猛焔滅斬の碧刃龍   作:Nidhogg

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第196話・“蒼炎” VS “天神”④

「──降参しろ、セラフ」

 

 寸止めした踵を、銀竜は退()ける。

 直撃の手前であったセラフは、見開いたままの目を動かし、視線を銀竜に向けた。

 驚愕から憤慨へ。その表情を次第に変化させるセラフ。

 “なんのつもりだ”と睨み付ける彼に対し、銀竜は地面に腰を下ろして胡座をかいた。

 

「愚か者が⋯⋯俺に情けをかけたつもりか?」

「ハッ。その愚か者にかけられた情けのお陰で、今もこうして元気に喋れてんだろ?  感謝しろよ」

「フン、所詮は平和な世界で生まれた人間だな。戦場というものを知らん。だから軽々しくこんな真似が出来るのだ」

「全く、口数の減らないヤツだな⋯⋯」

 

 首を傾げ、銀竜はポリポリと後頭部を掻く。

 空をゆっくりと仰ぎ、そして鼻で大きく溜息を着いた。

 そのまま炎輪形態を解除した銀竜は、セラフを見やり口を開く。

 

「なぁ、セラフ。もう一度訊きたいんだが──」

「断る、降参などせん。貴様らが我が主の往く道を阻んでいる──それだけで、俺が武器を取る百の理由に勝る」

「ちげーよ、バカ。⋯⋯俺が訊きたいのは、“さっきの質問”の答えだ」

「貴様らの仲間になれというあれか? それこそ、断固として拒絶しておこう。俺は⋯⋯。──馴れ合いには興味が無い」

 

 セラフが起き上がり、ランスを地面に打ち付ける。

 彼の、どこか陰りがある表情に僅かに眉を(ひそ)めつつ、銀竜は再び炎輪形態へ移行する。

 和解は失敗。セラフが攻撃態勢を取り、銀竜もまた立ち上がって迎撃の構えを取った。

 

「❨神器解放❩──“運命の悲盾(ティアハルオン)”」

 

 セラフが、五つ目の神器を解放する。

 それと共に、彼が装備していた全ての神器が金色に煌めき、その輝きは“運命の悲盾(ティアハルオン)”へと収束した。

 丸い大盾である五つ目の神器。それが解放によって発揮する能力は、装備する全神器の合体──ではない。

 真大教典における「悲」とは、「分け合うもの」だ。

 つまり、“運命の悲盾(ティアハルオン)”こそセラフ本来の神器であり、それを彼自身が分解したものがその他の神器なのである。

 たった今セラフが行ったのは、神器の合体では無く、一体化でも無い。

 「解放」であると共に「回帰」。ただ、己の神器を本来の姿へ戻しただけなのだ。

 

()()が、お前の⋯⋯?」

 

 金の輝きの中から、巨大な盾が出現する。

 先程の丸盾よりも更に大きく、セラフの全身がそれの背後に隠れる程の五角形の巨盾が。

 神器・“運命の悲盾(ティアハルオン)”。天使の翼が刻印されたその巨盾は、五つの神器の全能力を兼ね備える。

 聖なる慈槍(リロラヌス)の超速再生・祝福の愛脚(ハルザルリナ)の魔力吸収・希望の力弓(ユグノマリス)の遠隔攻撃・狩人の心鎧(バロンハーテル)の精神干渉──。

 そして運命の悲盾(ティアハルオン)自体は、それら全ての分解と収束を行う能力を持つのだ。

 精神干渉については、アリアが発明した『外部干渉解除』の魔法が未だ銀竜を保護しているが故に無効化されている。

 しかし、それを踏まえても運命の悲盾(ティアハルオン)の能力は強力。膂力で勝る銀竜であっても、突破は容易いものではない。

 ──そして、

 

「❨神器──“天上到達(フルダイブ)”❩」

 

 セラフの声が、巨盾の後ろから銀竜に届いた。

 それと同時に巨盾が眩く金色に発光し、その光が左右二つに分離する。

 金色の光は、セラフの両腕で小さな五角形へ変化し、盾型の手甲として装備された。

 だが──セラフの主力装備の大きな変化より、銀竜の興味を引いたものがあった。

 それは、彼の格好である。

 セラフは、防具を含めた全装備が外れているが故に、極めて軽装な姿になっていたのだ。

 共に純白の袖なし(ノースリーブ)のギャンベゾンと腰当て、そこから(なび)く真紅の三又ローブ、翼の装飾が消えた足鎧。

 一見すると、防御性能を捨てた機動力重視の姿と捉える様な格好だが──。

 しかし最強神将の佇まいは、彼が乗り越えてきた幾百幾千の闘争を銀竜に大いに理解(わか)らせた。

 

「ふッッ!!」

 

 急加速。銀竜が間合いを潰す。

 疾走の勢いそのままに飛び跳ね、両脚飛び蹴り(ドロップキック)を繰り出した。

 直後。素早く攻撃を見切ったセラフが、すぐさまカウンターの手筈を整える。

 背後へ滑る様に倒れ、蹴りを回避。と同時に、揃えた両脚を真上に突き出した。

 

──メギィッッ!!!

 

 銀竜の脇腹に、セラフの蹴りが炸裂する。

 全身がくの字に曲がり、銀竜は上空に大きく吹き飛んだ。

 凄まじい速度で大地が遠ざかる中、銀竜は被弾箇所を眺めて歯軋りをする。

 反撃を食らった自分にすら過ぎった“手応え”の良さ、気付けぬセラフではないだろう、と。

 重厚な殴打による攻撃。炎装という能力の弱点を見破られ、冷や汗が銀竜の頬を流れた──次の瞬間。

 真下からセラフが、ミサイルが如く急上昇してくる姿を銀竜の碧瞳が捉えた。

 

「はあッ!!」

「ふんッ!!」

 

 両者が、同時に右拳を突き出す。

 片や『飛拳』、蒼い魔力の拳型弾丸。

 片や❨大地を砕く天槍(グランロゴス)❩の打撃版、金色の魔弾。

 衝突する蒼と金。二つのエネルギーが炸裂し、双色が交ざる波紋を空に描いた。

 

「──ふッ、」

 

 蒼と金の煙の中から、銀竜は僅かな呼気を聴く。

 刹那。セラフが漆黒の四翼を大気に打ち付け、煙を散らして飛び出した。

 銀竜は即座に見極めに入り、セラフの次の行動を予測する。

 一見すると直線上に位置しているが、セラフには四翼による軌道変更が可能である。

 対する此方は飛行能力を有しておらず、その場で身体を捻るのが精々といった所。

 選択可能な行動は限られ、尚且つ被弾はほぼ確実に避けられない──。

 状況分析を終え、銀竜はセラフを迎え撃つべく構えた。

 

「むんッッ!!」

 

 セラフが拳を突き出し、銀竜がそれを捌く。

 迫り来る左右の拳を、真横から叩く事で軌道を逸らす。

 何百という攻め捌きの遣り()取りが続き、高度1000mを越えて尚、両者の手が止まる事は無い。

 と、ここで。離れてゆく大地に痺れを切らした銀竜が、半ば強引に反撃に動いた。

 

「この⋯⋯ッ!!」

 

 セラフの両腕を掴み、攻撃を中断させる。

 そして素早く右膝を振り上げ、互いの両腕の間から膝蹴りを打ち出した。

 しかし、セラフは二枚の黒翼を正面でクロスさせ、迫る膝を受け止めてみせる。

 更にその黒翼から羽根を射出し、銀竜の両目を狙い撃った。

 

「うおっ!?」

 

 咄嗟に右手を離し、銀竜は目元を防御する。

 それを見逃さず、セラフは空中横回転(コークスクリュー)を行い両腕の拘束を完全に解除。

 そして一息に飛翔し銀竜の真横を通り過ぎ、勢いそのままに雲を突き抜けた。

 

「ふ──ッ!!」

 

 右脚を大きく振り上げ、セラフは急降下を開始する。

 空気の壁を破る轟速にて猛回転し、その勢いの全てを(かかと)に乗せた。

 超高速で落下してくるセラフに、銀竜は直撃の回避は困難と判断。深呼吸をしつつ全身を脱力させた。

 相手の攻撃の方向性に自ら加わる事で、ダメージを最小限に抑えるのが銀竜の狙いだ。

 タイミングは一瞬。セラフの踵が自身の皮膚に触れた刹那に動きを合わせる事が不可欠である。

 

「はッッ!!」

「⋯⋯っ!?」

 

 空振り──。

 銀竜正面の無空間を、セラフの踵が通過する。

 銀竜の反応に、微かな狂いが生じた。

 

──ズッ────ドンッッッ!!!

 

 セラフの踵落としが、銀竜の鳩尾(みぞおち)を撃ち抜く。

 空振りによるフェイントの後、その場で回転する事で威力を最大限殺さず、急所を狙い一撃──。

 読み通りの展開に、セラフの口角が僅かに上がった。

 

「ぐ⋯⋯ッ!!」

 

 歯茎から血を吹き、銀竜は地に墜ちる。

 重厚な打撃。炎装形態の銀竜にとって、最も効果を発揮する攻撃方法である。

 ある程度の打撃ならば、硬化した皮膚による威力の大幅軽減が可能だ──が、一定以上の打撃であれば話は変わってくる。

 炎装能力によって硬化するのは、あくまで肉体の表面である皮膚だけなのだ。

 強力な打撃を真面(まとも)に受ければ、例え表面が無事であっても、浸透した衝撃により「内部」は損傷する。

 つまり、炎装形態であってもダメージが入るのである。

 

「──がはッ、ごほッ、」

 

 大きなクレーターの中心で、血を含んだ咳をする銀竜。

 砕けた大地を這う様に進み、岩の瓦礫(がれき)を支えに立ち上がる。

 直後、追撃。黒い影が背後から迫り、銀竜は素早く回し蹴りを打ち込んだ。

 異様な手応えの軽さに眉を(ひそ)める銀竜。その視線の先には、根本が血に染った一枚の黒翼があった。

 

 ──囮の為に自分の翼を引き千切ったのか──

 

 セラフの戦術思考に、銀竜は冷や汗を流す。

 非合理さに、ではない。

 先程発動した“天上到達(フルダイブ)”によって、セラフは神器の一つである“聖なる慈槍(リロラヌス)”の再生能力をその身に宿している。

 それ故の、自身の肉体を千切るといった合理的な判断を⋯⋯

 

「“天将白打(ラン・ツェン)”──」

「な⋯⋯?!」

 

 蹴飛ばした黒翼の向こうから、セラフが駆けてくる。

 フェイントを仕掛けておきながら、まさかの正面突破による戦法──。驚愕と困惑により、銀竜の思考が僅かに遅延する。

 そして、その瞬間。セラフが大地に踏み込み、銀竜の眼前でピタリと停止した。

 両手を握り合わせると共に、運命の悲盾(ティアハルオン)が形状変化。二つの三日月が十字に組まれた様な姿へ変貌する。

 突き出される両腕。纏う金色の魔力、空気摩擦による赤熱、(ほとばし)る蒼白いプラズマ──。

 三つの輝きが一筋の閃光となり、銀竜の腹へ吸い込まれた。

 

「❨龍崩勁(リグムネルロン)❩!!」

 

 大 炸 裂 。

 超広範囲にエネルギーの衝撃波が(もたら)され、突風と地響きが巻き起こった。

 その爆心地である銀竜──。口は半開きのまま両腕を小刻みに震わせ、瞳孔は極端に狭まっている。

 そして吐血。目や鼻や耳、顔面の全ての穴から大量の出血が発生した。

 堅牢な外皮を越え、特大の衝撃が銀竜の体内へ到達した結果である。

 

「な、なぁ、おい⋯⋯ッ」

 

 セラフの肩に手を当て、銀竜は頭を上げる。

 腹直筋、外腹斜筋、長内転筋、重度の筋挫傷及び筋断裂。

 肋骨数本、胸骨大部分粉砕・仙骨、寛骨(※腸骨・恥骨・坐骨)、脊柱一部亀裂──。

 

「楽しんでるか、セラフ」

「なに⋯⋯?」

 

 牙を剥き出し、銀竜が嗤う。

 セラフが違和感に気付いたのは、次の瞬間の事だった。

 渾身の一撃を受けて尚、目の前の銀竜が吹き飛んでいないのである。

 事前の攻防の中で、強力な打撃が弱点である事はセラフも見抜いていた。

 だからこそ、太古の魔大戦でも僅か数度ばかりしか使用しなかった、“天将白打(ラン・ツェン)”という格闘技を用いた。

 ⋯⋯だというのに、

 

「まさか、踏みとどまったのか⋯⋯?」

「言ったろ⋯⋯『真正面からぶっ潰してやる』って」

 

 セラフは困惑し、片眉を吊り上げる。

 莫迦な。何故だ。どういうつもりだ。何の為だ。

 疑問が次々と浮かんでくる中、セラフは銀竜から一歩離れ、彼を眺める。

 間抜けな様な、憎たらしい様な、愚かで浅はかで──何とも人間らしい表情のドラゴンが立っていた。

 

「⋯⋯⋯⋯楽しんでいるか、そう訊いたな?」

「あぁ、まぁな。俺は楽しいと思ってたんだが、お前はどうか気になったんだよ」

「フッ⋯⋯。やはり、平和な世界で生まれな人間だな。闘争を楽しむだと? なんて愚かな思考だ」

「──『だが、意外と悪くない』」

 

 嘲笑から哄笑(こうしょう)へ。口を大きく開けて笑うセラフ。

 目の前の銀竜が、あまりにバカバカしかった。あまりにバカバカしく、あまりに愉快だった。

 闘争を楽しむという生命への冒涜的思考。命知らずの愚者が放った台詞──。

 それは、これ以上無くセラフの闘争心を擽った。

 

 創造神の使いとして神罰を──?

 最強の天使として敵を滅する──?

 愚かな人間に戦場とは何かを教育──?

 

 いや、違う。

 もっとシンプルに、もっと直線的に、身も蓋もなく、気品の欠片も無い。

 故に難しく考え込む必要も無く、故に勢いに任せて口に出せるのだ。

 目の前に立つ竜の姿をした人間への、心からの言葉を。

 

「このアホが、潰してやる⋯⋯!!」

 

 セラフが、ギラリと笑う。

 最早、出し惜しみは無い。主の敵であるという理由も必要無くなった。

 単に腹が立ったので、全力で叩き潰す──。

 真紅の三又ローブが赤の光を放ち、そしてセラフが叫んだ。

 

「❨神器解放❩──“嘘の導き(ベルゼラブ)”」

 

 最後の神器が解放される。

 セラフにとっての「嘘」は、“示した道を歩ませるもの”。

 ある一方を指差し、相手にそれを信じさせるのが「嘘」であると考えていた。

 そして、「嘘」が効果を発揮するには「信頼」が必要であるとも。

 それ故に──セラフの六つ目の神器の能力は、「嘘」に由来したものでは無い。

 (かつ)ての時代では、セラフはこの能力を用いて人々の先頭に立って指揮を執っていた。

 数々の戦場へと“同時に”赴き、己を慕う人々が背後に続く中、彼らを導く事で勝利を収めてきた。

 「信頼」があってこその勝利。⋯⋯だが、その「信頼」があった為に、多くの犠牲も生んだ。

 セラフは、嘗て出会ったある転生者が口にした「別世界の悪魔」に喩え、更に己の名を含む事で能力に名を付けた。

 苦悩と受難、そして勝利──その先にある明日を示し、「皆が幸福になれる」という甘い言葉で人々を鼓舞し続けた。

 故に“嘘の導き(ベルゼラブ)”。セラフが、自身への皮肉を込めた名前である。

 そして、その能力は──

 

「「燗筒(かんとう) 紅志(あかし)⋯⋯お前を、ブチのめす」」

 

 分身体の生成。

 二人の最強神将が、銀竜と対峙した。

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