「──オーガはよく、自身の過去を僕に語った。
長い長い時間をたった一人で過ごしていた事、初めて見た、後に魔族と呼称される生命体に強く興味を惹かれた事。
自分の過去を話す時は、彼は友人のような口調と表情で僕と対面したものだよ。
いつだったかな。彼が、「
⋯⋯僕はね、彼のあの言葉は「世界をやり直す意思」を固めた、その表明だと解釈しているんだ。
己の孤独を知らなければ、或いは人類という生命への歪んだ愛着は無かったのかもしれない。
初めから魔族との出会いさえ無ければ。
孤独という苦痛を知らず、人間への愛は生まれず、魔族への恨みも芽生えず、アリアと出会う事すら無かったんだ。
オーガは魔族を恨んでいた。そして恐らく、彼らから
⋯⋯。⋯⋯⋯⋯そうか。
オーガにとって人間という生き物は、孤独の心を埋めてくれる存在だったのか。
戦いの中、アイツがずっと言っていた『嘗ての美しい世界』とは、人々が自分に信仰を持っていた世界だった。
それはつまり、「己が愛されていた世界」という意味なのだろう。
決着の間際にオーガが語った孤独についての話⋯⋯。あれは正直、心が揺らいた。
それを馬鹿にしていた連中の気持ちも分かる。お前が、今更何を言っているんだと。
だからこそ、俺は最後にアイツと一人で向き合いたかった。
オーガの心からの言葉と、それを指差して笑う周囲の者達、それを見ていて思わず躊躇いそうになったから。
決着は付けるべきだった。⋯⋯いや、綺麗な言葉はよそう。
アイツは死ぬべきだった。アイツが殺した命に報いる為に、アイツは復讐されて殺されるべきだった。
⋯⋯ただ⋯⋯⋯⋯ただ。⋯⋯あーあ、こんな役回り、したくなかったなぁ。
「──オーガは悪だ。どう見方を変えようが、多分それは揺るぎない事実だと思う」
「⋯⋯うん、そうだね。
「だね。私も思うところは正直あったけど、それでもこの結果が最も正しい選択だった筈だ。後悔は無いよ」
⋯⋯きっと今も何処かでは、愛する者の理不尽な死に苦しみ嘆く人々がいる。
誰かがオーガに一時の憐れみを抱いたところで、アイツの罪が浄化される訳ではない。この結果は正しかったんだ。
「──紅志さん、君には二つ話しておきたい事がある」
「⋯⋯紅志くんでいいんだよ?」
「紅志さん。あなたは唐突に巻き込まれた身にも関わらず、今日に至るまで多大なる貢献をして頂いた。そこで一つ、お礼をさせてもらいたい」
「お礼? 別にそういうものの為に戦った訳じゃ⋯⋯」
⋯⋯いや、うん、まぁしかし、だなぁ。
一応、何をくれる気かだけ聞くだけ聞いておくけども⋯⋯。
「──《スキル》。そう呼ばれる能力がある。それを紅志さんに渡そうと思う」
「⋯⋯⋯⋯。」
ほ、ほおん? 思ったより興味を引くじゃないの。
詳しく聞かせていただきましょうか? いやホントに。
「《スキル》っていうのは、その⋯⋯時間を止めるとか記憶を書き換える的なアレの⋯⋯?」
「そういったものもあるね。本来、転生者には必ず《スキル》を渡すのが神の決まりの一つなんだけど⋯⋯。
あなたを転生させた頃のオーガは、既に転生者へ《スキル》を与える余力もあまり無かったようでね」
「へ、へえ〜? それで、まぁ確認なんだけど? 一応、俺にはどんな《スキル》をくれるつもりで⋯⋯??」
俺の問いに、フィリップは少し首を傾げて思案する。
《スキル》、正直めちゃくちゃ欲しい。別に創作で見るようなチート能力を求めているワケじゃないが⋯⋯
まぁそりゃあ、時間停止とか記憶改変とかはロマンはありますけどもね?
俺は、俺の力を俺自身の努力で身に付けたい。便利すぎても怠けるだけだし、日常生活で役立つ程度の能力で──
「今回の紅志さんの貢献は途方も無い成果を齎してくれた。
僕が思うに、なんでもありでいいんじゃないかな? 好きな能力を言ってみてよ。今すぐ創造するから」
「⋯⋯まじ?」
「まじ」
ッふうううう⋯⋯。そう来たかぁ⋯⋯。
うん、まぁまぁ、チートみたいなのはイカンよな。日常生活日常生活⋯⋯
「⋯⋯ホントになんでもいいの?」
「うん」
⋯⋯⋯⋯。
⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯。
⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯。
⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯ふう。
「保留、って出来るか?」
「《保留》? 敵の攻撃とか時間とかを止めるような感じ?」
「⋯⋯それめっちゃ面白そう。けどそうじゃなくて、俺が言いたいのは“お礼”の保留って事。なんかこう⋯⋯もっと大事な時に取っておきたいんだよ」
「そうかな? 大事な時に使えるような能力を、今持っておけば良いのでは?」
ぐぬうう、すっごい正論。
でも、ここで下手な欲を出したら絶対に後悔するハズ。
辛抱辛抱⋯⋯。
「しかしながら、今日は紅志さんの考えを尊重しよう。
ではその上で、僕の
「⋯⋯ん、なにこれ巾着??」
渡されたのは、白い巾着袋だった。
フィリップの(すべすべしてた)小さな両手に収まる程度のサイズで、俺の拳一つを突っ込めば満杯になるだろう。
「──《スキル》というのは道具や無生物にも付与可能でね。
その巾着には、人間換算で無限と呼べる程度の容量がある。
入れたものはそれにとって最適な状態で保存され、取り出し時は欲しいものを思い浮かべれば自動で手元にくるんだ。
まぁ、入れられるのは巾着の口を通過できる大きさのものまでだけどね。⋯⋯どう、使えそう?」
「つまり、コレに入れられさえすればなんでも保存出来るってワケか⋯⋯。ありがとう、貰っておく」
とんでもなく便利だな。助かるぜ。
今後、旅に出る予定の俺においては、相棒としてこの上なく重宝しそうな道具だ。
というか⋯⋯この巾着の性能って、白厳が持っていた革カバンと同じなんじゃないか?
しれっと受け取っちゃったけども、中々良い貰い物したな。
「──さてと。フィリップ、そろそろ本題に入ろうよ。
紅志も疲れているだろうし、長話に付き合わせる訳にはいかない」
「アリア⋯⋯。うん、そうだね。──紅志さん、話しておきたい二つ目の事についてなんだけど⋯⋯」
なんだなんだ、まだ何かくれるのかい?
⋯⋯って、表情が真剣だ。何か重い話でもあるのだろうか。
「これまでの騒動。この星における、神話の時代から続くオーガの悪行の数々。
オーガや、僕や、アリアや⋯⋯。魔王ゼルリウス、異世界からの転生者達、そして紅志さん。
それら全てに於いて、この星に生きる人々──ひいてはこの星そのものは無関係で、ただ巻き込まれただけなんだよ。
だからね、僕はやり直しをしたいと思っているんだ。
無論、今すぐにとは言わない。まずは“
経過した年月を考慮して、生き返らせる者の魂は呼び戻し、今の時代より遠い過去にオーガの被害にあった魂は循環の流れに乗ってもらう。⋯⋯遺憾ながらね」
⋯⋯それは、仕方ないか。
過去の時代の者を現代で蘇らせたところで、どの道この世界に彼らの居場所はないのだろう。
仮にこれまでオーガの被害にあった者達を全員生き返らせたとしても、今あるこの星の人間の生活圏に収まる筈も無い。
そもそも、死した者達が生き返るという時点でこちらは喜ぶべきなのだ。
その上、更なる理想を求めるなどあってはならない。
⋯⋯でも可能なら、生きた時代が少し合わないという程度なら生き返らせてあげて欲しいな。
「⋯⋯ところで、生き返らせた後はどうするんだ? 死んだ筈の家族や知り合いが突然、しかも同時多発的に蘇ったなんて大騒ぎどころじゃないだろう?」
俺の疑問に、フィリップとアリアが顔を見合わせる。
何かしらの考えはあるようだが、あの様子だと俺の反応を不安がっている感じだろうか。
「──“
オーガが関わってきたこの星の歴史は、本来なら無かった筈のもの。
オーガとオーガに対抗するための勢力。その二つは、この星の歴史を裏側から大いに改変したからね⋯⋯。
もちろん、それを知る由もなく過ごした人も多いだろう。
だけど、そうでない者も当然いる。
ならばいっその事、これまでの歴史を初めから無かった事にするのが最善であると僕は思うんだ」
「それは⋯⋯。“
例えば、復旧に一年かかるとして。
家族全員を失ったとある少女は、家族が生き返って戻ってくるまでの一年を一人で待たなければいけない。
それに対して、“その期間の家族は遠くに出かけている”とでも認識するようにするつもりなら⋯⋯ちょっとなぁ。
「もちろん、暫くは人々の中で混乱が生じるだろう。
最大限、身内を失った者達の記憶を整合性が取れるように調節はするつもりだけど⋯⋯。
死した者達を可能な限り蘇らせた上でその日まで時間を戻せば、以降は歴史が正しく進むという訳だね」
「時間を⋯⋯戻す⋯⋯??」
「僕は神だよ? それくらい簡単さ。人類は不可逆性がどうとか物理法則がどうとか言っているけど。
そもそも時間は流れるものだよ? 流れるのであれば、その方向性さえこっちで指定出来れば問題無い。
強いて言うなら、ただ時間を戻すだけじゃ蘇ったという情報や大襲撃そのものが巻き戻ってしまうから、その辺は微調整って感じだけど」
はえー、神って凄いんだなぁ。
何言ってるか分かんないから遠い目するしかねー。
「“
それまでは、人類に仮初の記憶で暮らしてもらうしかない。
だけど全てが解決すれば、これから先の時代の人々はオーガの悪意に巻き込まれる事なく過ごせるんだ」
⋯⋯まぁそれしか方法がないのなら、な。
仮初だろうがなんだろうが、人々の悲しみを少しでも減らす目的であるなら仕方の無い事だと思う。
「──僕とアリア、彼女の友人である転生者達は記憶を保持して、ゼルリウスくんや彼の部下達、あとはドラゴン達か。彼らも自らの記憶の保持を望んでいたよ。
それで確認なんだけど、紅志さんはどうしたい? こんな事は忘れて、新しい生を歩みたい?」
「いいや、俺は記憶に残しておくよ」
フィリップの質問に、俺は即答した。
大襲撃以降の記憶が無くなるとなると、魔王城での鍛錬の多くを忘れてしまう。それは極めて惜しい。
何よりこの戦いに関わった一人として、オーガという存在を覚えているべきだと思った。
「⋯⋯そっか、うん、分かったよ。アリア、詳しい話は追って伝えるから、紅志くんにも共有してあげて」
「ん、おっけい。手伝う事があったらすぐに教えてね。力が戻ったばかりとはいえ、アリアちゃんパワーはスゴいよ♪」
「ふふ。ああ、分かったよ。──それじゃあ、またね」
金色の水溜まりのようなものを空中に描き、その中へとフィリップが消えた。
彼を見送ったアリアはその後、小さな身体で俺を担ぎふわりと宙へ浮かび上がる。
彼女に背負われながら ふと感じたのは、強い眠気だった。
重荷がおりたとは、この事なのだろうか。
今更になって、全てが片付いたという実感が湧いてくる。
「──紅志、本当にお疲れさま。私が魔王城まで運ぶからさ、今はゆっくり寝ててよ♪」
「⋯⋯⋯⋯あぁ、分かった」
柔らかく温かい。
閉じかけた瞼の隙間。ぼやける視界から見える彼女の姿は、アリアの面影を残した大人の女性のように見えた。