──一歩一歩、暗闇の中を進んで行く。
オーガが放つ、黒いエネルギー砲の中心を。
余力は感じられず、せいぜい強めの水流に全身を圧されている程度の感覚だ。
弾き返す、相殺する、撃ち勝つ。やろうと思えば今なら容易いだろう。
だが、それはやらない。
見せつけたい訳じゃない、慢心している訳じゃない。全ては完璧に勝つ為だ。
「──いい加減、返してやれよ」
オーガの目の前まで歩き、右手を伸ばす。
その先にあるのは黒いエネルギー砲の根源──煌めく紅玉が装着された杖である。
「ふんッ!!」
「よ、よせぇ⋯⋯!!」
紅玉を鷲掴み、杖から引き剥がす。
この玉こそオーガがアリアから奪った「力」。言うなれば、エネルギーの核となる物体だ。
正体は、魔力の貯蔵庫かつ生成所となる器官であり、アリアはこれを奪われていたのである。
故に、彼女は常に魔力の補給をしなければ活動が不可能な状態になっているのだ。
本人曰く、「力を奪われただけなら別に問題は無かった」という。
それだけであれば、彼女の技量でその器官を残った魔力で再構築し、後はエネルギーの回復を待つのみで解決したからだ。
しかし彼女は、この星や太陽系や銀河系、更には宇宙やそれよりも大きな規模に干渉・調節を行っていた。
つまりオーガに力を奪われた事は、その広範囲への干渉に対する「支柱」が消失した事と同義。
それにより、彼女が言う「世界」規模での調和のバランス崩壊が発生した。
それを、減り続ける残存魔力とゼルや仲間の転生者達との協力でなんとか食い止めていた。
そんな最中に嘗て自身の莫大な魔力を生成・貯蔵していた重要器官の再生にエネルギーを割くなど不可能であったのだ。
それ故に、この戦いにおける勝利への最重要目標は二つ。
真なる神であるフィリップの奪還及び、オーガからアリアの力を取り返す事であったのだ。
「ん、おおっ? なんだこれ?」
手に掴む紅玉が、強い輝きを放ち始める。
アリアの瞳と同じ紅色の光が全身に広がり、羽衣の様に俺の纏う蒼炎と重なった。
すると背後の炎輪が俺の身体の五倍程も大きくなり、輪の側面からは五対十枚の炎の翼が形成される。
全身からは炎が吹き出るように放出され、角、尻尾、鉤爪が俺の周囲──少し離れた空中に形作られた。
浮遊し追従する巨大なそれらは、まるで竜の化身の如き絶大な威圧感を放つ。
紫に変化した炎は煌々と揺らぎ、その輝きは太陽に照らされる水面の様に美しい。
そういえば、あの時のアリアの台詞⋯⋯。
オーガと戦うにあたって彼女は俺に様々な能力を付与してくれたが、一つはぐらかされたものがあったな。
『最重要事項を達成すれば自ずと分かる』と言われた能力は今のこれの事だったのか。
恐らく、一時的にアリアの力が俺の魔力と融合している的な感じなのだろうが⋯⋯
「⋯⋯すごいな」
両手を握り、開き、握り、また開く。
今それを所有し使用している俺でさえ、自分の力がどれ程の次元にあるか認識出来ない。
空宙に浮遊しているかの様な、水中で漂っているかの様な、全身が煙や水蒸気にでもなっている様な⋯⋯。独特な感覚だ。
「──おーおー、塵も積もればなんとやらだな。アリアの力をよくここまで消費出来たもんだぜ」
「んま、さすが私ってトコだね。何万年と使われ続けようが、まだまだ在庫はある♪」
「ゼル、アリア⋯⋯!!」
いつの間にか、後ろに2人が立っていた。
口ぶりから察するに、オーガが長い間好き勝手に使っていたアリアの力は意外とまだ残っているようだ。
「──厄介な転送能力も、エネルギー源が消失してじきに機能を停止させる筈⋯⋯。そこを叩くぞ」
「うッしきたァ!! ようやくブチのめせるぜ、この老害をよォ!!」
「ね、ね、一番初めは僕だからね! コイツもうずうっとキライだったんだから!!」
アリア達に続き、アイン、ティガ、ギルルの魔王幹部達が合流する。
グレンデルは⋯⋯。おお、いつの間にかゼルの背後に立ってたぜ。
「──やったようだな、紅志よ」
「流石です。⋯⋯フフ、あなた様の見込みはやはり正しかったようですね」
今度はテュラングルとリゼさんがやってきた。
他のドラゴン族も続々と⋯⋯って、皆さん俺に興味津々なようで。どうもどうも。
「──そいつがカミサマ? なんか⋯⋯なんか、だな」
「それよりも紅志、その力はなによ? 今までとは別物⋯⋯というより、あまりに別次元なのだけれど」
お、セシルガとセイリスまで。
この姿の説明は、そっちの白い幼女に頼んでみてくれよな。
「──彼が
「な。てっきり、ドラゴンに変身してる人間かなんかかと思ってたぜ」
「It's an era of diversity for reincarnated people too.
(※転生者も多様性の時代だな)」
ん? 今のは英語か? 黒人の⋯⋯アメリカとかの方?
セーラー服の女の子とか、隣のチャラそうな子とか、あの人達がアリアが言っていた“仲間の転生者達”って事か。
久しぶりだなぁ、同郷の空気感。話す機会があったら、現代の日本について色々語ろうかな。
「⋯⋯孤独が、如何に、苦痛であるか。貴様らは知らぬのじゃろう」
俯いたオーガが、静かに言葉を紡ぐ。
「遺言だ」、「辞世の句だ」と、周囲から冷やかしと嘲笑が沸き立つ。
とどめを刺すべく構える魔王幹部や、低く唸るドラゴン達。興味の無さそうな者や、帰ろうと立ち去る者まで──。
あまり、というか、今更こんな事を思うなんて我ながらどうかと思うが⋯⋯可哀想な奴だな。
「己が孤独であったと理解した日。その孤独が途方も無い苦痛であったと思い知った日。その孤独が──“人間”という生命により癒された日。そしてそれを失った日⋯⋯」
「孤独孤独孤独、さっきからうッせぇなァ。そもそもテメェにダチなんて存在してねェだろうがよ」
ティガが吐き捨てた台詞に、周囲から同意の声が上がる。
⋯⋯馬鹿にするような笑い声も混じっているか。
「人間を、愛する世界を失った日⋯⋯。儂がどれほどの恐怖に包まれたか。愛する世界を取り戻す為に、どれほどの決意を抱いたか。語ったところで理解はされぬじゃろう」
「ぜんぜんキョーミねーな! つうかアンタがいえたセリフじゃなくね?!」
雷の様なドラゴンが、大きな声でオーガに言う。
確かに、オーガが言える言葉では無い。
だが⋯⋯
「己が、己を、愛するもの全てが、消えたまま過ごす一生など想像出来るか?
何がおかしい、何が間違っている。大切な者達を護るべく戦い、多くの戦友や仲間が犠牲になり、己までも犠牲にした。
その結果が、存在は忘れ去られ、世界は失われ、嘗て仲間を奪った者達は勝手に許されている現実⋯⋯。
“気持ちは分かる”。“しかし道を誤った”──。儂が貴様らから散々と聞かされた言葉じゃ。
では、問おう。正しき道とはなんじゃ? 儂が味わった苦痛を完全に理解せぬままに、貴様らが軽口の如く吐き出す“道”とは一体なんじゃ⋯⋯!?」
「ハッ、莫迦か? 自分でそんなのが分かってねぇから──」
オーガに片眉を吊り上げるゼルへ、俺は手のひらを向けた。
彼の言葉を遮った事で、その背後に立つグレンデルから凄まじい殺気が放たれる。
しかし俺の意図を汲んでくれたのか、鼻で軽い溜息をついたゼルがグレンデルに“待て”の指示を出した。
それに続いて、俺は何も言っていないにも関わらず、周囲の者達が次々とはけていった。
ふと見やると、こちらに向けて微笑みながら一回浅く頷くアリアの姿が。
⋯⋯ありがたい、俺を気遣ってくれたのか。
「──慈悲のつもりか。情けをかければ報われるとでも?」
「さあな。俺は、果たすべきを果たすまでだ」
頭部の二本角に、ありったけの魔力を溜める。
意地か矜恃か。満身創痍のオーガも、力を奪われた杖を握り黒い魔力のチャージをはじめた。
⋯⋯この一撃で全て終わらせる。アリアの力を使い切るつもりで⋯⋯!
「⋯⋯紅志、私の力は強大だよ。今の紅志の肉体にとって、貴方がやろうとしている事は危険だ。代償は──」
「俺は死ぬか?」
「⋯⋯!! ⋯⋯ふふふ、それは心配いらないね♪」
「じゃあ、構わない」
小さく「そっか」と言い残し、アリアが飛び立つ。
去り際にオーガを見つめる彼女の表情を見た。悲しげで寂しげな眼差しの少女の姿が、そこにはあった。
「──終わりにするぞ、オーガ」
「⋯⋯来るがよい」
静寂。
刹那、起爆。
互いに技を撃ち出し、真正面から衝突した。
撃ち合いになる間もなく、蒼と紅のスパークと、それぞれが交わった紫焔の〘
出力最大のその一撃は、俺が持つ魔力を根こそぎ持ってゆくほどの威力と負荷だ。
直後、俺は自身の身体の異変に気が付く。
全身に纏う炎装すらも、〘
更にいうなら、魔力を炎装という能力に変換出来なくなってきている。
身の丈に合わない超高エネルギーを打ち続けているせいか、肉体の構造が変化を始めているのだろう。
以前、テュラングルから魔力を貰った時のように、恐らくアリアの強大な力が強制的に「俺」を書き換えているのだ。
⋯⋯あぁ、なるほど。きっとアリアは、さっき俺にこう言いたかったのだろう。
──代償は紅志が持っている力の全てである──
と。
⋯⋯それでも、まぁ構いやしないさ。
また⋯⋯。そう、またやり直せばいいんだから。
正しい道なんてのがあるかは分からないけど、俺は俺が歩きたいように歩いてみるよ。
オーガ、お前もきっとやり直せる。
いつかまた会ったら、その時は──友として、一緒に世界を旅してみよう。