サンクイラに抱かれた虎徹が、騒がしく鳴いて俺の頭を目掛けてジャンプしてくる。
定位置である二本角の隙間にすっぽり収まり、身体の向きを俺と同じ方向へと動かす虎徹。
最後は微調整するようにモゾモゾ揺れ動き、そして満足気に丸まって落ち着いたのであった。
──そんな賑やかで可愛い虎徹の仕草も、今この瞬間だけは蚊帳の外である。
なんてったって今の俺は、ヴィルジール宅の玄関先にて懐かしのゼクスの面々と向き合っているのだから。
「⋯⋯よう、あの、久し振り。えっと、どう? 調子とか」
再会は嬉しいのだが、これといって話題が無い。
魔大戦関連の話は話すのも聞かされるのも疲れるだろうし、取り敢えずは思い出話でも⋯⋯
「シルビアからおおよその話は聞いていたが⋯⋯。環境による肉体の変化とはここまで凄まじいものなのか」
第一声は、興味深そうなハクアのものだった。
紺色のごく短い髪に、蒼い瞳と青眼鏡といったワンカラーのインテリ冒険者である。
中国の着物の様なしっとり感のある防具と、魔法により刀身を巨大化させる片手剣が装備だ。あとちょっと嫌味が多い。
「それで、貴様この⋯⋯。オーガとやらの一件がどういう訳か、1から100まで全て説明して貰おうか?」
「えっ、いやあ。ボクもアリアっていう見知らぬ幼女に連れ去られただけなのでちょっとワカラナイです⋯⋯」
「下らん言い訳をするな。貴様の失踪についての報告書作成にどれだけの苦労が掛かった思っている?」
いやん、この人コワくてヤだぁ。ちょっとマイルドになったグレンデルみたいでヤぁ。
いやもうホント、この調子で詰められたら俺もう逃げるしかないんだけど。誰か助け⋯⋯
あっ、そうだ。へいへい、そこの銀髪オールバックのムキムキ兄ちゃんよう。
「なあ、ソール。ハクアってヤなヤツだよなぁ??」
「⋯⋯ン? おォ、そうだな。──まァ、んな事ァ今はどうでもいい。ちょっと話があるから聞け」
えっ、なにそのキャラ違うリアクション。
もっとこう、だよなぁ! ソイツなんか放っておいて酒でも飲みに行こうぜ! って流れを期待してたんだが⋯⋯。
妙に大人しいというか、俺を眺めながら何か考え事でもしている様子だ。
流石に他の連中も、“えっ、いつもと違くね?”みたいな表情でソールへ目をやっているぞ。
「──セシルガ・ネストール、セイリス・アルクラーン⋯⋯。
冒険者の最高峰、人類の最強戦力と呼ばれる奴らだが、実はもう一人⋯⋯【最凶】の名を冠した
「同類? それって──」
「ゾノン。ゾノン・ディロア・ゼルヴァル。ソールの遠縁ね」
つぶらな赤い瞳と、首下で束ねた紅桃色の髪──。
白のワンピース風装備と眩い美貌を纏って、自称ゼクス一の美少女ことニナが割って入ってきた。
久し振りに見たが、ガチのマジで美少女だなぁ⋯⋯。っと、そんな話は、コホン、置いといてだ。
ええっと、彼女今なんて言った? ゾノン⋯⋯ディア、ゼルヴァ? はえ??
ゼルリウスって人なら知り合いにいますよ。魔王をやってる方なんですけども。
「──その【最凶】、ギルドのお偉いさんが対オーガの戦力として引っ張り出したらしくてなァ⋯⋯。
ンなん、あの人が素直に従うわきゃねェの、ちっと考えりゃ分かるだろうによ。
⋯⋯取り敢えずだ。その狂人は、ギルドの監視と包囲をブチ破って現在 行方不明。魔物のお前は気ィ付けろっつう話だ」
「私達冒険者の中じゃ、その人に纏わる逸話は数知れないわ。
やってる事は、冒険者としての仕事なのだけれどね。戦い方があまりに残酷過ぎて、悪い噂も多い人なの」
へ、へええ⋯⋯。そんな冒険者が。
なんか、記憶の中のソールと今の彼の印象の違いようから、滅茶苦茶ヤバそうな人ってのはよく伝わってくるな。
セシルガやセイリスの実力こそ目の当たりにしていないが、あの雰囲気を持つ奴が他にもいるってだけで恐ろしいぜ⋯⋯。
ニナの補足からしても、冒険者達の間で色々有名っぽいし、今後の旅路の中で警戒しておくのもアリか。
「──そ、れ、で?」
「ん? なんだよ」
「ハクアの質問に、まだ答えてないでしょ」
思案中の俺に、ニナか語気を強めて言う。
良い感じに話が逸れてると思ってたんだが⋯⋯。説明するとめっちゃ長いんだよ、この件。
というか⋯⋯こう云っちゃなんだが、魔大戦にあまり関わっていないニナがそこまで気にする事か?
百歩譲ってハクアとかなら、まぁインテリだし知識を得たいとかの理由が察せるが⋯⋯
「ああもう! 私! 死んだの! 例の大襲撃の時に!!」
・ ・ ・。
うえっ? あん⋯⋯ソーリー、エクスキューズミー? ユーイズデッド?
死んだって? あの大襲撃の時に? 初耳なんだが?!
えっ、なんで死ん──いや、まぁそりゃ死ぬときゃ死ぬ⋯⋯って、そんな話じゃないよな、ウン。
ふうー、混乱するなー、落ち着けー。深呼吸しろ深呼吸ー。
「──なんで死んだんだ?」
「はあ? なんでって⋯⋯。それ訊く? レディーに」
「いやゴメン、マジ混乱してるの」
ダメでした。理解が全然追い付きませんでした。
民間人のガバンくらい⋯⋯と言ったら不謹慎だが、俺の友人では大襲撃の被害者は彼一人だと思っていた。
俺が出会い、共に過ごした冒険者達は、全員が並外れた実力を有していたから。
少なくとも、友人の冒険者の中から死者が出ていたなんて、今の今まで考えてもみなかったな⋯⋯。
「⋯⋯ニナちゃん、魔導列車で王都を離れている最中に襲撃を受けたらしくて⋯⋯」
「サンクイラ、いいわよ言わなくて。もう済んだこと──」
「言うの!! ニナちゃんは! 魔導列車をたった一人で飛び降りて! たった一人で民間人が乗った魔導列車が離れる時間を最期まで稼いで! それで⋯⋯!!」
涙を堪えるサンクイラは、真っ直ぐと俺を見る。
⋯⋯悔しいだろうな。ニナのように、誰かを護る為に戦って散っていった英雄がどれほどいるのだろう。
遠い遠い視点から観れば、“世界”を救ったのは
「⋯⋯。⋯⋯⋯⋯。⋯⋯⋯⋯⋯すまなかったな」
「え⋯⋯?」
「話すよ、全部。長くなるから、上がってけよ」
誰かが誰かを護った事は、ちゃんと意味がある。
後で生き返るから、時間が巻き戻るから、皆の記憶から消えるから──。だからなんだというんだ。
語る事は無駄じゃないし、知る事は無意味じゃない。
オーガやアリアやゼル。超越者達による神話のような戦いの裏であっても、それぞれの物語があった筈だ。
誰かを救い、誰かの為に命を賭し、誰かの為に最後まで戦った者達の、語り継がれる事の無い物語が。
報いるさ。世界を救ったのは、俺一人ではないのだから。
⋯⋯さて、語るとするか。