猛焔滅斬の碧刃龍   作:Nidhogg

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第214話・変わる世界

 オーガとその軍勢、神将と黒異種との戦い。

 “真魔大戦”と名付けられたあの決戦から三日後、俺は擬人化した状態で両膝を折り両手を床に着けていた。

 

──ゴンッ!!

 

 土下座。

 俺は今、リドの村と呼ばれるその場所のとある家で頭を床に打ち付けた。

 目の前に立っているのは二人の男女──正確には夫婦でありアレンという名前の一人息子がいる者達である。

 ⋯⋯あの日。オーガと二度目の邂逅を果たしたあの早朝に、俺はこのリドの村に身勝手かつ強引に立ち寄った。

 そのせいで、彼らの息子が死んだ。

 理由や経緯、今後8年先の未来であの子が生き返るといった結論も、今はどうでもいい。

 アレンだけではなく、両親である彼ら夫婦やこの村の人々を理不尽に巻き込んでしまった。

 聞いた話では、例の黒異種による大襲撃の被害は免れたようだが⋯⋯

 いや、それは関係無い。それ以前の被害に遭ったのだから。

 兎にも角にも、あの日の俺がこの村に関わった事実は決して変わらない。そしてその結果、多くの被害が出た事も。

 だからこそ、こうして頭を下げにきた。

 許されようだなんて思っていないし、これからほぼ全ての人類の記憶が改変されるからと、高を括っている訳ではない。

 俺は彼らを此方の事情に巻き込み、挙句には子供の死者すら出してしまったのだ。頭を下げない理由など無い。

 

「⋯⋯そうか。それで謝りにきた、と」

 

 しばしの静寂の後、父親が口を開いた。

 事情は全て説明した。端折らず、省略せず、全て。

 悪意があって巻き込んだのではないと理解して欲しかった、訳ではない。

 オーガの攻撃に巻き込まれ、アレンは光に身体を貫かれた。

 共に魔王城へ連れて行く訳にもいかず、彼の亡骸はリドの村にいる両親の元へ送られた。

 ⋯⋯身体に穴が空いた幼い我が子を見た時、彼ら両親は一体何を思ったのだろうか。

 困惑、焦燥、絶望。悲劇的な言葉を羅列するだけなら第三者にだって出来る。

 しかし現実は、きっと俺が推し量るのも(はなは)だしい程に⋯⋯

 

「──嬉しいわ」

「⋯⋯は、」

 

 母親からの、そっと添えられるような台詞。

 その返答に詰まり、俺は思わず顔を上げてしまった。

 見やるとそこには怒りは無く、ただ少しの悲しみと憐れみの表情を浮かべたアレンの両親の顔があった。

 

「まずは、お礼が言いたくてね。人々の記憶を変えるなんて、ちょっと信じられないけれど⋯⋯

 でも、その上で私たちに事情を説明して謝りに来てくれるなんて。誰にでも出来ることではないわ」

「まぁ、そうだな⋯⋯。話が途方も無さすぎて完全な理解が難しいのもあるだろうが⋯⋯

 少なからず、君を許せない! といった怒りの思いは俺らに無いし、妻の言う通り事実を伝えに来てくれたのは嬉しいよ」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯。」

 

 ⋯⋯思いもよらなかった、お礼を言われるだなんて。

 優しさに応えられる言葉が見つからない。

 このままだと許された気になってしまう。

 それは駄目だ。

 自分で自分を勝手に許すな。

 駄目だ。

 駄目だ。

 

「──ウチの子ね、物心ついたのがとても早い時期でねぇ。

 いつの間にか読みも書きも出来ていて、気付いたら魔法まで使えるようになってたの。

 まぁ、我が子ですもの。私も旦那も嬉しさは当然あったわ。

 ⋯⋯けれどねぇ、心配の方が大きかったのよ。暇さえあれば『魔法の練習してくる』って言うものだから⋯⋯」

「あれには参ったなぁ。花瓶を天井まで浮かばせた日には説教したぜ。落として頭にぶつかったらどうすんだ! ってな。

 それに一度でも勉強しに部屋に籠ると、夕飯になっても出てこない事もあったなぁ」

「そうそう。──まぁ、そんな感じだったからね。物事の見え方が違ったのか、友達を連れて来たことも無かったのよ」

「ああ。⋯⋯これまでは、な」

 

 ⋯⋯駄目なんだ。そう簡単に許されては。

 俺が幼い少年の姿をしているからか? 息子と俺を重ねて、それで哀れみの目を向けているのだろうか。

 それだったら──

 

「⋯⋯うおっ!?」

「ま、まあ⋯⋯!!」

 

 土下座をしたまま擬人化を解く。

 これが俺だ。貴方達が我が子を失う原因を作った奴の姿だ。

 畑を荒らしたり、人を襲ったり、村を焼いたりする、そんな魔物の一匹だ。

 それに、その中身は大人の男だ。許していい筈ないだろう。

 

「──許すわ、それでも。貴方なら信じられる」

「息子の友達だもんなぁ。信じてやらねぇと、恨まれちまう。

 まぁ、ちょっと驚いたけどな。事前にドラゴンってこと教えてくれよ」

「やめなさいって。彼が今日、どれだけの覚悟でうちに来たと思ってるのよ」

 

 目の前の遣り取りに、溶けて崩れてしまいたいような思いが湧いてくる。

 ⋯⋯自己満足。俺がここへ謝りに来た理由を考えるならば、それが答えなのだろう。

 謝っても謝らなくても、犠牲となった人々はアレンを含めて時間が経てば戻ってくる。

 俺がこうして頭を下げているのは、面と向かって誠意を込めて謝ったという事実が欲しいからからだ。

 その事実あれば、俺は俺自身の罪悪感を軽減出来る。そんな魂胆が恐らくあるのだ。

 ⋯⋯何故、どうして、そんな最低の男を許せる。 

 

「そもそも、許す許さないの話ではないと思うのよね。

 むしろ、悪い神様を倒して世界を救ったっていう⋯⋯ふふ、こうして口に出してみると本当に信じられないわね。

 兎に角、私たちが人類の代表みたいに言うのも変かも知れないけれど⋯⋯」

「そんな事ないだろ。皆の記憶を消すってんだから、他に誰が彼の努力や功績に感謝するってんだ?」

「あら、確かにそれはそうね。それじゃあ──」

「おん。それじゃあ⋯⋯」

 

 

 

NOW LOADING⋯

 

 

 再び擬人化した俺は、目元を擦りながら村の外へ出た。

 なんと言われたかは聞こえなかったが、後になって門番のおじいさんに声を掛けらていたような気がした。

 恐らく、俺を心配してくれたのだろうな。無視してしまって申し訳ない。

 

「──終わった、みたいだね」

「ああ、ちゃんと済ませてきたぜ。付き合わせて悪いなぁ」

 

 村を出て数分後。

 少し遠回りしてから、木陰で待っていたアリアと合流した。

 これから魔王城に戻って俺の炎装──というより“魔創器(まぞうき)”の再構築をする予定だ。

 馴染みがあるようで新しいような、能力を手に入れる瞬間に期待が高まる。帰ろう帰ろう。

 

「いいの? もう少しゆっくりしてもいいんだよ?」

「いや、いい。やりたい事は、全部終わったから」

「うん、そっか。それじゃ、帰ろう」

 

 アリアにおぶってもらい、俺はしっかりと掴まった。

 彼女が飛び上がると、リドの村はあっという間に遠ざかってゆく。

 ⋯⋯うん。やりたい事は終わったんだ。多分、本当は誰かにやって欲しかった事も。

 それがアレンの両親だった事は皮肉のような話だが──それでも、心残りは無くなった。

 

 

 俺は、前を向いて生きてもいいんだ。

 さあ、帰ろう。

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