仮面ライダーΑΓΗΤΩ(アギト)   作:赫牛

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人みたい

『翔一……翔一……』

 

 誰かが俺の名前を呼んでいる。

 でも一体誰だろう。聞き覚えがある気がするが、頭の中に浮かんでくるシルエットはぼやけていて判別がつかない。絵の具で塗りつぶした様な闇に、俺を呼ぶ声が木霊する。

 不意に視界が僅かに明るくなって光る何かが二つあるのが見えた。

 目だ。俺を見ている。

 

『翔一……翔一……』

 

 何となくだが、俺を呼んでいるのはこの目の持ち主だと思った。そして俺を呼んでいる声が、苦しそうで今にも消えそうなものだと気付いた。

 自然と手が伸びた。でも届かない。意外に近くにあったあの輝きとは、どうしても埋められない間隙がある。もう少し、もう少しなのに、もう少しであなたに届くのに。

 そして輝きは消えてしまった。

 

 

 

 

 

 目が覚めた時、時計は3時を示していた。

 真夜中なのに妙に頭が冴えてしまっているのは、さっきの変な夢のせいか。とは言え今からずっと起きているのは明日に支障が出るだろう。

 眠れない夜にはホットミルクやココアを飲むと良いと聞いた。今はどちらかと言えばココアの気分かな。

 コップに牛乳を注ぎ電子レンジに入れてボタンを操作すると、電子レンジが低くうなりながら加熱が始まる。

 それをぼおっと眺めていると、後ろからノックの様な音が聞こえてきた。振り返るけどそこにあるのはベランダに続く窓。鳥か何かが当たった音かと思って反応せずにいると、また同じリズムで窓を叩く音がした。

 流石に何かある、もしくはいると思ってカーテンを開ける。

 

「マナちゃん!?」

 

 何故かマナちゃんがベランダにいた。ガラス越しに微かに開けてという声が聞こえる。窓を開けると外の冷えた空気が入ってきた。

 

「駄目じゃないこんな時間に起きてちゃ。ちゃんと寝ないと」

 

「どうして私がここにいるか、って聞かないんだね」

 

 マナちゃんが可笑しいと言う様に笑う。確かにそれもそうだ。

後ろでピーと音が鳴って、電子レンジが俺を呼び出した。

 

「取り敢えず、なんか飲む?」

 

 

 粉末をスプーンで掬って二つ並んだカップにそれぞれ入れ、かき混ぜるとコップの中が白からブラウンに染まる。それをテーブルに置くと、マナちゃんは不思議そうにそれを覗き込んだ。

 

「これは?」

 

「ココア。ミルクココアで純じゃないけど」

 

「これがココア?」

 

「え、ココア飲んだ事無いの?」

 

「うん」

 

 そっかずっと病院にいたんだった。その間はココアを飲むのも駄目だったのかもしれない。

 

「でも前に翔一くんが美味しいって言ってたよ……あつっ」

 

「あー冷まさないと、ほら、ふーふーって」

 

「子どもじゃないんだからさ、これくらい飲める……あつ」

 

「だから言ってるのに」

 

 普段の様子にしてもさっきの子どもじゃないと言う発言にしても、やっぱり子どもっぽいと言う印象が拭えない。あんまり人と関わってこなかったようだし、精神的な発達が同年代と比べると遅れているのかもしれない。

 

「うん、美味しいね……翔一くんは飲まないの?」

 

「あ、ああ飲む飲む」

 

 口をつけると甘さと温かさがじんわりと体に広がり、緊張で少し硬くなっていた心をほぐしてくれた。

 

「ねえ翔一くん」

 

「なに?」

 

「翔一くんは、アギトになって良かったと思う?」

 

 アギト。氷川さんも言っていたが、それが俺が変身するものの名前らしい。良い事なのかは分からないが、最初は得体の知れなかったものの名前を知る事でアギトとの距離が縮まった様な気がして少し嬉しい。

 とは言え。

 

「うーん、分かんないなぁ」

 

「そうなの?」

 

「隠し事増えたし、何か用事の途中で戦いに行ったら何してたか忘れちゃうし」

 

 それに相手は怪物とは言え、やっているのは殺し合いだ。何度も命を奪ってきた事実に実感は無いけど、他人事の様に感じる事もできない中途半端な状態にここ最近はなっている。

 

「でもさ、俺が戦ったらその分誰かを守れるって思うと、それは良いかなって。だからどっちとも言えないって感じ」

 

「後悔はしてない?」

 

「してないかなー」

 

「そっか」

 

 いつもは可奈さんの定位置である椅子に座ったマナちゃんはまたココアを一口飲む。電気の点いていないリビングには、あの日と同じ月明かりが差し込んでいた。

 

「翔一くん、空は見てる?」

 

「結構見るよ。今日も月が綺麗だった」

 

「月も良いけどね、私は星の方が好きかな」

 

 確かに星も良いものだ。可奈さんに連れられて星空の良く見える場所に行った時は言葉が出ないくらい感動したものだ。だがそれはいつでも見られる訳ではない。

 

「星も良いけど、あまり見えないよね。街の方だと特に」

 

「そうでもないよ。ほら来て」

 

 立ち上がったマナちゃんがベランダに続く窓を開ける。振り返ったマナちゃんは、100点のテストを持って帰って来た時の様な顔をしていた。

 スリッパを足につっかけてベランダに出る。そして促されるままに空を見上げた。

 

「おお……」

 

 そこには確かに幾つもの星が輝いていた。都会から少し離れたこの町の明かりはほとんど消え、月と星の光が町を照らしていた。

 

「ね、見えるでしょ」

 

「ほんとだ。知らなかった」

 

「ここも綺麗だけど、もっと綺麗な所があるんでしょ?」

 

「そうなの?」

 

「翔一くんが言ってたよ」

 

「そうなんだ……」

 

 そう言った事も忘れてしまったが、俺はあの場所に何度か行っていたのだろうか。

 

「翔一くん、お願いがあるんだけど」

 

「なに?」

 

 マナちゃんは遠い星空を眺めながら、そこではない何処かを見つめて微笑んだ。

 

「いつか、ここよりも綺麗な星空を一緒に見に行ってくれる?」

 

「いつか?」

 

「うん、翔一くんが行ける時で良いからさ」

 

 何でもない約束だ。いつでも良いなら、いつかはその日がやってくるだろう。

 

「分かった。一緒に見に行こう」

 

 あの満天の星空を思い出す。あれをマナちゃんに見て欲しいと言う気持ちが自分の中にあるのを感じた。

 

「ありがとう」

 

「うん」

 

 そして隣を見た時、マナちゃんの姿はそこにはなかった。

 

 

 

 

 

「作戦の中止ですか?」

 

 所長の言葉は意外なものだった。

 

「アギト討伐作戦は昨日付けで中止、以後アギトは監視対象となります」

 

「理由は?」

 

「研究のためのサンプルデータとして必要となりました」

 

「研究ね……」

 

 あのろくでもない研究に興味は無いが、そのせいで厄介事が増えないかが気掛かりだ。

 所長はその整った顔をにいと歪ませる。

 

「なぁに、嫉妬?」

 

「はい?」

 

「大丈夫よ。私が愛してるのは貴方だけだから」

 

 そう言いながら俺の頬を撫でる手つきに怖気がする。自分に都合の良い勘違いにも吐き気がする。

 顔を這う手を払いのけ、研究室を後にした。

 

 

 

 

 

 肉が焼ける音と共に食欲をそそる匂いが立ち込めてきて空きっ腹を刺激する。絶妙な厚さのカルビに火が通り、伸びてきた箸がそれを僕の取り皿に置いた。

 

「ほら食べなさい」

 

「ありがとうございます」

 

 軽くタレを付けて口に放り込むと柔らかい肉の風味と微かな香ばしさが広がり、追加した白米が更に旨味を生み出す。

 

「美味しいです」

 

「良い食べっぷりね。もっと食べなさい」

 

 尾室さんが掴みかけていた肉が横からかすめ取られ、僕の取り皿に置かれた。

 

「あっ……」

 

「え」

 

「ほら、食べなさい」

 

「あ、はい……」

 

 悲しそうな顔の尾室さんに申し訳ないと思いつつも、置かれてしまったものは仕方ないので頭を下げてからいただく。うん、美味しい。

 

「最近調子良いわね氷川くん。彼女でも出来た?」

 

「違いますよ。偏にG3-Χのおかげです」

 

「面白くないわね。まあそう言う素直な所が氷川くんの良い所だけど」

 

 尾室さんが取ろうとした肉をまた小沢さんの箸が攫っていき、今度は小沢さんの口に吸い込まれていった。尾室さんの悲しそうな顔はさっきと変わらなかった。

 皿に並んでいたカルビが無くなって、次はハラミが網の上に並べられる。

 

「良い人いないの?同じ装着員で気になる人とかは?」

 

「いや、あまりそう言うのは……」

 

 装着員の女性たちも魅力的だとは思うが、僕には色恋沙汰は向いていない気がする。

 

「そう、真面目ねほんと」

 

 焼けたハラミが僕の皿と小沢さんの皿に取り分けられる。残った一切れを尾室さんがなんとか勝ち取った。

 

「まあ恋人なんてものはいつの間にか出来てるものだからねー、あんまり気にする事じゃないか……それより」

 

 ハラミがまたひょいと僕の皿に置かれる。

 

「真面目な話をすると、体に不調は起きてない?些細な事でも良いんだけど」

 

「いえ、特には」

 

「なら良かったわ。後は他の何人かで試して、安全だったら量産コースね」

 

 本当にそうなれば大きな戦力だ。アンノウンの脅威がいつまで続くかは分からないが、きっとあのG3なら大丈夫だ。

 

「何人かと言うのはやはり今の装着員からですか?」

 

「そうなるわね。それでG3の席が空いた分、誰かが繰り上げで装着する事になるでしょうね」

 

「え、それって……」

 

 尾室さんが自分を指差す。確か尾室さんもG3の装着者試験には参加してたはず……試験会場で見た事は無いけど。

 

「まあ私たちには関係のない事ね。氷川くんは優秀だから安心だわー」

 

 尾室さんの手が静かに下がっていった。

 

「ほら、貴方は体が資本なんだからもっと食べなさい。食べて頑張るのよ」

 

 僕の取り皿に肉が山の様に積まれていった。それを尾室さんがまた悲しそうな顔で見つめていた。

 

 

 

 

 

 その女性はビルの屋上でたばこを吸っていた。分煙化が進む現代で、割り当てられた狭いスペースに押し込められるのは彼女には窮屈だったのだろうか。或いはビルの間に吹く風に当たりたかったのか。

 何でも良い。屋上にいる事、高所にいる事が自分にとって最も重要だ。確実に殺すために。

 一つ跳躍して女性の前に降り立つ。驚いて叫ぼうとした彼女の首を掴み、力を込めて地面から足を浮かせる。苦悶する顔をじっくり眺める趣味は無いのでぱっと手を離すと、女性の体はコンクリートの床に沈んでいった。

 数秒後下の方から微かに悲鳴が聞こえる。同時に自分の中で何かが確立される様な感覚。後少し。もう少しで自分はやっと……。

 その時心臓が高鳴った。自分の中の何かが騒めいている。その原因がいる。そう遠くはない。

 衝動のまま、心の導く方に向かう。

 

 

 

 

 

 見えた。今日はいつになく鮮明に感じた。

 どこへ行けば良いかも分かる。買い物に行く途中だったけど、そんな事より命の方が大事だ。

 懐から機械を取り出し腰に押し当てる。

 

「変身!」

 

 機械が光を放ち、体が機械の鎧に包まれる。

 バイクをUターンさせて反対車線に乗り出し、エンジンをフルスロットルさせた。

 

 その場に駆け付けた時、怪物は数人の警官と交戦していた。既に何人かの警官は倒れ、怪物を取り囲んだ警官も苦戦していた。警官の一人が怪物に襟首を掴まれ投げ飛ばされる。その人は高架を支える柱をすり抜け、地面に叩きつけられ動かなくなった。

 警官たちが離れたのを見計らいトップスピードで怪物に激突する。怪物は吹き飛ばされ、俺の姿を認めた警官は退避していった。

 バイクから降り、怪物と睨み合う。怪物が肩から生える触手の様なものを引きちぎると、それが伸びて歯が付いた両刃の分厚い剣になった。怪物が走り出す。振るわれる剣をしゃがんで躱し、返す刃を白刃取りし、膝蹴りで距離をとる。大ぶりの斬撃を躱し、裏拳を肩に打つ。また振るわれた剣を持つ手を蹴りで打って剣を落とす。それでも果敢に迫る拳を受け止め、逆に拳を連続して放つ。力を込めた一撃に対して怪物が俺の真上に向かって跳ぶ。その脚を掴んで地面へ引き摺り下ろし、立ち上がった所に回し蹴りを放つ。

 呼吸を整え、構えると地面に紋章が現れる。深く息を吐き、腰を落として脚を引く。そして脚に力を込め、跳ぼうとした。

 その時だった。

 

 

 

「ま、待ってくれ!後もう少しなんだ!」

 

 

 

 え?

 一瞬思考が停止する。我に返って再び頭を働かせる。しかしどう考えても、さっきの言葉は目の前の怪物から発せられたとしか思えない。あの怪物が人の言葉を喋った。

 怪物が立ち上がり、また剣を手に取って走り出すのをぼおっと眺めていた。衝撃が来て、機械の鎧から火花が散る。

 かなり痛いが動けない訳じゃない。でもあの音がずっと頭に響いて身体が動かない。怪物が肩で息をしながら俺を睨みつけるその顔に人と同じ表情が見えたのは気のせいか。

 後ろの方からサイレンが聞こえ、青い装甲を着た戦士がバイクに乗ってやってきた。一瞬俺を見て、すぐに怪物に向き直ってガトリング砲の様な物を構える。

 

「待っ……」

 

 言い終わる前にガトリング砲が火を噴き、怪物の身体に次々と穴が開く。音が止むと同時に怪物が倒れ、血だまりがぴちゃっと音を立てた。

 人間と同じ赤い血が、怪物の身体に無数に空いた穴から流れ出ている。その生々しさに対して吐き気は感じなかったが、代わりに何かが俺の中に重くのしかかってきた様な気がした。

 白い防護服を着た集団が怪物の死体に群がり運んでいく。

 

「大丈夫でしたか?」

 

 駆け寄ってくる青い戦士。この声は氷川さんだ。氷川さんがあの怪物を殺したのか。

 もう何が何だか分からない。

 

「あ、ちょっと!」

 

 制止する氷川さんの声を無視して俺はバイクを走らせた。

 

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