闇の中、誰かがこちらを見つめている。
その視線がまるで光の様にも見えて。
「翔一……」
「姉さん……!」
手を伸ばす。
地べたを這いながらあの人の手を掴むために手を伸ばす。しかし伸ばされた手と手の間には、埋める事のできない絶対的な空白があった。
「姉さん……」
助けたい大事な人のもとへ、絶望的な遅さで前へ進む。
しかし無情にも、姉の背を踏みつけて立つ誰かが銃を抜く。
「やめろおおおお!」
そして一発の弾丸が姉の背を撃ち抜いた。
さっきまで俺を見ていたその目の輝きは、最初から幻であったかのように消えてしまった。
「はあっ……はあっ……」
夢だった。物凄く寝覚めの悪い夢だった。
それにどこかで見た事がある様な気がするのも、また気分が悪かった。
隣のベッドでは可奈さんがまだ寝ている。起こさなくて良かったけど、今のこの夢の事を聞いて欲しい気持ちもある。
姉さんって言ってた。
俺には姉がいるのか?
でもあの夢が本当なら、姉さんは……。
この家の朝食どきに聞こえるのは俺と可奈さんの会話、箸を動かす音、少し開いた窓から入ってくる町の喧騒や鳥のさえずりである。
テレビの音はしない。何故ならこの家にはテレビが無いから。
普通テレビは一家に一台あるらしいのだけれど、可奈さんはテレビが好きじゃないから置いてないって言ってた。俺は携帯も持っていないから、外の情報は誰かと話した時にしか入ってこない。携帯も今は皆持っている時代なんだとか。
じゃあどうして俺は持っていないんだ?
その答えは明確で、可奈さんが許可してくれなかったからだ。それが何故なのか、深く考えた事は無かった、と言うより考える余裕が無かったのだが、最近気になり始めた。人と接する事が増えてその必要性に気付いたからかもしれない。
理由は兎も角、俺は外の情報についてはほとんど知らない。だから美杉くんの話にも最初は頭が追い付かなかった。
「津上さんは特撮好きですか?」
「トクサツ……ってあの着ぐるみ着て戦ったりするあれですか?」
「着ぐるみって言うかスーツですけど、まあそれです。昔見てたんですよね」
「はあ」
見るも何も、記憶が無いから覚えてないしテレビも無いから新しく見ても無い。
「だからG3とかアギト見た時ってすげぇ懐かしい気持ちになって、まんま小さい時に見たのだったなって思ったんですけど」
「……アギト?」
それはあの青い鎧の戦士……氷川さんが俺を見た時に言った言葉だ。多分俺の事をそう呼んだんだと思う。だけどそれを何で美杉くんが知ってるんだ?
「あれ、知らないですかアギト?結構有名ですけど」
「知らない……です。何ですかそれ?」
「これですよ」
美杉くんが差し出した携帯の画面には、二本の角を冠した黄金の鎧の戦士がいた。それは正に俺が変身するあれそのものだった。
「G3とかもそうですけど、警察がこんなの作るなんて何か凄い時代になったなあって。だってまんまですもん」
「まあ、確かに」
警察がアギトを作った?じゃあ何で可奈さんはあれを持っていたんだ?
もしかして、俺が昔警察だった事と何か関係があるのか?
そして何でマナちゃんは俺にアギトを渡したんだ?
頭の中を疑問に支配されたままバイトが終わり、いつも通りバイクに乗って家路につく。
可奈さんに聞きたい事がいっぱいある。テレビや携帯の事もそうだけど、あの機械の片割れを持っていた事を問いたださないといけない。
そのためにも早く……。
「!」
不意に見えたヴィジョン。素早く回転する刃がバイクに乗った男の首目掛けて飛んでくる。
俺だ。
「っ!」
咄嗟に身を投げ出し、格好悪く地面を転がる。風切り音が行ってまた帰っていき、刃が怪物の手に収まった。
喉を鳴らす怪物はカマキリの様な風貌で、しかし人間の様な瞳が真っ直ぐに俺を捉える。完全に俺を殺す気だ。
機械を取り出し構え、いつもの様に叫んだ。
「変身!」
腰のボタンを押されて光が溢れ、瞬く間に鎧を身に纏う。
俺の思考はアギトに引っ張られて目の前の敵へとフォーカスしていった。
街を見下ろすビルへと二つの影が降り立ち、逃走を諦めたアンノウンが武器を構える。刃と刃がぶつかり合い火花を散らし、殺風景な屋上を照らし出す。剣の切っ先がコンクリートを抉り、纏った炎がアンノウンの皮膚を焼く。アギトの剣の腹がアンノウンの腕を打ち、鎌を叩き落した。
尻もちをついたアンノウンの首元に剣が突きつけられる。どちらが勝者かは誰が見ても明らかであった。
そして剣の装飾が展開し、アギトが剣を振り上げた。
そう言えばカラスマさんも、こんな感じの眼だったなぁ。
アンノウンの身体を引き裂くはずだった剣は、その眼前で止まっていた。浅い息をするアギトの剣は、僅かに震えていた。
アンノウンは唸り声を上げながらアギトを突き飛ばした。鎌を拾い、がむしゃらにアギトを斬りつける。全てをもろに受けたアギトは後退り、そして最後の一撃で吹き飛び身体が宙に浮いた。
「うあああああああ!」
何秒かの急降下の後、アギトは地面にしたたかに打ちつけられた。ブロックは陥没し、その衝撃の大きさを物語っている。
呻くアギトの鎧が光になって消え、微かに開く瞼はゆっくりと閉じていく。
翔一はそのまま動かなくなった。