──ファリドと銀槍竜が、試合を開始する直前──
「⋯一応聞くけど、どれくらいまでがセーフなんだ?」
試合ルールに疑問を持った銀槍竜が、シルビアへ問い掛ける。
どの程度まで相手に攻撃を加えていいのか、確認を取るためだ。
「心配すんな、銀槍竜ちゃん!死ななきゃオッケーなんだよ!」
銀槍竜の考えを見越し、ファリドが割って入る。
彼は王都での冒険者生活が長く、銀槍竜の懸念に対して『ある者達』への信頼があった。
「いい事教えてやるぜ。俺はこう見えてガンガン攻める男なんだが、マァその分、
「王都医療班?」
「そうだ。コイツらマジ凄ぇんだよ。マァ名前の通り回復魔法を専門とした連中なんだが、四肢の欠損程度だったら簡単に治しちまうんだぜ。どうだ、心配なんていらねぇだろ!銀槍竜ちゃん!」
「成程⋯。それなら、心置き無く戦えそうだ」
ファリドが全幅の信頼を置く、王都医療班。
彼らの腕前を聞いた銀槍竜は、納得げに頷く。銀槍竜がファリドとの試合をスムーズに始めた経緯は、この様な話があったからである。
──そして現在──
「グゥ⋯ッ!」
銀槍竜は、ファリドからされた話を思い出していた。
『本当に腕を切断する奴があるか!』というのが彼の本音だったが、右腕の激痛を堪える方が優先順位は高かった。
「──なぁ、シルビアちゃんよぉ」
「なに?」
息の荒い銀槍竜を見て、ファリドは槍を自身の肩に乗せる。
ある程度の余裕を感じたのか、彼はシルビアへと向きを変えた。
「さっきのも、今のも、コイツに入れた顎への攻撃って、加点じゃねえのかよぉ?」
「⋯⋯それは試合前に説明したでしょ?『“明確な”一撃を与える事で1点』だって。それに至るまでの攻撃の流れは除外よ。」
「ンだよそれ〜⋯」
「ちゃんと話は聞いてなさいよ⋯」
試合中にも関わらず、ファリドはシルビアとの会話を始める。
それを見逃さず、素早く息を整えた銀槍竜は早急な回復を測っていた。
とはいえ、目の前の男は回復魔法での全快を許す程、甘い男では無い。
視線こそ外しているが、常に此方へ傾けた重心がそれを物語っていた。
現状として銀槍竜に可能だったのは、肉体の治癒力に任せた回復と、状況整理のみ。刻一刻と、戦闘再開までの時間が過ぎていくのだった。
⋯⋯だが、
(──
本人とって、それだけの時間で満足であった。
ファリドとシルビアとの会話が終わり、此方へ向き直るまでの26秒間。銀槍竜は、徹底的な状況把握に精神を削った。
まずは、自身があと一点で負けてしまう事。
そして次に考えたのは、先程右腕が落とされるまで、自身にどんなミスが生まれていたか、である。
(⋯⋯⋯⋯。)
チラと、銀槍竜は視線を下げる。
その先には、血溜まりの中で事切れる自身の右腕があった。
(
彼が思い浮かべる『あの時』。
それは、先の攻防の際、右足首に槍の殴打を食らった瞬間の事だった。
無意識に上半身へ警戒が向いていた事によって、足元への攻撃に反応が出来ず、命中。思わず被弾箇所へ視線を下げてしまった隙を突かれ、顎への一撃を食らった。
腕を貫かれた時と合わせ、計2回の顎への被弾。
たった2回だが、その攻撃は確実に銀槍竜の意識を奪ったのだった。
(コレが
頭を左右に振りつつ、銀槍竜は溜息を零す。
──そして、
「⋯⋯よぉ、まだやれそうだな」
銀槍竜へ向きを直したファリドは、僅かに苦笑いをする。
原因は、正面の魔物の雰囲気が大きく変化したからである。
「──どうやら、『出し惜しみ』してる場合じゃなさそうだ」
「ほォ、言うじゃねぇか。この俺を相手に、そんなコトしてる余裕があったってのかよ?」
「いや。『出し惜しむ』前提で試合を始めたら、シンプルに『出す』タイミングを見逃しちまってな。やるな、アンタ」
「ハッ、言ってくれるぜ⋯⋯」
ハッタリではない。
ファリドは、それを直感で感じ取っていた。
何か、武器を生成した訳ではない。
魔力感知でも、銀槍竜の力に変化は見られない。⋯だが、再び対峙した事で気が付いたのだ。銀槍竜が、尋常ではない殺気を放っている事に。
先程まで戦っていた相手とは思えぬ程、存在感の膨れ上がった銀槍竜。
そんな相手を前にして、ファリドは愛槍を握る力を強めた。
(あいつ、ガチになりやがったな⋯?)
──否。
この時の、『銀槍竜が本気になった』というファリドの考えは、少々間違っていた。『本気になる』という状態の定義にもよるが、少なからず銀槍竜からすれば『気持ちを切り替えた』程度の変化でしかない。
ただ、それは銀槍竜自身でさえ気付いていなかった。
その、たかが『気持ちの切り替え』に大いに手間取っていた事と、腕を斬り落とされるまで追い詰められて、ようやくソレに至った事に。
だが、裏を返せば、腕を斬り落とされた事で
久し振りに『生命の危機』を感じ取った肉体が発したのだ。
『目の前の男は敵だ』と。
ここから先は命の遣り取りであり、慢心などしている場合では無い。
そう訴えてくる本能に応じる様に、銀槍竜自身も、また1つ“人間”を捨てたのであった。
「行くぜ」
「ハッ、掛かって来──」
碧瞳。
高まる緊張感の中、構え直そうとしたファリドが見たのは碧瞳だった。
「!??」
素早く飛び退き、ファリドは目を見開く。
その視線の先には、先程まで彼が立っていた場所から、此方を見据える銀槍竜の姿があった。
「⋯スゲ。当てるつもりだったんだけどな」
独り言を呟く銀槍竜を前に、ファリドは動揺する。
『全く見えなかった』のだ。自分は、一瞬たりとも銀槍竜から目を離していない。だが、視界を覆った影と碧瞳の記憶、現在の銀槍竜の位置から考えられるのは、直線での攻撃を仕掛けられたという事実だけ。
つまり、『早すぎて見えなかった』というのが答えだった。
それに辿り着いたファリドの頬に、大粒の汗が流れる。
死力を尽くす、最終ラウンドが開始した。