では無く、三匹+一人対一の陣形にて、ギオスを迎え撃つヴィルジール。

 再び燃え上がった闘志と共に、男は狂気に身を委ねるのであった。

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