仮面ライダーΑΓΗΤΩ(アギト)   作:赫牛

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Χ

 僕の手の中にある仮面。

 左半分はひび割れ大きな穴が開き、もはや使い物にはならないだろう。今まで僕の命を守ってくれていた物。それは充分に役割を全うした。

 別れの時が来たのに、少し名残惜しくなってつい手に取って眺めてしまう。このデザインの仮面自体は他にもあるが、僕にとってはこいつが唯一無二の相棒だった。

 改めて見ると、随分とかっこいいデザインをしている。

 

「氷川くん、なに感傷にふけってるのよ」

 

「ふけって……ますね。そうです」

 

「見てたって直りませんよ。てか新しいG3のロールアウトもう明日じゃないですか」

 

「尾室さんまで……」

 

 もうちょっとこっちの身にもなって欲しい。

 

「今回ばかりは尾室くんの言う通りよ。明日から試験運用なんだから気を引き締めなさい」

 

「ちょっと小沢さん、今回ばかりはってなんですか!」

 

「はいはい黙って。黙って手を動かしなさい。早くしないと明日に間に合わないわよ」

 

「分かりましたよもう……」

 

 二人はモニターの前でキーボードを操作している。新しいG3のシステムを組み込むのに必要な作業らしい。

 

「そう言えば見てみる?新しいG3の完成予想図」

 

「見ても良いんですか?」

 

「当たり前じゃない。貴方の物なんだから。ちょっとこっち来なさい」

 

 言われるままにモニターに近づく。何回かの操作でウィンドウが開き、そこにCGイラストが表示された。G3より青色の面積が増え、装甲も厚みが増してマッシブな印象を受ける。そして右下に書かれているのは——。

 

「G3-(エックス)?」

 

「違うΧ(カイ)よΧ。G3-Χ(ジースリーカイ)

 

「Χ?」

 

「本当は『カイ』は漢字の『改』だったけど、ギリシャ文字の方が良いから私の権限で変えた」

 

「職権乱用じゃないですか?」

 

「良いのよこれくらい……それで、どう思う?」

 

「重そうですね」

 

「装甲が増えてるから仕方ないんだけど、まあ貴方なら大丈夫でしょう」

 

「努力します」

 

 このG3は装甲の他に新しい武器を携帯する予定だ。一度持ってみたが相当な重量だった。今までとは立ち回りを変える必要がありそうだ。

 

「パワーも増してるから民間人と接触する際は力加減には気を付ける事。まあこのくらいかしら。明日に備えて今日は早く寝る事ね」

 

 早く寝ろ?

 

「どうしたのそんな顔して」

 

「いや、意外だったので。小沢さんの事だからてっきり景気づけに飲みに行くとか言うのかと……」

 

「それで二日酔いになったらどうするのよ。万全の状態にするためにもしばらく飲みには行かないわよ」

 

「え?」

 

 小沢さんが、飲みに行かない……?

 

「何よ。何か変な事言ったかしら?」

 

「小沢さんがそんな事を言うなんて、もしかして体調が悪かったりしますか?」

 

「失礼ね。人の事酒狂いだと思ってるの?どう思う尾室くん?」

 

「いや……えっと……」

 

「歯切れが悪いわね。はっきり言いなさいよ」

 

「はい……酒狂いですね」

 

「貴方まで何よ!」

 

「だって……ねえ、氷川さん」

 

「そうですね」

 

 尾室さんと顔を見合わせて頷き合う。小沢さんの酒豪っぷりは、署内でもかなり有名なのだ。

 

「良いわよ。そこまで言うなら酒断ちでもなんでもやってやろうじゃないの」

 

「ほんとにできるんですかぁ?」

 

「できるわよ。G3-Χが白星をあげるまでは酒は飲まない」

 

 そう宣言した小沢さんの目は確かに燃えていた。

 

 

 

 

 

「それで、お酒は飲んでないんですよね?」

 

「飲んでないわよ……」

 

 そう言った小沢さんの目はどんよりと濁っていて、明らかに調子が悪そうであった。

 まさか1日酒を飲まないだけでこうなってしまうとは。普通逆では?酒を飲まない事で体調が悪くなる人なんて初めて見た。

 

「そんなに体調が悪いなら、無理に禁酒しなくても」

 

「嫌よ、中途半端に願掛けしても意味ないでしょ……あー、早くアンノウンが出ないかしらー!」

 

 などと物騒な事を言う始末である。もうこの人に禁酒させるのは止めよう。

 

 その言葉が現実となったのは昼休憩を少し過ぎた辺りだった。

 ビープ音が鳴り、スピーカーからアナウンスが流れる。

 

『警視庁から各局、玻璃(はり)区南町でアンノウン出現との110番入電中。G3ユニット1は至急現場に急行せよ』

 

「来たわね!G3-Χ出動よ!」

 

「はい!」

 

 トレーラー内の更衣室に駆け込み、全身を覆うボディスーツに着替える。モニターの横の装置には、この前までとは違う青の装甲がセットされている。装置の中心に立つと、胸部、両足、両腕、腰の順に装甲がセットされていく。そしてこの前までは違う仮面が、僕の顔を覆い隠す。視界にずれが無いか確認し、これは変わらずに固定されているガードチェイサーに跨る。

 

2123(にいちにさん)、G3ユニット1、戦闘オペレーション開始!」

 

「ガードチェイサー、離脱します!」

 

 二人の声に押されて、僕は戦場へと向かう。

 

 詳細な情報によると、アンノウンが出現したのは自然公園の辺りだという。

 右大腿部の装甲に携行されたサブマシンガンを構え、周囲を警戒する。だが動くものは無く、風が穏やかに森林を吹き抜けていく。警戒を解きかけた時、静寂を誰かの絶叫が破った。マイクの性能も向上しているのか、やけに大きく聞こえた声を頼りに草原を駆け抜ける。

 1分もしなかっただろうか。少し移動した先で、その瞬間をはっきりと見てしまった。人型になった蜂の様な化け物——アンノウンが木に押さえつけているのは人。木の表面が泡立ち、その体が木に吸い込まれていく。僕が射程内まで駆け付ける前に、男の体が完全に木に埋まった。

 

「くそっ……」

 

 間に合わなかった。だが嘆いている暇は無い。目の前のあいつを倒さないと、新たな犠牲者が出る。

 GM-01から弾丸が発射され、アンノウンの身体から火花が散る。僕の存在に気付いたアンノウンが手から針の様なものを引き抜くと、それは鋭く伸びて細剣に変わった。

 翅を振動させながら突撃してくるアンノウン。剣が触れる直前でアンノウンの手を掴み、反対の腕で胴を打つ。アンノウンの膝蹴りで少しのけぞった隙に、アンノウンが細剣を振るう。しかし装甲には傷一つつかなかった。

 

『胸部ユニット損傷無し!』

 

『よし、ガンガン行きなさい氷川くん!』

 

「はい!」

 

 驚くアンノウンに正面から拳を二発、身を翻したのをまた捉えてもう二発打ち込む。飛んできた脚を肘で撃ち落として連続してパンチを放つ。そしてもう一撃を加えようとした所で、アンノウンが地上から飛び立った。

 空から剣が降ってくる。それを躱し、時には受け止める。こちらがダメージを負う事は無い。が、僕が撃とうとするとすぐに射程外まで逃れられて躱される。もっと長距離戦闘に適した武装が必要だ。

 そしてそれを新たなG3は獲得している。

 射撃をし攻撃を躱しながら少しずつガードチェイサーに近寄る。彼我の距離が10メートル程になった所で一気に駆け寄り、ガードチェイサーの座席後部に固定されている武装を手に取る。1、3、2の順で数字キーを打ち込み、最後にエンターキーを押す。

 

『解除シマス』

 

 ロックを解除しストック部分をスライドさせ、畳まれた砲身を展開する。7つの円状に並んだ銃口をアンノウンに向け、トリガーを引く。凄まじい轟音と共に弾丸が連続して発射され、同時に幾つもの薬莢が排出される。威力に見合った反動に耐えながら飛び回るアンノウンに照準を定め続け、少なくない弾丸がアンノウンの身体に命中する。決定打にはならなかったが、アンノウンを墜落させる事は成功した。地上で悶えるアンノウンに追撃を加え、放たれた弾丸が地面を穿ち土煙を上げる。

 煙が晴れたそこにアンノウンの姿は無い。だがおそらく倒したのではないと、僕の直感が言っていた。

 それを証明するように木の陰からアンノウンが飛び出す。それを追うようにして銃口を動かすが、アンノウンの移動速度の方がやや速い。立ち止まったアンノウンに狙いを定め引き金を引くがその隙にアンノウンは跳躍し、後ろの木が半ばから折れて倒れる。空中を移動するアンノウンに向けて撃ち続けると、その砲身が空回りを始めた。

 

「弾切れか……」

 

 僕の動作を見て隙だと思ったのか、アンノウンが空から一直線に突っ込んでくる。でも残念ながら、これは僕にとってのチャンスだ。

 弾倉を取り外し、背中に付いた予備弾倉を新たにセットする。飛んでくるアンノウンに対し、真正面から弾丸を撃ち出す。弾丸はアンノウンの身体に風穴を幾つも開け、急激に勢いを失ったアンノウンは地面に激突しそのまま動かなくなった。身体中から血が溢れ出し、芝生を赤く染め上げる。

 

『アンノウン撃破を確認。回収班の出動を要請します』

 

『了解。回収班はG3-Χの座標に直ちに向かえ』

 

 全身を疲労が襲う。やはり馬鹿にならない重さだ。G3とは勝手が違う。しかしダメージを負ってはいない。これが量産されれば、装着員の殉職率は今よりも大幅に下がるだろう。

 何はともあれ、G3-Χは初勝利を収めたのだ。

 手間取ってはいたが、苦戦した訳ではない。G3の時とは段違いに強くなったと実感できる。

 アギトを超えるものを創る。その約束を、小沢さんは果たしてくれた。例えその認識が正しいのかは分からなくても、僕は今そう思っている。

 

「小沢さん」

 

『何、氷川くん?』

 

「ありがとうございます」

 

『……どういたしまして』

 

 スピーカー越しの小沢さんの声は、どこか笑っている様にも聞こえた。

 僕はこれからも胸を張って言い続ける。

 僕はG3であると。G3装着員である事を誇りに思うと。

 

 

 

 

 

 そう決意したG3-Χの姿を、少女は木陰から見つめていた。少女は僅かに悲しそうな顔をしながら、森の奥へと去って行く。それに氷川が気付く事は無かった。

 

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