仮面ライダーΑΓΗΤΩ(アギト)   作:赫牛

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津上翔一(2)

 今日は快晴だ。

 窓を開けると、冷たい空気が部屋の中に入り込む。

 新鮮な空気を吸った時の、肺の中が洗われるような感覚が好きだ。

 楽しむのは程々にして、朝食の準備をする。

 と言っても、昨日の鍋の残りを温めるだけなのだが。

 もう7時だ。可奈さんを起こさないといけない。

 可奈さんは個人経営のレストランで従業員として働いている。今日は仕込みの担当ではないが、そろそろ起きていた方が良いだろう。

 寝室には俺のベッドと可奈さんのベッドが、間隔を開けて置かれている。空き部屋がないのだから仕方ないのだが、始めの内は物凄く落ち着かなかった。

 目覚まし時計のスイッチは切られていた。起きられなかったのか、起きるつもりがなかったのか。

 

「可奈さん、朝ですよ」

 

 そっと揺さぶる。

 

「うにゅ……しょーいち?」

 

 いつもの様子からは考えられない程ふにゃふにゃだ。可奈さんは朝に弱い。

 

「はい、翔一ですよ」

 

「むー……おこして……」

 

 と言って両手を広げる。

 またこれだ。

 

「はいはい」

 

 手の誘導に従って抱きかかえ、上半身を起こすように上に引っ張る。

 朝早く起きないといけない時は毎回こうだ。これももう慣れた。

 

「ふふふー……ちゅー……」

 

 ほとんど閉じたままの目と唇が迫ってくる。

 

「はいはい、顔洗ってくださいね」

 

 咄嗟に顔を背けてしまう。

 

「……けち」

 

 けちと言うか俺が恥ずかしいだけと言うか。

 可奈さんは洗面所へ歩いて行った。

 そうこうしている内に鍋の中身が沸騰している。

 皿に盛りつけ、白米もよそって食卓に並べる。

 座って待っていたが、しばらく経っても可奈さんが戻って来ない。

 洗面所に行くと、可奈さんは何をするでもなく立っていた。

 

「可奈さん?」

 

 声をかけると、可奈さんの肩が跳ねた。

 

「しょ、翔一?」

 

 どうしたんだろう。

 かなり動揺しているように見える。

 

「どうしたんですか?」

 

「な、なんでもないよ」

 

 そう言ってすれ違う時、ポケットに何かを隠したのが分かった。

 

 

 

 

 

 可奈さんは仕事へ行った。

 朝食を食べた後も、可奈さんは挙動不審だった。

 まるで何かに怯えるかの様に。

 気になるが、そればかり気にしていてもしょうがない。

 今日は俺が家事をする番だ。ぼうっとしていたら終わらない。

 まずは部屋の掃除だ。

 壁に立てかけてあるコードレスの掃除機を手に取り、電源を入れる。

 

 一通り掃除機をかけ終えると、一層すっきりとした気分になる。

 そして電源を切った時だった。

 あの音が、頭の中で暴れ出した。

 

「うう……」

 

 思わず掃除機を手放し、頭を押さえてしまう。

 しばらくそうやっていると、音は消えた。

 今回はそんなに長くなかったし、あの光景も見えなかった。

 それで済んだと思っていたのだが。

 

 

 

 翔一くん。

 

 

 

 あの女性の声だ。

 

「誰だ?どこにいるんだ?」

 

 

 

 こっちだよ。翔一くん。

 

 

 

 声は寝室の方から聞こえて来ている。

 

 

 

 ほら、こっち。

 

 

 

 ベッドとは反対側に置かれた化粧台から声がする。

 その引き出しの一つから光が漏れ出ている。

 一体何なんだ。

 

 

 

 見て。取って。

 

 

 

 声に命令される。

 得体の知れないものに従うのは危険だ。

 だがなんと言うか、怖いもの見たさも正直ある。

 少しの葛藤の後、好奇心が勝った。

 ゆっくりと引き出しを開ける。漏れ出る光は更に強さを増していく。

 そこにあったのは、黄金に輝く水晶の様な球体だった。

 俺が手に取ると、光は消えていった。

 

「これは?」

 

 

 

 大事なものだよ。失くさないでね。

 

 

 

「大事なものって?一体、どういう事なんだ!?」

 

 それっきり声は途絶えてしまった。

 

 

 

 

 

 今日の夕飯はシチューにした。

 シチューを作る時は市販のルウは使わず、ホワイトソースから作る。

 それなりに手間はかかるが、自分としてはルウを使うよりも美味しいと思う。

 可奈さんも美味しいと言ってくれていたのだが。

 今日の食卓に会話はない。

 二人とも黙ってシチューを食べている。

 可奈さんが帰ってから碌に言葉を交わしていない。

 

 今朝可奈さんがポケットの中に隠したのは、おそらくあの球体だろう。

 俺に見せようとしなかったのは、見せたくなかったからか。

 でもあれは、俺にとって重要なものである気がする。

 あの声に言われたからではなく、何故かそんな確信がある。

 それでも黙って取ってしまった後ろめたさで、今話せずにいる。

 

 可奈さんは何を考えているのだろう。

 目は焦点が合っておらず、シチューを口に運ぶ動作もどこか機械的だ。

 どうしてしまったんだろう。

 あの球体を見つけてから、俺も可奈さんもおかしくなっている。

 

「可奈さん」

 

 思い切って声をかける。

 

「え……何?」

 

 数瞬遅れて可奈さんが反応する。

 

「シチュー、まずかったですか?」

 

「え?ううん、美味しいよ」

 

「それなら良いですけど」

 

「うん美味しいよ。美味しい美味しい」

 

 そう言っているのも、どこか上の空の様に見えた。

 

 

 

 

 

 結局その後一言も話さないまま、二人ともベッドに入った。

 可奈さんはこっちに背を向けて寝ている。

 いつもだったら寝るまで俺を見ているのに。

 見られるのが気恥ずかしくはあるけど、いつも通りでないと調子が狂う。

 

「おやすみなさい」

 

 一応、言っておく。

 

「……おやすみ」

 

 元気のない声が返って来る。

 もう気にせずに寝よう。

 可奈さんとは反対側を向いて、瞼を閉じる。

 

「翔一?」

 

 可奈さんの声がする。

 

「ねえ……まだ起きてる?」

 

 可奈さんは壁の方を向いたまま、話しかけて来ていた。

 

「どうしたんですか?」

 

「あのね……今日、私変だった?」

 

 不安そうな声が問いかけてくる。

 

「変、とは?」

 

「翔一と全然喋ろうとしなかったから……どうだった?」

 

「まあ、確かに喋ってないですけど」

 

 布団が僅かに動く。

 

「やっぱそうだよね。私、変だよね」

 

 声のトーンが下がっていく。

 

 

 

 このまま一日を、終わらせたくないと思った。

 

 

 

「大丈夫ですよ」

 

「え?」

 

 可奈さんがこっちを向いた。

 

「俺も今日変でしたから」

 

「何で?」

 

「それは……分からないですけど、俺も喋ろうとしなかったですし」

 

 後ろめたい事をしたとは正直には言えないので誤魔化した。でもできる範囲でのフォローは成せたのではないだろうか。

 

「じゃあ、今日は二人とも変?」

 

「そうです。今日はそういう日です」

 

 ぽかんとしていた可奈さんが、次第に笑い出す。

 

「そっかぁ。今日はそういう日だったんだ」

 

「はい、そういう日です」

 

「ふふふ……偶には良いかもね、こういう日があっても」

 

「どうしてですか?」

 

「だっていっつもいちゃいちゃしてると、飽きが来ちゃうもんね。息抜きしないと」

 

「いちゃいちゃしてくるのは可奈さんだけでは……」

 

「ひどい。私だけ好きみたい……って今はそうか」

 

 少し寂しそうな顔をする。しまった、今の返しはまずかったか。

 でもすぐに可奈さんは悪戯っぽい笑みを浮かべる。

 

「翔一もしたくなったらいつでも甘えてきて良いからね。大歓迎だよ」

 

「け、検討します」

 

 焦る俺を見て、可奈さんが更に笑う。

 それを見ていると、俺も自然と笑っていた。

 二人とも、笑っていた。

 

 良かった。

 いつもの可奈さんに戻ってくれた。

 この人の笑顔に、愛おしさを感じている自分がいる。

 可奈さんはああ言っているけど。

 俺ももしかしたら可奈さんが好きなのかもしれない。

 そうじゃなくても、俺は今、幸せなんだろうな。

 

 

 

 

 

 寒い。

 暗い。

 どこなんだろうここは。

 寝ていたはずなのに、どこかへ向かって歩いている。

 これは夢なんだろうか。

 どうも感覚が曖昧で、思考もはっきりしない。

 ただ、どこかへ向かわなければいけない気がする。

 それだけを頼りにして足を動かす。

 

 ここだ。

 立ち止まる。

 どこかの路地裏だ。

 何で俺はここに来たんだ?

 分からない。

 一体何が起きている。

 

 

 

「私が呼んだんだよ。翔一くん」

 

 

 

 我に返る。

 夢ではない。本当に路地裏に来ている。

 そして目の前に、あの女性がいる。

 

「だ、誰だ?」

 

 暗がりから彼女が歩いてくる。

 月明かりに照らされた彼女の顔は、思っていたよりも幼げで、女性と言うよりは少女といった印象を受ける。

 

「私だよ。翔一くん」

 

「え、いや、だから……」

 

 私と言われても、覚えがない。

 

「ふーん、本当に覚えてないんだー」

 

 俺はこの子に会った事があるのか?

 

「まあ良いけど。今日はね、翔一くんに渡したいものがあって呼んだの」

 

「呼んだ……?」

 

「そう、私が呼べば、翔一くんはいつでも来てくれる、でしょ?」

 

 意味が分からない。

 

「それは置いといて、はいこれ」

 

 そう言って差し出されたのは、妙な機械だった。

 細身で手に持てる大きさの箱の様な形状で、ほとんど装飾のない黒に透き通っている。中央には丸い窪みがあり、何かがはめ込める様だ。

 

「これは……?」

 

「これも覚えてないの?これはあなたのものだよ」

 

「俺の……」

 

 何故だろう。

 知っている気がする。

 とても重要で、持っていないといけないような。

 俺はこれを持っていたという確信がある。

 

「持って来てくれたよね。大事なもの」

 

「大事な、もの……」

 

 ポケットに手が伸びる。

 何故か入っていたあの球体を握っていた。

 

「そうそれ。ここにはめるの」

 

 彼女が窪みを指差す。

 言われるがままに、球体を窪みに置く。

 機械が蠢き、球体を飲み込んだ。

 あるべき場所に収まった球体が、黄金の光を放つ。

 

「はい、これで完璧」

 

 そう言って差し出されたものを、思わず受け取ってしまう。

 

「使い方、わかるよね。じゃあ実践してみよっか」

 

「実践って……」

 

 顔を上げると、少女はいなくなっていた。

 

 

 

 頑張ってね。翔一くん。

 

 

 

 どこからともなく声が聞こえてくる。

 その発生源を探る間もなく、あの音が聞こえてきた。しかもいつもより大きい。

 頭が割れそうだ。

 次第に視界が白んで、切り替わる。

 濁った視界の中、暗い路地裏が映る。

 ゆっくりと、確実に、獲物に迫る。

 そして獲物を捉える。

 その獲物は、俺の格好をしていた。

 

 意識が戻る。

 振り返る。

 

 ほんの数十メートル先に、怪物が立っていた。

 

 その頭は、人とネコ科の動物を混ぜたような形をしていた。

 爛々と光る眼が、俺を見据えている。

 衣服は着ておらず、人のシルエットをしているが、その身体も異形だった。

 ひたひたと、一歩ずつ近づいてくる。

 

「なんだよ、こいつ……」

 

 いや、なんだよじゃない。

 こいつはあの光景の怪物だ。

 あいつが暴れる度に、俺にはあの光景が見える。直感がそう訴える。

 そんな事を考えている内に、足音が段々速くなっていく。

 そして鋭い爪を、俺に振り下ろす。

 

「くっ!」

 

 咄嗟に身をひるがえす。

 爪は俺のすぐ傍の空を切り裂いた。

 怪物が来た方向に転がり、距離を取る。

 どうしてそうしようと思ったかは分からない。

 ただ咄嗟に、体が動いた。

 

 そして、俺は。

 いつの間にか、あの機械を腰に押し当てていた。

 

 機械の両端から帯の様なものが展開し、体に固定される。

 その瞬間、何かが俺に入り込んだ。

 

「あ……は……が……」

 

 強烈な不快感。体に力が漲る代わりに、俺自身が薄れていくような感覚。

 頭の中がぐちゃぐちゃで、何も考えられない。

 視界は白く塗りつぶされて。

 

 

 

 そして思考が、ゼロになった。

 

 

 

 

 

 翔一が立ち上がる。

 その瞳は真っ直ぐに敵を見据えるが、感情を見出す事はできない。

 ゆっくりと、大地を踏みしめる。

 腰に着けられた機械から発せられる音が、大気を振動させる。

 怪物がまた腕を振りかざし、翔一に襲い掛かる。

 その腕を、翔一は腕でブロックする。

 少し驚いたような素振りを見せた怪物だったが、すぐさま反対の腕を振り下ろす。

 しかしその攻撃も、翔一に阻まれる。

 怪物の胸に翔一の拳がめり込む。

 怯んだ怪物の胴体に、更にパンチが叩き込まれる。

 パンチの勢いで怪物と翔一の距離が離れた時、機械から出る光が周囲を黄金に染め上げる。

 

 

 

 その瞬間に、翔一の体が変わった。

 

 

 

 黒のアンダースーツの上に、黄金の鎧が装着されている。

 頭部は同じく黄金の2本の角を冠し。

 深紅の二つの複眼が、一際激しく輝いた。

 

 目を見開く怪物。

 翔一が身に纏うオーラが、怪物を圧倒する。

 それでも怪物は翔一に襲い掛かる。

 翔一はそれを最小限の動きでかわし、背中に拳を放つ。

 またも降ってくる爪を受け止め、もう片方の手で突く。

 それだけで怪物は、大きく吹き飛ばされる。

 

 翔一の角が展開し、6本になる。

 両手を水平に広げると、足元に龍の顔をかたどった紋章が現れる。

 手を身体に引き寄せ、半身を下げ、腰を落とす。

 紋章が翔一の脚に吸い込まれていく。

 向かってくる怪物に対し、翔一は跳び上がった。

 空中で体勢を変え、右足を突き出す。

 

「はっ!」

 

 そして初めて、声を上げる。

 キックは怪物の胸に命中し、怪物は後ろへ吹き飛ばされる。

 着地した翔一は、そのままの構えで残身を取る。

 立ち上がった怪物は、しかしもがき苦しみ、そして爆発した。

 爆発の後には、怪物がいた痕跡もない。

 それに興味を持つこともなく、翔一はその場を立ち去った。

 

 

 

 

 

 気が付くと、アパートの扉の前に立っていた。

 表札には岡村と書かれている。

 さっきまで路地裏にいたはずなのに、いつ帰って来たんだ。

 というか、あの怪物は?

 違和感を感じて手を見ると、あの機械が握られている。

 あの少女から渡された機械。その黒い輝きに、瞳が吸い込まれる。

 

 俺の姿が変わった。

 そして怪物を蹂躙し、蹴りを放つ。

 怪物が爆散する。

 

「っ!」

 

 後退る。

 思わず機械を落としてしまう。

 何だ、今のヴィジョンは。

 俺がやったのか?

 あまりにも鮮明で、そうとしか思えない。

 

 この機械を持っていてはいけない。

 理性がそう主張する。

 しかし、これは持っておかなければならない。

 本能が囁く。

 僅かな葛藤が生まれるが、すぐに理性は本能に駆逐された。

 機械を手に取る。

 俺はこれを昔持っていた。

 これを持っていれば、俺の過去に繋がる気がする。

 だから、持っておかなければならない。

 例えその結果どうなろうとしても。

 扉を開け、部屋に戻った。

 

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