猛焔滅斬の碧刃龍   作:Nidhogg

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第198話・さらば、

 『真大経典(しんだいきょうてん)・第七終章︰ 人間』

 

 「心」も。

 「力」も。

 「愛」も。

 「慈」も。

 「悲」も。

 「嘘」も。

 

 そして、「友」も。

 時に良き同行者となるそれらは、時に行く手を阻む存在となる。

 なればこそ、人生の旅路には彼らの存在が必要なのだろう。

 皆が寄り添い、支え合い、互いを思い合っている事がきっと重要なのだ。

 長い月日を共に過ごす程、確執や仲違いは生まれるだろう。

 だが、それでいい。

 全てが不安定に混ざり合い、混沌とした姿であるからこそ、人間は愉快で素晴らしいのである。

 

 

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「──治せない⋯⋯!? なんでだよ!!」

「紅志。神の力──“真理核(アスラ)”はね、エネルギーの次元が魔力と格段に違うんだ。なんで彼が“真理核(アスラ)”を吸収出来たのかは分からないけど⋯⋯

 兎に角、今の私は“真理核(アスラ)”への干渉が出来ない。そして彼を治すには、傷口に残留する“真理核(アスラ)”を取り除く必要が有る」

「そんな⋯⋯ちょ、ちょっと待ってくれよ⋯⋯!!」

 

 倒れるセラフを抱え、俺は首を振った。

 つまり、何も出来ないという話だ。アリアの力でもどうにも出来ないなんて、そんな事があるのか⋯⋯

 そもそも、エネルギーの次元ってなんだよ。真理核(アスラ)ってなんだよ。⋯⋯分かんねーよ、何一つ。

 それなのに、なんでセラフが死ぬって事実だけがはっきりとしているんだ?

 俺は、殺し合いをしていた訳じゃ⋯⋯

 

「──甘いな。『真正面から潰す』と言ったお前が何故、『死なせるつもりはなかった』とでも言いたげな顔している?」

「なんで、どうしてあんな無茶をした⋯⋯? 降参さえしていれば、助かったかもしれないだろ?」

 

 身体が崩れてゆくセラフに、俺は尋ねる。

 腕の中が軽くなっていく感覚は、ひやりとしたものが背中を這い上がるそれと似ていた。

 

「紅志。お前が前に生きていた世界は、争いが絶えなかった。

 だが、お前自身はどうだ? 日々闘争に身を置く生を歩んで来たのか?

 ──いいや、違うだろうな。そのような人生を送った男が、今の発言に至る訳が無い」

「え⋯⋯? わ、悪かった⋯⋯」

「フッ。いや、それがいいんだ。闘争に身を置く生を知らぬ人間がいる。それが⋯⋯それこそが、俺が目指した世界なんだ」

 

 柔らかい笑みを浮かべ、セラフは空を見上げる。

 清々しく晴れやかな、無邪気で愉快そうな表情だった。

 ⋯⋯分からないよセラフ。もうすぐ死ぬというのに、なんでそんな顔が出来るんだ?

 お前の言う通り、俺は争い事の大した経験が無い。だから、だから──。

 友を失う恐怖なんて、俺には耐えられないんだよ。

 

「──紅志、オーガ様は強いぞ。この俺の何倍も何十倍もな。

 お前に、今の甘さを捨てろとは言えん。⋯⋯だが、今のままでは決して勝てないのも事実だ」

「貴方、何を言って⋯⋯?! まさか自分の意思が⋯⋯“魂”があるの⋯⋯!?」

「アルノヴィア⋯⋯。昔、オーガ様はアリアと呼んでいたな。

 その言い様からして、俺以外の神将には“魂”が無かったと解釈する。

 だが生憎、俺はオーガ様のお気に入りでな。嘗て、悪魔共に敗れて死んだ時も、あの方が必死となって俺の“魂”を離さなかったらしい」

「そう⋯⋯。という事は、貴方がセラフね? オーガから話は聞いているよ。それはもう、ウンザリする程ね」

 

 セラフに歩み寄り、アリアは屈む。

 彼女はセラフの頬に手を当てながら、何かを懐かしんでいる様子だった。

 そういえば以前、俺も聞いたな。この世界で大昔に『魔大戦』と呼ばれる大戦争が起きた話を。

 魔族の起源となる存在は、地球外生命体としてこの星に辿り着き、何もかもを蝕んでいった。

 そして人類救済に神であるオーガが動き、彼の敗北から少ししてアリアが生誕。

 一部の魔族と人類と協力し、魔大戦に勝利した。

 その後、復活したオーガがアリアと出会い、僅かだが共にいた時期があった⋯⋯と。

 遣り取りからしてアリアとセラフに面識は無かった様だが、オーガから話は聞いていたらしい。

 しかし、『オーガ様のお気に入り』⋯⋯か。

 やはり、魔王城で再開した時のオーガは、セラフをゼルの攻撃から庇って⋯⋯

 

「貴方が書いた経典、私も読んだよ。道中で出会う狼達がさ、それぞれユニークで好きだったな」

「ふん、そんな物も書いたな⋯⋯。嘗てのオーガ様は、人々の信仰を募るのに熱心な方だった。『経典を作れ』という突拍子の無い指示に、徹夜で臨んだものだ」

「ふふっ。でもさ、あなたも好きだったんじゃない? あれを書くの♪ 最後の一文、好きだったな。『私は──」

「あぁっ、言うな、アルノヴィア。あれもまた、信仰を集める為のものだ。人間の心は、天使以上に(なび)きやすいからな」

「あくまで信仰の為に⋯⋯ね。おっけい、そーゆーコトにしといたげる♪」

 

 楽しげに話す、セラフとアリア。

 その最中でも腕の中の重みは消えてゆき、セラフ自身の肉体もまた崩れていく。

 人類の敵対者に付き従い、多くの街を焼き払い、世界を滅ぼす一員となり⋯⋯

 全ての翼が焼け落ち、最後の最後で本心を晒し、友の前で死ぬ──。こんな罪深い天使がいてたまるかよ。

 

「アルノヴィア。一つ、頼みがある」

「うん、なに?」

「この戦いが終われば、お前達は“(システム)”の復旧作業に取り掛かるだろう。その時に、俺の“魂”を一番初めに転生させてほしい」

「それは⋯⋯どうして?」

「フッ。復旧した“(システム)”が正常に機能しているか、確認の為に()()()が必要だろう? せめてもの償いを──」

 

 セラフに向けて手のひらを広げ、俺は発言を止める。

 冗談じゃない。普通に転生するという事は、俺の様に前世の記憶が残った状態ではなく、“魂の初期化”をするという事だ。

 つまりは全くの別人になるか、もしかすれば人間でも無いかもしれない。

 ふざげんなよ、コイツ。何を勝手に、自分の決めた償い方で罪が清算されると思ってんだよ。

 

「⋯⋯セラフ、お前、冗談じゃねぇぞ。勝手に満足して、勝手に死のうとしてんじゃねぇよ⋯⋯!!

 悪い事したっつう自覚があんなら! ちゃんと生きて!! 今の人生で償えよッ!! ああッ!!?」

「紅志⋯⋯呆れた奴だな、お前は。先程アリアが言ったろう、治せないと。俺は、俺なりに可能な限りの償い方を──」

「うるせえ!! じゃ自分で治せよ!! お前が神の力だかを吸収したんだから、お前が取り除けねーのかよコラッ!!」

 

 ⋯⋯前がよく見えないな。泣いているのか、俺。

 これだけ悔しいのに、怒っているのに。なんでどうにもならないんだよ。

 オーガは何してる。創造神なら、こいつの主っつうんなら、さっさと来て治してやれよ今直ぐに。

 あぁ、くそ。理解はしている。理解はしている。理解は──

 

 ⋯⋯したくねぇよ、そんなの。

 

「紅志。これは定めだ。変える事など出来ん。だが受け入れ、前へ進む事は出来る。いや、それしか出来ない。

 人間よ、よく聞け。お前は脆い生き物だ。だからこそ、前に進み続けなければならない。

 しかし──肝に銘じるがいい。過去から逃げるのではなく、未来へと向かうのでは無い。

 目の前にある明日を見据え、今日を歩み続けるのだ」

「⋯⋯うるせーよ。宗教なんて興味ねぇし、神父みたいなこと言うな。お前が言った事は、ただのいつも通りの俺だ」

「そうか。お前は良き者だ。その心を忘れず、人生に励むがいい」

 

 はっ、最後まで神秘的にものを言いやがって。

 言われなくとも分かってるわ。俺は、俺のやりたい様にやるだけだし。

 

「──セラフ、私達はオーガを倒しに行くよ。あなたが主と呼ぶ相手をね」

「好きにしろ。敗者には元来、何かを発信する権利など無い。

 ⋯⋯だがまぁ、一つだけ我儘を言うとすれば──新たな神に『人類は子どもではない』と伝えてくれ」

「ふふっ。うん、分かったよ♪」

 

 笑うアリアから、セラフは俺へと視線を変える。

 軽く冗談っぽく笑ったセラフは、鼻で小さく溜息をしてから静かに口を開いた。

 

「お前に、謝っておく事がある⋯⋯。お前の技や能力に送った称賛の言葉、あれは⋯⋯嘘ではない。

 どれも見事で美しく⋯⋯よく練られた素晴らしいものだった。

 闘争の最中⋯⋯お前に嘗ての自分を見て⋯⋯つい嫌がらせをしてしまった。⋯⋯すまなかったな」

「別に、気にしてないぜ。こう見えて、メンタル強いからさ」

「ふ、ふふふ⋯⋯そう、か⋯⋯⋯⋯よかった⋯⋯。これで⋯⋯心残りが⋯⋯⋯無く⋯⋯⋯⋯⋯⋯」

「あぁ、そうか。もう、すっかり疲れたてたんだなぁ。逝け、セラフ。──じゃあな」

 

 ⋯⋯逝かないでくれ。本当はそう叫びたい。

 だけど、そうじゃない。

 友達が満足して死ぬというのならば、せめて俺はすっきりと見送りたい。

 これは、俺から俺への我儘だ。

 生まれ変わったら長生きしろよ。俺がそっちに行った時に、また会いたいからさ。

 

 

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 ──太古の昔。

 “真大教典(しんだいきょうてん)”を作成しながら、セラフは独り呟いていた。

 

「『人間よ、救世神の背に続くがいい。必ずや魔を打ち払い、平和な世界を創ってみせよう。』⋯⋯」

 

 経典を書き終え、羽根ペンを握るセラフの手が止まる。

 セラフは考えていた。オーガからの命令は、“人々の信仰を集める”というものである。

 あくまで、真大経典は“手段”の一つに過ぎない。──筈だった。

 文章を通して人間とは何かを綴った“それ”は、セラフが秘める人への思いそのものでもあったのだ。

 

「⋯⋯もう少し、いいか」

 

 静かに呟き、再びセラフはペンを動かす。

 そして、“真大教典”の全文が完成した。

 

 だが、時代は移り行く。

 時の流れと共に、経典はその内容と解釈が大きく変化した。

 

 現代において、真大経典の全文を知る人間は居ない。

 しかし、きっといつか。太古の遺跡の奥深くで、勇敢で命知らずな──冒険を好む変わり者が発見するだろう。

 いつかの時代の、どこかに居た、字が綺麗な誰かが綴った、

 

『私は人間を愛している。

 願わくば、平和になった世界で共に幸福を享受したいものだ』

 

 一人の人間の、その本心を。

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