今日も朝日が眩しい。
隣で寝る彼女を起こさないようにそっとベッドから出て洗面所に向かう。顔と口内をリフレッシュしてから台所に立つ。おかずは冷蔵庫に用意したものがあるから、ご飯を炊いて味噌汁を作れば良いだけだ。
炊飯器に米をセットし、だしを取って具材を煮込んでいる時ぐらいで可奈が起きてきた。
「おはよー翔一……」
「おはよう、今日は一人で起きられたんだ、珍しいね」
「もー子ども扱いしないでよぉ」
「はいはい顔洗って来なさい」
「むぅー……」
ふくれっ面をするけど、顔を洗ったらいつもみたく笑ってくれるだろう。
もうちょっとで味噌汁も出来るし、そろそろおかずを温めますか。
今日は俺だけ仕事のある日だ。支度をして玄関に立つと可奈がスリッパをぱたぱた鳴らしながら来た。
「今日も気を付けて、頑張ってね。行ってらっしゃい」
「ありがとう、行ってきます」
可奈は俺がG3装着員である事を知っているし、危険な仕事だという事も理解してくれてその上で応援してくれている。滅茶苦茶ありがたいし、良く出来た彼女だと思う。そしてその分頑張ろうと思える。
そう意気込んでいたから、今日こんな事になるとは思っていなかった。
「テスターですか」
「新しい装甲を作るのに優秀な人材が必要で。G3での貢献度も高い津上さんなら良いデータが取れるかと」
次世代型の特殊装甲を作るために俺の戦闘データが欲しいとの事だ。しかし参加要項として……。
「1カ月用意された施設での生活、ですか」
「食事も管理したいと言う方針でして……」
「それは帰宅できないと言う事で?」
「そう言う事になります。その分手当も出ますので」
「そうですか……」
稼ぎが良いとしても1カ月は正直長い。帰宅できない即ち可奈にも会えないと言う事だ。それはきつい。それに缶詰と言うのはかなり精神をすり減らすものだ。
「どうです?」
「そうですね……自分はちょっと、できれば辞退させていただければと」
無理はしないのが一番。こう言うのはやりたい人がやれば良い。
「そうですか。でもね津上さん。選べる立場だと思っていますか?」
さっきまでと同じ笑みを浮かべているが言葉の温度と圧が正反対になった。
「どう言う意味で?」
一応聞いてみるとその女は唇を吊り上げた。
「知ってますよ、岡村可奈さん」
全身の毛を逆立たせるには充分な一言。
「脅しですか?」
「想像にお任せします。ああそうだついでに、貴方のお姉さんも参加しますよ」
「姉が?」
「ええ、快く引き受けてくださいました」
その言葉の真偽は兎も角として、もし引き受けなかった場合の人質は俺だろう。そして遠回しに姉さんにも危害が及ぶ可能性を示唆している。
「分かりました。お受け致します」
「ご協力ありがとうございます。早速明日から開始ですので、指定の場所までご足労お願いしますね」
それでは、と女はGトレーラーを後にした。足音がやけに耳障りに感じた。
「1カ月?」
「そう、1カ月。明日から」
「えー、長すぎでしょー、断れないの?」
「ごめん、どうしてもって言われちゃってさ」
「えー、うーそー……朝とかどうすんのー……」
頭を抱えて明日の心配をする可奈。可愛らしいが、この話はそんな軽くない。
「相談したかったけど今朝言われて、まあ半分強制みたいな感じでさ」
「うーん……じゃあ仕方ないか。分かった」
存外早く可奈は了承してくれた。もっともそうじゃないと困る。命に関わる事なのだから。理解ある人で良かったとこんなに思った日は無い。
「頑張ってきてね、私も頑張るから」
「ありがとう。なるべく連絡するよ」
「うん」
この食事を終えてしまうと、しばらく可奈の料理は食べられない。その日はいつもの何倍も料理の味を噛みしめた。
明くる日の早朝、電車を乗り継いで人里離れた山奥に来ていた。何十分と歩いてようやく見えた厳めしい施設が集合場所だ。
人目につかない立地だ。ここは本当に警察の所有する施設なのか?妄想かもしれないが、行われているのは普通と聞いて想像するような研究ではない気がする。
「お待ちしておりました津上さん。どうぞこちらへ」
受付を通り案内に付いて行く。辿り着いたのは更衣室。
「こちらのロッカーに荷物を全て預けていただきます。腕時計などの身に着けている物も該当します。それからこちらにお着替えください」
簡素なトレーニングウェアを渡される。きな臭くて仕方ないが、脅された以上ここで反発するとどうなるか分からない。大人しく従う他無い。
着替えて案内の通りに進み、扉を開けるとそこは少し狭いホールの様な場所だった。既に何人かの同僚たちがおり、歓談する等して待機していた。
「津上」
声を掛けられる。振り向くとそこには見知った男の顔があった。
「沢木、お前も来てたのか」
「そっちこそな。まあ成績優秀なお前なら声が掛かって当然だな」
台詞から察するに、沢木は脅される段階までは行かなかったのだろう。そう言う人間は他にもいるはずだ。沢木は例外として、仮に事実を話した所で信じてもらえるかは怪しい。
「ほら、あそこにお姉さんもいるぞ。おーい、津上さーん」
壁にもたれかかっていた女性が駆け寄ってきた。俺の唯一の肉親である、津上
「翔一、も来たのね」
「姉さんこそ」
「ん?二人とも、喧嘩でもしたんですか?」
「いや、別に……」
姉さんと顔を見合わせる。その視線から分かった。姉さんも脅された側だ。
沈黙を破ったのはホールに響いた足音だった。壇上に俺たちとは対照的に制服を着た長い黒髪の女性が立つ。マイクをいじるとスピーカーから耳障りな音が鳴り響いた。
「えー、優秀なG3装着員、そしてテスターの皆さま、御足労いただき感謝申し上げます。本日よりの一か月間、窮屈に感じる事もあると思います。しかし皆さまの努力の結晶が、G3に代わる新しい装備を創るのです。今一度、ご協力お願いいたします」
この女の言葉は真なのかもしれない。その訴えかける表情は真なのかもしれない。
しかし俺には、何も響かなかった。
女のスピーチの後簡単な検査をし、そしてシミュレーション用装備を着用した状態での戦闘訓練が実施された。プログラムには対アンノウンの仮想体だけでなく、装着員同士がG3を装備した状態での組手も行われる事が記載されていた。そんな事のデータを取って何になるのかは分からないが、それを言った所で何にもならない。
用意された簡素な部屋に備え付けられたベッドは硬い。しかし何故か体が沈み込んで落ちていく様な感覚を覚えている。こうやって思考するのもままならない程の眠気、寝返りも満足にうてない体の重さ。
その違和感に気付く前に、俺はいつの間にか眠りについていた。
顔に光が当たっている気がする。目を開けると目の前には無影灯。太陽光ではなく、作られた無機質な光が俺を照らしていた。このライトで真っ先に連想されるのはドラマで良く見る手術のシーン、その始まりを演出するカットだろう。
体が動かない。僅かに動く眼球で周囲を確認すると、手足が拘束されているのが分かる。しかしそれで固定されているからだけではなく、全身に力が入らない事から全身麻酔をされていると推測する。
つまり俺は今、手術台の上だ。
『被検体覚醒状態に移行』
『問題無し。施術を再開』
微かな駆動音と共に金属のアームが迫ってくる。それは輝く何かを掴んでおり、それを既に切開された俺の腹に据え、ねじ込んだ。
「うあああああああっ!」
麻酔が効いているはずなのに、全身の血液が沸騰した様な熱と痛みを感じる。さっきまで出なかった声がいつの間にか漏れていた。激しい痛みの中、思考は段々と白く塗りつぶされ。
そして——。