「⋯⋯莫迦な」
オーガの表情が変わった。
憎悪ではなく、憤怒ではなく、悲哀ではなく──。
しかし、驚愕に塗れた彼の表情は、俺が思い浮かべた
ぴたりと止まった落雷の一斉攻撃が、オーガの思考がどれほど鈍足化しているのかを知らせる。
酷い事をした。⋯⋯が、それでも同情の余地は一片も無い。
身内の死を悲劇として認識出来る者が、どうして人類の大虐殺なんて残酷な事をしたんだ。
大切な者を失う苦しさを理解しておきながら、多くの街や村を何故に焼き払えた。
犠牲だの生贄だの、新たな世界とやらを創るには何かを失うつもりはあったんだろう?
だのに⋯⋯それが身内となった途端に“話が違う”ってか?
ふざけるなよ。何処の誰がお前のような老人に情けをかけるというんだ。
お前なんかに同情など出来るわけがないだろう。友を失った事への⋯⋯
⋯⋯同情など⋯⋯⋯⋯。
「──オーガ、」
「❨
呟くように小さく、オーガが口を開く。
三つの神玉が彼の頭上へ浮かび上がり、形を横長に変化させ一つの輪として繋がった。
その輪から黒い何かがどろりと流れ落ち、オーガを頭から包んでゆく。
この異様な魔力の感じ、黒異種のそれと瓜二つだ。
オーガは今まで、自分は神であると誇示し続けていたが⋯⋯ここに来てそれすら捨てたか。
俺が憎いのだろう。肩書きや誇りを投げ捨ててまで、セラフを殺された恨みを晴らしたい⋯⋯と。
「もう⋯⋯どうなってもよい。新たな世界でこの儂が生きてさえいれば、あとは全てどうでもよくなった」
姿を表したオーガは、不気味な様相で俺を見下ろす。
纏っていた炎は真黒なオーラの様に変化し、白の装束や肌や髪や髭までも影すら無い黒へとなっている。
その全貌はもはや黒異種というよりも、彼が忌み嫌う魔族と酷似していた。
「──殺してやるぞ、
地上に降り立ち、オーガは静かに刀を構える。
その手に握られる
邪悪、凶悪、険悪──? 彼が纏うあの漆黒が、何を体現しているかは分からない。
しかし、一つだけ明確に云える事はある。
まるで冷たい炎の様な佇まいからは想像出来ない、絶大な殺意を放っている事だ。
⋯⋯これでよかったのかもしれない。もうこんな戦いは終わりにしたい。
だから、ここから先は全開でいく。
「フゥ──ッ⋯⋯」
深く息を整え、その場で踏み込み迎撃の体勢を取る。
その直後、
──ギュオンッッ!!
高速で真っ黒な
それを手の甲で弾いて軌道を逸らし、揃えた指を二回扇いでオーガを挑発してみせる。⋯⋯乗ってきた。
真正面から迫り来るオーガは、極限まで狭まった瞳孔で俺を見据えて
さながら黒い閃光。殺意の刺突を頭を右に傾げて回避して、反撃の右鉤突きを打ち込んだ。
命中。オーガが僅かに血飛沫を吐く──が、そのまま勢いよく前進してこちらの体勢を崩してきた。
直後の刀の振り払いをバックステップで躱しつつ、
技の反動による回避距離の延長と併せて、オーガが追撃に動けないよう牽制を狙う⋯⋯つもりだったのだが、
「逃がさん⋯⋯!」
オーガは飛連拳の全弾を
続け様に
刀の柄を背中に何度も打ち付けられるが、その程度の攻撃はどうという事は無い。
そして、この密着した状況──。
──ズンッッッ!!!
「がふァ⋯⋯ッ!!」
血飛沫を吹くオーガが、遥か上空へと吹き飛ぶ。
自分でいうのもなんだが凄まじい威力だ。今の攻撃に名前を付けるなら⋯⋯そうだな⋯⋯?
実際の意味は知らないが、実際に俺が受けた感覚からすると大体は同じ意味合いになると願って──
リグムネルロン。いや、少しいじってドラグム⋯⋯ドラグネロン⋯⋯。
あぁ、『
「──認めぬ⋯⋯。貴様の様な人間を、儂はァ⋯⋯!!」
戻ってきたオーガが泥水を撒き散らして着地する。
続けて何か言おうとしていたが、それより早く右スレートを顔面に打ち込んだ。
そして追撃。吹き飛ぶオーガを走って追い越し、空中で体勢を立て直した彼がこちらへ振り向いたその瞬間。
二発目、渾身の『
攻勢はこのまま継続。先程と同じく吹き飛んだオーガを追い越し、その背中に左肘を打ち込んで停止させる。
苦しい様子で反撃に動いてきたオーガだが、俺はその両足を尻尾で薙ぎ払って体勢を崩した。
更に追撃。下顎を蹴り上げ身体を浮かせ、直後素早く側面に回り胸板に右肘を振り下ろす。
そしてそのタイミングに合わせ、肘打ちと挟み込む形で右膝を背中側から打ち込んだ。
「があ⋯⋯おああッ⋯⋯!!」
オーガが膝を着く。
彼が手放した“
そしてついには、その姿が元の白いローブへと戻ったのだった。