猛焔滅斬の碧刃龍   作:Nidhogg

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第200話・神話の果て

──バキンッッ!!

 

 激しい音が鳴り響く。

 フィリップを封印する青い結晶を、魔王ゼルが腕力にものを言わせて粉砕したのだ。

 “神を封印した結晶”。当然、森羅万象並大抵の出来事では傷一つ付かない代物である。

 しかし本日の相手は、この世界の実質的頂点に君臨する魔王ゼルリウス。相手が悪かった。

 

「お待たせ、フィリップ。目が覚めた気分はどう?」

「⋯⋯僕はずっと起きていたよ。意外と早かったね、アリア」

「運の良さに救われたかな♪ ──まぁ、運頼りの日々も今日で終わりだけど」

 

 草臥(くたび)れた様子のフィリップを介抱しつつ、アリアはオーガを見やる。

 “彼は貴方のものでは無い”。そんな意思が込められた彼女の紅い眼差しに、オーガは固く固く歯軋りをした。

 

「──()()()()。君にも計り知れない借りが出来た、礼を言わせてもらう。ありがとう」

「あン? べりある⋯⋯? それって──」

「見た目も雰囲気も随分と変わったね。時の流れは不思議だ」

「フィリップ、人違いだよ。彼はゼルリウス。()()()()に君臨している魔王だ♪」

 

 「本当かい?」と、フィリップは少し驚いた様子を見せる。

 アリアは、彼が封印されていた間に起きた出来事を語った。

 どれだけの時代が過ぎていったのか。世界はどのような変化を遂げたのか。そして、今の自分達は──。

 興味深そうに話を聞くフィリップと、楽しげに語るアリア。

 そんな二人を眺めながら、ゼルは物思いにふけっていた。

 【ベリアル】。太古の魔大戦時代にて、その名を轟かせた伝説の魔族の名である。

 アリアの()()では、同族らと地球を侵略しに来たにも関わらず、人類を護る為に仲間を裏切った男なのだとか。

 終戦後は魔族を束ね、この惑星に魔族の生活圏を設ける事で人類との共存を実現。

 そして、後の時代でも人類との安定した共存を続ける為に、魔族という種族全体を統率する“役割”を創ったという。 

 皮肉にも、この時代でゼルが担う“その肩書き”は人類にとって恐怖の象徴となり、新たな火種となっているが──。

 しかし、己の原点(オリジン)であると同時に、自分らしさ(アイデンティティ)に影響を与えた男と見紛われた事実は、魔王ゼルの口角を上げさせた。

 

「お久っスね、ゼルさん。なんでニヤついてるんスか?」

「気にすんな⋯⋯って、仙牙(せんが)。お前、服の趣味変わったか?」

「こ、これはちょっと⋯⋯。巷で流行りの魔族風ファッション的な感じだったり⋯⋯??」

「え、なんだそれ。魔族(俺ら)ってファッションにするとそんな感じなのかよ。ダセェから流行らせんな、気持ちワリィ」

 

 霞んだ声で「え⋯⋯」と呟く仙牙を、ゼルはスルーする。

 ゆっくりと振り返り、引きつった笑みで(ひびき)にリアクションを尋ねる仙牙。

 “確かにダサい”と首を小さく横に振り、響きは足早に戦場に戻っていった。

 彼女の背景には、白目を向いたまま口を開けて固まる仙牙の姿があるのであった。

 

「──茶番はもうよい!!」

 

 オーガの怒号が響き渡る。

 額に大粒の汗を流し、血走った目で周囲の者達を睨み付け、オーガは自身が持つ杖を振り上げる。

 杖の先端に付いた紅玉が輝きを放ち、辺り一面を膨大なエネルギーの爆発に巻き込んだ。

 

「くッ、此度は貴様らにしてやられたようじゃが、次そこは必ず⋯⋯」

「そうはいかないよ、オーガ」

 

 素早く撤退しようとするオーガに、黒煙の中からアリアの声が届く。

 それを無視して、オーガは黒異種を呼び寄せている黄金の転移ゲートへと向かった。

 だがしかし、直後にゲートが消失。驚愕と動揺で後退(あとずさ)った。

 何事かと振り返った彼が目撃したのは、金色(こんじき)の輝きを放つフィリップの右手であった。

 本来、その黄金の転移ゲートは、オーガがフィリップの神の力を強制行使して生成した代物である。

 故に、フィリップを奪還された現状では自ら再生成する事は不可能なのだ。

 だからこそ、オーガは開戦時に開いた転移ゲートへの逃走を図った──のだが、そもそも。

 転移ゲートのエネルギー源は、つい先程奪還されたフィリップの“真理核(アスラ)”である。

 

「⋯⋯操られていたとは言え、永い間 様々な世界に多くの害を及ぼしていたのは僕の力だ。それならせめて、今の僕に出来る事は全てやり切るよ」

「よ、よせッ! よすのじゃ、フィリップ! オヌシも神であるなら分かるじゃろう! 世界には救いが必要なのじゃ!!」

 

 無数の転移ゲートが次々と閉じられてゆき、オーガは大いに慌てる。

 逃げ道が高速で消え去っていく光景は、オーガに大粒の汗を滝の様に流させた。

 

「儂ら神の役目は“救い”なのじゃ!! オヌシも神としての──」

「オーガ。貴方は勘違いしているよ。『彼も』神であるんじゃない、『彼が』神なんだ。貴方は、自分勝手で我儘なただの哀れな老耄(おいぼれ)だよ」

「黙れ⋯⋯黙れ黙れッ!! アルノヴィア!! 貴様こそ無様な小娘じゃ!! 儂に敗れた事実を受け入れず、今日という日まで何をそんなに──」

 

 フッと、オーガの視界からアリアが消える。

 次の瞬間。オーガの目の前に現れたアリアは、彼へと真っ直ぐ人差し指を向けた。

 そしてゆっくりと近付いてくる小さな指に、オーガは動揺しつつも鼻を鳴らして嘲笑った。

 

 ──しかし。

 

 今の紅志(あかし)が、オーガに直接触れられる様に。

 アリアは、自身のほんの指先に0.0000〜∥〜1秒未満の間、オーガの転送空間を無効化する能力を付与していた。

 極限の弱体化状態とはいえ、アリアは星廻龍と呼ばれる究極の生命体である。

 それ故に、自身の膨大な力を紅志と同様の能力で“包む”事は叶わなかった。

 加えて、能力発動は一度きり、発動時間はごく僅かという状況──。それでも問題無かった。

 たとえ一瞬しか触れられずとも、その間に致命傷を与えられぬとも、「役目」さえ果たせられれば。

 

「⋯⋯オーガ、」

 

 転送能力の間合いに、アリアの指先が侵入する。

 無効化能力の発動──その刹那。ありとあらゆる事象が発生するより早く、ゼルがアリアの肉体を急加速させる。

 アリアとしては予想外であったが、結果的には大きく効果を発揮した支援であった。

 ──そして、

 

「ここが果てだ」

 

 アリアの一言。

 それを認識する間もなく、オーガの鳩尾(みぞおち)に細い指が突き刺さる。

 そして、遠くに見える青い星へ向かって力が加わり──一気に肉体が吹き飛んだ。

 

「⋯⋯!??!? ぐおおッ!!?」

 

 ここで初めて、オーガは気が付いた。

 唐突に胸に生じた数万年ぶりの痛み、何故か高速で移動している己の肉体、そしてまた、胸の痛み──。

 莫迦な。そんな考えが浮かんで間もなく、オーガは驚愕と恐怖に塗りつぶされる。

 地球が迫り来るかの様な光景に、全身が勝手に藻掻(もが)き出す。

 アリアや魔王ゼルがいた方向を探しても、既に姿が見ぬ程に突き放されていた。

 再び視線を動かしてみれば、いつの間にか地球の大気圏に突入し、大地さえ目視可能な程に接近していた。

 

「む⋯⋯ッ!?」

 

 キラリ。オーガは大地に蒼色の小さな輝きを見る。

 ふとした瞬間。

 僅かな轟音と共に、蒼い拳が目の前まで迫っていた。

 

「が⋯⋯はぁッ!?」

 

 命中。

 ──命中? と、オーガに疑問が浮かぶ。

 直後。再び大地が、今度はより小さく、しかし無数に蒼く点滅した。

 

──ダダダダダダダッッ!!

 

 小さく無数の蒼い拳が、連続で直撃する。

 困惑と動揺の最中、回避や防御を選択する思考まで至る余裕も無いままに大地へ落下するオーガ。

 蒼い拳。その魔力の残滓が蒼の煙となり、空へと立ち上る。

 立ち込める煙の中で、大地に降り立ったオーガは大きく崩れ落ちた。

 何故、今の自分は傷を負って血を流しているのか?

 自身の中のあらゆる疑問を差し置いて、その謎の究明に頭が回転する。

 だがしかし、自ら考える必要など無かった。

 少し経った時。「答え」が蒼い煙の向こう側で揺らめいたからだ。

 

「──よお、オーガ」

 

 岩の瓦礫に深く腰掛ける、銀色の竜がいた。

 蒼い炎を身に纏い、背後に蒼炎の輪が浮かんだ銀色の竜が。

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