猛焔滅斬の碧刃龍   作:Nidhogg

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第213話・これから③

「──これまでの犠牲者達が生き返るのは8年後、か」

 

 冒険者ギルド最高責任者(アインズマスター)、エスキラ・ガルディオ。

 正面のソファに座るアリアと白厳とに向き合い、彼は懐からシガーを取り出し火をつけた。

 

「その頃には、この老耄(おいぼれ)は棺桶の中だろうな。引き継ぎをどうするべきか⋯⋯」

「何を仰るのですか! 衰えの無い健康な身体、未来を見据える逞しい精神、まだまだ現役でしょう!」

「ハッハッ、白厳殿()こそ何を言う。私の祖父の祖父より歳を重ねているだろうに、青年の様なその背格好は皮肉かね?」

「んまっ、転生者は先天的に魔力が多いからね。ドラゴンや魔族、エルフと同じく長生きなんだよ♪」

 

 合間に談笑を挟みつつ、人類の今後について会議は進む。

 神将、迅神ゼトを討ち取った人類最強の冒険者、セシルガ・ネストール。並びにそれに貢献したセイリス・アルクラーン。

 二人が求めた報酬は、金銭ではなく今回の大騒動についての情報開示であった。

 そもそもの発端、決戦に至るまでの経緯、転生者の存在や、その中でも例の炎を纏うグレイドラゴンが何者であるか──。

 数十分間の質疑応答のみで終わったちょっとした会話にて、両名への報酬支払いは完了したのである。

 なお、本人達の希望によって魔大戦及び魔大戦関連の彼らの記憶は保持される事となった。

 

 その他、ギルドランクではゼクスという中堅の立場ながら、狂神ギオスを追い詰めたヴィルジールという男。

 彼には多額の報酬と、ある程度 事態が収束した次第ランク昇格の機会が与えられる予定だ。

 彼が追い詰め紅志が仕留めたギオスについては、現在ギルド上層部の中で今後の処遇が審議中。

 転送能力は既に解除されており、幾重もの拘束具と拘束魔法にて封じ込め、厳重に管理されている状態である。

 今の所 意識は回復していないが、ヴィルジールは定期的に面会に訪れるつもりだ。

 

「──8年。多くの冒険者達を失った中、これからその期間をどう乗り切るべきか⋯⋯」

「あぁ、それについては安心して。あの大襲撃の犠牲となった冒険者達については、ひとまず色んな過程を飛ばして全員生き返らせる予定なの」

「む⋯⋯!? それは本当かね? いや、この立場の者として実に喜ばしい話だが⋯⋯理由は何故なのだ?」

 

 身を乗り出しかけたエスキラは、姿勢を治す仕草で年甲斐のない高揚を誤魔化す。

 火をつけたばかりのシガーを灰皿に押し付け、話をじっくり訊く体勢を整えたエスキラ。

 アリアは顔の横で人差し指を立て、空中に赤い大きな球体とそれを囲うような青い円形を浮かび上がらせた。

 

「──オーガという脅威は、この星で生ける者達をある意味で団結させていた。⋯⋯けど、オーガが消えた今、()()は共闘や休戦、結んだ条約や和平を維持する必要性は無くなった」

 

 赤い球体が消失し、青い円形が無数に分解を始める。

 ある欠片はドラゴンの形に、ある欠片は魔族の形に、ある欠片は鬼の様な、ある欠片は悪魔の様な──。

 さらには同じ形の欠片であっても複数の色で異なりがあり、青い円形には決して戻らないのだとエスキラに思わせた。

 

「成程⋯⋯。つまり、これから訪れるであろう時代の荒波を、人類の力のみで乗り越えるべく戦力となる冒険者達を優先して復活させる、と」

 

 理由に聞かされ、エスキラは改めてシガーに火をつける。

 納得した。“神に対抗する”という名目が掲げられれば、どんな種族や勢力であれ少なからず争いは止めるだろう。

 それが人類に開示されなかっただけの話であって、恐らくは歴史の裏側で擬似的だが多くの平穏が生まれた筈。

 その恩恵を、人類も大いに受けていた可能性すらありうる。

 であるならば、僅かばかりに巡った“厄介な事後処理を担わされた”という考えは払拭すべきだろう。

 と、冒険者ギルド最高責任者(アインズマスター)エスキラはそう思った。

 

「──それと、これだけは言っておくけど、私はあくまであの襲撃による犠牲者達だけを生き返らせるつもりだ。

 これからの8年間。その期間に出た死者については、生き返りを願うような頼みがあっても応じられない。

 付け加えるなら、8年後に実施予定の時間と記憶の回帰にもその期間の死者は含まれない。

 今回、犠牲者を蘇らせるという判断をしたのは、被害の原因の多くが“この星の因果の外”にあったからだ」

「無論だ。死者は蘇らないという絶対の摂理が、君達の手で破られるというのだ。文句などある筈ない」

 

 ふうと煙を吹き、エスキラは深くソファに寄り掛かった。

 冒険者の長として30年という歳月が流れてなお、この世界は未知なる領域に(まみ)れている。

 そんな事実に大層疲弊した御歳82歳の老人は、ここで一つ、提案をしてみる事にした。

 

「先程、死者が蘇るまでの8年間は人類の記憶を仮初のものに書き換えると、そう話したな。

 そこで私から願い出たい事があるのだが⋯⋯いいかね?」

「ほいほい、なんじゃらほい?」

「実を言うと、今の仕事にオーガの一件が絡んでくるとなると処理対応が非常に面倒なのだ。

 ⋯⋯えー、ムホンッ、そこでだね。今回の一件については、私を除いたギルド関係者達の記憶を、こう⋯⋯」

「⋯⋯おじいちゃん、色々苦労してるのね」

「近いうちに長めの休暇を取られては? 温泉旅行などは如何でしょう? 宜しければ私の方で手配しますが⋯⋯」

 

 エスキラの苦笑いしながらの頼みに、アリアと白厳は顔を見合わせる。

 結論、 “余計な仕事を増やしたくない”という老人の願い出は聞き届けられた。

 経過した時間分の整合性を取るため、いくつかの記憶の調節が行われる事となった。

 

 まずは魔大戦について。

 記憶は完全消去し、人魔会議についても同様。

 魔王軍との休戦協定も忘れる事になるが、そもそも彼らとの休戦はオーガという脅威に対処する為のもの。

 脅威が去った今、魔王軍としても休戦を継続する理由が無いのでその記憶は不要だろうという判断に至った。

 エスキラ並びに見届け人の白厳、及び魔王とその部下数名は記憶が残るので、協定自体は破棄せず念の為 保留である。

 黒異種による大襲撃についても記憶の上で無かった事とし、つまるところ普段通りに戻る結果となった。

 以前までの「魔王軍との戦いに備えている」といった方針は維持しつつ、冒険者へ課していた制約を緩和する予定である。

 主に、“クエスト受注の際は難易度とギルドランク次第で却下される”という戦力温存を目的としていた制約だ。

 

 次に、魔大戦と間接的に繋がりのある出来事について。

 神将ギオスは、「特殊かつ凶暴な魔族だがヴィルジールが死闘の末に撃破。戦力として利用可能か研究中」という設定に。

 猛紅竜こと紅志については、史実通りの設定に落ち着いた。

 王都クローネ防衛戦後に失踪、行方不明の期間を挟みベルトンの街に出現した、という流れだ。

 彼の管理を一任したギルバートについては、当時の記憶を魔大戦の情報を含めて保持するか本人次第という形で纏まった。

 その他、記憶改変に際した詳細な調節が行われ、その実施は全人類の記憶を書き換える予定の1週間後に加わった。

 

「──老人の我儘なぞに付き合わせてすまん。最近は、引退を促してくる者も多くなってきてな。不快感や苛立ちが募るとどうも意識が⋯⋯」

「それ高血圧じゃない?」

「なに? それは⋯⋯もう少し歳をとってから生じるものなのではないのか⋯⋯?」

「じぃじ、気をしっかり持ってよ。長生きに大切な心得はね、今を受け入れて全力で楽しむ事なんだよ♪」

 

 肩を落とすエスキラを慰め、ソファから立ち上がるアリア。

 続くように白厳も中折れ帽子を被り、立ち上がって革カバンを携えた。

 白厳が右手を差し伸べ、エスキラが握手に応じる。かくして魔大戦終結における最後の会議が幕を閉じた。

 

「エスキラさん、また近いうちに。貴方さえ宜しければ、一杯行くなり上質な旅館の手配なり、この白厳 喜んで手伝わせてもらいましょう。是非、声を掛けて下さい」

「あぁ、そうだな。いずれ休暇でも取れた暁には、そうさせてもらおうか」

 

 溜息をつき、エスキラは軽くシガーを掲げる。

 中折れ帽に手を当てお辞儀をする白厳の後ろで、アリアもニッコリと手を振って部屋を出ていくのだった。

 

「──アルノヴィア⋯⋯アリア、か。ふふふ、また会う機会があれば小遣いでもやろう」

 

 灰皿に吸殻を落とし、エスキラは静かに呟く。

 ソファからデスクへ移動した彼の手元には、魔大戦や人魔会議に関連する大量の資料が。

 そしてその中には、猛紅竜という魔物を今後ギルドが厳重に監視する旨の書類も紛れているのであった──。

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