仮面ライダーΑΓΗΤΩ(アギト)   作:赫牛

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カラスマさん

 もう少し。

 厳密には、後一人。

 それだけで、僕は自由になる。この忌まわしい呪縛からやっと解放されるのだ。

 けど何故、何故今になって。

 その一人が、どうしても殺せなくなってしまったのだろうか。

 ああ、僕はなんて弱虫なんだ。今になって弱腰になるなんて。

 この手は既に血に染まっていると言うのに。

 

 

 

 

 

『ま、待ってくれ!後もう少しなんだ!』

 

 その日の夢にも出て来るくらい、耳にこびり付いて離れなかった。

 見た目は完全におぞましい怪物なのに、人間じゃないのに。

 

『ま、待ってくれ!後もう少しなんだ!』

 

 その言葉は人間らし過ぎた。

 あいつらはなんだ?まさか人間なのか?

 だとすると俺は人間を……?

 分からない。何も分からない。人間みたいな声に、人間みたいな赤い血。俺を気遣う氷川さん。氷川さんが持ってる銃。怪物の身体を通り抜けていく弾丸。怪物の断末魔。

 

 また呼ぶ声がした。

 行きたくない。耳を塞いで毛布にくるまってしまいたいけど体が勝手に動こうとする。最近は自分の意思で動いていたつもりだった。強制的に動かされるのはやっぱり気分が悪い。

 嫌だと思いながらも、いつの間にか部屋を飛び出してバイクに乗っている。

 

 

 

 

 

 予感に辿り着いて見上げると、ビルの屋上に人影が見えた。それは大きな翼を広げビルから飛び立つと、俺の前にいる男に向かって一直線に加速する。

 

「危ない!」

 

 咄嗟にバイクから降りて男を押し倒す。その上を物凄いスピードで黒い影が通過していった。

 

「逃げてください!早く!」

 

 男が逃げるのを感じながら怪物の方を向く。真っ黒な怪物は着地して振り返ると……その場に力なく崩れ落ちた。同時にすすり泣く声が聞こえてくる。

 

「なんて……なんて……」

 

「え?」

 

 疑問に思った瞬間に物凄い速さで襟首を掴まれた。

 

「なんてことしてくれたんだー!」

 

「え、え?」

 

 混乱している間に怪物の姿が揺らめいて、それはくたびれた男の姿に変わった。

 

「うぅ……うっ……」

 

「えー……あのぉ……」

 

「もうちょっとだったのにぃ……」

 

「あの……放してもらっても……」

 

 そのまましばらく泣きじゃくる男のおかげで、俺のシャツはびしょ濡れになった。

 

 

 

 

 

 俺はその後落ち着いた男……男?怪物?……と一緒に何故かベンチに座っている。

 

「すみません、取り乱して」

 

「いえ、大丈夫です……あの」

 

「はい」

 

「一応確認なんですけど、あなたってさっきの怪物ですか?」

 

「怪物、ですか」

 

 男は苦笑いする。まあ当然の反応だ。

 

「まあ間違ってはないです。そうですね怪物で合ってます」

 

「なのに今は人間じゃないですか」

 

「人間だったら良いんですけどね……」

 

「え?」

 

「いや、僕はね、人間になりたいんですよ」

 

 人間に、なりたい?人間ってなりたくてなれるもんなのか?

 

「どう言う事かって思うでしょう?でもそれが僕らなんです。僕らは人を殺す事で、少しずつ人間に近づくんです」

 

「どう言う仕組みですか……」

 

「それは僕らにも分かりません。でもなんだか胸の中がざわついて、それに従って殺しをすると、自分の存在が確かになるような気がするんです。それを繰り返して、まず言葉を話せるようになり、ついには人間の姿になれるようにもなりました」

 

 殺す事で人間になる。

 物騒だけど、この人の願いを叶えるのであればそうするしかないのかもしれない。

 

「そしてさっきの人で、多分最後だったんです」

 

「それを俺が邪魔しちゃったと」

 

 邪魔しちゃったって言い方もおかしいけど。人の命がかかってるんだし。

 

「そう、最後だったんですよ、最後だったのに……」

 

「お、落ち着いてください。こんなの言うのもおかしいですけど、また頑張れば良いじゃないですか」

 

「そんな簡単に言わないでくださいよ!」

 

 男はまた泣きそうだった。

 

「最初は何も感じなかったのに、人間に近づくにつれて、だんだんこう……人を殺す事に抵抗を覚える様になって。殺すのが苦しくなってきたんです」

 

「それは……心みたいな事ですか?」

 

「そうかもしれないです……こんなもの、いっそなければ、こんな苦しい思いせずに済んだのに……」

 

 その顔は本当に苦しそうで見てるこっちまで苦しくなる。ここで俺が声をかけるべきなのかは分からない。実際何人も人を殺している訳だし。でもここで何も言わないのもそれはそれで違う様な気がした。

 

「でもそれって、人って事じゃないんですか?」

 

「え?」

 

「そう言う感情を大事にできるのが人間って感じがして。だからもう人間って言って良い気がします」

 

「そうですか?」

 

「勿論人を殺してるのは良くないですけど、でももう殺さなくて良いんじゃないですか?」

 

 この人がこれからどう生きていくかは分からないけど、もう苦しい思いはするべきじゃないと思う。こうする事でしか生きられなかったのなら、警察でもない俺がどうにかする権利なんて無い……あ、前は警察だったのか。まあそれは置いておこう。

 

「僕なんかが生きてて良いんですか……?」

 

「当たり前ですよ!誰だって生きて良いんです。えっと……お名前なんて言うんですか?」

 

「名前、名前……そう言えば考えた事なかったです」

 

「じゃあ、カラスマさんとか」

 

「カラスマ?」

 

「さっきの見た目がカラスみたいだったので」

 

「あー……じゃあカラスマにします」

 

「カラスマさんだって生きて良いんです。別に死にたい訳じゃないでしょう?」

 

「それはそうですけど」

 

「じゃあ生きましょう、ね?」

 

「本当に、良いんですか?」

 

 カラスマさんは目に涙を溜め、少し上ずった声を出す。

 

「生きて良いんですか?」

 

「勿論です」

 

「ありがとうございます……あの、お名前は?」

 

「俺ですか?津上翔一です」

 

「津上さん……ありがとう……」

 

「いえいえ、落ち着いて」

 

 そう言う俺の言葉が聞こえてないのか、カラスマさんは顔を覆ってまた泣きじゃくり始めた。

 

 

 

 

 

「翔一、なんか良い事あった?」

 

「え、何ですか急に?」

 

 そんな事を言われるなんて、俺なんかしてただろうか?

 

「だって、鼻歌歌ってるし」

 

「え?ほんとですか?」

 

「ほんとほんと」

 

 料理とか掃除している時に鼻歌は歌うが、そう言う時は大抵意識して歌っているのに気付いてないなんて久々だ。

 

「だから良い事あったのかなって」

 

「良い事なんですかね?」

 

「なんかはあったんだ」

 

「はい」

 

 可奈さんはちょっと考えて、それからにっこり笑った。

 

「良い事だったって事なんじゃない?翔一にとって」

 

「そう言う事、ですか?」

 

「うん」

 

「そっかぁ……」

 

 今日の出会いは良いものだったんだろうか。

 いや、多分良かったんだ。相手は怪物だけど人だから分かり合えるし、あの人の力になれたのなら俺も嬉しい。

 ほら今も、いつの間にか口角が上がっている。

 また会えると良いな、カラスマさん。

 

 

 

 

 

 目が覚める。

 今日もまた呼び出しを食らった。おちおち眠ってもいられない。隣の可奈さんを起こさないようにそっとベッドから出て着替える。もう半袖で過ごす季節だと言うのに今日は不思議と寒く感じた。

 それにしても。

 今日は一段と胸が騒めいている。行かなきゃいけないけど、心のどこかがそれを拒否している気がする。

 

 それでもバイクを走らせたのを、凄く後悔する事になった。

 

 

 

 

 

 ざわめきは町のはずれに行くほどに高鳴っていく。そして一瞬月が陰り、羽ばたく音が聞こえた。

 それは昨日聞いたのに似ていた。

 

 怯えた男が壁際まで追い詰められ、それに真っ黒な怪物がじりじりと迫る。その姿は紛れもなく……。

 

「カラスマさん……?」

 

 怪物はびくりと身体を震わせ、ゆっくりと振り向く。

 

「津上、さん?」

 

 そうしている間に男が叫びながら逃げていく。その男も昨日俺が助けた人だった。それを追う事も無くカラスマさんは固まって動けずにいた。

 そのままどれ程経っただろうか。またカラスマさんは苦しみだす。

 

「どうしたんですかカラスマさん!もう人は襲わないんじゃないんですか!」

 

「違うんです!襲いたくないんです!でも……抑えられない!」

 

「え?」

 

「身体が勝手に動いて……何が何だか分からなくなって、気付いたらここにいたんです……」

 

「そんな……」

 

「今少しでも動いたら、またあの人を追いかけそうなんです……!」

 

 どうやっても抑えられない。悲痛な声は俺に本当だと信じさせるのには充分だった。

 もしかするとそれは本能なのかもしれない。人間になるために標的を狙い続ける。例え自身が拒否しても身体は勝手に動いて目的を達成しようとする。

 

「津上さん……殺してください……」

 

「何言ってるんですか、カラスマさん!」

 

 見開かれた目からは、とめどなく涙が流れていた。

 

「もう辛いんです……お願いします……殺してくださいぃ……!」

 

 よろよろと歩き、俺に縋りつくカラスマさんが怖かった。怖いと感じてしまった。

 

「殺してください……!」

 

 その言葉と共に突き飛ばされても不思議と痛みは感じなかった。ただカラスマさんの苦しみに心が塗りつぶされ、いつもの衝動が体を勝手に動かす。ベルトが輝き俺の姿が変わった時、通り雨が降ってきて鎧を濡らした。

 身体が動く。力が身体に満ちると同時に跳躍し、脚がカラスマさんの胸を強く撃つ。遠くに見えるカラスマさんが力なく倒れ、爆発が起こってその身体を跡形もなく吹き飛ばした。

 

 変身が解け、一層激しくなった雨に打たれる。

 爆発の跡には何もなく、そこにあの人がいたのが嘘の様に思えた。生きて良いと言う俺の言葉は、俺の手で否定されてしまった。

 あの人は生きてちゃ駄目だったんだろうか。俺が生きて良いと言ってしまったから、あの人はまた苦しんだんだろうか。

 今頬を流れているのか雨なのか、涙なのか、俺には分からなかった。

 

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